十話「スキャンダルの真相(前編)」
「……というわけで、今回のスキャンダルは人為的にされたものかどうか調べるために協力して欲しい」
公開恋愛の実情を知ってる友達達に頭を下げる。
何故こんなことをしているかというと、俺は彼らを家に呼び、現在の状況を説明した。悪い流れを打破するために思いついた自分の計画を皆に話し、そのために必要になりそうなことの協力を依頼しようと考えたのだ。
彼らは一瞬ポカンとしてたようだ。我に返った久志が口を開ける。
「いやまあ、カズがやりたいことはわかったし、そのスケールの馬鹿馬鹿しさに驚いたけど、わざわざスキャンダルの真相を明かす必要はあるのか?」
「必ずしも必要ではないな。ただ使えるカードは多ければ多いほどいいかなと思って」
ただでさえ突拍子の案なのだ。ある程度筋道は立てれども、実際それをするとなると自分のテンションやら雰囲気やらで話すことが変わってきてしまうかもしれない。軌道を曲げないためにも武器になりそうなものは会得しといたほうが吉のはずだ。
「で、どうだ? 手を貸してくれるか」
友人達を見渡して改めて訊ねる。
「……私はそもそもそんなことしてほしくない」
若菜ちゃんから声が上がった。
「……ただでさえ和晃君は公開恋愛を始めたことで顔を晒されて、言いたい放題言われてるのに、そんなことしたらもっと悪化しちゃう。和晃君を否定すようなもの、もう見たくないし、聞きたくない……」
「若菜ちゃん……」
多分、友人達の中で一番心配してくれたのは彼女だろう。
彼女の不安そうな顔を見ると決心が揺れそうになる。これからすることは自分自身をさらに追い詰めることになる。彼女はそんな俺を見ていられないのだろう。
「……けど」
ごめんと謝ろうとした矢先、若菜ちゃんが言葉を続けた。
「和晃君がそれを必要とするなら私は手伝いたい。……どんなに言っても、和晃君は絶対にやると思うから。それなら小さな可能性に賭けてみたい」
若菜ちゃんは小さな瞳に決意を込めて言い切った。
「若菜がやるのに私は傍観なんて出来ないしね。私も協力するわよ。それに面白そうだしね」
きっと最後の言葉が本音なのだろう。由香梨も若菜ちゃんに乗ってくれる。
「若菜ちゃんが言うように止めても無駄だしな。暇つぶしにもなるしやってやろうじゃないか」
続いて久志も協力を約束してくれる。
「元々俺は手伝う気だったしな。香月比奈を意図的に陥れようとした罪を裁いてやる……!」
直弘は違うところで既に燃えていた。
「皆、ありがとう」
素直に礼を言う。純粋に嬉しかった。
「お礼を言うのはまだ早い。和晃が言うには時間はあまりないのだろう。早速動こうじゃないか。どういう風に調べるのか話してくれ」
「いやな、直弘。実はそこに一番の問題があるんだよ」
「それは一体何だ……?」
「ああ、それは」
皆がごくりと息を呑み、俺の言葉を待つ。
「どうやって調べたらいいのか検討もついてないんだ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「全く、どうしてこうアホなんだこいつは」
隣で直弘がブツブツと呟いている。さっきも「貴様は馬鹿かーっ!」と全力で怒られたものの、まだまだ言い足りないらしい。
「静かにしないと。周りから変な目で見られるよ」
最近久志が直弘のなだめ役になっている気がする。
俺たちは店で普通の客として振舞わなければならない。万が一余計なことをしたら直弘が立てた計画が潰れかねない。
「ん? 誰か来たぞ」
見張っている公園に見覚えのある男達が入ってきた。彼らは公園の休憩所に立つ女の子に近づいていく。
まさに計算どおり。公園に立つ女の子とは若菜ちゃんである。彼女を見守るために俺達はこうして見張っている。
男達は若菜ちゃんに声をかける。彼らがどんな会話をしているかわからないが、若菜ちゃんの受け応えの表情は小悪魔そのもので普段よりも妖艶な雰囲気を醸し出していた。
会話が進み、男達と若菜ちゃんが移動を始める。
「よし、私達も行くわよ」
由香梨の合図で立ち上がる。先回りして香月さんと行ったパスタの店に向かう。
「うわ、洒落た店だなあ」
「若菜ちゃんセンスあるね」
「いいお店でしょ」
しばらく待っていると店内に複数の男と若菜ちゃんが入ってくる。
会話を聞いていると若菜ちゃんが若菜ちゃんじゃないように感じる。流石演劇部で今年のヒロイン役に選ばれただけはある。
「私、あの席がいいわ」
若菜ちゃんが用意していた台詞を言う。
「大分奥の席だなあ……って、ん?」
男達がこちらにやってきて俺を凝視する。
「俺のこと覚えてる?」
「覚えてるって確かお前……」
「あ、こいつ確かあんときの」
どうやら思い出してくれたようだ。男達はみるみる顔を赤くしていく。
「おいてめえ――」
「ちょっと待てって。なんでお前がここにいるんだよ。若菜ちゃんまさか知り合い……」
男達が若菜ちゃんに問い詰めようと辺りをキョロキョロする。
「……私、こういった演技苦手」
「全然そうは見えなかったよ、お疲れ若菜」
その若菜ちゃんは既に目的を達成し、由香梨に抱きついて疲れを癒している。
「ど、どういうことだあ?」
「てめえ、俺たちをはめやがったな」
男達は睨みながらずいと体を出してくる。
前はビビッていたが、今回は一人じゃない。俺は強気に言い返す。
「騙したことは謝る。けど、君達とどうしても話がしたかったんだ。飯ぐらい奢るから、俺たちの質問に答えてくれないか」
「ふざけんな。何が質問だ。俺はお前をボコボコにしないと気が済まないんだよ」
「……もしかしたら、君達も騙された側、被害者側になってたかもしれないんだ」
「はあ?」
「なあ、とりあえず落ち着けよ。話、聞いてみようぜ。お前、俺たちが騙された側ってどういうことか説明してもらうぞ」
「ああ。このままだと目立つからまずはそっちの席に座ってくれ」
そう言ってあらかじめ取っていた二つの席の内の一つに男達を座らせる。
香月比奈のスキャンダルが仕組まれたものだと知るためには最初にある確証が必要だった。その確証というのはスキャンダルを計画した人物――現時点の予想だとスキャンダルを起こして得する者、つまり週刊誌にネタを持っていった張本人であり、路地に逃げ込んだ際に見かけたカメラを持った者――が存在しているかどうか。
この場合計画した本人は撮影をせねばならず、スキャンダルの場面を撮るには必然的に協力者が必要となってくる。この協力者については明白だった。しつこいくらいに香月さんに絡んでいたあの男達だ。
だからまずは男達に会い、話を聞かせてもらうことを考えた。俺が彼らの情報をある程度提供すると、男達はあの商店街でよくナンパをしている若者達ということが直弘達のお陰で判明した。
ナンパしている最中に話いいですかーと割り込みするわけにもいかないので、彼らを誘い出すためにある計画を直弘が立てた。その方法とはまだ女の子としてのあどけなさが残るが、出るとこはかなり出ている若菜ちゃんを餌に男達を釣ることだった。最初は上手くいくか心配だったが、まんまと引っかかってくれた。
そして今に至る。
計画はここまで上手く運んでくれた。
――さあ、真実を暴いてやろう。