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四話「ラストイベント」

「今日は私の引退ライブに集まってくれてありがとう! 早速行くよー!」



 ステージで元気な掛け声が弾けたと思うと軽快な音楽が響き始める。

 第一段階のライブではバックで比奈の応援をすることしか出来ない。もどかしいが、観客の興味を引くためにはこれが一番効果がある。大人しく比奈の声を背にこれからの題目に備えて気合を溜める。

 

 一曲目を終えると簡単なトークを挟んでから二曲目へ。最初とは打って変わってしっとりとしたバラードになる。



「というか、最初の一曲がおかしいだけなんだよな」



 直弘に渡されたセットリストを眺める。

 盛り上げに盛り上げ、最後にバラードというのが定石だが、今回は初めからバラード寄りの曲が多い。段々と曲を重ねるごとに盛り上がる曲を入れていき、最後にテンションが最高潮になるような順番だ。



「今回は卒業式の後で切ないというかほろ苦い心持になってるだろ? だから今まで以上に感情のこもったバラードで始まり、次のプログラムのためにテンションを継続させるよう、賑やかな曲を並べてみた。色々なバランスを考えた上で選考したんだが……どうだ?」



 直弘が後ろから解説してくる。



「凄く練られてるだなっていうのが分かるよ。ただ、これだけの曲数で一時間持たせるのはちときつくないか……?」



 紙に書かれたプレイリストは十曲にも満たない。一時間という制約で選曲する方が苦労すると考えていただけに、むしろ時間がありあまるというのはいささか問題がある気がする。



「大丈夫です。とっておきの秘策がありますから」



 今度は含み笑いをした梨花さんがにゅっと出てくる。本当に信じていいのだろうか。

 若干の不安を覚えながらもライブは進んでいく。比奈の歌声はやはり綺麗で、アイドルというよりも歌手といったほうが違和感がないくらいだ。澄み切った美声に裏で待機している人間も静かな活気が沸きあがる。

 


「私は小さい頃からずっとアイドルを目指してきました。それを手放すことになって悲しくないといえば嘘になります。けれど私はこの結末とここまでの軌跡に対して後悔はありません。だから最後に聞いてください。以前、私が所属していた小さな小さな……けれど確かにあったグループの代表曲です!」



 紙に書かれた曲を全て終えた後、聴いたことのないメロディーが流れ始める。比奈の曲は全てコンプしたはずなのにまだ知らない曲があっただと……?



「これは私も所属してたグループの唯一といっていい曲です」


「ああ、中学の時に解散した……」



 梨花さんはこくりと頷く。



「ライブにはサプライズが必要だと思って盛り込んでみたんですが、どうでしょう?」


「マジで驚いたよ。しかも普通に良い曲だ。梨花さんが考案したのか?」


「名案でしょう。……と言いたいところですが、提案したのは比奈さんです。昔の曲を歌うことって出来ないかなって言ってきて」


「お陰でもう一度曲順を見直すはめになったけどな」



 隣で直弘が苦笑する。



「以前の比奈さんなら昔のことを言い出さなかったと思います。私が思いついて提案しても拒んだと想います。けれど比奈さんは自分から言い出して、あんなに気持ちよく歌っている。比奈さんは過去のトラウマを乗り越えたんです。昔の忌々しい出来事を受け入れてそれをプラスに変えることが出来るようになった」



 梨花さんの目線の先にいる比奈を見る。

 彼女が歌う曲は、グループの曲であって比奈の持ち歌ではない。なのにまるで自分のもののように……愛情を注いだ大切なものを包むような柔らかに歌い上げている。昔は見せていた過去に対する暗い面影が払拭されている。



「公開恋愛なんて馬鹿な真似を、と最初は思ったさ。けれど香月を成長させるどころか新たな魅力にすらなるとはな。……香月比奈ファンとして公開恋愛は成功だったと思うぞ」



 直弘はしんみりと声を出す。



「公開恋愛がきっかけだとしても、乗り越えたのは比奈自身の力さ」


「お前がいなかったらそれは叶わなかったと思うけどな」



 ステージの上で軽やかに舞い上がるお姫様を二人して見る。

 小さい頃の夢を叶え、それでも貪欲に前に進み続けるアイドルはとても綺麗だった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「この後は私とカズ君がお送りする公開恋愛ラジオの公開録音です! まだまだイベントは続きますので楽しんでいってね!」



