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三話「女の子達の知られざる戦い」

<side Hina>


「お疲れ様、比奈」


「あはは、ありがとうございます」



 仕事を終えた私は彩さんの運転する車に乗っていた。



「それにしてもここ最近仕事増えてきましたね」


「ええ、ほんとに。嬉しい限りだけどね」



 ここ最近、徐々に人気を取り戻しているお陰か仕事が増えている。今回も連日仕事という感じで数日間程学校に顔を出すことができなかった。

 けれど、明日はオフ。しかも休日。仕事も楽しいけれど、プライベートも最近は楽しいから少しワクワクしている。

 明日はどうしようかな。カズ君を誘って街に出るのもいいかもしれない。カズ君に予定があるなら由香梨や若菜とお買い物もいいかもしれない。それ以外にも……。

 考えれば考えるほどやりたいことが浮かんでは消える。気分だけは既にプライベート。完全に浮き足立っている。でも別にいいよね。



「……本当は明日も仕事があったのよ。スケジュールを空けるのに苦労したわ」


「そうなんですか?」


「ええ。明日はちゃんと休ませないといけないもの。きっと高城君も楽しみにしているはずだもの」



 ふふ、と彩さんが笑う。

 えっと、カズ君が楽しみにしているってどういうことだろう? 明日は休まないといけない用事ってあったっけ?



「そういう意味では比奈は休みじゃないかもしれないわね。気持ちを込めるのを忘れちゃ駄目よ」



 彩さんは何を言っているんだろう。私は彩さんにばれないように携帯の電源を付けて日付を確認する。

 今日は二月十二日。休みの明日は二月十三日。その次の日は――



「なんたって二人が付き合い始めてから初めてのバレンタインだものね」


「――ハイ、ソウデスネ」



 ――すっかり忘れてたあ!


 

 本日、二月十二日。二日後の祭のため乙女の知られざる戦いが密かに始まった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「というわけで急遽明日に備えてチョコを作ろう回を開催したいと思います!」



 私の号令で乙女達の戦場が幕を開けた。



「はーい! 梨花も頑張ろうね」


「ええ」



 この場には私の他に恵と梨花がいる。



「……って梨花がどうしてここに?」



 私が助けてと縋ったのは恵だったはずで、梨花は知らないはずなんだけど。



「せ、先輩達の料理が不安だから見に来たんです。決して私も手作りが不安だから一緒に作ろうだなんて考えてませんから!」


「私と梨花でメールのやり取りしてたらこんな文面が返ってきて誘ったってわけだよ」



 なるほどね。梨花も素直じゃないんだから。


 昨日の夜、十三日がオフの理由を知った私は恵に助けを請うた。私はそれほど料理をしたことなくて明日ぶっつけ本番となるとそれはそれで怖いので少しでも料理経験のある人に頼りたかった。

 それで今日は家に私一人だから恵を呼んでチョコ限定お料理教室を開催したという感じだ。



「さて号令は比奈だけど進行役は私が務めるよ! さあ皆、持ってきたチョコを出して!」



 司会が恵に切り替わり、彼女の言葉通り各々が持ってきたチョコを取り出す。それぞれのスーパーの袋から出てきたのは市販されている様々なチョコだ。



「こんだけあれば色々試行錯誤できそうだね。とりあえず一回作ってみよっか」



 適当なチョコを選び、それを溶かして一つにし、形を整える。基本的に再構成してるだけなんだけど、流石にカカオからチョコを作り出す技術は私達にはない。まあ仕方ないよね。

 最初ということで一口サイズの球体のチョコを作り上げる。三人は一つずつそれをつまむ。



「うーん、美味しい!」


「甘いものはやっぱり至福だよね」


「同感です。……けどこれじゃあ市販のものと何も変わらないですよね。折角なんですからもっとこう一工夫欲しいっていうか……」



 私も梨花に同意見だ。チョコは確かに美味しい。けどこれは元々美味しいものであって、オリジナルなのは形だけだ。今回は上手くいったけど、下手したらそもそもの製品の良さを殺してしまってマイナスになる可能性もあるかもしれない。

