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四話「波乱万丈なとある一日 ―メイド編―」

「ほら、起きてください」



 頭の中に優しい声が響く。起きろ、と言われているのにいつまでも目を閉じて拝聴していたい。

 クスクスクス、と困ったように彼女は笑う。仕方ないですね、なんて言いながら彼女は俺に近づき――。



「朝ですよ、アキ君。あまり寝すぎると遅刻しちゃいますよ?」


「…………へ?」



 目を開けた先には沙良がいた。制服の上にエプロンをしている。



「さっきから声をかけてくれたのは沙良?」


「はい、そうです」


「そうかそうか」



 なるほど。道理で心地いい気分になるわけだ。



「――じゃなくて何で沙良がここにいるんだ!?」


「アキ君を起こしに来たんですよ?」


「そっちじゃない! なんで堂々と住居不法侵入してるんだ!?」



 訴えたら私、勝っちゃいますよ?



「『あいつ、一人暮らしでろくなもん食ってないだろうからたまにはバランスの摂れた食事でも与えてくれ』と会長に言われ、受け取った合鍵を使って入ったのですが……何か問題でも?」


「問題しかねえよ!」



 あの糞親父、人に何も言わず勝手なことしやがって!



「まあまあ。アキ君が激昂しても仕方ない状況です。ですが、コストばかり考えて栄養を考えた食事を摂っていないのは本当ですよね?」


「それは……まあ」



 それにいちいち栄養なんて考えてられるか、といっためんどくさがり思考も入ってる。



「別に変なことをするつもりはないですから安心してください。私が腕によりをかけて最高の朝食をお届けしますよ。アキ君は着替えとか他の準備をして待っててください」



 彼女はそれだけ言うと口笛を吹きながら部屋を出て行こうとする。俺はそんな沙良を呼び止める。



「さ、沙良!」


「どうかしましたか?」


「つかぬことをお聞きしますが、変なことをするつもりはなくても『した』ということはないですよね?」



 沙良なら俺が寝ている間に何かしでかしていてもおかしくない。あんまり幼馴染を疑いたくはないが念には念を入れておく。

 彼女はしばし呆気にとられていて、次に、



「……それは盲点でした。私としたことが……!」



 と本気で悔しそうに呟いていた。


 言わない方がよかったのかもしれない。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「こんなに早く家を出るの初めてだ」


「駄目ですよ、アキ君。こうして早く学校に行ってこそ学生というものです」



 沙良が珍しく俺に説教する。彼女の場合長らく学校に通っていなかったからこうして学校に行くだけでも楽しいんだろう。



「そういや、今日の昼飯考えなくていいなんて言ってたけどどういうことだ? 食堂や購買に行けってこと?」



 昼食用の弁当を作らないと、と思ったのだが沙良がキッチンを支配していて、昼のことを伝えても「それをアキ君が気にする必要はありません」と言われて流された。結局弁当は作れずじまいだ。



「いえ、そんなわけありません。実は二人分の弁当を作ってあるんです」


「ありゃ、そうなの? 言ってくれればカバンにしまったのに。今は無理だし、教室着いたら渡してくれ」


「その必要はありません。何故なら今日はアキ君は私と屋上でお弁当を食べるからです」



 何も言ってないのに勝手に決まってるぞおい。



「ちょ、ちょっとタンマ。話が勝手に進んでいるんですが」


「勝手に進めてますからね」



 なんて横暴な。



「……駄目ですか?」


「駄目と言ったわけじゃないけど……」


「この前女の子二人と屋上で一緒に昼食を食べていたそうですが……私じゃ女の子二人の魅力には勝てませんか……」



 比奈と若菜ちゃんと食べたあの時のことか。しっかり噂になってるんだな。



「そ、そんなことないって。沙良も充分魅力あると思うぞ」



 何だか言い訳してるみたいな気分だ。

 それでも彼女はパアっと顔を明るくする。



「本当ですか? なら――」


「ああ。ま、今日一日ぐらいいいだろ」



 沙良の喜ぶ姿は見てて微笑ましかった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「――ということが朝からあったんだが、どう思う直弘」


「いい加減爆発してくれとしか俺には言えんが」



 昼休み。特に理由もなく直弘に朝のことを報告していた。



「朝起きたら家に幼馴染がいて、まるで嫁のように朝食を作ってくれていた。で、食べ終わって家を出たのがいつもより早いという健康的な登校。そして取り付けられる昼飯の約束。どういうことなんだ、一体」