 ライブを終えた比奈が次回予告を兼ねたアナウンスをすると観客席が一層沸き立つ。ライブ効果によって熱狂の渦が完全に出来上がっていた。



「お疲れ、比奈。この後もあるけど大丈夫そうか?」



 バックに戻ってきた比奈にタオルと飲み物を手渡す。



「これぐらいならまだまだ余裕だよ。任せて」



 満面の笑みと共にVサイン。さっきまで歌って踊っていたとは思えないほどの快活さだ。



「じゃあ次はラジオだ。恵ちゃんに慶さん、よろしく頼む」



 二人は「オッケー!」「任してくれ」と親指をグッと突き立てる。



「今回選別したお便りはどれも珠玉のものだからガンガンいってくれ」



 こちらは伊賀さんの台詞。はにかむ姿は魅力的だがうちのラジオの特色を考えると、お便りの内容に不安を感じ得ない。

 けど、まあ、ラジオに関しては変に盛り上げずにいつも通りだ。ありのままの俺達を見せ付ける。

 問題があるとしたらゲストの二人が退出した後の流れだ。ここからが今回ラジオを選別した主の理由で、一歩間違ったら次の演劇に支障が出る。このラジオの終わりが成功の鍵を握るといっても過言ではない。


 規定の時間になり、休憩を済ませた比奈と共にステージへ躍り出る。それまでなりを潜めていた観客達の熱気が再び巻き上がる。耳がキーンとなるぐらいの歓声に包まれながら小休止中に設置された椅子に腰を落とす。比奈はテーブルを挟んで正面に座る。ラジオ収録時の定位置だ。



「皆さん、お待たせいたしました。最初で最後の公開録音。毎度お馴染み公開ラジオのコーナーです!」



 わああっと大きな声が上がる。



「引退にかこつけてラジオの最終回も一緒にやっちゃおうって魂胆だな。さて、今回は前回お話した通り、昔をテーマに今までの出来事をお便りと共に振り返っていこうと思います。ですが、その前に二人の豪華なゲストに登場してもらいましょう。まずはこの人。愛くるしい笑顔が魅力的、妹系アイドルの安岡恵さん!」



 登場コールと共に恵ちゃんもステージの上に躍り出る。観客に向かって愛想溢れる笑顔を振りまきながら比奈の隣に座る。



「それでは次に今では大人気俳優の河北慶さんです」



 今度は比奈がゲストの名を口にする。慶さんがステージの上に立ち、柔和な笑みを見せつけながら俺の隣に座る。


 ここから先は変に気取る必要はない。いつもと同じように楽しく愉快にトークを重ねていこう。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「最終回記念ということで、安岡恵さんと河北慶さんの二人にゲストでお越しいただきました。二人ともどうもありがとうございました!」



 これまでの軌跡を面白おかしく語り合い、そしていよいよ時間となった。ゲスト二人と別れ、ここから先はもはやラジオの領分を越えるものへとなっていく。



「名残惜しいけど、そろそろ締めないとな」


「そうだね。……というわけで、ここまで応援してくれた皆さん、本当にありがとうございました。今日をもって公開ラジオ及び、私のアイドル活動を終了します。それに伴い、カズ君との公開恋愛も本日で終わりとなります」



「ただ、最後に少しだけお時間を下さい。真摯に支えてくれた皆さんに今日、全ての真実を伝えます。俺と比奈の公開恋愛の軌跡を……俺達の物語をどうか最後まで見届けてください」



 全ての真実を伝えます――。

 観客がその言葉を機にざわつきはじめる。楽しげな雰囲気が一変して真面目風味になったっていうのもあるだろう。



「まずは皆さんに謝らないといけません。私達は皆さんのことを騙していました。今でこそ、その関係は本物になりましたが、公開恋愛初期の頃、私とカズ君は……恋人同士ではありませんでした」


