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八話「卒業演目」

 三月の某日。体育館の舞台袖に座っていた。

 今日は演劇部で体育館を貸し切って、卒業していく先輩達のために後輩だけで作った簡単な演目をする。この部活の伝統行事で卒業演目と呼ばれている。

 今回、俺もそれに参加することになっていた。先輩を送り出すためにやるのは構わない。けれど……。



「先輩、本番前なのに何不服そうな顔してるんですか」


「この場にいるはめになったあの事を思い出すとどうにも納得いかないんだよ」



 あれは一月の終わりか二月の始め頃か。三年生が一番忙しい時期、演劇部は演劇部で卒業演目に向けて慌ただしい日々を送っていた。

 そんなことお構いなしにいつもののほほんとした日常を送っていた自分。たまたま一人で歩いていた時、道端に何かが落ちているのを見つけた。近づいて見てみるとそれは何と比奈のプロマイドだった。しかもデビュー間もない頃に出回ったやつでかなり珍しい、マニアにはたまらない一品だったのだ。

 俺は考えた。何故、学内にこんなレアな一品が道端に落ちているのだろうと。

 まず最初に思いついたのは誰かが落としたという可能性。本人の知らないファンクラブもとい親衛隊なんてものが存在するくらいだ。生徒の一人がお宝級の一品を持っていても何らおかしいことはない。

 だが、だが、だが。これはファンなら喉から手が出る程欲しがるものだ。道端に落とすようなずさんな管理をしているはずがない。

 ならば何なのだろうかと考えた。天からのお召し物……誰かが落としたこれが風に運ばれに運ばれ、俺の目の前に現れたという可能性。いや……流石にそれはない。まだこのプロマイドで俺を誘い出そうとする罠といった方が現実味がある。

 何故これがここにあるのか。その理由は分からない。しかしこのまま放置しているわけにもいかない。一応、直弘に聞いてみて、親衛隊の誰かのものだってことが判明したら名残惜しみながら返そう。もしこれの所持者がいなかったらその時は、まあ、捨てるわけにもいかないし、俺が大事に保管するしかないよな!

 そんな結論に至った俺は比奈の姿が描かれたプロマイドに手をかけ――



「かかったあああああああああ!」


「釣られたクマアアアアアア!?」



 ――なんてことがあったわけである。



「人の純情な気持ちを弄びやがって! この悪魔! 人でなし!」


「確かにあの作戦を考え出した梨花もどうかと思いますが、それにまんまと引っかかる先輩も先輩です」



 仕方ないだろ、好きなものは好きなんだよ!



「というかその出来事一ヵ月以上も前のことじゃないですか。引きずりすぎじゃないですか」


「あれを引きずるなというのが無茶だと思う」


「……先輩はそんなに今日やりたくなかったってことですか?」



 祥平が寂しそうな顔を浮かべる。



「お前は女の子かよ。俺に色々文句言うのは勝手だけど、言っておいてそんな顔浮かべるなって。それに先輩達には俺だってお世話になってるんだ。卒業演目の話を持ちかけられてたら流石に快諾してたよ」


「その信用がないからあの作戦を実施したんですけどね」



 折角デレてあげたというのに全て台無しにする男、黒瀬祥平。そんなんじゃモテないぞ。


 舞台裏でくだらない話をしていたらいよいよ開始の合図が入ってきた。

 俺も祥平も立ち上がり、一層気合を入れる。



「もう始まります。今更うじうじ文句言わないでくださいよ」


「お前こそお小言ばっか言って、俺の気合を削がないようにしてくれよ」


「それは性分なんで無理です」


「そういう所こそ先輩達のために頑張れよ!?」



 演目の前にそんな掛け合いを繰り広げながら。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 今回卒業演目で行う劇は演劇というよりテレビドラマの内容に近い、ミニドラマである。演劇部らしく、演劇部を主軸とした部活ものである。

 ストーリーもいたってシンプルで、去年まで駄目駄目だった部活を建て直し、文化祭で見事な劇を披露して新生演劇部としてこれからも頑張っていく、という王道な流れである。

 主演は黒瀬祥平。演劇部に所属したやる気のある少年役である。祥平は一年生だが実力的には誰よりも秀でていて、この卒業演目でも満場一致で主演をゲットしたらしい。同時に役にも見事はまっている、という理由もあるからだそうだ。

 で、俺の役はというと。



「は、そんな真面目にやってられるかよ」



 こういった部活ものの漫画や小説でよく見られる、才能はあるのに捻くれた男の役である。

 俺が練習にあまり出ないこともみこして最初と最後にしかほぼ出番がないこの役を抜擢されたわけだが、どうにもこうにも悪意を感じる。今回の演劇も文化祭の時と同じように祥平が書き上げたオリジナルの劇だが、この役は絶対に俺を連想して書いてやがる。台本の裏設定に記されている「無類のアイドル好き」の一文がそれを助長している。

