三話「山の中の攻防」
『こちらα。チームAの通過を確認。オーバー』
「了解した。ポイント1に移動する」
無線を切り、あらかじめ指定された場所に移動を開始する。
「比奈、ちゃんと着いてきてるか?」
「うん、大丈夫だよ」
振り返り、彼女の安否をこの目で確認する。分かっていても少しホッとする。
夜の森の中は暗い。少しでも油断したら離れ離れになってしまう。
ただ彼女は今、彼女の顔をしていない。顔に特殊なメイクを施し、ホラー映画に出てきそうな白すぎる顔に、赤い唇、血走ったような目をしている。
「よし、ここだ。じゃ、比奈、手はずどおりに」
「オッケー」
指定のポイントに着くと、俺と比奈は二手に別れ、この後のための準備をする。後はチームAが来るのを待つだけだ。
「だ、誰!? きゃあ!」
だが直後、比奈の悲鳴が飛んでくる。
何だ何だ!? 何が起きた!? こんな台詞台本になかったぞ!? 他の誰かの悪戯か?
いや、そんなはずはない。今回の企画は俺達のためでなく、友達のために起こされたものだから。
「――くそっ!」
楽しいイベントになるはずだった。けど、想定外の事態が発生した。笑ってる暇はなさそうだ。
俺は彼女の悲鳴が聞こえた方に駆けていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「夜、勉強だけするのもいいけど、折角だから何かしたいね」
始まりは慶さんの何気ない一言だった。
「何かって何だ?」
「例えば花火とか肝試しとか……そういった夏に相応しい夜のイベントさ。昼間は思いっきり遊んで、残りは勉強も悪くはないけど、海に行くのなら少しでも楽しみたいじゃないか。いい気分転換にもなりそうだしね」
海に行くことそのものが気分転換なわけなんだけど。でもどうせなら何かしたいってのは分かる。
ざっと頭に夏の風物詩を並べる。慶さんの言ってた花火や肝試し。夕食を宿で取らずにバーベーキューで食べるのも悪くない。近くで祭りがやっているなら、それに赴くのもありだ。他にも――。
「……いざやるとなると選択肢が膨大だな」
「夏休みの計画に頭を悩ませるのも夏の醍醐味だ。一緒に考えて精一杯楽しいものにしようじゃないか」
慶さんは悩むことすら楽しんでいた。
この時の一連の会話を比奈にも話した。
「夜、もう一つ何かイベント……私は肝試しがいいなあって思うんだけど」
「その理由は?」
「この前恵と遊んできたんだけど、ある会話で岩垣君の話題が出てきたんだ。その時の恵はどうも目がキラキラしてるように見えて。恵と分かれて一人になった後、そういえば私達のグループ、想い人がそれぞれいるのに付き合ってるのは私達ぐらいだなってちょっと思ったの。だから、少しでも相手と距離が近づくイベントとして肝試しはどうかなって思い浮かんだんだ」
長々と理由を語る比奈に俺は驚きを覚えていた。
「比奈が他の人の恋愛が分かるようになっただと……!? それに堂々と私達が付き合ってるという主旨の言葉を発言してる……!?」
「わ、私も成長してるってことだよ!」
嬉しいような悲しいような、娘が大きくなった父親の気分である。
「でも比奈の言うことは一理あるな。久志は若菜さんに何度もアタックしてるけど軽くあしなわれてるし」
「お互い気持ちがはっきりしてるからいいけど、それでも久保田君も少しは報われてほしいよね」
「で、直弘と恵ちゃんにはフラグが立っていると」
「まさかあの二人がね」
相槌を打つ形で比奈が言いたいことを代弁してくれた。
「ありだな、それ。やるとしたら幽霊役は必然的に俺達になるわけだ。ただ、直弘と若菜ちゃんは去年のお化け屋敷の例もあるし、一筋縄ではいかないと思うんだがな」
「そのことだけど、いい案があるよ」
比奈は自信たっぷりに言う。
「お化け役は私達だけじゃなくて、河北さんにも頼めばいいんじゃないかな。演技力は抜群だからきっとこなせると思う。あと、私のお姉ちゃんにメイクとか衣装を選んでもらえば見るだけで卒倒ものの見た目にしてもらえるはず!」
「慶さんはともかく博美さん万能すぎだろ」
でも比奈の言葉通りなら、人数は少なくても去年の文化祭以上の怖さを作り上げることが出来そうだ。
かくして慶さんと博美さんにも協力を仰ぎ、夕食後は肝試しを決行することになった。
宿の近くに木の生い茂った小さな山があるのでそこで行う。獣道の先に小さな小屋があるらしいので、中に到達した印である札をあらかじめ昼間にセットしておいた。今宵の肝試しはこの札を取り、帰ることが目的だ。
