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一話「二人の関係」

 年も明け、短い冬休みも終わりを迎えた。もう昼までのんびり寝てるだなんて怠惰な生活は許されない。畜生。

 何よりもこの時期嫌なのは寒さだ。朝の寒さは体感的に昼や夜以上に厳しい気がしてならない。

 今日も学校に向かうまでの道が苦痛だ……。



「おーい、和晃ー」



 少し離れた所から手を振って俺の名前を呼んだのは由香梨だ。その隣には比奈もいる。



「うう、今日も寒いな……」


「気持ちは分からないでもないけど、彼女がいるんだからしゃきっとしなさいよ。あんたと違って比奈はそんな弱いところ微塵も見せてないよ」


「私はただ着込んでるだけなんだけどね」



 あはは、と比奈が苦笑する。



「で、今日は二人で登校してたのか?」


「そ。さっき偶然会ってね。彼氏よりも早く美少女に出会えるなんて今日はついてるわねー」



 由香梨はよくわからない煽りをする。多分、ツッコミを期待してるんだろう。お望みどおりにするのもいいけど、比奈もいるしなあ……。



「それはいいことだ。じゃあ俺は先行くよ。二人の邪魔しちゃ悪いし」


「いやいや。それはおかしいでしょ。冗談よ冗談」


「分かってるって。理解した上で俺は先行くって言ってるんだ」


「……へ?」



 由香梨が素っ頓狂な声を上げる。



「あ、あんたねえ。普通は一緒に行くでしょ。それにどちらかというとここは私の方がお邪魔虫な訳だし。何を謙遜して……」


「何も謙遜してないよな、比奈」


「うん、そうだね」


「え」



 由香梨は俺と比奈の顔を交互に見やる。



「え、ちょ、どういうこと? 比奈はそれでいいの?」


「うん、いいよ」


「……はいー?」



 由香梨は混乱の極みにあるようだ。

 これ以上長居をしないためにも彼女がまた何か言う前に行くか。



「じゃあな。また後で」


「うん、また後で」


「え、ちょ、待ちなさいよ!」



 制止の声を意もせずに通学路を前に進む。

 ――結局、比奈とは一度も目を合わせないまま。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「普通の人間ならばこの時期は憂鬱――だがしかし、俺は違う。何故なら冬アニメがスタートするからな!」


「お前は何を言っているんだ」



 教室には必要以上にテンションが上がっている直弘がいた。



「聞いた話によると年始は特別番組ばっかりでアニメはお休みみたいなんだ。それで二次元の供給量が足りずにいたらしい」


「解説ありがとな久志」



 クリスマス以降大きく変わってしまった彼であるが男連中だけの時は平常だ。



「まあいいんじゃないか? 何にせよ日々の日常に楽しみが戻ってきて活力が湧いてるなら」


「和晃の言うとおりだ。それにお前も十二月の時よりも生き生きとした顔になってるぞ」


「……それは」


「まあどうせ短い休みの間ずっといちゃいちゃしてたんだろう? 羨ましいな爆発しろ」


「ほんと若菜さんという素敵な女性がいるのにねえ。まあ俺からしたらそっちの方がありがたいんだけど」



 俺達の間でこういった話が出るとどうやら俺が非難の対象になる模様。世の中って理不尽だ。



「別にそんないちゃいちゃしてないって。会えたのも元旦を含めてニ、三回ぐらいだ。ドラマの撮影だったり他の仕事も幾つかあったりしたらしいからな。それに――」


「おーい、和晃」



 朝と同じ調子の声が飛んでくる。見ると由香梨がこちらを向いていて目が合った。



「朝に続いて何なんだよ……」



 仕方なく立ち上がり彼女の元に向かう。由香梨は女子の集団に囲まれていた。中には若菜ちゃんや比奈もいたが……。



「いやーちょっと聞きたいことがあるんだけどさー……って比奈? どこ行くの?」


「えーっと……ちょっと用事を思い出して。私のことは気にしないで話してて」



 そう言って比奈はクラスメイト達に見送られながら教室を出て行った。



「どうしたんだ由香梨。そんな呆けた顔して。俺を呼んだ用事は何だよ」


「え、あ、うん。大したことじゃないんだけど……」



 本当に大したことじゃなかった。いちいち大声で俺を呼ぶなと言いたいが、うちのクラス、というよりもうちの学年では恒例の出来事になっているらしい。複雑な気分だ。

 用事を終えて自分の席に戻ると直弘と久志も不審な顔を浮かべていた。



「お前らまでどうした?」


「いや、お前があの輪に近づいた瞬間に香月がフェードアウトしたから……」


「見計らったようなタイミングだったよね。それに香月さんの視線もカズの方に向いてなかったし。……何かあったの?」


「いや別に何も。そんな気にかけるようなことじゃないから」


「しかしだな」


「大丈夫だって。心配するな。それより今日の小テストの勉強でもしようぜ」


「う、うむ……」



 二人は不服そうな顔をしていたが強引に話を進めた。現在俺と比奈を取り巻く問題に関して他人を巻き込む必要はない。さっさと話題を切り替えよう。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 しばらくそんな日々が続いた。俺と比奈はプライベートな空間においてなるべく距離を取り、互いの顔を見ないようなそんな日々を。

