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アイドルと公開恋愛中!  作者: 高木健人
9章 三年生編
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八話「『約束』の鎖」

「来たか。そちらに座ってくれ」



 メイド服に身を包んだ沙良に部屋を通され、中にいた親父の向かい側のソファに腰掛ける。

 かなり豪華な部屋だ。下手なアパートの一室よりも広い。

 

 案内を終えた沙良は親父の斜め後ろに立つ。



「二人ともよく来てくれた。ただ、悪いがそこまで時間は割けない。私も暇じゃないんでな。だから下手な与太話はなしに早速本題に入らせてもらう」



 座り終えた俺達が親父の方を見ると、彼はすぐさまそう切り出した。



「しかしこの場にはまだ何も知らない比奈君がいる。なので最初は私が進めるのではなく、比奈君が聞きたいことを聞いてそれに答えながら話していくという形を取りたいのだが、構わないかね?」



 比奈がこちらを窺ってくる。それに対し、無言で頷く。



「はい、大丈夫です。……早速質問させてもらってよろしいですか?」


「ああ、むしろ早い方が助かる」


「えっと……じゃあ、まずこの場は主に何を話し合うための場なんですか?」



 比奈が早々に質問を切り出す。親父はふむ、と一呼吸置いて、



「この二年間の和晃の高校生活を聞くための場だ」


「……親父、それは語弊があるだろ。中間報告って言った方がしっくりきそうだ」



 親父の言葉は離れていた息子の生活を気にする親として当たり前の言葉のように聞こえる。が、実際はそんな平和なものじゃない。



「和晃の言い分も間違っては射ない。言い方は色々あれど和晃の高校生活を聞くのに変わりないのは確かだ。さて次の質問は?」


「中間報告とは……何の報告のことですか?」



 比奈はやはりその単語を突いてくる。



「和晃が崎ヶ原高校に入学する前、私と彼の間で交わされたある約束、あるいは契約についての中間報告だ」



 親父は『約束』なんて生温い言葉を使ったが、俺にとってそれは呪いのようなものだ。この数年間、俺を蝕み続けた悪魔の鎖だ。



「二人の間に交わされた『約束』……?」


「そうだ。比奈君も薄々感じていたであろう彼の問題事とはまさにこれのことだ」



 悔しいが、これは親父の言うとおりである。



「ではまず、この『約束』が発生した経緯を説明しよう」


「……会長、その経緯については私からよろしいでしょうか」



 今まで沈黙を保っていた沙良が一歩前に出る。親父は構わんといい、沙良に続きを託す。


 沙良の口から説明された『約束』の経緯。

 中学の頃、沙良の親父が倒れ、助ける術がなかった三条家に俺が独断で力を貸した。その際、俺は彼女の許しを貰ったとはいえ、沙良の未来を勝手に決めてしまったことを親父に咎められた。彼女の父親を救う代わりに俺は親父からその『約束』を受けた、という内容だ。



「……そんなことが」



 比奈はただ驚いてる。由香梨が比奈に俺や沙良と過ごした時のことを語っていたらしいが、流石にこのことまで話してはいなかったらしい。



「その『約束』の背景となる事柄も説明して置いた方がわかりやすくなるだろう。その背景とは比奈君も大いに関わりのあるH&C社のことだ。和晃、復習も兼ねてお前が比奈君に教えてやるんだ」



