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アイドルと公開恋愛中!  作者: 高木健人
9章 三年生編
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二話「二枚のチケット」

「うーんと、こっちであってるっぽいね」



 俺と比奈は携帯の地図アプリと睨めっこしながら目的地を目指していた。



「じゃあ、ここがそうか」



 プライベートでは都内にはあんまり行かないので地味に苦労してしまった。でも何とか時間内に目的地……劇場にたどり着いた。


 俺達が劇場に来た理由は河北慶の公演を鑑賞しにきたためである。

 以前、あいつから貰った二枚のチケット。そこに記載されていた公演日と上演場所を頼りにここまでやってきたわけである。



「こういった場所に来るのって初めてだ」


「私もあまり来たことないかな」



 簡単にだけどこの劇場について調べてきていた。今日河北慶が行うのは千人近い人数を収容できる中ホール程度の大きさらしい。実際の演劇について詳しいわけじゃないので、ここで開かれる劇がどれほどのものなのかはよくわからないが……。



「ね、ね。観る前に河北さんに挨拶してこようよ」



 中に入って指定された座席に荷物を置いた後、比奈の提案どおりにスタッフルームに向かう。河北慶とは連絡先を交換してあったので今日舞台を見に行くと連絡した。だから顔見せしに来るとあいつもわかってるだろう。

 そう考えながらスタッフルームに続く道の前に立つ警備員さんに話をする。



「ああ、君達が河北さんの言ってた知人か。二人には悪いんだけど、河北さんから舞台前は誰も通さないでくれって言われているんだ。例え君達が来てもね。上演が終了した後なら取り合えると思うよ」



 とまさかのお断りをされる。



「終わりはよくて始まりは駄目なんですか?」


「本番前の河北さんはね、熱が凄いんだ。役に入りきるために尋常じゃないくらいの集中をしているんだ。一度だけチラッと見たことあるけど、気迫が溢れていたよ。あの人はそれぐらいこの仕事に対して真剣にやっているんだ。だから納得してくれないかい?」



 「でもどうしても会いたいんだ。通してくれ」なんて言えるはずもなく俺達は自分達の席に戻る。



「集中するために人と会うのを拒むねえ……凄いのかもしれないけど、どうなんだそれって」


「それほど劇に気合が入ってるってことじゃないのかな?」


「そうかもしれないけど、普通、本番前に誰かと会うことでモチベーション上げたりするもんじゃないか」



 俺だって演劇部で劇をする前に友達に「頑張れよ」とか言われたら嫌でもやる気になってしまう。



「比奈も仕事前に励まされたらやる気入るだろ?」


「まあね。崎高祭のライブとかでもカズ君と話したことで気合凄く入ったしね」


「嬉しいことを言ってくれる」



 あの時のやり取りは間違っていなかったってことですね。



「でも河北さんの場合は私達と違うのかもしれないね」


「まあ、そうだろうなあ」



 以前聞いた、彼がこの業界を目指したわけ。それすら常人とは少しズレたものだった。けれどあの時の彼の言葉には熱が篭っていた。感情が篭っていた。彼には彼なりの強い意志がある。


 そんな風に河北慶に関しての話題で盛り上がっていると上演時間になった。

 会話をやめて前の舞台に集中する。


 今回行われる劇は二部構成らしい。どちらも共通して中世の世界観で描かれる。

 主演は河北慶だ。彼はとある王国の騎士という役だ。

 隣国との情勢が危ぶまれる中、彼は隣国の一人の女性と恋に落ちる。国の騎士でありながら目を盗んでは女性と逢瀬を続ける。二人は順調に仲を深めていくが、そんなある日ついに隣国との戦争が始まってしまう。彼は自国を守るか、女性を守るかで揺れることになる。非常になれない彼は女性を自国に引き入れることによってその両方を守ることを決意する。彼の決断は上手く行き、戦争も終結を迎えようとしていた。彼は安堵し、そのことを女性に報告しようとするのだが、最愛の女性は何者かに殺されており……。

 以上が第一部のあらすじだ。


 正直に言うと第一部は適当に見ていた。物語は割とありきたりなもので、第一部の前半は河北慶と主演女優の密かな恋模様を眺めているだけ。後半になって国か女性かで揺れるところは中々面白かったけど、その男は何を思ったかどちらも守ると言い出す。そこで一波乱起きればまだしも、結構上手くいってるし。まあ、最後の最後で女性が殺されるのが一波乱ではあるが……。



「カズ君はあまり好きじゃなかった?」



 第一部が終わり、幕間……つまり休憩に入ると比奈が話しかけてくる。



「好きじゃないわけじゃないけど……どうせならもうちょっとスパイスが欲しいなって感じ」


「確かにシンプルなストーリーだったもんね」



 という割には比奈さんは身を乗り出すほど楽しそうに観ていたけどね。



「それに……なんだろうな。河北慶がもっと凄い演技をするのかなって期待して見てたんだけどそうでもなかったのが気持ちを冷ましちゃってるのかもしれない」



 もの凄い集中をしていると本番前から聞かされていたのだ。さぞやゾクッとするような役のはまりっぷりを見せてくれるかと思っていたらちょっと拍子抜けだった。確かに部活レベルと比べたら遥かにレベルは高いのだろうけど。でも役者の上手い下手に良し悪しをつけられるほど詳しいわけじゃない。だからさっきの舞台に祥平とかが立っても違和感なく見れたんだろうなって感じだ。