「疎遠になってた幼馴染の関係というのも嘘です。というか、公開恋愛に関して語られた俺と比奈の関わりはただの設定です」



 観客達のざわめきの中に困惑めいたものが混じってくる。意味が分からず、ポカンとしている者も何人か見受けられる。



「実はこのようなことしなければならない訳があって、私たちは公開恋愛という偽装の形を取りました。公開恋愛のきっかけにもなった私のスキャンダルの件です」


「それがそもそもの発端でした。どういうことか事細かに説明していきましょう」



 まずは本当の出来事を一から語った。

 だが供述だけで受け入れられるはずがない。なのでそれを真実と証明する証拠を開示する。それは記者さんのウエブサイトだ。

 実はこのイベント前に記者さんにも協力を依頼した。すると彼はこのように述べた。



「それなら二人の本当の関係を明かした方が説得力が増すな。……ああ、そうだな。いい加減真実を公表すべきだ」



 しかしその行為は真実を偽った記者さんに非難が飛ぶことになる。俺は他にも方法があるはずだと反対したが、彼は頑なに拒んだ。



「俺は記者だ。本来なら真実を世間に晒して、世の中を知ってもらうための職業だ。けれど俺は偽りの真実を作り上げて、あろうことか一人の少女の人生を壊した。その報いはいつか受けなきゃならない。それが多分、今だ。俺はどんな処分も甘んじて受けるよ。だから高城和晃、お前は俺の事なんか気にせずに全力でその無茶なことをしてやれ。お前はお前だけの真実をちゃんと掴み取るんだ」



 そうして記者さんはこの日、この時間に自分のサイトに自分のした行為を書き連ね、彼だけしか知りえない事実と彼だけが持つ証拠写真をアップすることを約束した。

 既に記事は公開されていて、もしかしたら世間はそのことで賑わっているかもしれない。


 観客の大多数が携帯を取り出して操作する。皆、記者さんのサイトを見てるのだろう。



「私たちは偽の関係を続け様々な体験をしてきました。……本当に色々ありました」



 そこから更に俺達の間で起きた様々な事件の内容を話す。

 次の劇に繋げるためにはある程度情報が必要で、俺がH&C社の会長の息子であることや、それゆえに付けられた制約(約束のこと)とそこから発生する葛藤なんかを語る。さらに比奈が俺のことを気に病んでいたことや、アイドルの引退を決意した詳細な理由も暴露する。



「その後私はカズ君を説得して手を取り合いました。私たちは再び夢に向かって歩き始めました」

 


 しかし今回のイベントの目的を話したりすることは出来ない。話したのはあくまで実際に起きた出来事だけだ。



「だけど俺はたまに思うんです。もし差し伸べられた彼女の手を掴まなかったら俺は一体どうなってたんだろうと。彼女はどんな未来を歩んでいたのだろうと」



 観客達は固唾を飲んで見守っている。



「そこで今回、そんな未来を想像してIFの物語を考えてみました。次のプログラムである劇の内容は、『俺と比奈が決別した場合の未来』の物語です。次に行われる演劇は全て演技ですので、お間違えならないようお願いします」



 疑惑と困惑の声は上がり続けている。けれど無視して比奈と共にさっさと舞台裏に戻ってしまう。



「ふう……何とか乗り切ったかか」


「緊張したね」



 比奈はそっと胸を撫で下ろす。



「とりあえず概ね成功したんじゃないかな。結構すんなり受け入れて話しに聞き入ってたし、良い感じにざわついてる。予想通りの展開だ」



 最終目的を考えればこれまでのイベントは全て壮大な前フリでしかない。下準備はこれでようやく終わったのだ。



「後は次の演劇さえ終わらせれば終わりだ」



 戻ってきた俺達を迎えてくれた仲間達の姿を眺める。

 返ってくる視線に決意を感じる。



「……いいこと思いついた。円陣組もう」



 唐突に若菜ちゃんが言い放つ。



「え、どうしてだ?」


「……久志君なら察しつく?」


「もちろん」



 爽やか笑顔を浮かべると、はい全員円陣組んでー、と久志が指示を出す。意味も分からぬままなし崩し的に円陣が組まれる。



「よし、じゃあカズ任せたよ」


「任せたって……何を?」


「ここからが正念場だよね。一番気合を入れないといけない場所だ。だからここでみんなの気持ちを一つにして改めてやる気出そうってことさ。今日のイベントはカズが考案して、仲間を集めて、実行するに至ったんだ。それならカズが皆を奮起させないと駄目じゃんってこと」