「だからそういうことをいちいち俺に報告することがどうなんだ、一体。当て付けか? 当て付けだな。当て付けなんだな!?」



 言葉を重ねるごとに感情が吐露していく直弘である。



「というかお前、三条と昼飯食う約束してるんだろ? 俺なんかと話してていいのか?」


「沙良曰く、こういうのは雰囲気が大事ってことで準備が出来次第連絡するって言ってたんだが……」



 その時ちょうど携帯が鳴る。中を開いてみると案の定沙良からのメールだった。



「連絡きたし、行くわ。じゃあな直弘」


「ああ、もう二度と来るなよ」



 あんまりな別れの言葉を貰って直弘の教室を後にした。


 屋上に出ると笑顔の沙良が待ち迎えてくれた。その姿は学生というよりデート中の女の子にしか見えない。

 しかも彼女は屋上の床にレジャーシートを引いていた。無機質な地面に黄色を基調としたカラフルなレジャーシートが彼女の周囲に広がっている。それがより一層デート感を煽ってくる。



「お待たせしました、アキ君。こちらにどうぞ」


「お、おう。というかいいのか、こんなピクニックみたいなことして。一応ここ学校だぞ」


「問題はないと思いますよ? 別に校則違反してるわけでもありませんし。何か文句付けてくるようであったら……H&C社の権力を行使して――」


「頼むからそれだけはやめてくれ」



 職権乱用よくない。


 上履きを脱いで彼女の横に腰を落とす。沙良が俺の前にスッと弁当を置いてくれる。

 彼女に感謝しながら蓋を開けると、主食、菜食など見ただけでバランスがよいとわかるようなラインナップになっており、しかも見た目も多彩でそれだけで食欲が湧き上がる。完璧なお弁当とは何か、と問われたら俺はこの弁当を推すだろう。



「おお、すっげー美味そう。いただきます」



 その弁当は見た目に反さず病み付きになりそうな美味さだった。当分自分の料理は不味く感じるだろうなあ。

 箸の進む手が止まらずにあっという間に弁当をたいらげてしまう。



「何も言うことはない……最高の弁当だった。ご馳走様」


「嬉しいお言葉ありがとうございます。食後の紅茶はいかがですか?」


 

 流石沙良。準備周到だ。

 彼女は持っていたカバンから水筒を取り出し、あらかじめ用意しておいたらしいコップに注ぐ。鼻腔をくぐる甘い香りと暖かさを示す蒸気が周囲に漂った。

 彼女にコップを渡されて一口飲んでみる。紅茶は狙ったような温度で喉を通しやすく、味も甘すぎず苦すぎずのちょうどよい感じで食後の一杯とはこういうものなのか、と思い知らされる。