次に班分けだ。二人一組で、大人二人を除いた皆でくじを引き、グループを決定する。その内の二人はお化け役になること。
班は直弘と恵ちゃんグループ、久志と若菜ちゃんグループ、由香梨と沙良グループの三つで、外れを引いた俺と比奈は大人と協力してこの三グループを驚かす役回りになった。
この組み合わせは当然狙い通りである。くじ引きなんてあくまで「形」で、最初からグループは決まっていたも同然だから。神様の見えない手になった気分だ。
そんなわけでスタートした肝試し。一番最初に出発する直弘達のグループ――通称チームAよりも早く山に入り、準備をした。慶さんや博美さんともこのイベントのために購入したおもちゃのトランシーバーで連絡を取りながら、いざ、肝試し!……のはずだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
比奈の声が聞こえた方に駆けていると、トランシーバーに無線が入る。
『こちらβ! ど、どうしたの、何が起こってるの!? さっき愛しの比奈の悲鳴が聞こえた気がしたんだけど!?』
「割と距離あるのによく聞こえたな!? 何が起きてるのか、俺も分からない。今、声のした方に向かってる。ここまでしてもらったけど、肝試しは出来そうにない!」
『それはどうでもいいわよ! それよりも比奈をちゃんと助けなさいよ! もし間に合わなかったとか、そんな馬鹿なことしでかしたら、後で地獄を見ることになるからね!』
「駄目だったら煮るなり焼くなり好きにしろ! 彼女のピンチに助けられないで何が彼氏だって話だからな!」
無線を切り、足を動かす。
比奈の声が聞こえたとき、あまり距離は離れていなかったはずだ。なのに見つからない。どういうことだ。
ポケットにしまっておいた小型の懐中電灯を点ける。地面を照らし、土に足跡があるのを確認する。
「こういったアウトドア的な職業も検討するついでに本読んでおいてよかった」
あわよくば資格も取ってやろうかと思ったが、年齢制限に引っかかったために知識を覚えるぐらいで留まったが。
足跡は三つある。一つは小さな足跡で、多分、これが比奈のものだ。残り二つは男性と思われるもので、一つは比奈と同じ方を向いており、最後の一つは反対方向を向いている。しかも一番真新しい跡だ。これが示すのは――。
瞬間、僅かな光に何かの影が覆いかぶさる。真後ろに、誰かが――いる!
しゃがんだ姿勢から立ち上がる動作と肘を突き出す攻撃の動作を同時に繰り出す。しかし、読まれていたのか右肘は動きを止められる。なら、と反時計回りに勢いをつけて裏拳をする。が、これも止められる。
体が捻られたことによって、視界がその人物を捉える。暗くて顔が見えないが、男はスーツにネクタイと、サラリーマンのような格好をしている。
「ならこれはどうだ!」
今、俺の腕を止めているのは男の二つの腕だ。やつが腕が三本ない限り、この攻撃は止められないはず。右足を軸にして、左足を男の側面に思い切りぶつける。だがこれも止められる。右肘の動きを止めていた腕を放して防御に回したようだった。
お陰で腕が解放され、自由に動けるようになる。即座に一歩下がり、相手と距離を置く。その姿を正面から見据える。
「あんた何者だ!?」
威勢よく言い放つ。すると闇の先から拍手と男の声が返ってきた。
「立派になられましたね、坊ちゃま」
男は近づいてくる。懐中電灯で照らし、ようやく顔が露になる。髪の白い、初老だった。だが背筋はピンと伸びており、体格もごついわけではないが、しっかりとした筋肉がついた健康的な体だ。軟弱な若者より若者の体をしている気がするおじさんだった。
その姿には見覚えがあった。
「もしかして……新井さん!?」
「爺、もしくはセバスチャンとお呼びください」
懐かしいなこのやり取り。
新井さんは古くから親父と親交があり、今も親父の下で働いているH&C社の古株の一人だ。
親父は自身がH&C社の会長であることを隠し、俺達家族に普通の日常を送れるようにしてくれた。だがそれでも何かのきっかけで俺がH&C社の会長の息子であることがバレ、騒動に巻き込まれる可能性があった。そこで格闘術を学んでいた新井さんに護身術の一環として、小さい頃に身を守る術を教えられた。
この場で対応できたのも新井さんのお陰――つまり彼は師範のような存在だ。まあ、新井さんはどうしてかセバスチャンや爺といった呼び方にこだわるのだが。