 

 そんな不満を感じつつも一旦出番を終え、部活が復活していったところで改心する終盤までは裏で待機だ。

 ちらっと今回の観客席を覗く。演劇部の三年生一同が椅子に座って食い入るように見ている。それ以外にもちらほら見物人がいる。

 この卒業演目は卒業生だけで見るのは勿体無いという理由で開催日を告知し、見たい人は見れるようになっている。

 見物人の中には梨花さんもいた。目をキラキラさせて見ている。ああ、ゾッコンですねえ。


 舞台の方も着々とストーリーが進行し、復活目前までやってくる。ヒロイン役である若菜ちゃんの一番の見せ場だ。

 彼女の活躍を見ていたいところだが、自分の出番も間もなくのためそんな余裕はない。



「たかが部活だろ? 仲良しこよしやってりゃいいじゃねーか。何熱くなってんだよ」



 で、ついにやってくる俺の出番。中学時代は熱心に部活に取り組んでいたけど努力が報われずぐれてしまったという設定のためこの台詞である。

 ここから場面は一気に展開する。俺と祥平が激しい口喧嘩。声を張り上げ、お互いの気持ちを曝け出し、その果てには……。



「俺だって……出来ることなら真剣にやりたかったんだよ……!」



 俺は根負けして、その弱さを白日の下に晒す。

 ここが俺の正念場だ。想像する。俺が演じるこの男の心境を。考える。これと似たような気持ちを抱いた時の自分を。

 俺にも似たようなことがあった。ちょうど文化祭真っ最中の時か。比奈を迎えにいくために先輩達の最後の演技を見れなくなって、そのことを謝りに行った時。あの時は劇とかそういうの関係なく、祥平に同じようなことをしたなあ。

 あの瞬間の記憶を、思いを掘り返す。シンクロさせる。昔の自分をこの男に。



「どうせ報われない。無駄なんだよ。何でお前は諦めないんだよ!? 畜生、畜生……」


「……報われないかもしれない。無駄かもしれない。それでも、俺達はやりたいんだ。俺達で劇を作り上げたいんだ。そのためにはお前の力がいる。お前が必要なんだ。俺達を信じてくれ。もう一度始めよう。だから……この手を取って欲しい」



 彼から手が差し伸べられる。この手を取っていいのだろうか。俺はもう一度やり直すことができるのだろうか。あの底辺に位置していた演劇部を建て直して、こいつは俺の前にやってきた。無理だと思っていたのに、それでもこいつは。

 ゆっくりと手を伸ばす。俺は目の前のこいつを信じてもう一度――。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「いやー、感動した。こういう青春ものはいいなあ! くぅー!」



 部長は感激の言葉と共に号泣していた。


 卒業演目は無事終了し、今の三年生達を含む最後のミーティング中だった。



「皆、凄かったぞ! 途中から感情移入しまくって熱くなったり、泣いたりしちまった! 完全に俺達三年生より実力あるぜ! この部活は安泰だ!」


「役者以外にも裏方の皆もいい仕事してたよ。演出が良かったから演技も映えるわけだしね」



 三年生達が口々に後輩の作った劇に賛辞を送る。

 

 後輩である俺達は存分にそれを受け取り、その熱が徐々に冷めていくと……ついに最後の挨拶となる。

 


「……本当に……ありがとうございました……!」



 女子部長である里美先輩は目元を隠しながら挨拶を締めた。

 そして最後、部長の挨拶である。



「いい部活だったとか、最高の仲間達に出会えたとか、他の三年が言ってたことは俺も当然感じてる。だから俺はそういったことは言わないことにする。この一年部長として、未熟ながらも部をまとめてきた。文科系の部活ってこともあってあまりうるさく言わなかったにも関わらず、活動日には結構な人が来てくれて、演技をどうしたらいいだとか、次の劇はどうするかだとか、部に積極的に参加してくれるっていうのは本当に嬉しかった。まあ、中にはほとんど来なかったやつもいるけどな」



 チラッとこちらを見てくる。お願いだからやめてください。



「けど俺が一番嬉しかったのはそこじゃない。演技演出が上手い下手、実力があるないとか、ぶっちゃけると演劇に興味あるないとか何にも関係ない。部員にとって、この演劇部という場所が皆の集まる場所……憩いの場っていうのか? 違うかもしれんが、気楽に来れて、適当に喋って、笑って、楽しんで。そんな風に一人一人に居心地のいい居場所になるよう頑張ったつもりだ。中にはそんなことねーよって思うやつもいるかもしれんが、学校に来てただ勉強して帰るじゃなくて、部室によって時間を潰す……そんな空間を提供できたなら俺はそれが最高に嬉しいんだ。まあ、文化祭前とかは指導やらなんやら色々口うるさくて嫌になってかもしんねーけどよ。とにかく俺はそういった部活を目指してきた。どうだ? 俺はそんな部活を築き上げることが出来たか?」



