SP「新年明けまして」
年が明けた。
年末は俺と比奈が起こした騒動の後始末に追われて大変だったことこの上ない。でもそれもようやくひと段落ついて、年始はのんびり過ごせる算段がついたのだが、
「いやー人を駄目にするといわれるだけあるわねー。こたつ最高」
「……一度入ったらやめられない止まらない」
「お菓子じゃないんだぞ……」
「まあまあ。お菓子じゃないけどみかんがあるし食べようか」
「お前ら年明け早々から何で人の家でくつろいでんだ!?」
我が家は比奈を除いたいつものメンバーから襲撃を受けていた。
「けちなこと言わない。むしろ新年から友達と過ごせることにありがたみを感じなさい。あ、久志君私にもみかん頂戴」
「これっぽちも感じられねえよ!? お前らにこたつ独占されるわ、折角作った雑煮を食わせなきゃならんわで……! というか久志は勝手にみかん配るな!」
久志が普段の自分を変えようとするのは勝手だが、こう勝手なことをされてはとても困る。修学旅行時の久志がすでに恋しい。
「しかし和晃、お前口ではあーだこーだ言いながら雑煮配ってくれたり、みかんをそっとこたつの近くに置いてくれたりたよな?」
「そ、それは食器の片づけを終えた後の自分のためにだ。お前らのためなんかじゃないんだからね!」
「……ツンデレ乙」
今年の抱負は時に厳しく時に優しくなだけです。
「そういえば比奈はまだ来ないの? 連絡してみたら後で和晃に会う約束してるからまた後でって言われたんだけど」
「初詣の約束をしてるんだよ。同棲してるならまだしも年明けてすぐに家でのんびりまったり彼女と過ごすかよ普通」
こうして堂々と「彼女」といえる嬉しさよ。ああ、顔がにやけそうだ。
「ニヤけないようにするせいか顔引きつってるわよ」
「和晃、お前は手に入れたおもちゃを自慢したくなる子供か」
こういった暴言がくるってのもちゃんと分かってたよ俺は。
「別にちょっとくらい許してくれよ。まだ正式に付き合い始めてから一週間近くしか経ってないんだ。熱が収まりきれないんだよ……!」
「……私を恋人にすれば万事解決」
「しないから」
「……今年初の告白も撃沈」
「大丈夫、若菜さんには俺がいるから!」
「……ごめん無理」
「俺も撃沈か……でも諦めないよ!」
「その意気だ久志!」
「あんたら楽しそうね」
延々と繰り返される告白ループ。傷ついても励ましあって人は成長していくものだ。
「とにかく……午後は比奈と初詣行くつもりだけどお前らはどうすんだ?」
問題を提起するとこたつに入った四人が審議を始める。少し時間がかかりそうだなと判断してその間に年賀状を郵便受けから取り出すことにした。
「おーおー今年もいっぱいきてるねえ」
手に持つ年賀状は分厚い文庫本一冊に匹敵するほどだ。今日から数日間、相手に年賀状を送り返すために引きこもりの生活が始まるだろう。
ため息をつきながら一番上にあるはがきに目を通す。
「……ってこれ沙良からの年賀状か」
今時珍しい手書きの年賀状だ。書かれている文字はどれも丁寧で、しかしそこに硬さはなく柔らかな字体をしている。彼女の筆跡に懐かしさを感じながら裏をめくる。
『明けましておめでとうございます。昨年はいかかがでしたでしょうか? この一年がアキ君にとっていい一年でありますように。それと今でも私はあなたをお慕いしております。大好きです。今年こそあなたに直接この想いをぶつけてみせるので覚悟しておいて下さいね。三条沙良より』
と書かれていた。
……途中までは凄く丁寧で淑女みたいだったのに、後半はただのラブレターだった。
「ううむ……比奈とのことどう説明するべきか……」
また考えなきゃいけない事柄が生まれてしまった。まあ、考えるのはまた今度だな。
大量の年賀状を手に部屋に戻ろうとすると、視界の隅に奇抜な衣装を着た誰かが映る。
もう一度確認しようとその場を見るが、その謎の人物は既にいなくなっていた。
見間違いではなければそいつはメイド服を着ていた。どうしてこんな何ともない平凡な住宅街でメイド服……? 不審者というよりもコスプレ趣味の人か? ご近所に元旦からコスプレしてるやつがいるとは思えないけど。
「まあ、そんな大して気にかけることでもないか」
新年最初の日で一睡もせず深夜のテンションの方も多いだろう。何かしらの被害が出るまでは胸にしまっておくとしよう。
今度こそ家の中に向けて足を進める。心の中で沙良も明けましておめでとう、なんて思いながら。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おーい、カズくーん! それに皆も!」
多くの人ごみの中で透き通るような声と輝く笑顔を振りまく少女がいた。