「どうして新井さんがここに!?」
「私のことは爺、もしくは……」
「今はそれいいから!」
新井さんは見て分かるぐらいしょんぼりする。
「……肝試しのためにです」
どういう意味だ、と問おうとしたところで近くから聞いたことのない男の叫び声が聞こえた。
「あれは……香月様担当の……」
「香月様って、比奈のことか!? そうだ、ここでのんびりしてる暇はねえ! 比奈のところに行かないと!」
「でしたら爺に付いてきてくだされ」
どうやら比奈の居場所を知っている模様。疑問はあるが、今はとにかく付いていくしかなさそうだ。
「あ、カズ君」
案内された場所にやってくると息を荒げた比奈がいた。彼女の傍にはスーツ姿の男がのびていた。
「無事か!? 何か変なことされてないか!?」
彼女の肩に手を伸せ、安否を確認する。驚いた比奈が「きゃっ!」と小さい声を挙げる。
「大丈夫だよ。何もされてないから。だから、その手を放してくれると嬉しいかな」
言われたとおり手を放す。
「いきなり物陰からこの人が飛び出てきて、思わず逃げたけどしつこく付いてくるから、待ち伏せして護身術で投げちゃったんだけど……」
比奈はチラリと気絶した男の方を見やる。どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。頼もしい彼女で安心した。
「許してください、香月様。この男は香月様に何かするつもりではなかったはずです。大方、女性が一人で暗い夜道を走っていくのに危機を感じ、慌てて止めようとしただけだと思います」
「確かに『危ない、そっちに行っちゃ駄目だ!』って声が聞こえたような聞こえなかったような……で、えーっと、この方はカズ君の知り合い?」
説明を求めるようこちらに目を向けてくる。簡単に新井さんの概要を説明した。
「多分、この男もH&C社に勤めてるやつだろ? ここで一体何やってるんだ? 説明してもらいますよ、新井さん」
「はい。こちらもこれ以上誤解を招きたくはありませんので。発端は坊ちゃまとお母様の会話にございます」
「俺と母さんの?」
「はい。坊ちゃまは先程、お母様と電話をしておりましたね」
確かにしてた。夕食前、母さんや親父が泊まるホテルのレストランで友達と一緒に食事をしないかと誘われた。夕食の後に肝試しがあるから、と断った。ただそれだけの会話のはずなんだけど。
「坊ちゃまやその友人様方が肝試しをやることが、お母様から会長に伝わったのです」
「ふむ」
「そこで会長は高らかに宣言しました。俺達H&C社の力で息子の肝試しに協力しようと。そこで我々がこの山に派遣され、友人方一人一人を驚かそうという寸法でございます」
「なるほど」
経緯は把握した。親父が勝手に事を進め、今も他の友達をH&C社の使者の手にかかっていると。
俺は深呼吸をし、最後に大きく息を吸うと、
「あんの馬鹿親父がぁぁぁぁああああ!!」
吼えた。気のせいか、近くにいた動物たちがもの凄いスピードで山奥に引っ込んで行ったような感覚があった。
「新井さん達も親父の馬鹿な提案に乗らないで下さいよ!」
「それなんですが、皆乗り気でして。『間接的にだけど女子高生と触れ合えるぞー!』と奮起している方が大半でした」
「H&C社は馬鹿ばっかか!?」
どうしてこんな会社が世界的大企業になったのだろう。俺には理解出来ない。
『こちらα。……さっきの咆哮は和晃君のかい? まるで獣の鳴き声だったよ』
αもとい慶さんから無線が入る。
「ああ、いや、ちょっと色々あってな……。それより、皆がどうなってるか分かるか?」
『何かがあったって博美さんから連絡があってから捜索してるんだけどどうも見つからない。彼らに一体何が……』
「分かった。多分、俺達で全員見つけられると思うから、博美さんと合流して待っててくれ。事情は後でちゃんと説明するから」
無線を切ると新井さんのほうへ向き直った。
「比奈の居場所が分かったってことは、他のみんなの居場所も分かりますよね。案内してもらいますよ、新井さん」
「爺、もしくはセバスチャンと呼んでください。では、ご案内します」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