「……沙良、お前本当に秘書じゃなくてメイドでもしてたんじゃないか?」


「『でも』ではなくて、『も』ですよ」



 そう言うと沙良はフフフッとはにかむ。青空の下、ピクニック気分の昼の時間帯にぴったりの爽やかな笑顔だ。



「学校で昼食食べたって感じがしないな。マジでピクニックしているような気がするよ。しかもポカポカ陽気だから眠気まで誘われる」


「なら昼休みが終わるまでお昼寝でもしますか?」


「素晴らしい提案だ。けどここじゃあ床が硬いし、あくまでしたいってだけだな」


「ここなら――柔らかいと思いますよ?」



 すると沙良は正座に座りなおし、その足を差し出してくる。



「あの、沙良さんこれは……?」


「いわゆる膝枕です。遠慮せずにさあ、どうぞ」



 健康的な白い肌を彼女はポンポン叩く。魅力的な提案に思わず唾を飲んでしまったが、



「いやいやいや、流石にそれは――」


「私は別に眠くありませんし、少しの間ですから足が疲れたり、なんてこともありません。むしろ私は穏やかなアキ君の寝顔を観察したいんです」



 本人を目の前に観察したいだなんて言うかね普通。



「そういう問題ではなくてだな……」


「アキ君。こういう時はごちゃごちゃ言わず女の子の提案を呑むものですよ? 好きな人のためにしてあげたいという奉仕心をぞんざいに扱うつもりですか?」


「そういうわけじゃないけど」


「なら私の太ももに顔をうずめて下さい」



 その言い回しはちょっとおかしい。


 結局俺は彼女の言葉に反論できず、申し訳ないと思いながら彼女の足にそっと頭を乗せた。

 女の子の膝枕なんて初めてだが、とても柔らくて気持ちいい。確かにこれなら目を閉じればすぐに眠れそうだ。

 眠れそう……なんだが心臓のバクバクが止まらない。ほのかに香る女の子の匂いが俺の興奮を促す。とてもじゃないがこんな状態で寝れる気がしない。

 沙良も俺がそういった恥ずかしさに苛まれているのを分かっているだろう。分かっていて彼女はそれを眺めているんだ。でもそれは彼女にとって嬉しいもの以外の何物ではない。

 つまり、俺は弄ばれているんだ。


 昼休み終了のチャイムが鳴るまで俺は沙良の掌の上で転がされるのだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「うーむ、こんな感じの動きでいいのか?」


「どうなんでしょうね。俺はどちらかというとこう……」



 放課後。今ではすっかり部活に打ち込む一介の学生だ。

 全体の流れを掴んだら次は個々のシーンを完成させる作業に入る。特にこの期間が一番時間がかかる。この場面でしっかりと動きや表情などの演技を決め込んでおかないと矛盾が生じたり話が繋がらなくなる、なんてこともある。

 特に今回は俺と祥平が主演争いをしているため期末テスト後に行われるオーディションまでに祥平と協力して考えていかないといけない。


 だが今日の部活ではこれといった最適解が見つからず、進展はほぼなかったといっても差し支えない。

また明日頑張るしかないな。



「お疲れ様です、アキ君」



 今日は暇だったらしく部活を見学していた沙良にタオルを手渡される。

 沙良も学校に通うようになってからたまに部活の見学に来てくれていた。最初こそ「愛人か!?」「二股かよ!」なんて散々な言われたが、休憩の合間や部活終わりのケアなどは他の誰よりも抜き出ていて、今では来てくれてありがとうございます、と感謝される始末である。ただ沙良が来るたび妬みの視線を向けてくるのだけは勘弁してほしい。

 

 着替えを終え、待ってくれていた沙良と校門を出る。すると彼女はそこで不意に立ち止まる。



「沙良? どうかしたか? 忘れ物でもしたか?」


「いえ、そういうわけではありません。……こそこそ隠れてないで出てきたらどうです?」



 沙良は何を言っているんだ?

 ……なんて思っていたら校門の陰から申し訳なさそうな顔をした比奈がひょこっと姿を現した。



「ひ、比奈!? なんでそんな所に隠れて……」


「あー……えっと、今日は沙良さんのターンで、どんなことしてるんだろうって気になってつい……」



 沙良さんのターンとはどういうことなんだろう。



「よくわかんないけど他に帰る人とかいなかったら折角だし一緒に帰らないか?」


「え、でも……」



 比奈が沙良の方を覗う。



「私は構いませんよ。彼女は既に私との差を思い知っているはずですから。そうですよね?」



 沙良が比奈に問いかける。

 比奈は何か言い返そうとするが悔しそうな、それでいてちょっと泣きそうな表情を浮かべるだけで結局何も口にしなかった。


 二人の間で一体何が起きているんだろう……。



「そうだアキ君、このままアキ君ちに行ってもいいですか? せっかくの機会なんで今日は三食とも私が提供したいんですけども」


「じゃあお言葉に甘えることにしようかな」



 それに断っても沙良は無理矢理決行するだろう。今日一日ぐらいなら沙良に全てを任せてのんびりするのもいいだろう。



「よければ香月比奈も一緒にどうですか? たまには一時休戦ということで二人でお料理でもしましょう」


「う、うん……」



 比奈は完全に恐縮しているようなんだが。

 こんなんで本当にのんびり出来るんだろうか。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「沙良さん料理凄く上手だね」