 意地悪なやり方をするもんだ。俺から説明させることで俺自身にも改めてH&C社の意義を身に染み込ませてやろうという魂胆があるのだろう。



「比奈はH&C社の名前の由来って分かるか?」


「ううん、わからない」



 まあ、当然だよな。



「これが酷いんだ。H&C社は英単語を略した名称で、略さずに言うと"High & Castle"になるんだ。この意味分かるだろ?」


「……"高い城"?」


「その通りだ。苗字の"高城"にかけてこの会社の名前が決まったんだ。俺や親父の数世代前の祖先のやつが何をとちくるって駄洒落にしたってわけだ。笑えないぞ、ほんと」



 初めて親父からこれを聞かされた時は呆れるしかなかった。うちの祖先は馬鹿なのかと。



「……私もこの命名の仕方はセンスを疑ったさ。だが、一応きちんとした意味も込められている。誰よりも"高い城"を築き上げろ。そういった意味合いがある」



 親父が補足する。しかし俺にはどうもこの理由が後付けに思えてならない。



「まあ、このくだらない会社名の由来なんかはどうでもいいんだ。大事なのは先祖代々から"高城"って苗字が続いていることなんだ」


「ああ、そっか。H&C社は代々受け継いで発展してきたってことだね」



 正解だ。比奈の言うとおり、H&C社は高城家の子供がトップを引き継いできた。もっともここまで大企業になったのは近年のことではあるが。

 さて、まず俺に兄弟はいるだろうか。答えはノーである。高城誠司の子供といえば俺、高城和晃ただ一人なのだ。これが示すことは。



「……ということは、カズ君は次期H&C社の社長ってこと……!?」



 彼女は目を丸くしている。まあそうなるだろうな。



「比奈君の驚愕する姿から察するに彼からは次期会長というオーラは感じないだろう? 実際、私は和晃を跡継ぎとして育ててたわけではない。……最低限、高城の名に恥じぬよう教育はしたがな」



 その教育のお陰で大体のことはオールマイティーに出来るようにはなった。その辺については感謝してる。



「先祖代々受け継いできたんですよね? それなのに跡継ぎとして育てなかったんですか?」


「……どんなに誇り高い一族だとしても和晃は私の唯一の息子だ。人並みの……人並み以上の愛情があるのは事実だ。もしも和晃が本気で取り組みたい物事や目標があったのなら、私は今までの規則を打ち破ってでも自由にさせてやろうと思ったんだ。私も昔はたくさんしたいことがあったが、高城の名に縛られ、有無を言わせず今の座に座らされている。そんな苦い経験からせめてもの救いを、ということだ」



 しかし、と親父は強く言い放つ。



「ただ会社を受け継ぐ気がないだけで、何の目標も将来の道も持たずに怠惰に過ごそうというのは言語道断だ。その時は強制的に次期H&C社の会長を継いでもらう。……それが例えこの会社を潰すことになるとしてでもだ。高城家の名を継ぐものとして、また私の息子として妥協を許すつもりはない」



 親父は甘えを許さない。やるならとことんやれという人間だ。この性格が今のH&C社を築き上げた。



「ここで私と和晃の『約束』に戻ることになる。本来なら彼を普通の人間としてのびのびと暮らさせ、その様子を確かめながら適切な判断を下すつもりだった。しかし和晃はあろうことか大切な友達である未来を決定づけてしまった」



 沙良はここまで無表情を貫いていたが、僅かに顔を歪めたのが見えてしまった。



「周りから見れば女の子の家族を救った英雄だ。彼女本人にとっても救世主に値するだろう。だが私の目線から見れば、一番禁じていた勝手な押し付けであることに変わりない」


「ちょ、ちょっと待ってください。言い分は分かりますけど、沙良さんはそれを受け入れたはずで――」


「では聞くが、もしも比奈君の両親が重い病気を患い、それを治すには和晃の助けが必要である。その場合、君は和晃の提案を断ることができるのか?」


「――それ、は……」


「出来るはずがないだろう? 彼の差し伸べた手は結局反対の出来ない強制的な未来の押し付けに他ならないのだ。和晃の救いがなかった場合、沙良君の家庭環境は立ち直れないほどに悪化していたかもしれない。逆に父親の体調もよくなって沙良君は自分のやりたいことを見つけ、その仕事に従事できたかもしれない。そんな無限の可能性を和晃は潰したということだ」



