十一話「スキャンダルの真相(後編)」
「あの日、彼女に近づいたのは自分達の意思だったのか?」
まずはこの質問から入る。
「一応はな」
「一応?」
「ああ。公園に一人で突っ立てるし、ありゃ狙い目じゃねえかってこいつらと話してたんだ。サングラスかけてたけど、外せば可愛いって確信してたからな」
彼らがあの商店街でよくナンパしているというのは事前に聞いていた。香月さんとは知らずに彼女をターゲットにしようとしたのだろう。
「ま、当たりゃラッキー程度に声をかけてみようとした。そしたら変なおっさんが現れて俺たちに話しかけてきたんだよ」
「何て言ってきたんだ?」
「彼女を多少強引でいいから連れて行ってくれないかって言われたんだ。知らない野郎だったし、強引にっていうのは流石にやべえんじゃねえかって思って断った。そしたら男はこれは仕事の依頼だ。やってくれたら報酬をやるし、君達を警察に通報したりもしないとか言ってきてな。上手い話とは思ったけどこういった怪しいことはするつもりもねえし、また断った。いい加減うんざりして帰ろうとした時、男があの女の正体を明かしてきやがったんだ」
「ああ、あん時は驚いたよな」
彼等の連れの一人が当時の感想を述べる。
「次に男は自分は香月比奈のマネージャーでちょっとしたことで言い争いになって、顔を合わせづらくなってるとか言ってたな。それのせいかわからないけど仕事をサボろうとしてるから、無理やりにでも連れてきてほしいってな。それ聞いて胡散くせえって思ったけど、報酬ももらえるし悪いことするわけでもないし乗ったんだよ」
「……そうなのか。でも事情が事情ならあんな脅迫的に言う必要あったのか?」
本筋とは関係ないが気になったので聞いてみる。
「最初はなるべく優しく話しかけたけど、あの女、嫌だ行かないって言うばっかでイライラしてたんだよ。そこにお前が正義のヒーローぶって入ってきやがったんだ」
「……なるほど」
「そしたらお前が彼女の彼氏だーとか言うから驚いて、そのちょっとした隙に逃げ出すしよお。お陰で報酬は貰えないわ、アイドルと知り合うチャンスは失うわでイライラ損なんだよ。だからスキャンダルが起きた時はざまあみろとか思ってたんだぜ、彼氏さんよ」
ただ公開恋愛なんてものを始めたせいで男のイライラは再燃した。だから目の前のこいつは俺に敵意を持っているのだろう。
「これがあの日の出来事だよ。んで、騙されたとはどういうことか話してもらおうか」
と促される。
どこから指摘するべきなんだろうか。
「えーっと、まずその男が香月比奈のマネージャーって言うのが嘘なんだけど……」
「は?」
「彼女のマネージャーは女性だよ。実際に会って話したことあるし」
それにほら、とマネージャーさんから貰った名刺を見せる。
「じゃああの男は何者なんだよ?」
「スキャンダルの写真を撮った本人だと思う。その男は何か荷物持ってなかったか?」
「そういえばあいつ肩にバッグかなんか掛けてたな」
「多分その中にカメラが入ってたんだろうな」
多分というかその通りだろう。
「その男は何で嘘までついて俺たちにあんなことを頼んだんだ?」
「その答えがさっきまで俺が言ってた騙されていたことになるんだけども」
ある程度予測できていたとはいえ本当に二重に騙されていたとは。
「推測に過ぎないけど、男は君達を利用してスキャンダルの写真を撮ろうとしてたはずだ」
「は? 俺たちを利用して?」
「男がそうしようと思った理由まではわかんないけど、男は自らの手で香月比奈のスキャンダルを作り、自作自演で暴こうとしてた。それに利用されたのが君達だ。だから俺の介入がなかったらきっと君達が今の俺みたいになってたかもしれないということだ」
結果的に意図しない形で写真を撮られてしまったけど。しかしその男にとってはこちらの方が都合がよかっただろう。
「それはつまり、俺たちが嵌められて、香月比奈とのスキャンダル現場をカメラで撮られていたかもしれないってことか?」
「十中八九そうだろう」
「……ちっ、あの野郎舐めやがって……!」
男は視線を鋭くする。過去の映像を思い浮かべて男に睨みを利かせているようだ。
