第7話 重なるすれ違い
「何それっ!?どーゆーことなのぉっ!!!??」
翌週の月曜日には愛華は、すっかりインフルエンザを克服していた。
「だから…霧島くんに告白されて…」
「何それ、何それ!!??愛華きいてないしっ!!!!!!」
無事に復帰した愛華に、ここ数日間にあった出来事を報告したところ、想像以上にオーバーリアクションだった。
「…で、有砂の家庭の事情も語っちゃったワケ?」
「う、うん」
愛華にも両親の話をした。でも愛華は薄々気づいていたみたいで、それに関しては「やっぱり一人で悩んでたんだね」と言っただけ。私に気をつかってくれたみたいだ。
「それで翼くんになぐさめてもらったの?」
「う~ん…。そうなるのかなぁ」
あいまいな答えを返すと、愛華はチッと舌打ちをした。
「くそっ、翼くんめ…。いいところ全部持って行きやがって…。これじゃあ、井上くんの出番がないじゃないのよ!」
未だに「井尻」と「井上」を間違える愛華。この天然はかなりひどいな。
「そのことなんだけどね、愛華…」
私は悩んでいた。最近の清也の態度は尋常じゃなく冷たい。話しかけても返事をしてくれなかったり、私が清也の近くに行くと避けるような行動をとったり……。私は清也に嫌われているのではないだろうか。
霧島くんは私が好きで、私は清也が好き。でももし、清也は私のことが嫌いだったら…?その時はきっと、霧島くんに良い返事をすることになるだろう。私の決意はもうそこまで固まっていそうだった。
でもやっぱり、心のどこかでは清也のことを想っているし、清也以外の人を清也以上に想うことはできない。そんな気持ちが私の決意を大きく揺らしているのだ。
「井上くんがねぇ…」
「うん…」
「やっぱそこは、本人に聞いてみなきゃ分からない所だよね」
「そうなんだけどさー…。話しかけようとしたら避けられちゃうから…」
「そっかぁ…。世の中は上手くいかないことばっかだね」
「うん」
それでもやっぱり、本人に聞かなくちゃどうにもならないので、今日は清也と一緒に帰りながらじっくり話をする、ということにした。もちろん、愛華も一緒だ。
ところが、いざ帰り。
清也を誘うのは、愛華が無理やり交渉してなんとかクリアできたが、ここで思わぬ刺客が現れた。
「待って、柏森さん」
「き、霧島くん!」
霧島くんは、私に一緒に帰らないかと声をかけてきた。
「え、えっと…」
今日はすんごく都合が悪いんだけど…。
「き、今日は…」
「ダメかな」
少し淋しそうな顔で私を見つめる霧島くん。ぎゃー!そんな顔はやめてくれぇ…。
結局断れなかったので、私達は珍メンツ4人で帰ることになってしまった。
《…ちょっと、有砂?どういうこと?》と、愛華が目でうったえてくる。私は《アハハハ…》と笑ってごまかす。
左側から、愛華・霧島くん・私・清也 といった順番で横一列に並んで歩いた。霧島くんと清也に挟まれた私は、あまりの会話の無さに気が気じゃなかった。
霧島くんは私の隣に清也がいることに、かなりジェラシーを感じている様子。ライバル心がけっこうむき出しだ。一方清也はと言うと、4人で一緒に帰ってるということはあまり気にも留めていないようで、一人自分の世界に入ってしまっているようだ。
どうしよう~…。このままじゃ、清也に話しかけにくいなぁ……。
「ねぇねぇ、翼くん!」
「ん、何?福田さん」
気まずい雰囲気をかき消すように、愛華が霧島くんに話しかけ始めた。
「この間ね、あそこのショッピングモールに行ったらね…」
チラッと私の方を見て、《今のうちに井上くんと話して!!!》と言う愛華。これは推測だけど、きっと「井上くん」って思ってるだろう。そろそろ間違いに気がつけ!!!
