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アイドルと公開恋愛中!  作者: 高木健人
13章 香月比奈編
154/183

二話「背中を支えて」

「あーもー……最悪よ」



 由香梨が隣で力を無くしてグデーっと腕をぶら下げる。



「ま、まあまあ。受験勉強の息抜きだと思えば楽しくなるよ、きっと」


「確かに一日中机に向かってるよりはマシよ。けど、けどこんなのって……。というか私のクラスが大差をつけて負けたのも比奈のせいなんだからね!」


「私のせい!?」



 若干の涙を瞼に溜めて由香梨が指を突きつけてくる。

 こんなにも由香梨が荒れているのには訳がある。実は由香梨と沙良さんが裏で文化祭のクラスの出し物でどちらが多く客を引き寄せるか、といった勝負をしていたらしい。で、その結果が……沙良さん率いる私達のクラスが圧勝。しかも私達のクラスは出し物ランキングのトップに躍り出た。由香梨のクラスはそもそもランキングに掠りもしなかったらしい。

 一体何がここまでの差を生んだというのか……ってそれがどうやら私のせいらしいのだけど。

 とにかく、あまりにも明確すぎる決着がつき、敗北者の由香梨には罰ゲームが与えられた。由香梨曰く、コスプレ姿を沙良さんに少なくとも三着分見せなければならないとのこと。方法は実際に見せても、写真でもオッケーらしい。ただしコラはNG。沙良さんは不正してるか否かの判定は容易に出来るようで、誤魔化しはきかないようだ。

 今日私が由香梨に付き合っているのもそのコスプレ姿を写真に納めるため。最初は困惑したけど、一生のお願いだから、なんて言われれば断れない。ちょうど休みで暇だったから分かった、と返したわけだ。

 


「ただでさえ沙良は強敵なのに集客力じゃこの学校どころか、市内……いいえ、県内。それでも生温いわね。関東、いえ、全国……全世界レベルでダントツ一位の比奈が味方にいたら勝てるはずがないじゃない!」


「行き過ぎ、行き過ぎ!」



 流石に世界でダントツ一位の集客力をこんな私が持っていたら宝の持ち腐れなんてレベルじゃ済まされない。



「でも、あんたという決定的な戦力差は確かにあったのよ。一日目はそれなりに良い勝負してたのに、比奈が店に入ってた二日目はもう……仕事中でも友達と話せて最高だったわ……」



 フッと由香梨はアンニュイな顔つきになった。



「言っておくけど今日はその借りもあるんだからね。潔く付き合ってもらうわよ」



 今度はフッフッフッと小悪党のようにニヤリと笑う。何をされるかわかったもんじゃない。思わず戦慄し、後ずさる。



 由香梨とやって来たのは大きなディスカウントショップだ。狭い店内にこれでもかというくらい雑多な商品を散りばめている。私達はそこのコスチュームなんかが売ってる一角へ移動する。



「折角撮るなら可愛いものがいいわよね。私には何が似合うのだろう……むむむ。ねえ、比奈、これはどう?」


「いいんじゃないかな? でも私はこっちの方が――」



 店にたどり着くまでの彼女の陰険な様子はどこに行ったのやら、今は普通の女の子。私も私で友達がコスプレ姿を披露してくれるという状況に浮かれていた。傍から見れば女の子がキャッキャウフフとショッピングを楽しんでいる構図だけど、内心はグフフとオタクめいた欲望が溢れ出てたりする。

 そんな風に意外とノリ気な由香梨に欲望を顔の下に隠した私が、由香梨に似合いそうなコスチュームを選出する。そのラインナップは――普段は素っ気無い、しかし本心は凄く心配してる微ツンデレなナース由香梨、仕事中はキビキビ、しかし二人きりの残業では昼には見せない弱い心を覗かせるOL上司な由香梨、そしてそして、内心は「あんたなんかにご奉仕したくないんだから」とか言いつつ、裏では「はぁ~、またやっちゃった。素直になりたいのに……」なんて言ってからご主人様呼びを練習する素直になれない系メイド――以上、三点。いい……素晴らしい!



「そうそう、そんな感じ! 違う! その姿ならこういうポーズでちょっと冷めた目線で……うん、いいよ、凄くいい!」


「…………比奈……あんたってやつは……」



 とても呆れたというか軽蔑的な眼差しでこちらを見てくるが、それが由香梨にはとてもマッチしている。ああ、もう、最高だよ由香梨!