「俺たちが騙されてたってのはわかったけど、なんでお前はそれを俺たちに教えようとしたんだよ」
もう一人の男が質問してくる。特に誤魔化す必要はないと考え、素直に理由を言うことにする。
「前々からおかしいと思っててさ。はっきりしたかったんだ。それでどうするか考えたんだ。結果的に君達を騙した形で呼び出して申し訳ないと思ってる」
本心だった。騙されることに関して気が立っているところを悪意がないとはいえ追い討ちをかけてしまった。
「まあ、もうそれはどうでもいいわ。ただこれらが分かった所でお前はどうするつもりなんだよ?」
「確証は得られた。直接その男に会って話を聞きたいと思ってる」
「どうやって?」
「それは俺が説明しよう」
今まで黙って聞いていた友人の一人、直弘がここぞとばかりに前に出てくる。
「恐らくその男は雑誌のライターだろう。でかい記事を書くためにスキャンダルを作ったなら、自分で写真を撮影して自分で記事を書き上げたんだろう。となると最初にスキャンダルの記事が載った週刊誌に書いた奴の名前が載ってるだろう。載ってなくても会社に問い合わせて聞けばいい。で、男の正体が判明したら適当に理由を付けて呼び出せばいい。その辺は俺たちがやるから、実際に呼び出してからは和晃に全て託す」
これが今後の予定だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後、直弘が提案した案を使い、男の正体を掴み同時に呼び出すことに成功した。あちらは何か用事があるらしく、夜に例の公園に来てもらうよう伝えてある。
男との対面には利用された彼らはもう関係ないことなので帰ってもらおうとしたが、このままじゃ気が済まねえとのことで一切手を出さないことを条件に一緒に来ることになった。
ついに夜が訪れ、先に公園で待機していると中肉中背の男が入り口から入ってきた。
「俺を呼び出したのはお前らか?」
男は三十台前半ぐらいで無精ひげを生やしている。見た目からしっかりとした人間には見えない。
「俺の顔わかります?」
「お前の顔……? あ、お、お前まさか!」
男はどうやら俺が誰だかわかったらしい。自分で撮った写真なんで忘れてもらっては困る。
「なんでお前がここに?」
「少し疑問に思ったことがありまして。話は彼等に聞きました」
少し離れた位置から男を睨みまくっているチャラ男に目線をやる。
「あのスキャンダル、あなたが意図的に引き起こしたものですね?」
男は図星を突かれたからか動揺する。「ぐ……」と引きつった顔を浮かべていたが、やがて開き直ったようにニヤリと笑った。
「……ああ、そうだよ。俺が計画して作り上げたんだ。香月比奈がこの辺に住んでる情報は掴んでいたからな。調べるうちに彼女があの日この公園で待ち合わせすることを知ったんだ。そこであそこにいる馬鹿達を利用してスキャンダルを作り上げた。……まあ、お前というイレギュラーが現れたがな。結果的にはその方がよかった。感謝してるよ」
後ろで「ああ?」と男が声を荒げていた。今頃久志達が彼等を止めているであろう。
しかし目の前の男に一発かましてやりたいという気持ちは俺も同じだった。それを必死で抑えながら質問を重ねる。
「なんでそんなことをしようとしたんだ?」
「なんで、か。あの時の俺は中々いいネタを掴めないで上司に散々嫌味を言われてたんだ。で、ある日次に何かネタを持ってこないと首だって宣告されてな。今のご時勢一度職を失ったらそれまでだろ? 俺は必死こいてネタを探したさ。でも見つからないもんは見つからない。ならばと俺は考えたんだ。ないなら自分で作ればいいって。丁度香月比奈の情報を知ってたし、今一番流行りのアイドルといってもいい。彼女のスキャンダルを掴めば首はおろか、昇格も狙えるってもんだ。そう思ってからは躍起になったさ。お陰で職を失わずにこうして暮らせてる」
男はそこで一息つき、タバコを口にして火をつけた。
「……ま、お前には悪いと思ってるよ。勝手に入ってきたとはいえ、巻き込んじまったからなあ。でも考えてみろよ。スキャンダルのお陰で俺という一人の人間が救われたんだ。それに嘘とはいえアイドルと交流出来てる。公開恋愛、なんてよく分からないことも始めたそうだしなあ。それらを考えたら別段悪いことでもなかっただろ?」
