十三話「ラストチャンス」
やりすぎたかもしれないと不安になっていた。
元々香月比奈のファンを煽り、批判を俺だけに集中させつつ彼女を好きになった本来の理由を思い出させて再び見てもらうようにする、というのが狙いだったんだが……。
いざ終えてみると最後の方はヒートアップして寝取られ推奨するようなことを言ってしまった。推奨するのもどうかと思うけど、それ以前に寝取られなんて言葉、子供も見てるテレビに流してしまっていいのだろうか……。
香月比奈を俺に惚れさせるといったようなことも言ってたけど、まあこれは彼女も虚言ってわかってくれるはず。……くれるよな?
「……高城君って結構無茶する方なのね」
控え室に戻った俺にお茶を出してくれるマネージャーさん。
「友達にもやる時にはやる男だよって言われたことあります。それよりも言いつけは守れましたよね?」
「ええ、それはもう。とんでもないことを言ってるのにそういうところはちゃんとしてるのね」
実は今回のことするうえである約束があった。
俺と香月比奈はあくまで恋人で、偽者の恋人関係だとばらさないこと。これは事務所のマイナスイメージを避けるためで、結果的に所属している香月さんの面目を保つことになるそうだ。
「お疲れ様、高城君」
伊賀さんが控え室に入ってきて労いの言葉をかけてくれる。
「いえ……そんなことより大丈夫ですか? なんか勢いに任せてやばい事言っちゃったんですけど」
「ああ、それはまあ……何とかするから心配しないで」
伊賀さんの笑顔がぎこちなかったのを見逃さなかった。すいませんと心のうちで謝罪する。
「しかし凄いな高城君は。こんなことする人今までに見たことないよ。……僕もあの時君みたいな勇気があったら今頃――」
「高城君!?」
伊賀さんが何か言いかけていたが違う人の声でかき消される。
次に現れた人物。それは。
「香月さん……」
彼女は息を切らせていた。よっぽど急いでこちらにきたのだろう。
何で彼女がここに、と思いマネージャーさんに顔を向ける。
「放映中に比奈から電話があったのよ。それでどこにいるか聞かれたから、ね」
彼女はそれで俺たちの居場所を知り、ここまで来たのか。
しばらくして呼吸を整えた彼女が俺のほうにやってくる。
彼女は一体何を言ってくるだろうか。怒りの言葉か。悲しみの言葉か。もしかしたら軽蔑の言葉かもしれない。何を言われるとしても覚悟はできていた。
目の前にやってきた彼女はじっと俺の顔を見つめ、そして何故か頬にビンタしてきた。
「……え?」
痛みは感じなかったが、驚いたせいで体のバランスを取れず尻餅をついてしまう。
「え、な、何?」
困惑しながら彼女を見る。ワナワナと体を震わせ、顔を真っ赤にしている。
「な、ななな何でカメラの前で自信満々に私がしょ、処女……だってことを告白してるの!?」
「……あー、それか」
何事かと思ったらそこに怒ってるのか。しかも処女という単語に恥ずかしさを感じたのか、そこだけ小声になっている。
「それかじゃなくて! 絶対に言う必要なかったよねあれ!?」
彼女の純潔を証明するために必要あった……と思う。ネットの中には処女非処女を気にしてる人も多いので言っておいた方がいいと判断した。
実際に彼女が処女かそうじゃないかを聞いたわけじゃない。ただこの反応を見る限り言ったことは正しかったようだ。言い切ってしまっていたのでちょっとホッとした。
「そ、それに私に全力で惚れさせるとかそ、そんな勝手なこと……」
言ってて彼女は顔をかあっと赤くする。照れるならいちいち言わなくてもいいんじゃないのだろうか。
「あれはその場のテンションというか勢いというか……。あんまり真に受け取らないでくれると嬉しいかな」
「そ、そっか……」
ひとまず誤解が解けたところで今度は自分から彼女に向けて言葉を紡ぐ。
「ごめん。勝手なことして。こんなことしても香月さんの人気が戻るとは限らないし、それどころかまた下降してしまうかもしれない。じっとしてるのが嫌だったのは確かだけど、本人に相談もせずにやっちゃって……。香月さんに怒られるのも当然だ」