 俺としては全く問題ないし、比奈も何も言わなかったが――



「そこになおりなさい二人とも!」


「お前それどんなキャラだよ!?」



 俺と比奈は由香梨と直弘の二人に呼び出されていた。



「もう今更キャラがどうこう言ってられないわ。私達から二人に言いたいことがあるからよく聞きなさい!」


「別に俺はこうして大々的にするつもりはないんだが」


「ええい、問答無用よ!」



 幼馴染が横暴すぎる。一体何が彼女をこうしたっていうんだ。



「えっと、野暮かもしれないけど久保田君と若菜はいいの?」


「あの二人を揃えたらめんどくさい応酬が始まるから今回は呼んでない」



 さいですか。



「ともかくそんなわけだから二人とも大人しく聞きなさい。どうして呼び出したのかは直弘君が話してくれるから」


「なんで俺が……」



 直弘はため息をつきながら一歩前に出る。



「もうこうなった以上いかせてもらうぞ。和晃に香月、あれから二人にまた何かあったのか?」


「何かとは……?」


「なんていうか、二人の関係が悪化するようなことだ。喧嘩とかそういった類のことは……」


「してないけど……」


「……そうか。ならいいんだ」



 直弘はあっさり引き下がる。



「いやよくないってば。もうここから先は私が問いただすわ! 悪いけど二人のことをしばらく観察させてもらったの。するとどう? 二人は恋人だというのにお互いを牽制するような態度で、顔すら合わせようともしないし。一体何なのよ、これ。例え恋人云々がなくても二人に何かあったのかって思っちゃうでしょうが!」



 最後は理不尽にキレられる。



「この件については口出し無用って言ったはずなんだが……」


「そう言われても気になるものは気になるの! 何かあるなら白状しなさい!」


「……いいのか?」



 由香梨に大きく頷かれ、俺と比奈は顔を見合わせる。……全て吐露するしか道はなさそうだ。



「えっと、それらの理由なんだけど、は、恥ずかしい……んだよね」


「……へ?」



 比奈が俺の代わりに答えてくれる。



「めでたく付きあわさせてもらって、私達は恋人になって。関係は変わったけど以前と変わらずにいこうって二人で決めたんだけど、私達恋人なんだなって思うと気恥ずかしくなっちゃって……」


「俺も比奈も互いを妙に意識しちゃって、そこにいるんだって思うと平常心でいられなくなるんだ。新学期が始まってそれに気づいて話し合って、しばらく距離を置こうってことになったんだ」



 そう、全て単純な話だ。公開恋愛をやっておきながら恋愛に関してはどちらも初心者も初心者。性格も相まってか以前のようなフランクなやり取りが出来ないでいた。二人きりになると駄目も駄目。二人で顔を赤くして別の方向を向いて棒読みで「今日はいい天気だね」「そうだね」という応答をして以後無言。今はまだ休止中だからいいが、本気で公開恋愛ラジオをどうしようかと悩んでいた所だ。



「……え、まさかそれだけ?」


「それだけってあのなあ……」



 俺は立ち上がりグッと拳を握る。



「これはとても深刻な問題だぞ! 俺達だってこのままじゃいかんとは思ってるし、だからといってこんなことを誰かに相談するわけにもいかず! 一番悩んでるのは俺達なんだぞ! 本当はもっと比奈と一緒にいたいのに、話したいのに……」



 ガクリと崩れ去る。



「カズ君……」



 失意に呑まれる俺に声をかけてくれたのは比奈だ。



「やっぱりカズ君も私と同じ想いだったんだね。私もずっとずっとこんな状態で、カズ君成分が足りなくて切なくて苦しくて……でもあなたといると思考がまとまらなくなって、どうしていいかわからなくて。ごめんカズ君。私が不甲斐ないばかりに」


「いや不甲斐ないのは俺もだ」



 カズ君成分とかいう不穏な単語が聞こえた気がしたが無視する。



「俺達はまだまだ未熟だ。出来ないこと、やれないことはたくさんある。もうすぐラジオも始まるからいずれ成長しないといけないけど……」


「一歩一歩確実に、だよね?」


「ああそうだ」



 久しぶりに彼女の顔を正面から見る。彼女の天使のように可愛い顔を拝んだだけでニヤけてしまいそうだ。



「あー、えっとお二人の世界のところ悪いが、その調子じゃもう大丈夫なんじゃないのか?」


『今は緊急事態だから』


「答えまでハモるか……」



 ちなみに一緒の空間にいるのが駄目なだけで、電話越しに会話する程度なら特に支障はなかったりする。



「菊池よ。やはり何があったかを聞くだけ無駄だったんだ。今の少ない応酬だけで二人は地でバカップルをいってるのはよく理解できた」


「……ええ、ほんとそうね……」



 さっきまで唖然としていた由香梨が立ち上がる。



「なんか心配した私が馬鹿みたいだわ。とりあえず二人の事情はわかったからもっと普通に過ごしなさい普通に!」


「俺達は至って普通だぞ!」


「どこがだあ!」



 由香梨のツッコミからはもはや女の子らしさが失われている。



「もう今日は帰る! あんたたち、覚えてなさいよ!」


「何だその小物らしい捨て台詞……」


「うるさいわね! 直弘君も帰るわよ!」



 そうして騒がしく帰っていく二人。



「ねえ、カズ君」


「何だ?」


「……私達もうちょっと頑張ろうか」


「……そうだな」



 この事をきっかけに俺達二人は今度こそ以前のようなやり取りが普通に交わせるようになったのだった。








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