「まあでも、この劇ってここまでがプロローグみたいだから、二部に期待しようよ」


「そうだな」



 二部からはガラリと雰囲気が変わるらしい。最愛の女性を殺された騎士が復讐に走り、そのうちに戦争の真実を知るといった悲恋劇から復讐劇へ。

 とはいっても一部を見る限りちょっと期待できないというかなんというか……。


 やがて劇場内が真っ暗になる。隣の席にいるはずの比奈すらまともに見れない暗さだ。二部がいよいよ始まるのだろう。



「彼女を殺したのは……お前か?」



 最初、暗闇の中で放たれた言葉が誰のものなのかわからなかった。

 舞台上に光が灯る。最愛の女を殺された騎士が一人の男に剣を突きつけている。



「お、俺じゃない……!」


「じゃあ、殺したのは誰だ?」



 そこでようやく声を発したのが河北慶だということに気づいた。

 しかし信じられなかった。幕間前まで河北慶……いや、騎士は目に輝きを持っていた。苦悩していたとはいえ、希望を一度も捨ててはいなかった。

 なのに、今の彼はどうか。目はそれだけで人を射るような鋭い瞳をしており、瞼には暗い影が落ちている。彼にいつもまとわりついていたはずの清廉さが微塵もなく、多様に富んでいたはずの表情も今は無表情だ。しかし感情を押し殺しているはずのなのに強い憎悪の念がひしひしと伝わってくる。

 

 思わず体が震えた。彼は恋慕に溺れ、かつ国と共に女を守ろうとした欲深き騎士であった。しかし大切なものを守るその姿勢は傍から見れ高潔な騎士そのものであったのも確かだ。その彼と目の前の厭悪(えんお)に染まった男が同一人物とは思えなかった。でも彼は確かに一部に登場したあの清廉潔白な騎士なのだ。

 

 あの騎士はこれから一体どうなってしまうのだろう。憎しみに従って進んだ先に彼は何を見るのだろう。

 いつしか頭の中にはそんなことしか浮かばなくなっていた。


 再び舞台の彼が動く。一挙一動、一言すら漏らすことのないように。俺は舞台の上だけを見続けた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「……ズ君、カズ君」


「……え?」



 比奈が俺の名を呼びながら体を揺さぶっていた。



「どうかしたか?」


「どうかしたかって……もう劇は終わったよ?」


「え……」



 気が付くと劇場内はすっかり明るくなっていた。



「いつの間に……」


「気づかなかったの?」


「あ、ああ」



 頭の中に浮かぶのは一人の悲しい騎士の物語だけだった。

 いつしか俺は劇に没入しすぎていたらしい。途中から舞台上しか目に入ってなかったと思う。二部の最中の比奈が何をしてたかとか何も覚えてないし。



「いやー……一部と違って二部は面白かったな。終わったことにすら気づけないって」


「それ、河北さんに言ったら凄く喜ぶと思うよ。少ししたら顔見せに行こっか」



 一瞬不安になった。あの騎士を演じた男に俺はまともに話せるかどうかわからなかったからだ。

 けどこの不安は無駄だったようだ。



「やあやあ、二人とも。どうだった?」



 目の前にいた河北慶は騎士とは別人だったからだ。



「凄く面白かったです。二部と一部じゃ迫力が違いすぎて……!」


「まあ、二部のための一部だからね。同じくらい気合は入ってるけど、落差がでかい分二部の方が凄いと感じるよね」



 比奈と河北慶が楽しそうに話している。俺はどうしてかそれを遠くから眺めているような気分だった。



「……さっきから静かだけど高城君は? お気に召さなかったかい?」


「あ、お、俺ですか?」



 突然名指しされて慌てふためく。



「まあ、部活の方もあまり出てないみたいだしね。演劇そのものに興味がなかったらつまらないって思っても仕方ないし」


「そんなことないです! 滅茶苦茶凄かったです!」



 俺の言葉に誰もが目を丸くする。自分自身でさえ、意図せず出した大声に驚いていた。



「そこまで強く言われると流石に照れるな。ありがとう。高城君がデレてくれたのもあって嬉しさ二乗分だ」


「どういう意味だそれ!?」


「男の子の友情っていいね」



 比奈は比奈でよくわからない和み方をしている。



「とにかく二人とも楽しんでくれたなら何よりだ。また機会があったら観に来てくれよ」



 役者の控え室で彼との会話を終えて俺達はその場を後にした。

 まだ外は明るいのでこのまま比奈と都内デートに勤しむ予定だ。



「また見に来ようね」


「……ああ」



 後ろにそびえたつ劇場を振り返る。

 心臓の高鳴りはいつまで経っても治まりそうになかった。 



 

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