道中、新井さんにH&C社の社員達はどんな方法で驚かそうとしたのかを訊ねた。返ってきた言葉は「茂みから音もなく現れ、相手が遠くに行かないよう、逃げ道を塞ぐようにも現れ、逃げようとしても四方八方から追い詰める形にする次第でございます」と返ってきた。
つまり人海戦術だ。大勢の人間で囲んでびびらせる。もう肝試しの要素がどこにもない。
新井さんの話を聞いて不安は大きく広がった。でも、慶さんにも待っててくれって言っちゃたし、俺達が皆を助けるしかないわけだ。
「この近くが作戦決行ポイントです」
動きを止めて息を潜める。茂みの先から微かな声が聞こえる。確かに誰かいるようだ。
比奈と目をあわす。作戦は考えてある。といっても、一斉に飛び出して社員達を仲間から引き剥がすだけという、何の捻りもない作戦だ。
俺と比奈は同時に飛び出す。何を口にするかも既に決めている。
「俺の友達に手を出すな!」
「え?」
「はい?」
すると緊迫感のない返事が返ってきた。
意を決して飛び出した先には二人の少女と数人の黒服の男達がいた。だが、どうにもおかしい。黒服の男達は生気の消えた目で正座をしており、その正面には正座した男共を豚を見るような目で見ている沙良がいた。由香梨は男達と沙良から離れた所に立っていた。
「あら、アキ君に香月比奈。ご無事のようで何よりです」
「ああ、うん、そっちも無事なようで……一体どういう状況?」
「このような構図になったのを詳細に語るのでしたら、少し長くなってしまいますが……」
「調教よ」
由香梨がボソッと呟く。
「沙良がその黒服の男達を調教した……」
「全く由香梨ったら、調教なんて物騒な言葉を使って……私、そんな調教なんてしてないですよね?」
沙良が正座を続ける男達に笑顔を向ける。すると男達は飛び跳ねるような反応をして、
「は、はい! 三条様が私どもみたいなゴミ屑に調教なんてもったいないことしてもらうはずがありません!」
「誰が私のアキ君に視線を向けていいと仰いましたか? あなたたちが見るものは舗装もされず、獣一匹通らない無価値の地面でしょう?」
「も、申し訳ございません女王様!」
俺、いつからお前のものになったんだよ、と言える余裕はなかった。
この悲惨な状況を見て思うことは一つ。あいつら……当たった人間が悪かったな。ご愁傷様。
「こ、ここに来たのには訳があるんだけど――」
比奈が無理矢理に軌道修正をして、今この山で起きている事態をざっと説明する。
「なるほど。やはり会長が……H&C社が絡んでいましたか。分かりました。私は少し彼らに聞きたいことがあるので由香梨はアキ君達についていって下さい。後で合流いたします」
沙良の言葉を受けて俺達は次のチームがいる地点へと足を進める。
「なあ、調教って具体的に何したんだ?」
と途中、由香梨に訊ねてみた。彼女は間をたっぷりと空けてから、
「……あのね、和晃。世の中には知らない方が幸せなことってあるもんなのよ」
彼女は頑なに説明を拒んだのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「若菜は大丈夫だと思うけど、心配なのは久志君ね」
次のポイントにいるのは若菜さんと久志であると新井さんから教えてもらった。
「久保田君怖いの苦手なんだよね。肝試しも若菜と一緒の班だから強引に参加を表明してたし……大丈夫かな」
去年の文化祭で明らかになったイケメン、久志の弱点。怖いものだ。肝試しをやると言った時点で体が震えてたし、いざ山に踏み入るって時はお化けが怖がりそうなくらいおびえきっていた。若菜ちゃんの隣を歩けるという理由で参加してるみたいなもんだから……。
若菜ちゃんに関してはあまり心配していない。生涯でも最も怖いと感じたお化け屋敷に入った去年も平気な顔をしていた。久志の隣で冷静な判断を下している彼女の光景が目に浮かぶようだ。
ポイントに着くと先程と同じように茂みに身を隠す。今度は声が小声じゃないからかきちんと聞こえてくる。
「若菜さん、丸太は持ったか!?」
「……小枝なら」
「よし! 行くぞ!」
「どこがよしだよ!?」
思わず強くツッコミながら前に出てしまう。あ、と思った時にもう遅い。
多分。黒服の男だと勘違いされた俺は顔面から丸太もとい小枝の攻撃をくらった。チクッとした痛みが湧き上がった。
「――若菜さんはさほど反応せず、一人で勝手に追い詰められた久志はワイルド久志となって、黒服の男を次々と撃退した、と」