 

 あらゆる角度、ポーズで由香梨を激写した。後はこれをUSBメモリに保存して沙良さんに渡せば任務完了だ。……私の秘蔵フォルダにもバックアップしておこっと。

 それと流石に試着するだけじゃお店に申し訳ないので三着とも購入した。今回はちょっと奮発して私の奢り。機会があったらまた着てもらおう。



「とにかく、目的は達成したよ。沙良さんもきっと納得してくれるはず。だから安心して、由香梨」



 笑顔で任務完了を告げる。決して色々な欲求が満たされたことへの嬉しさから笑っているわけじゃない。

 私服に戻り、購入したコスチュームの入った袋を持つ由香梨は瞳に妖しげな光を灯す。ゆらりとまるで幽霊のようにこちらに歩み寄り、



「このまま黙ってやられたまま帰らせるわけにはいかないわよ。あんたも同じ目に遭いなさい……!」


「……え。……え?」



 肩をガシっと掴まれて。抵抗しても振り払うことは出来ず。あれよあれよとフィッティングルームに放り込まれてしまう。呆然とする中、先程まで由香梨の手の中にあったコスチューム達がぽぽいと目の前に投げられる。



「えっと……由香梨、これは……?」


「着なさい。いえ、着ろ」



 ニコッと男の子だったら惚れてしまいそうな笑顔を最後に見せて、彼女はフィッティングルームのカーテンを横暴に引っ張った。

 …………もしかして、私、やりすぎた?

 

 コスチュームの一つ、メイド服を拾い上げる。由香梨の体格と私の体格はあまり変わらないから普通に着ることは出来ると思う。けど……。

 仕方ない。由香梨を怒らせてしまったのは自分の責任だ。文化祭でも着たし、仕事でも着るのを躊躇うような衣装を何度も身に纏ってきたからそこまでの抵抗感は無い。それに、お友達と楽しくショッピングしてると思えば……思えば……。

 赤と黒のチェックのTシャツを脱ぎ、フリルの付いた白いスカートも脱いで、下着姿になる。淡いピンク色の下着姿を鏡でちょっと見てからメイド服を上に着飾る。

 今日はたまたまニーソックスを履いていたので、ニーソ属性尽きメイドが鏡の前に爆誕。

 着恥ずかしさも勿論あるけど、メイド服やっぱり可愛いなあ、なんて思ったりして……。

 

 

「ご、ご主人様」



 誰にも聞こえないような小さな呟きと共に、ご主人様という名のカズ君の顔を思い浮かべながら上目遣いをしてみる。ううん、角度が悪いな。もうちょっと、こうして……。鏡の前で一人ポージング。



「へえ、比奈ってやっぱりその気があったのね」



 外からのニヤニヤした声に慌てて正気に戻る。



「まあまあ、安心なさい。あんたの今の姿は和晃にしか伝えないから」


「や、やめてお願い! な、何でもするから!」


「今何でもするって言ったね?」



 カーテン越しだったけど、由香梨がニヤリとほくそ笑んだ映像が鮮明に浮かび上がった。



 それからしばらく二人だけのファッションショーが行われたのだった。 



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「いやー、楽しかったわー」


「そうだねー……」



 買い物を終えた後、私と由香梨は適当なファミレスに入った。

 ちなみに幾多ものコスプレショーに私は疲弊気味。由香梨は恐悦至極のご様子。本来なら立場は逆転してたはずなのにどうしてこうなった。



「まあまあ。ちょっと私もやりすぎたよ。ごめんね、比奈。ここ最近勉強勉強って机の前で本開くぐらいしかしてなかったから、ストレスが溜まっちゃって。いい息抜きになったわよ」


「こ、ここまでしたんなら志望校に受かってよね!」


「はいはい、任せておきなさいって」



 頼りがいのある笑みを由香梨は見せる。改めて、彼女はたのもしいな、なんて思う。



「それよりもさ、比奈とこうして二人で遊ぶのって初めてよね」


「言われてみればそうだね」



 私達が集まるときは常に他の誰かがいた。カズ君だったり若菜だったり。グループで過ごすことは多いけど、個人で集まる機会は思い返してみるとかなり少ない。



「ふっふっふー。こりゃ普段は聞けないようなことを聞いちゃうチャンスね。ね、ね、どうなのよ最近。和晃とはどんな感じ?」


「どんな感じって……」



 最近の私達の様子を思い浮かべてありのままを伝える。



「特に大きな進展はないよ。普段どおりかな」


「普段どおりねえ。前はともかく、今のあんた達は安定したって見るべきよね。あれ、でもそれって停滞してるのか……?」


「こ、こんなにも早く停滞期なんてそんな……」



 一応、正式な関係になってから一年も経過していない。それに本来恋人同士が行うことはまだまだ遣り残している。それなのに停滞期って、今後が不安で仕方が無い。



「まあでも、比奈のお陰で和晃も随分変わったわよね。一番驚いたのは部活に自分から加わっていったことかな。あいつ、部活に入った直後以外、熱心に活動してなかったし、その……あいつにもちょっと事情があって努力するって事を避けてたからさ」


「うん、そうだね」


「やけに素っ気無い反応ね。まさか比奈ももう全ての事情把握してる?」


「知ってるよ。カズ君の制約も、私と出会う前の彼の様子も全部……本人の口から訊いた」


「……そっか」



 由香梨は手元のコップに目を落とす。ストローで中をかき混ぜ、カランと氷がぶつかり合う音がした。



「あのね、私、ちょっと怖かったんだ」


「怖かった?」


「そう。高一の時のあいつはさ、とにかく張り詰めてたの。見てるこっちが胸を痛めるくらいにね。だからちょっとでも助けになりたくて、助言したつもりだった。けれどそれがいけなかったんだろうね。逆にあいつの心を壊しちゃった。あいつは……和晃は『努力』という行動が出来なくなった」