 こうして次なる議題はどんな工夫をするか、というものになった。



「チョコに何かデコレーションするとか?」


「もっと単純にチョコをトッピングするのはどうでしょう。世の中にはチョコと付くものは一杯ありますし。例えばチョコケーキとか。クレープとかにだってチョコは入っていますし」


「というか必ずしもチョコを渡す必要はないよね? クッキーとかでも良いと思うんだけど」


「ただそこまで考えちゃうと際限ないからねえ」



 三人で首を傾げる。

 恵の言うとおり選択肢は無限大だ。何を作るかを考え出したらキリがない。だとしたら着眼点を変えてみよう。そもそもどうして私達は十四日にチョコを作る? その意味を考えれば……。



「私達がこうして集まっているのは明日のバレンタインのためだよね? そのバレンタインデーは女の子が好きな男の子に気持ちを伝えるチャンスの日。ということは私達を中心に考えるんじゃなくて、作ったものを渡したい相手のことを考えてやるべきじゃないかな」


「言われてみればそうね」


「確かにそうですね。手作りで作らないといけない、ということしか頭にありませんでした」



 どうやら私の意見は賛同してもらえたようだ。やったね。



「……あれ、でも待って」


「どうしたの比奈?」


「そういえば恵が渡したい相手っていないから意味ないんじゃ……?」



 自然と賛同していたけど、彼女はそれが出来ないはずなんだけど、と思いました。



「う、うるさいよ! というか助けを縋った相手にそれ言っちゃう!? 本気できょとんとしてるし!」


「悪意なき悪意ですね。流石比奈さんです」



 どういう意味よ、それ……。



「確かに私はこの中で恋とかしてないし遅れてるけど、普通にお世話になってる人はいっぱいいるの! 二人に教えるついでにその人達のために作ろうとしてるだけだよ! 負け惜しみじゃないんだからね!」



 最後の一言さえなければ普通だったのにもったいない。



「で、そういう比奈はどうなのよ? お兄ちゃんが望むものは分かってるの?」


「えっと、それは……」



 カズ君が望むもの……何だろう?



「比奈さん、そんな深く考える必要はないですよ。相手の立場になって考えればいいだけです」


「梨花は立派ねえ。で、梨花は何を渡すつもりなの?」


「ちょっと待ってください。今祥平君の視点で考察してみますから……」



 梨花は目を閉じて思案を始める。最初は口元が緩んでいたものの、段々とそれが強張ってきて、冷や汗なんかもかきはじめている。



「祥平君が好きなものが……予想できない……!」



 梨花は目を見開いて四つんばいになる。恵が懸命に「どうしたの梨花!?」と話しかけているが反応がない。それほどショックはでかいようだ。

 

 でも私も梨花のことを笑っている余裕はなかった。カズ君が好きなもの、もしくは望むものかかあ。一体何なんだろう。そういえばカズ君が「俺はこれが好きだー!」って公言しているところあまり見たことない。あれ、私ってよくよく考えるとカズ君のことあまり知らない? え、そんなまさか。私本当にカズ君の彼女だよね? あれ、あれれ? 私、彼女として駄目駄目なんじゃ……。

 思考が深くなるほど恋人としての残念さが浮き出てくる。このままだと私も梨花の二番煎じになりかねない。

 あ、諦めたらそこで終わりよ香月比奈! カズ君の思考パターンから何とか答えを出すしかない!

 カズ君の視点に立ってみる。私がカズ君にチョコを上げる。彼は「おお、マジか。めっちゃ嬉しい! ありがとな、比奈!」なんて言って笑いかける。その妄想だけでニヤケそう。次にクッキーを渡してみる。「おお、マジか。めっちゃ嬉しい! ありがとな、比奈!」と言ってくる。私も感謝されて嬉しいけれど、チョコの時とあまり変わらない……。

 そうだ、きっとカズ君は私からのプレゼントってだけで大いに喜んでくれるに違いない。それは例え手作りじゃなくて市販のチョコでも似たような反応を返してくれるだろう。

 ならば深く考えずにハート型のチョコを作ってそこにメッセージを挟めばそれでいいんじゃないかな? 