 比奈は何か言いたげだったが反論の余地が見当たらないのか、結局何も言えずにいた。



「まあしかし私とて鬼ではない。沙良君の父親を救い、なおかつ和晃の未来に対してある程度の幅を利かせる。それら両方を含んだものが『約束』だ」



 遂に親父は『約束』とは何かを口にする。



「――期限は高校を卒業するまで。それまでに己のやりたいことを見つけ、一定の成果を上げた場合に限り、自由な道を歩むことが出来る。だが己のやりたいことを見つけられず、また成果も上げられなかった場合、その未来は高城一族が歩んできた道と同じ道を強制的に歩いてもらう」



 これが俺と親父の間で交わされた『約束』。この二年間、俺を蝕み、苦しめた鎖の正体である。



「それが『約束』……なんですね」


「ああ。漫画やアニメでよくある設定だろう? こいつも最初は余裕をこいてたようだが……お前はフィクションの主人公達のように上手くいかなったようだな」



 親父の言葉には何も言い返せない。何故ならそれは確かな事実だからだ。



「比奈君にも彼が抱えている問題を理解してもらえたと思う。なのでもう勿体ぶらずに聞いてしまおうではないか」



 ただでさえ威圧感を出していた親父がさらに態度を変える。



「――お前はこの二年間で得られるものはあったのか?」



 親父は鋭い目で俺を射る。それは獲物を捕らえたハンターのような目。決して逃がさないように瞳にその姿を映す。その迫力に俺もあいつから目を放すことが出来ない。本能が目を逸らしてはいけないと警告している。



「それ……は……」



 縛られている。正しく言葉を紡ぐことができない。息が上がり、過呼吸になってるんじゃないかと錯覚を起こす。喉がカラカラになって唇が渇ききる。



「別にないならないで構わん。お前はただH&C社を継いでもらう。それだけだからな」



 ――待て。勝手に話を進めるな。まだ何も言ってない!

 

 それらの言葉を紡ぐ言葉ができない。心の底から目の前の男に対して恐縮してしまっている。



「――待ってください。話を決めるのはまだ早いです。カズ君は何も得てないわけではありません」



 だが横から別の声がした。立ち上がって親父に堂々と立ち向かおうとしている女の子がいる。



「ついこの間の話です。私とカズ君で知人の演劇を観にいきました。それ以来、カズ君は劇に夢中になりました。今までほとんど行っていなかった演劇部にも顔を出して、自分のやりたいことを一生懸命やっています。その……成果はまだないかもしれません。けれどやりたいことを見つけたというのは紛れも無い事実だと思います。彼が何も得てないなんて、そんな勝手な判断しないでください!」



 比奈の横顔は真剣そのものだった。力強い立ち振る舞いと表情だった。



「……勝手に判断するな、か。くく、そうだな。適当なことを言ったのは素直に謝ろう。こちらに帰ってくるまで沙良君の報告では何の進展も見られなかったからてっきり何も無いのかと決め付けてしまった」



 だが親父は不適に笑う。その笑顔は不気味だった。



「だが成果はまだ何も上げてない。つまりこれからということになるのだろう? もう高校三年生だ。部活が出来る時間も限られてるじゃないか。演劇部……つまり文化部だから文化祭までがせいぜいだからあと半年もないんだぞ。それに今までほとんど部活に出ていなかったと言ったな。この二年間で築くことの出来たはずの力もなしに、たった半年で成果を出すというのか」



 親父はあらかじめ用意してたような反論をぺらぺら述べる。その口はまだ止まらない。



「しかも今まで放置していたものがやりたい事という。本当にそれは和晃のやりたいことなのか? 私の言うやりたいこととはその場限りの欲求を満たすものではない。今後の人生でもずっとやり続けていたいと思うものだ。分かりやすく言うなら将来の『夢』といった類のものだ。和晃のそれは目指すべき『夢』であるといえるのか?」


「それはまだ……わからないですけど……!」


「分からない。『夢』かどうかも分からないのに、活動を続け、成果を上げると。そうして和晃には自由な道を歩み、『夢』であると思われる演劇関連の仕事に就くと。比奈君はそう言いたいんだね?」