「舐めないでいただきたいですね。これでも結構有名なシェフの方からお墨付きをもらっているんですから」



 何もしないでテレビでも見て待っていてください、と言われリビングに追い出された。

 言われたとおりテレビでも鑑賞しようとしたが、台所に入った二人が心配で気が気じゃないというのが本音だった。

 少し前までは比奈と沙良は仲良くなれると思っていたんだけどな。比奈との関係が変わったせいでそう簡単に事が運ばなくなってしまった。いずれどうにかしないと。


 とは言っても聞こえてくる二人の会話は料理を作る女の子の会話そのものだ。特に険悪になっているわけではなさそうなので一安心といったところか。



「そういえば、どうでしたか、私のヒロイン力は。ずっと見ていたのでしょう?」


「…………」


「何も言い返さないのは負けを認めている証拠ですよ。自分でもやり方がおかしいと感じているんじゃないですか? 私もあなたの行動を見させてもらいましたが、不自然なイベントを連続させ、そのイベントも無理矢理ラブコメっぽく仕立て上げたものばかり。挙句の果てにアキ君にラッキースケベをさせるために動いてお色気を強める……。プライドはないんですか?」


「ぐふぅっ!?」



 ……気がつくともの凄く不穏な会話になっている。


 心配になってきたところで「出来ました」と沙良が笑顔で戻ってくる。後ろからついてきた比奈は……顔が項垂れていて、しかも放心している。

 何があったのかを訊ねても沙良は「彼女の自業自得です」としか答えない。


 意気消沈気味の比奈が気になったせいで晩飯はあまり味わうことができなかった。

 魂の抜けた比奈を置いて沙良は食器を洗いに行ってしまう。



「……大丈夫か、比奈」


「……カズ君、ごめん。私はメインヒロインになれないみたい」


「何言ってるんだ!?」



 言ってることは意味不明だけど落ち込んでいるのはよくわかった。

 対処法が思い浮かばないのでどうにかして気を紛らわそうと考える。そこで今日の部活を思い出した。



「な、なあ、比奈。一つ訊きたいことがあるんだけど」


「……何?」


「部活の劇のことなんだけどさ、ある場面でどんな動きをしたらいいのか話し合って結局結論が出なかったんだ。比奈だったらこういうときどんな演技する?」



 カバンから台本を取り出して例の場面が描かれたページを見せる。

 始めは絶望しきった顔で覗き込んでいた比奈だが、台本をしばらく眺めているとその目に生気が戻ってくる。



「ちょっと台本貸してもらえる?」



 そのまま彼女に台本を渡す。彼女はそのページの前後数ページをパラパラとめくって台本を読み込む。



「ここは……こんな感じじゃないかな? ちょっとやってみるね」



 比奈は台本を片手に悩んでいた場面の演技を一人でこなす。さっきまで情けなかった顔も演技中の彼女は凛々しく、まるで別人のようだった。

 


「なるほど、そんな感じか。解説してもらえるかな?」


「うん。ほら、ここでヒロインが――」



 丁寧な説明を受ける。聞いてみるものだな。彼女の機嫌が治るどころかちょっとした問題まで解決しちまった。



「皿洗い、終わりました」



 そこで沙良が戻ってくる。



「お、ありがと。沙良が頑張ってる間に違うことやっててごめんな」


「私は気にしていませんよ。それに何より、アキ君が生き生きしているようなのでそちらの方が嬉しいです」



 今の沙良は先程までの彼女とは様子が違っていた。

 変わらず笑みは浮かべている。だが、そこには少し寂しそうな――哀愁が感じられる小さな笑みだった。



「……前言撤回です。どうやら負けは私のようです」


「え、でも私は沙良さんよりも凄いことはしてないよ……?」


「そういうことではないんです。…………心のよりどころは何をしてもあなたのようですから。そういう意味で今の私はあなたに勝つことが出来ないんです」



 沙良はくるりと背を向ける。



「すいません、明日は用事があるのでこれで失礼しますね。それに流石の私も劇には疎いのでここでは何も出来ないですし。きちんと手伝ってあげてくださいね、香月比奈さん。それから――私はこの程度じゃ諦めませんから。覚悟しておいて下さいね」


「……うん、望む所だよ」



 えっと、二人はどうやら俺を差し置いて会話してるっぽい。



「あのー……二人はさっきから何を話していらっしゃるのですか?」



「乙女の秘密です」

「乙女の秘密だよ」



 思わず訊ねてみると二人の答えがハモって返ってきた。


 やっぱり仲良いのかな……?



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ――後日。



「私達サブヒロインの力……とくと見せて差し上げます」

「……クーデレヒロインとヤンデレヒロイン、参る」


「そ、その組み合わせは卑怯だよ!」



「ねえ和晃、あの三人最近ずっとあんな感じなんだけどいいの?」

「楽しそうだしいいんじゃないか?」



 仲良きことは良きことなり。




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