若菜ちゃんは無表情のままコクリと首を縦に振り、ワイルド久志は「その通りだぜ!」と豪快に笑いながら親指を突き出した。……ワイルド久志って千年前の遺跡から発掘したパズルを完成させた際に生まれる人格みたいなものなんだろうか。不思議だ。
とにかくここでも友達に害はなかったようだ。皆を助けるというか、強靭な友にやられたH&C社のやられ様を見学して回っているような気分だ。足元に転がる黒服達を見るとその思いはさらに加速する。
「じゃあ、最後のチームの元に行くか」
投げやりに言った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「前二つのグループは特別な人が集まってたから大丈夫だったけど、最後の二人は心配があるわね」
「……由香梨、私は別に特別じゃない」
「男達が飛び出してきても平然としてた女子がよく言う」
由香梨はピシャリと跳ね除けた。
「直弘は怖いものが得意でも、力は男の中じゃ一番ないからな。体力もあまり多くない。あいつのことだから安岡さんを守ろうと必死になってるだろう。だから恐怖とかじゃなくあの二人は――体力や精神を消耗している。早く行かないと不味いぜ」
久志が流暢に喋る。ワイルド久志、味方になると凄まじく頼もしい。
「よし、ここだ」
ポイントに着くと、安定の待機。この前動作は慣れた。後はさっきのイレギュラーな事態さえ起きなければ沙良や由香梨チームにした時のように一斉に飛び掛るだけ。
「きゃあ!」
だが、事態は急転する。近くから女の子の悲鳴が上がった。いつもより甲高い声だが間違いない。これは恵ちゃんの悲鳴だ!
「直弘と恵ちゃんから離れろ!」
俺達は合図もせず本能のまま舞台に飛び出す。
先程までの悠長とした空間はそこにはなく、二人を黒服達が囲んでいた。気色悪い。
作戦は功をなしたようで、黒服達は驚き振り返る。怒涛の勢いで二人に迫っていく俺達にやばい、と思ったのか彼らは瞬く間に離れていった。
あっさり脅威は追い払った。だが、中心に立つ二人はそのことに気づいていないようで。直弘は恵ちゃんを腕の中で抱きしめ、決して戦場を見せないようにしていた。直弘は視線が明らかに動転しており、俺達を捉えると同じ敵だと認識したらしく、
「来るなら、来い! 安岡を……恵だけは指一本触れさせない!」
漫画のような熱い台詞に一同制止。
「ああ、その、何だ。邪魔して悪かった」
「和晃、明日は赤飯の用意をしておけ」
「おめでとう、恵!」
「こういう時ぐらいは祝ってあげようじゃない」
「……クラッカーが欲しいところ」
各々コメントを残していくと流石にあいつもこちらの正体に気づいたらしい。けど俺らは何も言わず、
『失礼しました』
一礼した。
「ちょっと待て! 今の聞いてたのか!? ちょ、今のは、ちがっ……色々と流れがあってだな!」
「え、何? 何が起きてるの、直弘君」
最後もあたふたしながらどうにか収拾をつけた。
この後、全員集合した俺らは慶さん達に合流し、残りの時間を勉強に回し、疲れたので予定より早く就寝に着いた。翌日の朝、一同は車に乗り込み故郷に帰り、再び元の日常に身を投じたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――後日。
「あなたが変な指示をしたせいで皆大混乱ですよ? その重大性、分かっていますか? 冗談じゃ済まされませんよ?」
「その件については反省している。だから、あの、沙良さん、この縄を解いてくれないだろうか。時々こういったプレイを望むことはあれど、毎回やるほど性癖は傾いてない。だから、落ち着け、な?」
目の前には椅子の後ろに手を回され、その手首を縄で結ばれた親父がいた。
「ほら、和晃も沙良ちゃんを説得してくれ。頼むから」
「時々でも縛りプレイを望む親父に頼む権利なんてない」
「母さんだけが対象じゃない。趣向返しに俺が縛られることだってある!」
「親の夜の事情なんていらんわ! というかちょっと想像しちゃったじゃないかふざけんな! もう酌量の余地はない! やっておしまいなさい、沙良!」
「はい、アキ君の仰せのままに。私に十才で旅立ち、一つの夢を目指して努力するも、最後のトーナメントではそれなりの順位しか残せない帽子を被った男の子如く、命令を下さい!」
「待て、息子よ! 俺は息子に殴られたこともないんだぞ!?」
「そりゃ殴ったことなんてないからな。というわけで、いけ沙良! つるの鞭!」
小気味よい音と若干恍惚の混じった親父の声が部屋に響き渡った。