 部長が後輩に投げかける。この場にいるほとんどの人間が頷く。中には涙を流しているやつもいた。



「それなら俺は満足だ。俺達は今日で本当に本当の引退だ。それぞれの道に進む。俺達はお前らの先輩としてお前らの行く末をどこまでも応援してる。ただ、明日からは俺ではなくお前らの部活だ。俺と同じように居心地のいい部活にしていくか、はたまた真面目に演劇を極める部活にしていくか、はたまた演劇はそこそこに集まって駄弁るだけの部活にするか。どういった部活にするかは全部お前ら次第だ。俺はお前らが俺達以上に良い場所にしていけると信じてる。だから……頑張れ! 全力で頑張れ! 中には部員同士の衝突とかだってあるかもしれねえけどよ、どんな辛いことがあってもお前らの周りにいる人間がいりゃあどんな問題も解決できる! ああくそ、俺が言いたいことはだな、とにかく頑張れだ! 語彙力とかねえから、こんな言葉しか言えない俺を許してくれ。頑張れ、後輩!」


 

 部長も最後の方は瞳に涙を浮かべていた。最後に声を張り上げるとうおおおおと後輩達が三年生達に、三年生達も後輩達に近づいて、集まって囲みあっていた。

 ああ、くそ……。なんかいいな、こういうの。少し部活をサボっていたことを後悔する。



「……先輩もあの輪に入っていいんじゃないですか」



 この部活によく関わっていたという理由で特別にミーティングを見ていた梨花さんが隣に来る。



「俺にはきっとそんな資格ない」


「そんなことないと思いますよ。部長だって一人一人に居場所を提供とか言ってたじゃないですか」


「それを拒んだのは俺だ」


「けど、そこに二人の新星を引きずりこんだのは先輩ですよね?」



 彼女が言う新星とは祥平と若菜ちゃんのことだろう。

 祥平は以前言ったように、新入生に向けた劇で演じた俺に憧れて入部したようだし、若菜ちゃんについては一緒に過ごすうちに感情が意外と豊かな事に気づいて、それを活かす場所として演劇部はどうだ、と誘って一緒に入部したのである。



「若菜ちゃんはともかく、祥平は勝手に俺に憧れて入っただけだ。んで勝手に幻滅して、挙句の果てにお小言を言ってくるわで……」


「それも一つの結果という形でいいんじゃないですか? 少なくとも祥平君は先輩のこと嫌ってるわけじゃないですし」



 いっそ嫌われた方がこっちとしては気が楽なんだけどな。



「とにかく先輩も部員の一人として貢献したのは確かじゃないですか。ここで遠慮するとか、さっきの劇の役そのまんまですよ」


「……どうせ俺は捻くれてるよ」



 梨花さんに色々言われつつも傍観を決め込む。



「和晃! お前はどうして来ないんだよ! 寂しいだろうが!」



 ……決め込むつもりが、あちらからやって来た。



「いやー、俺が輪に入っていいのかなあってちょっとしんみり思っちゃいまして」


「いいに決まってるだろうが! お前だって一応大切な後輩だ! 今日ぐらい弾けろ!」



 弾けろって……。



「俺はお前が部活にあまり来ない理由は分からん! 文化祭の時、祥平に向かって色々白状していたな? 先輩として情けねえけど、お前の問題を解決することは俺には出来ん! が、そんな何かを抱えているお前さんでも歓迎するような場所作りはしてきたってさっき言っただろう! どんなに捻くれててぐれててもお前は演劇部の一員だ。もしお前が困ってるなら皆喜んで手貸してくれるだろうよ。俺だって相談とか受けたら微力ながら努力する! だから――お前もいい加減、自分が演劇部員だって胸を張れ!」



 ドン、と背中を叩かれる。涙がドバドバ流して目を赤く腫れさせる部長はとてもかっこよかった。


 俺がこの部活に入ったのは気軽な気持ちだった。友人に助っ人を頼まれ、そのまま入部を促された。特に部活にも入ってないしどうでもいいや。そんな軽い気持ちで。

 練習だってまともに参加しなかった。それでも部長は、部員達はいつも暖かく迎え入れてくれた。

 偶然だけど俺はとても良い部活に入れたと思う。それだけは心から思う。

 俺は演劇部の部員だ。ならば、俺にもこの一言を言う資格はあるよな?



「卒業おめでとうございます、先輩」




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