結局ついて来た皆と一緒に手を振りながら彼女の元に近づいていく。
「明けましておめでとう、比奈。それ振袖か」
「明けましておめでとう、カズ君。折角だから着て行けってお母さんがね」
比奈のお母さんも粋な計らいをしてくれる。ありがたありがたや。後ろで直弘も「香月の着物姿……神よ、ありがたき幸せ」と天に祈りを捧げている。
「お兄ちゃん、私のことも忘れちゃ駄目だよー!」
比奈の後ろからぬっと出てきたのは恵ちゃんだ。彼女も振袖を着ている。
「おお、恵ちゃんも振袖か」
「そうそう。どう? 似合ってる?」
「バッチグーだ」
「やったー!」
えへへーと喜ぶ恵ちゃん。その愛くるしさは比奈をも越える。
「しかし安岡はそれが自然体っていうくらいピッタリだな」
「そうでしょそうでしょ! これは大和撫子目指せるかな?」
「……胸が平らだからしっくりくるだけでしょうが」
ボソリと由香梨が呟いた。
「由香梨お姉ちゃん、全部聞こえてるよ? ま、そんな中途半端なお胸じゃ大和撫子には到底なれないと私は思うけどね」
「少なくとも恵よりは大和撫子な性格してますけどね、私。大きい小さいにこだるような人間じゃないもの」
「……この二人は相変わらず」
恵ちゃんと由香梨のいがみ合いを一番スタイルの良い若菜ちゃんに言われるとは……。二人が不憫に思えてならない。
「全く……あなた達は正月から元気ね」
呆れた声で話しかけてきたのは何とマネージャーさんだった。
「彩さんも初詣でですか?」
「ええ、そうよ。とはいってものんびりしてる暇はないわ。この後に商談があるからねえ」
彼女はスーツ姿で、現在の状況を考えるととても不釣合いな格好だった。社会人は大変なんだな。
「ま、二人の顔を見れただけでもう満足よ。伊賀を待たせてるからすぐに行かないと。初詣楽しんできなさい。あと言い忘れてたけど、今年もよろしく頼むわ。比奈は仕事の方、バンバン持ってくるから」
「お手柔らかにお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。マネージャーさんも仕事頑張って」
「ええ、それじゃあ」
別れを済ませるとマネージャーさんはすぐに群集の中に消えていく。
「よし、じゃあ俺達も行こう」
新年の挨拶もそこそこに出発することにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「和晃先輩に香月先輩」
おみくじを買うために列に並んでいると声をかけられる。
「この声は……祥平か?」
首を巡らせてみるとこちらに近づいてくる一人の男がいた。
「明けましておめでとうございます、先輩方」
「黒瀬君も明けましておめでとう」
「おう、明けましておめでとう」
内心お小言を言われるんじゃないかどうかドキドキしています。
「しかし偶然だな。祥平も同じ寺に初詣来てるなんて」
「近所の小さな神社でよかったんですけどね。梨花がお寺行こうお寺ってうるさくて」
「梨花さんが……?」
「せ、先輩方?」
祥平と話しているとどうしてかショックを受けた梨花さんがやってきた。彼女も振袖姿だ。
「なんで二人がここにいるんですか!?」
「ただの偶然だから、そんな慌てないで、梨花」
「あ、慌ててなんかいませんよ。ちょっと驚きましたけど……」
梨花さんは一気にしおらしくなっていく。そんな彼女の姿を横から見て気づいたことがひとつ。
「……梨花さん今日は盛ってないんだな」
「新年早々セクハラですか!?」
いや、別にそういうつもりではない。着物とかって変な盛り上がりがない方が似合うこともあるわけで、ナイス選択という意味を込めて言ったつもりなんだけど。
「セクハラって何がだ、梨花」
「え、いや、その、何でもないから! 流して、というか流しなさい!」
祥平が首をかしげている。ううむ、さっきの素っ気無い彼の反応といい、梨花さんは前途多難だな。
「カズ君も少し反省しないと駄目だよ?」
後輩二人のやり取りを見守っていたら恋人に耳を引っ張られた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
後輩と遭遇するなんてハプニングがありながらも無事おみくじを引くことが出来た。
皆バラバラな所で同じようにくじを引き、全員戻ってきたところでそれぞれの結果を確認する。
「吉か。普通ね」
「俺は大吉だ」
「……私は中吉」
「俺も若菜さんと同じ! これはもう運命としか――」
上から由香梨、直弘、若菜ちゃん、久志の順だ。皆そこそこの結果を出している。
ちなみに恵ちゃんは変わり果てた若菜ちゃんと久志のやり取りを唖然としながら見ている。