 円陣を組んでいる全員から視線を感じる。

 俺は一人一人の顔をゆっくりと見回す。


 まずはマネージャーさん。比奈と出会った時からお世話になっている。いつもいつも迷惑をかけて頭を抱えさせてしまっている事には心から申し訳ないと思っている。今回も無茶な案を提出して寿命を縮ませてしまったけど、いつも最後には優しく受け入れてくれるんだ。


 次に伊賀さん。特にラジオ関係でお世話になった。過去の出来事から俺達のことを暖かく見守ってくれた。公開恋愛もこの人がいなかったら始まらなかった。今回もいつものように柔らかな眼差しで背中を支えてくれる。


 次に慶さん。変人でホモっぽくて、癪に障るやつだけど、芯はしっかりしていて頼りになるしかっこいい。彼の演技する姿は未だに憧れだ。今回もその素晴らしい演技を披露してくれるはずだ。


 次に博美さん。腐女子でシスコンとどうしようもない人だけど、何だかんだで俺を認めてくれているっぽい。面白い人だと思う。今回はメイクアップアーティストとして幼さの残る俺達を大人っぽく施してくれる。


 次に梨花さん。恋愛に関しては駄目駄目だけど、きちんと物事を把握し、過去に怯えず応援してくれた。一途な姿も微笑ましい。今回はライブの品目を考えてくれた。


 次に祥平。お小言がいつもうるさい部活の後輩。けれど前に向かって突き進む姿に俺は憧れた。それに何だかんだで一番協力してもらってる。いい後輩を持ったと今では胸を張って言える。今回は劇の台本作りとその劇の役者として協力してもらう。


 次に恵ちゃん。常に前向きで明るい彼女にはいつも元気を貰っていた。出会った当初にいざこざが発生したけど、それも今では良い思い出だ。今回はラジオのゲストと、劇の役者として協力してもらっている。


 次に直弘。常に偉そうな口調だけど誰よりも真面目で物事を測量する。お前のたまに見せる男らしさは本当にかっこいいぜ。今回はライブの選曲を任せたが、正解だったようだ。


 次に久志。器の広い心優しいイケメンだ。久志の頑張る姿を見て、俺も頑張ろうって思ったりもした。ワイルド久志はちょっと勘弁してほしいけど。今回は全体のマネジメント管理をしてもらった。一番大変だったはずだ。嫌な顔を見せずにここまでやってくれて本当にありがとう。


 次に若菜ちゃん。クールな言動にはいつも惚れ惚れとする。中々いえないことをズバッと言う姿勢が羨ましい。こんな俺を好きになってくれてありがとうな。今回も劇の役者として一緒にステージに立つ。一緒に頑張ろう。


 次に由香梨。小さい頃からの腐れ縁だ。めんどくさそうにしてても、結局友達のためなら協力する地味なツンデレはポイント高いぞ。今までも、そしてこれからもよろしく頼むぞ。今回は沙良役として劇に出てもらう。お前ならきっと出来るさ。


 そして最後に比奈。君がいたから俺達はこうして囲んでいる。君がいなかった人生なんて今では考えられない。それらの感謝の言葉は何度も口頭で伝えている。だからもう何も言わない。これは俺達と仲間達の戦いで、二人の物語だ。一緒に物語を紡いでいこう。


 ここにいる人以外にも、間接的に協力してもらった記者さん、ひっそりと応援してくれている沙良、大きな壁として立ちはだかる親父。他にも現在進行形でステージをセットしてくれている演劇部の後輩や、呆れながらも励ましてくれた先生方、俺達を見守ってくれた級友達、ラジオを聴いてくれたリスナー達、イベントを見に来てくれた観客達。