「…………はい、そうです。カズ君の態度から考えて跡を継ぎたいようにはとても見えません。なら、彼のやりたいように自由な道を――『夢』を叶えてほしいんです」



 比奈は一瞬、答えを躊躇った。だが、彼の高圧的な姿勢に負けずに言い切った。



「『夢』を叶えてほしい……? 『夢』を叶える難しさがどれだけ辛いのかを一番良く知っているのは君だろ、比奈君。口で言うなら何とも言える。けど本当に『夢』を叶える人間なんて一握りだ。君はたまたま『夢』を叶えただけ。君だってアイドルを夢見ていたが諦めた人間を何人も見てきたのだろう?」


「……否定は出来ません。――けど!」


「『夢』を叶える大変さを知っている君なら分かると思うがね。なら聞くが、和晃のような中途半端な気持ちで物事をするやつが『夢』を叶えることが出来ると思うのか、香月比奈」


「――ッ! でも……でも……!」



 比奈は必死に言葉を返そうとするが次第に論理的な意見を口にすることが出来なくなっていく。残るのは俺を擁護したいという気持ちだけだ。

 

 そんな彼女を見て親父は痺れを切らしたのか、



「君のことは高く買っていたつもりだが、所詮その程度の人間か。君の和晃に対する気持ちだけはよく伝わった。――だから、もういい。黙れ小娘」



 ――言ってはいけないことを言いやがった。



「……ふざけんな」



 親父のその言葉を聞いた瞬間、先程まで感じていた恐怖や萎縮は消えてなくなった。代わりに目の前の男に激しい怒りが湧き上がる。



「俺のことを何と言ってもかまわない。事実、中途半端な人間だからな。でも、比奈を馬鹿にするのだけは許せねえ! 彼女は自分の夢を自分の力で掴んだんだ。何がその程度の人間か、だ。彼女はあんたよりも強くて、立派で、かっこよくて真っ直ぐな人間だ! 彼女を否定するその言葉を取り消しやがれ!!」


「……反抗的な目だな。だがそっちの方が生き生きとしているぞ」



 俺達と親父の間にテーブルがなかったら俺は今頃親父をぶん殴っていた。一つの家具がギリギリで俺の理性を保させてくれた。



「よし、分かった。彼女への侮辱を取り消してほしいなら――お前が証明してみろ。汚辱を受けてまでお前をかばおうとした彼女の想いに答えてやれ。それがお前と彼女の威厳を取り返すことになる」



 親父は腰掛けたまま据わった目でこちらを射抜く。先程と同じような重圧がかかるが、ここで負けるわけにはいかない。意地を張ってでも俺はこいつと向かい合う。



「演劇は……今のお前が本当にやりたいことなのか?」


「ああ、そうだ。河北慶の演技を見て、俺もあんな凄い演技をしたいって思ってる。親父の言うように、これが人生を懸けてまでやりたいことなのかどうかはまだはっきりしてない。けれど、今一番情熱を持って取り組んでいるのは確かだ」


「なるほどな。期限は卒業まで……実質半年程度しかないようなものだが、約束は約束だ。一定の成果を上げた場合に限り、この『約束』に対して猶予を設けよう」



 おおよそ半年……とはいっても一定の成果となる基準によっては時期はさらに近まる可能性がある。



「お前は確か演技をしたいんだったな。ならば三年間の集大成となる今年の文化祭の劇で主演を演じろ。男が演じる役の中で一番メインとなる役割を演じる、というのが絶対条件だ。そうなった場合、俺が直々に鑑賞する。演じるお前を見て判断を下そうじゃないか。……何か文句はあるか?」


「いや、ない。ようは主役を勝ち取って演じりゃいいんだろ。やってやるさ。俺を信じてくれた比奈のためにも。てめえにあっと言わせてやる。そんで俺を縛り付けるこの鎖を断ち切ってみせる!」


「面白い。やってみろ。せいぜい期待しているぞ」



 ――こうして、始まる。俺の未来を懸けた戦いが。





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