「比奈はどうだった?」
「うーんと私は……」
比奈がおみくじを開ける。
「あ、やった大吉だ!」
彼女は小さくガッツポーズをする。可愛い。
「えーっと、『今年はあなたが本当にやりたい事、したい事が見えてくるでしょう。己の意思を強く持つことで事態はいい方向に動いていくはずです』だって」
「へー、面白いな」
「カズ君はどう?」
「俺は……」
おみくじの封を開け、中に書かれた文字を見る。
「…………大凶、だと…………」
「え、本当に? ……本当だね」
皆から哀れみの視線を受ける。
「だ、大凶なんて滅多に引けるもんじゃないよ! むしろ私は幸運だと思う。だから落ち込まないで!」
そんな中一人ポジティブな子に励まされる。でも彼女は大吉出してるから全く説得力がない。
「ち、ちなみに何て書かれてるの?」
「『あなたにとって過酷な運命が待ち受けるでしょう。それはあなたにとってとても辛く苦しい思いを与えます。ですがそれは人生の転回点でもあるといえます。あなたと最も絆の強い人間が突破口を切り開く鍵となるでしょう』だってよ。何とも不吉な未来だこと……」
縁起のよい一年にするつもりがどうしてこうなった。
「そんなに書かれてることは悪くないと思うよ。それに所詮占いだから。とにかくおみくじを結びに行こう。ね?」
比奈に連れていかれる。
「何だか和晃が介護されてるおじいちゃんみたいだな」
余計なツッコミが外から飛んできたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その後、皆で神社を参拝して元旦から開いている服屋やら書店を巡り、福袋を購入したり神社の敷地内にある屋台で食べ歩きをしたりして、空が赤くなり始めたところで解散ということになった。
俺と比奈は皆に気を遣われて早目に二人きりにさせられた。正直言うと交際を始めてからどうもこの二人きりの状態が恥ずかしくてこそばゆい思いを抱いていた。少し前よりもちょっと距離を取って二人で道を歩く。
「あ、もしかしてあの二人はアイドルの香月比奈とその彼氏ではないでしょうか」
すると前からマイクを持ったリポーターと、それらを撮影するカメラマンやスタッフの人たちがやってくるのが見えた。どうやら偶然正月の特番中の彼らと遭遇してしまったようだ。
目を付けられると素早く彼らに包囲される。逃げ場はないようだ。
「新年からすいません。お時間の方よろしいでしょうか」
こんなの聞かされていないし、本当にたまたまなんだろう。それにこういった現地の様子を伝えるものは拘束される時間も短い。比奈と見合って意思の確認をし、大丈夫ですという意向を返す。
「ありがとうございます。では少し遅くなりましたがお二人とも明けましておめでとうございます」
二人で明けましておめでとうございます、とカメラに向けて言う。
「今日は初詣デートといったところでしょうか?」
「ええ、まあそういった感じですね」
比奈はさっきまでの彼女とは一変、はきはきした物言いになる。けれどちょっと照れている様子だった。
「ラブラブですねー。とても羨ましいです。そんなお二人にぜひお聞きしたいのですが、今年の抱負はありますか?」
「今年の抱負ですか……。去年以上に自分を磨いてファンの皆様に応えられる活躍をしたいなあって思いますね」
「なるほど。アイドルとしてもっと高みにいきたいということですね。彼氏の高城和晃さんは何かありますか?」
マイクをずいと向けられる。
「うーん、そうですね。抱負、というより願いなんですけど、今年一年がつつがなく終われば嬉しいなと思います」
「カズ君さっき大凶出してたものね」
「くっ、みなまでいうな!」
「あはははは。でもお二人ならどんなことも乗り越えられると思いますよ」
リポーターは屈託のない笑顔を浮かべる。
「お忙しいところありがとうございました。最後にテレビの先の視聴者に伝えたいメッセージなどありましたらどうぞ」
「メッセージか……」
比奈をちらりと見ると、彼女もこちらを見てきていて。何となくだけど、俺達は同じことを考えているようだ。二人して微笑し、カメラの前に立つ。
「去年、私達は皆さんに多大な迷惑をおかけしました。それで多分今年も迷惑をかけてしまうと思います」
「それでも俺達は皆さんの期待を裏切らないように、出来る限りのことを精一杯やっていきたいと考えています」
『それでは、今年もよろしくお願いいたします』
明けましておめでとうございます!
今年の抱負はこの物語を年内に完結させることです。
それでは、今年もよろしくお願いいたします。
※次回(一月五日予定)より通常更新となります。