 たくさんの人々が関わって今、自分達はここにいる。

 その一人一人に感謝する。皆の期待や努力は絶対に裏切りたくない。だから、必ずやり遂げてみせる。


 手を中央に差し出す。円を囲んだ人々の暖かい手が重なり合う。

 もう一度見直して、頷きあう。



「今日はありがとうって言いたいところだけど、それは終わりにとっておく。今はこう思う。――楽しんでいこうぜ!」



『おお!』



 全員の気持ちが今、一つになる。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ふう……」


「ため息ついてるけど……大丈夫?」



 劇までの僅かな時間、集中力を高めるために端で一人で座っていた。すると比奈がこちらにやって来て、心配そうな顔で聞いてくる。



「大丈夫だ。ちょっと最後の大仕掛けをどうしようか悩んでたぐらいだ」


「あそこの台詞は台本に書かずにアドリブだもんね」



 最後の最後で決まりきった台詞を熱く叫ぶ……というのも出来なくはないが、臨場感を出すためにわざとそのような形式を取った。しかしメリットもあるっちゃある。少しでも失敗したら、今までの流れからずれたりしたら。さっきの円陣が無駄に終わる可能性だってあるのだ。



「比奈の方こそ大丈夫か? ライブやってラジオやって演劇でも出番多いし……。一番疲労してるのは比奈なんだ」


「平気平気。体力にも余裕があるし、気力の方も充分満たされてるから」


「そっか」



 比奈は満面の笑顔で語る。そこに翳りは見受けられない。嘘じゃなくて本当に絶好調なんだろう。

 つられて俺も笑みを浮かべる。二人で見合って笑い声をふかす。



「あれが終わった後、比奈は答えを出してくれるんだよな」


「……うん。何を言うべきか、もう決めてあるよ。だから心配しないで」


「最初から心配なんてしてないさ。返事を受ける俺が勝手に緊張してるだけだ」


「悩んでるって言ったけど、どんなことを言おうかっていうのはもう決まってるの?」


「うん、まあ、色々悩んだけど、ある程度は。比奈が答えを見せてくれるっていうから俺も答えを皆に示そうと思うんだ」


「答え?」



 比奈が首を傾げる。



「比奈は公開恋愛の意味を考えたこと、あるか?」


「公開恋愛の? 当然私の芸能生命を存続させるためっていうのは違うよね」


「本来の意味ってか目的はそうだな。けどさ、これまでに色んな体験してもう一度考え直してみて、本質的なものはそうじゃない、違う意味があるんじゃないかって思い始めたんだ」


「それが答え?」


「その通りだ。それを、示そうと思う。一年と半年やってきた公開恋愛で掴んだ本当の意味。見守ってくれた友達や知人、ファンの皆、それと比奈に見せてあげたいんだ」



 よし、と腰を上げる。



「そろそろ開始の時間だ。頑張ろうぜ」



 しかし比奈は同調せず、少し考え込む。どうかしたのか?



「ねえ、カズ君」


「何だ? どうかしたのか?」


「私に渇を入れてくれないかな」



 ……あれ。この台詞、どこかで聞き覚えがあるような。



「渇ってあれだよな。試合前によくある気合入れるための……さっき円陣組んだ時のような」


「そう、それ。もう一度私に気合を入れて欲しい」


 

 思い出した。このやり取りは学校でライブをやった時のものだ。



「だからといって頑張れの一言じゃどうも物足りないしなあ」



 あの時のことを思い出して状況再現をしてみる。比奈も俺の意図に気づいたのかニヤッと悪戯に微笑する。



「してくれるならどんな方法でもいいよ」

 


 どんな方法でもいいと言っているが、俺達の中で気合を入れるときのやり取りはもう既に決まっている。

 笑って比奈を見る。彼女もクスクスと笑う。



「俺達が目指すのは」


「ハイタッチが一番似合う恋人だよね」



 お互いの手の平をぶつけ合う。パチンと心地よい音が辺りに鳴り響く。

 状況はあの時と同じ。けれど、違うこともある。

 今回は比奈だけじゃなくて俺も参加する。二人で参加する。



「――行こうぜ、比奈!」


「――一緒に頑張ろうね、カズ君!」



 二人で舞台の先を見上げる。その先に続く未来を見据えるように。

 

 さあ、俺と比奈の物語を始めよう。




最終章突入記念に第二回人気キャラ投票を行います。

完結後のおまけ話に関する質問もございます。

今回もよろしければご協力お願いいたします。

http://enq-maker.com/ZWTKhP

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