 知っている。何か頑張ろうとすると胸が締め付けられ、眩暈がするような感覚に陥ると彼は言っていた。それは特に傷の深い時期だけだったらしいが、鎖に縛られているということを、身体の奥深くに刻み込んでしまったとも。



「あいつの久々の晴ればれとした姿を見て大層嬉しかったよ。けど、その裏側を初めて知ったとき、驚きと同時に悲しみが湧いて、恐怖も湧いて、罪悪感も湧いて……。とにかくもう、頭の中がごっちゃになってどうしたらいいかわかんなかった。無邪気な笑顔が逆に私を苦しめた」



 由香梨は自嘲するように唇をつり上げた。その姿は見ていて痛ましい。



「同時に、これは私の責任なんだって思った。こいつをこんな風にしてしまったのは私の罪。だから和晃の傍にいてやろうと思った。私には何もしてあげることは出来ないけど、傍で見守っててやろうって。これ以上あいつの心を傷つけないようにしてやろうって」



 由香梨は顔を上げ、こちらを見てくる。ストローで円を描きながら微笑みかけてくる。



「ねえ、比奈はさ、将来どうなるかとか、考えたことある?」



 それは脈絡のない質問だった。突然だったのでえっと、と言葉に詰まる。そんな私を見かねたのか、由香梨が口を開く。



「やっぱさ、私も比奈も女じゃん? 普通の人生なら、誰かと付き合って、適正年齢が来たら結婚して、子供生んで……って考えると思うのよ。実際私は考えてるしね。もっと踏み込んで、子供は何人欲しいだとか、男の子が何人女の子が何人、男の子だったら名前は~とか、女の子だったらどんな服を買おうだとか」



 由香梨は未来を楽しそうに語る。笑顔が眩しい。



「でもさ、子育てって楽しいことばっかじゃないでしょ? 辺りを見回しても泣きじゃくる子供をあやすのに苦労する母親とかよく見るし。この前も見たのよ。急に駆け出して道で転んじゃった男の子を。で、そん時少し思うの。私ならこんな時、どうするんだろうなって。それで考えてみたわけ」


「由香梨はどうしたの?」


「私はね、男の子に手を差し伸べなかった。ほら、男の子なんだから頑張れ、自分で起きるんだってね。手を取って起こしてあげるんじゃなくて、自分の意志で立つように鼓舞するの。それで痛みに堪えながら立ち上がる姿を後ろでひたすら見守って、立ち上がって走り出したら今度は倒れないように後ろを支えてあげる。私ならそうするかなって思う」



 私も未来の由香梨の姿を想像する。彼女の語ったお母さん像は確かに由香梨らしいな。



「比奈だったらこの場合どうする?」


「私は……私だったら」



 今度は自分の未来を妄想する。元気な男の子が駆け出す。けど、前をちゃんと見ずに派手にすっ転ぶ。私は慌てて追いかける。男の子は声を上げて泣き始める。私なら、その時。



「私も最初は由香梨と同じように頑張れって応援すると思う。自分で立ち上がらないと駄目だよって。でも、それでもどうしても立ち上がれないなら、私は手を差し伸べると思う。全くもう、お馬鹿さんだね、なんて笑いかけて起き上がらせる。それから一緒に手を繋いで足並みを揃えて歩き始める。そんな気がする」



 語り終えると、由香梨は満足そうに頷いた。



「比奈らしいわ。合ってると思うわよ。その慈愛溢れる献身さ。……私が予言するわ。比奈、あんたは駄目男製造機になる。このままだとね」


「ええっ……!?」



 未来の楽しい夢想がガラガラと崩れ落ちて、代わりに古いアパートの一室で職が中々見つからない旦那(一応その人の顔はカズ君)が嘆いてる所を「大丈夫、私がいるよ」なんて膝枕してあげてる構図が生まれてくる。確かにありかもしれない。むしろいいかも。……あれ、このままだと私本当に……。



「まあ、駄目男製造機っていっても、甘えさせるだけじゃなくてちゃんと叱咤できる良い意味の製造機だと思うけどね。むしろ良妻っていうのこの場合? とにかく比奈は私と違って起き上がらせるタイプなのよ」



 由香梨はストローに口をつけ、中身を吸い上げる。



「私は見守るって決めたから。何が起きてどうなってるのかまで詮索する気はない。……けれど、もし衰弱するようなことがあったら倒れないように後ろを支えているから。比奈は比奈にしか出来ないことをしなさいよ。後ろには私が控えているんだから、ドドーンとやっちゃいなさい。ま、何がとは言わないけどね」



 由香梨は悪戯っぽく微笑んでくる。

 

 私にしか出来ないこと。それは一体なんだろう。そもそも私は何がしたいのだろう。

 疑問がどんどん膨れ上がっていく。それはここ最近、心の中に篭っていた靄そのものだった。

 答えを探してみよう、と思った。靄の中に確かに存在する「何か」の正体を暴いてやろうと思った。

 それがきっと今の私に出来ることなんだ。

 例えそれがどんなに難儀なものだったとしても、後ろには由香梨がいてくれるから――きっと、大丈夫。

 



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