エピローグ
夏休みも終わりに近づいていた。いまだに暑さは衰えず、外に出た時の倦怠感は異常だ。
といっても今年の夏は建物の中の快適な空間にいた時間が多かった気がする。
今いるスタジオの中も冷房が効いており、外とは別世界だった。
「ラジオが建物の中の収録でよかったよね」
同じく快適空間でのんびり過ごしているのはアイドルの香月比奈だった。
香月さんはあのラジオ以降、イメージが大幅に変わった。清純派からどちらかというと芸人寄り……いい言い方をするなら、明るく面白いイメージが定着しつつある。ラジオの内容がアイドルのやることとはかけ離れており(○○が出来なかったら罰ゲーム等)、今まで発すると思っていなかったような言葉が彼女の口から飛び出たりした。それが彼女のイメージを変えたきっかけになった。
……というか、あのラジオは最初からそれを狙っていたんじゃないだろうか。
そんな公開恋愛ラジオは大きな反響があり、おかげさまでレギュラー化。本日が二回目の放送となる。
「同意。香月さんみたいな女の子は外だと日焼けとかも気になるところだろうしね」
「……あの、その『香月さん』って呼び方なんだけど」
彼女はこちらの様子を窺うようにつぶらな瞳を向けてくる。
「こういった本番前とか、それ以外のプライベートでも、仕事の時と同じ呼び方にしない?」
ほんの少し顔を赤らめながら提案してくる。彼女なりに勇気を出したのだろう。
「べ、別に深い意味はないよ? ただ、お互いの呼び方ぐらい仕事とプライベートでいちいち分ける必要はないんじゃないかなって思って。ややこしくなっちゃうっていうのもあるし」
別にそこまで言う必要もないのに、慌てて理由を付け足す彼女が微笑ましかった。知らずのうちに笑みが漏れる。
「な、なんで笑うのっ!?」
「いや何、『比奈』は可愛いなと思ってさ」
キザな事は普段口にしないけど、今日はちょっとからかってみたかった。それに口を出た言葉は本心だ。
「う、うう……今日の『カズ君』おかしいよう……」
彼女の言葉が顔を逸らすのと同じタイミングで萎んでいく。
そんな風にコミュニケーションをとっていると、
「本番始まりますよー」
と声がかかる。
さっきまで緩めていた気持ちをある程度引き締め仕事に備える。
「さ、仕事だ」
「うん、そうだね。今日も一緒に頑張ろう」
彼女はゆっくりと振り返ってニッコリと笑った。その笑顔は引き締めた気を緩ませ、自然と笑顔になってしまう。
「ああ、頑張ろう」
この関係がいつまで続くかはまだわからない。けれど、もうしばらく続いていくのは間違いない。
多分だけど、俺たちはようやくスタートラインに立ったって所だろう。
まだまだ俺と比奈の物語は続いていく――きっと、な。