今回の事は自分がやりたくてやったことだ。彼女に非はない。責められるべきなのは俺だ。
それを聞いて彼女は無言で手を差し伸べてきた。一瞬掴んでいいか迷ったが、彼女の優しい微笑みを見て無意識にそれを掴んだ。引っ張られ、地面に立つ。
「色々文句は言ったけど私は怒ってないよ。高城君が私のためにあんなことをしてくれたのはわかってるから。どちらかというと心配してるんだ。ただでさえ高城君は批判を受けてたから、また今回のことで色々言われるんじゃないかって」
そう言う彼女は本当に心配そうで。心配させまいと笑って言う。
「大丈夫だって。元々周りの目はあまり気にしない方だし。それに普通の高校生が可愛いアイドルとこうして会話させてもらってるんだし、ちょっとぐらい言われた方が割りに合うってもんだ」
「……全く、もう」
彼女は呆れていたが決して悪いものではなかった。
「二人の仲が戻って何よりだわ」
一部始終を見ていたマネージャーさんがみはらかって入ってくる。
「とにかく今日は帰りましょう。今の私達に出来ることは……」
彼女が言い切る前に携帯電話の着信音が部屋に鳴り響く。
「あ、ごめん。僕の携帯だ。……しかも社長からだ」
顔を引きつらせながら通話のために伊賀さんは部屋を出て行く。
直後、また着信音が鳴った。音の出所はマネージャーさんのポケットからだった。
彼女は着信相手を見てサーっと顔を青くする。
「私も……社長から電話だわ……」
「あの、マネージャーさん。ちゃんと上に今回のことは許可貰ったんですよね……?」
流石に許可無しでできるわけがないと判断し、マネージャーさんに上の許可を貰って今回のことをした……はずだったんだが。
マネージャーさんは何も言わずに首を振る。大丈夫よって言ってたけど、あれ嘘だったのか。事の重大さに不安が拡大していく。
「た、高城君。大丈夫なんだよね?」
香月さんを心配させるつもりはないのに。なんだか申し訳なかった。
「――はい、はい。わかりました。伝えておきます」
マネージャさんの通話が終わり、こちらを振り向いてくる。
何て言われるんだろうか。緊張や不安、恐怖で手が汗ばんでいた。
「あのね、高城君」
ごくりと喉を鳴らす。隣にいる香月さんも顔を強張らせていた。
「今回の件、面白いからオッケーオッケーとのことよ」
「軽っ!?」
というかオッケーオッケーって。なんてお茶目な社長だ。あーそういえばそんな社長だったなと香月さんが呟いている。
「あ、それと社長は高城君にこんなことも言ってたわ。頑張れよって」
「へ?」
頑張れよ? 香月さんにならともかく、どうして俺に激励を?
「朗報だ! 比奈ちゃんに高城君、君たちに仕事が入った!」
笑顔で部屋に戻ってきた伊賀さんを見て些細な疑問は消えてなくなる。
「本当なのそれ!?」
俺たちより先にマネージャーさんが反応する。
「ああ。内容はテレビの撮影じゃない。ラジオだ。二人にラジオの依頼がきたんだ」
「ラジオ……ですか」
「ああ、そうだ。社長もさっきの高城君を見て面白そうと判断したらしい。これはチャンスだよ」
チャンス……。自分でやっておいて何だが、まさか本当にチャンスが巡ってくるとは思わなかった。いまいち現実味がわかない。
「伊賀の言うとおりこれはチャンスよ。今回の高城君の行動が吉と出るか凶と出るか。今の時点では未知数だけど、注目を浴びたというのは確かよ。これに乗っかって、ラジオでいい結果が残せれば今度こそ公開恋愛を『香月比奈のイメージをプラス』にするための企画に出来るわ!」
本来公開恋愛で目指していたこと。今までは失敗で終わったけど、成功すれば今回こそ――!
思わず隣の香月さんを見た。彼女も同じ事を思ったようでこちらに顔を向けていた。
「どうする二人とも。やるかやらないかはあなた達が決めなさい」
話を聞くためにマネージャーさんに向けていた顔を再度彼女と見合わせ、お互い力強く頷く。
『やります!』
彼女の夢をここで終わらせないためにも。そのチャンスを手に掴みとった。