男はそう言って自分の行いを正当化させようとしていた。
その時後ろから足跡が聞こえた。チャラ男達が久志達を振り切って男に掴みかかろうとする。
「やめろ!」
彼らを制するため、叫んだ。
彼らは男の前で首だけ振り返る。
「何で止めんだよ? お前だってある意味こいつに利用されてたんだろ。ならいいじゃねえか」
「よくない。手を出したらそれこそ君達が悪人になる。そんな奴のために自分を汚す必要なんてない」
「彼の言うとおりだ。暴力は良くないぞ決して」
男はヘラヘラ笑う。
「お前も勘違いするんじゃねえぞ」
腹の底から冷たく鋭い声を絞り出す。
「は?」
「何が一人の人間が救われた、だ。確かにお前は追い込まれてたかもしれない。何とかする必要があったかもしれない。けど、だからって他の人間を巻き込んでいいということにはならないはずだ。お前は自分自身を守るために、お前より年の低い彼女の夢を奪ったんだぞ! 彼女は本気でアイドルを夢見て、今日この日まで努力してきたんだ。お前はそんな彼女を利用して、彼女の夢を潰したんだ! 人の夢や人生を巻き込んで自分を救うなんて、絶対にしちゃいけない。お前は、自分を救った代わりに、香月比奈の全てを壊したんだ。それが許されるわけがない」
男を睨みつける。
男はビビッたのか一歩後ろに下がる。
「お、お前俺をどうするつもりだ……?」
「……別にどうもしないさ。このことを警察に話したってそれで気が済むわけじゃないし、お前の出版社に真相を話してお前の処分を見届けるのも、それこそ人の人生を巻き込むことだ」
それに今回香月さんの夢が潰えそうになっている根本的な原因はこのスキャンダルにあるにしろ、その後のことも大きく影響している。彼をどうかしたところで何も解決しない。
「でもこの後どうすんだよ。香月比奈はもうやばいんだろ」
何もしないことに不服なのかチャラ男がイライラしながら聞いてくる。
彼らには待ってる間恋人のふりをしていることは伏せて現状を説明していた。
「大丈夫。それについては明日の昼ごろテレビを見てくれればわかるよ」
「テレビ?」
「ああ、まだこの場で言うわけにはいかないんだ」
目の前には一応雑誌の記者がいるし。
「……俺はもういいのか」
卑怯で卑劣な犯人が弱々しく尋ねてくる。
「もうあんたに用はないよ。ただこれだけは言っとく。自分でネタを作り上げないと生きていけないようなら、いずれ破綻するぞ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
スキャンダルの真相を知った翌日。俺はテレビ局の控え室にいた。
マネージャーさんにはスキャンダルの真相を話しておいた。これからテレビで全国に真相流すかもしれないから、あらかじめ知っておいてもらったのだ。
彼女の反応は俺と同じようで、最初は男に同じように腹を立てていたが、今は関係ないとのことでこれからのことに対応してくれていた。
「……本当にいいのね?」
「ええ、まあ。一度きりの人生なんですし、こんな風に目立つのもありじゃないですか?」
安心させるように笑いながら冗談を言う。
俺はこれからカメラを通してあるメッセージを流す。それが香月比奈の失態を少しでも止めることができたら万々歳だ。
「本番まもなく始まるよ」
伊賀さんが楽屋に入ってくる。心配そうな顔でこちらを見てくる。
「そんな顔しないでください。きっと何とかなりますよ」
人は一度覚悟を決めたら肝が据わるようだ。これからやることは自分の人生においても、もしかしたらテレビ史においても前代未聞のことだ。それなのに気分は晴れやかで、気合も十分入ってる。
「高城君、準備はいいかしら」
「はい」
「なら、行きましょう。えっと……」
マネージャーさんはこれから行うことを口にしようとするが、いい言葉が思いつかないらしい。
自分も少し考えてこれから行うことを声に出す。
「宣言ですね。名づけて公開恋愛宣言。いい響きだと思いませんか」
―――そして俺は、カメラの前に悠然と立ち向かった。