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九話「恋と夢の先に」

 ――話は数週間前に遡る。



* * * * *



「その……驚かずに聞いて欲しいんだ」



 言葉を選んで慎重に慎重に。例え仲の良い友人達だからといって……いや、だからこそはっきり分かりやすく丁寧に伝える必要がある。



「劇の最後に俺は比奈にプロポーズする」



『…………え?』



 全員、言葉を失くし、目をパチクリさせる。だ、駄目だったか……。



「だ、だから……プロポーズする。俺が。比奈に」



 勢いで一度目も言えども、二度目となると恥ずかしさが募る。

 だが友人達はピクリとも動かない。あの慶さんでさえ口をあんぐり開けて阿呆になっている。



「……つまり、だ」



 たっぷり六十秒は経った頃、慶さんが正気を取り戻した。



「最後の大仕掛けっていうのは、舞台で結婚を申し込んでそれを本物だと観客に認識させる。いってしまえば公開婚約宣言……でいいのかな?」


「まあ、そういう解釈で大丈夫かと」


「……なるほど」



 慶さんは腕を組み、うんうんと頷く。しかしピタリと動きが制止し、そして、



『はあああああああああっ!?』



 と一斉に声を上げられる。



「皆、落ち着け!」


『落ち着いてられるかあっ!』



 ごもっともである。



「プロポーズって何!? 結婚!? あんたら結婚すんの!?」



 この場の代表として由香梨が金切り声を張り上げる。



「成功したら便宜上はそうなるかと」


「何澄ました顔してとんでもないこと言ってるの!? 結婚って……結婚って何!?」



 こうさせてしまったのは自分達であるわけだが、ここまで混乱されると申し訳なくなってくる。



「……つまり比奈は和晃君のプロポーズを受け入れたってこと?」



 恐る恐ると行った様子で若菜ちゃんが比奈に訊ねる。

 比奈は苦笑いを浮かべながらゆっくりと答える。



「正確にはまだ……」


「まだってあんた! まだって! 無理矢理籍を入れるなYOU!」


「マジで落ち着け! 正確にはって言ってるだろ! 今から詳細を話すから聞いてくれ」



 混乱状態の由香梨を宥めてどうにか場を落ち着かせる。

 一息ついたところでこの前のやり取りをゆっくりと語りだす。



* * * * *



 親父と相対し、勝利条件を確認した日の帰りのことだ。



「ひ、比奈!」



 雪に魅入る彼女の名前を呼ぶ。ゆっくりとこちらを振り向いて柔和な笑みを見せる。



「……どうしたの?」



 純粋無垢なつぶらな瞳をこちらに向けて。雪のような綺麗な肌に、艶やかに光る彼女の唇。腰まで伸びた美麗な黒髪は雪に照らされ漆黒の輝きを生む。



「その……! 今回の計画は皆の協力が必要で、比奈の協力も当然必要だ」


「私は最初から一緒にやるつもりだけど?」


「それは嬉しいんだけど、勝利条件を考えたら、事によっては俺や比奈の人生を大きく変えてしまうかもしれないんだ」


「公開恋愛もまさしくそんな感じだったね」


「ああ。……けれど、あの時は仕方ない面もあった」



 公開恋愛のときは状況が状況だけに逼迫しており、他の選択を選ぶ余地がなかった。

 けれど今回は多少とはいえ時間はある。今ならまだ違う選択をすることも可能なのだ。



「だから今度は比奈自身の答えを聞きたいんだ」



 雪がひらりと舞い落ちる。二人の間に雪の結晶がキラリと輝く。

 一歩、彼女に近寄る。彼女との距離が近くなる。彼女の顔がはっきりと見える。


 そして、俺はその言葉を口にした。



「そ、その……俺と一生傍にいてくれませんか!」



 最後はやけくそ気味に叫ぶ。

 思わず閉じてしまった瞼を勇気を出してゆっくりと開いていく。彼女は呆然と突っ立っていた。



「……え? えーっと……ごめん、もう一回……」


「ま、マジでか……じゃあ、はっきりと言うぞ。俺と結婚してください!」



 今度は頭を下げてみる。しばらく待つが彼女の反応がない。どうなってる? 恐る恐る上体を戻していく。



「ひ、比奈。涙が……」


「え……? あ、ほんとだ……お、おかしいな」



 彼女の透き通るような瞼に鮮やかに光る涙が溜まっていた。彼女は必死に拭うが、いくら払っても涙は際限なく溢れてくる。



「ご、ごめんね。嫌ってわけじゃなくて、その、う、嬉しくて……」



 それを聞いて胸に充足感が広がる。嬉しいって事はつまり……つまり!