 けど私はそれだけじゃ満足できなかった。私はさらにもう一歩、特別なことをしたい。彼のために何かしてあげたい。もっともっと踏み込んだ感情を抱いてほしい。欲張りかもしれないけど、私はそれを望んでいた。



「比奈、確かにお兄ちゃんの需要に応えるのも大切だけど、考えすぎて失敗するのはもっと駄目だよ。色々作ってみて一番美味しかったものを渡すのはどう?」



 なんて提案が恵から出される。

 私は「そうだね」と返した。多分どんなに長考しても納得のいく結論は出ないと思う。だから今はとりあえずお菓子作りに励もうと思う。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 あれから私達三人は様々な試行錯誤をした。それは料理というよりも実験という言葉の方がしっくりきそうだった。それぞれ思いついたものを試し、各々のベストを仕上げる……出来ることはそれしかなかった。



『出来たー!』



 それでもいちいち作り終える度に感慨深いものはある。時間も時間なのでこれが最後の調理。一番自身がある作品を作り上げた。



「梨花はチョコクッキーにしたんだね」


「はい。先輩達の分も作ったので是非食べてみてください」



 梨花にクッキーを渡される。彼女のクッキー部分はとてもサクサクで、クッキーの上に乗ったチョコも心地よい堅さと甘さでクッキーのほのかな甘みといい感じに融合している。



「恵先輩は何を作ったんですか?」


「私は球体のチョコに色々入れてみたんだけど……試しすぎて何が何やら」


「くじみたいで面白いじゃないですか。一個くれませんか?」


「不味かったらごめんね? はい。ほら、比奈も」



 恵に一つお裾分けされる。

 ……さっきまではそれほど手を加えてなかったから恵のも安心して食べられたんだけど。よくよく考えたら修学旅行の悲劇を起こしたのはあの恵のクッキーで……少し、躊躇いが……。 

 躊躇している間に二人はチョコを口に入れていた。



「……なんだ、美味しいじゃ……!?」


「ま、また失敗……!」



 バタンバタンと床に倒れる二人。……嫌な予感はしてたけど案の定、か。口に含まないでよかった。

 

 倒れた二人をベッドとソファにそれぞれ運び簡単な介抱をする。そして同じ悲劇を繰り返さないために恵の試作品は先に一つの袋にまとめて入れておく。



「で、私が完成させたものは……」



 それを見る。視界に映るのはハート型のチョコだ。結局いい案が浮かばず、これといった手入れもなしに形だけ整えただけだ。



「……でも下手に失敗するよりもいいかもね」



 そんなことを呟きながら自分の作ったチョコを食べる。私は二人で帰った後、もう一度作成しようと考えていたので試食のつもりだった。

 うん、やっぱり美味しいなあ。でもこんだけ甘いもの食べたら少し太っちゃいそう。でもカズ君のためなら仕方ないよね。

 いい加減諦めて彼にチョコを渡すシュミレーションをしておこう。彼にチョコを渡す時間は実は昼休み以降になる。明日は午前中だけ仕事が入っていて、終わり次第直接学校に向かうからだ。

 

 そこでふと思う。時間的にカズ君は私以外の女の子からはチョコを貰っているんじゃないかって。若菜とかは気合入れてチョコ作ってそうだし、由香梨もそれなりの渡すものを気がする。他にもクラスの女子だって義理チョコという形で幾つか貰って食べているんじゃないかな。それに加えて昼休み以降ということは、つまり昼食を食べた後。それと女の子なら甘いものは別腹というけど、男の子もそうとは限らない。カズ君が甘党だったらまた話は違うけど。昼食の後に散々食った甘いチョコを渡すのはどうなんだろう。



「そっか……別に甘くすればいいだけじゃないんだ」



 ようやく彼が望みそうな物を作る一端が見えた。ここまで分かれば私一人でも何とかなりそうだ。

 手作りに一番大事なものは「手作り」じゃない。愛情だ。それさえきちんと込めれば……。



「ふふ、喜んでくれたら嬉しいなっ……!」



 彼の喜ぶ姿を思い浮かべながら早速作業に取り掛かる。その時の私もまた嬉しそうな笑みを浮かべていたに違いなかった。





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