 慌ててしまっていた例の物を取り出そうとする。何度も手をすかしてしまい、外気に触れさせるのに大分苦労する。



「こ、これ。安っぽい奴だけど」



 取り出したのは小さな四角の箱。ゆっくりと開けて中に入ってる指輪を見せる。



「夏休みに祭りに行ったこと覚えてるか? あの時、比奈は指輪を眺めてただろ? 隙を見て購入してたんだ。で、その場で渡そうとしたけど渡しそびれちゃって……」



 でも今日のことを考えれば正解だったのかもしれない。所詮は祭りの屋台で売ってるような代物だ。けれど中に詰まった想いだけは誰にも負けない。



「イベントの最後で比奈にプロポーズ紛いのことをする。それが認められて嘘をひっくり返すことが出来れば俺と比奈は夫婦の関係になっちゃうわけだ。こればかりはその場でやるわけにはいかないし、ここで答えを聞こうと思って、それで……」



 口を付く言葉は言い訳のように溢れて止まらない。顔が燃えるように熱くなっている。今は本当に冬だろうか? 半年程季節がずれてないか? いや、きっと地球温暖化のせいだ。ええい、許すまじ温暖化。


 比奈はジッと指輪を見入ってた。手を近づけてそっと箱を閉める。その行為が示すことを気づいて驚愕する。



「あ……だ、駄目……か? そ、そうだよな。こんなこと突然言われてもな。仕方ない、別の案を考えよう!」


「あ、ごめん。そういう……ことじゃなくて」



 身を翻して無理に気張ろうとしたところでコートの裾をギュッと握られる。



「プロポーズしてくれるんだよね? その……もう一回。その時に、嘘じゃない本当の答えをカズ君にきちんと伝えるから。あなたの想いにきっと応えるから。今は保留にさせて。イベントの時、もう一度その指輪を私に見せて欲しいの……」



 比奈の健気な思いが言葉の節々から感じ取れる。今にも泣きそうな声で、裾を掴む手は小刻みに震えている。



「分かった。答え、待ってるから」


「うん、待ってて」



 俺達の間にひらりと雪が舞い落ちた。



* * * * *



 ――以上の事を一から十まで話した結果。



「お前は恋愛だけじゃなくてその先まで行くか!?」

「カズはやっぱ凄い!」

「和晃君も隅に置けない男だね」

「流石先輩です!」



 と、俺は男連中に囲まれる。



「ほんとにほんとにプロポーズ受けてるんじゃないの!」

「……甘い、甘すぎて溶けちゃいそう」

「キャー! まさか比奈が結婚する様子まで見ることになるなんておめでとう!」

「う、羨ましいです……!」



 と、比奈は女連中に囲まれていた。


 そんな風にハイテンションへと突入した後はくんずほぐれつの騒ぎをし、しったかめっちゃかとなった。気がつけば全員が疲弊し、最終的にはその方向でいこう、となった。



* * * * *



 ――以上が数週間前に起きた全てだ。


 あの時無理難題と思われていた荒唐無稽な案をついにやってしまった。

 呆然と立ち尽くす観客達を尻目にウエディングドレスの衣装を着た比奈に向き直る。まだ劇は終わってないのだ。



「――香月比奈。俺は君のことを愛してる。ずっと傍にいてほしい」



 そうして、あの雪の日に閉じられた小箱を取り出し、開ける。

 比奈はゆっくりと近づいてくる。



「――はい。私も高城和晃のことを愛しています。私をあなたの傍にいつまでもいさせて下さい」



 涙を溜めて、けれど一番幸せな女の子の笑顔を彼女は浮かべた。

 箱にしまわれた指輪を手に取り、左手の薬指に嵌めた。



「……えへへ。これで私はカズ君のものだね」



 と、マシュマロのように蕩けきった笑みを見せてくる。畜生、反則だ、こんなの。衝動が体を襲い、抱きしめようとしたその瞬間――



 ――結婚おめでとうー!



 と、観客席から祝言が飛ぶ。

 それを皮切りに、高らかな拍手が鳴り響く。ヒューヒュー、と甲高い口笛が鳴らされる。声にならない歓声が会場中に響き渡る。

 ステージの上から見渡せる一面の観客達。そのどれもが腕を突き上げ、声を挙げ、乱舞する。カメラのフラッシュがたかれて、ステージ付近の明るさが眩しさへと変化する。



「比奈、これ……」


「うん……」



 唖然とするのは今度はこちらの番だった。

 ゆっくりと首を巡らせる。いつの間にかステージの端に移動した慶さんは鷹揚に微笑み、バックでは皆が笑っている。若菜ちゃんは親指を突き上げサムシング。博美さんと梨花さんは抱き合って泣きじゃくっている。


 俺は劇の前にあらかじめ明言していた。

 次に行われる演劇は全て演技ですので、お間違えならないようお願いします、と。

 なのに会場の活気は演技によるものとは思えないぐらいの活気に溢れている。

 これならば、偽者を本物にすることが出来たといってもいいのかもしれない。


 ただ、本当に成功したかどうかは分からない。後日、面白い劇でしたと言われるだけかもしれない。そうなったら偽者を本物にするという目標は失敗したことになる。

 けれどこの場では確かに俺達二人は祝われている。会場にいる誰もが俺と比奈の名を叫び、祝福の言葉を投げかけている。

 未来がどうなるかは未知数だ。けど今この瞬間だけは自分達の未来を俺達の手で掴み取ることが出来た。

 

 比奈と顔を合わせる。二人して頷いて手を繋ぐ。前を向く。皆を見る。

 もう片方の手を横に振る。勿論、これ以上ないくらいの笑い顔をして、だ。

 会場は熱気と歓声で包まれていた。人々の盛り上がりはいつまで経っても終わる事はなかった。




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