愛華と霧島くんの会話はそこそこ盛り上がっている。私は愛華の伝言どうりに、清也に話しかけた。
「ね、ねぇ、清也」
「……」
ボーっと空をながめていた清也はゆっくりと私の方に視線を向ける。よかった、ちゃんと聞いてくれた。
「私ね…あの、その……」
この先、何て言えばいいのか分からなくなってしまった。どう伝えれば清也も分かってくれるだろうか。清也は…私のことをどう思っているのかって。
「せ、清也はさ…」
「……」
「私のこと…嫌いなのかな」
「……」
何も答えない清也。黙ってうつむいている。
「ねぇ、清也。嫌いなら、嫌いって言って…」
私は清也の目を真っ直ぐに見ると、清也はあの「変な顔」をしていた。
その顔は一体どういう意味なの?私には分からないよ。
そう私が言おうとした時。
「あっ、プリントが」
隣の霧島くんに、今日の宿題を教えてもらおうと愛華がプリントを出したら、風にあおられて、プリントはひらひらと蝶々の様に愛華の手から離れていった。
「プリント待って~!!」
「あっ、福田さん!」
愛華がプリントを追いかけて車道に入った時、対向車線から大型ワゴン車が走ってきた。運転手はケータイをかけていて愛華に気づいていない。
「愛華、危ないっ!!!」
私が走りだそうとした瞬間。
グッ
「!?」
私の身体は、清也が私の右腕を強く引っ張ったことによって、前に進めなかった。
何してんの、清也!?
ハッと愛華の方を振り返る。
プゥ―――――――――――――――――――――――……
長いクラクションを鳴らしながらワゴン車は私の目の前を通り過ぎて行った。まるでスローモーションの映像を見ているかのように、ゆっくりと、ゆっくりと。
「愛華っ!!!」
ワゴン車が通り過ぎると、向かい側の歩道に愛華と霧島くんが倒れ込んでいるのが見えた。私は清也の手を振りはらって、二人のもとへ走った。
「愛華っ!!霧島くんっ!!!」
「痛っててて……」
ふぅー危なかった、と苦笑いを浮かべる霧島くん。その腕にはしっかりと愛華を抱きかかえている。どうやら、車道に飛び出した愛華をとっさに助けてくれたみたいだ。顔や腕のあちこちに切り傷が見え、アスファルトの上には ひび割れ曲がったメガネが転がっていた。でも幸いなことに、二人とも骨折などの大きなケガはしていないようだ。
「二人とも大丈夫!?」
「うん、たいしたことないみたい」
霧島くんは心配ないよ、といったように笑った。
「よかったぁ…」
「ありさぁ~…」
愛華は半べそをかいている。
「愛華死ぬかと思ったよぉ~!!!」
愛華はとうとう、うわーんと泣きついてきた。
「もお!危ないんだから…」
怒りながらも、私はギュウッと愛華を抱きしめた。小さな身体はまだガクガクと震えている。なぜか私の目にも涙がうっすら浮かんできた。
そこに、遅れて清也が走ってきた。
「有砂……」
清也はかなり動揺している様子で、おずおずと私の名前を呼んだ。
「清也のばかっ!!!!」
私は清也の顔を見ないで怒鳴った。
「何で引きとめたの!?どうして行かせてくれなかったの!?もし、霧島くんがいなかったら…愛華はどうなってたの!?」
「……」
「ねぇ、どうして……」
清也は答えない。どんな顔をして黙っているのかは分からないが、答えに迷っているようだった。
清也はいっつもそうだ。ずるい。答えを出さずに、いつもするりとかわしていくんだ。
「…もういい」
私は清也の顔を見ないまま、一人で家路をかけだした。
「柏森さんっ!」
「有砂!!!」
霧島くんと愛華の呼びとめる声が聞こえたけれど、私は立ち止まることは出来なかった。どうしてだろう。どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。清也のことを怒鳴りつけたのは私の方なのに、どうしてこんなに悲しい気持ちになるんだろう。
そして、清也は今どんな気持ちなんだろう。
家に着いた私は、走ってきたままの勢いで自分の部屋のベットに飛び込んだ。
「……ばか」
やっとポツリと声が出た。色々な感情が入り混じった言葉だった。
せっかく清也の気持ちが聞けるチャンスだったのに、結局は何も分からなかった上に清也にキツイことを言ってしまうハメになった。
単純に考えれば、私が危険に巻き込まれないように清也は腕を引っ張った。ただそれだけのことなのに、私はあんなにカッとなってしまった。実のところ、自分でもよくわからないのだ。
「私…何でなんだろう」
このモヤモヤした気持ちは一体何なんだろうか。モヤモヤ……
でも私は別に、清也に隠し事してたりするわけじゃないし、やましいことなんか何もない。親のことだって近々話そうと思ってたし。
しかし、それだとますます分からない。どうして私がこんな思いをしているのか。
ベッドに倒れ込んだままモヤモヤしていると、なぎさがそっと私の部屋の扉を開いた。
「…おねぇ?」
「…なに」
そっけない返事を返すと、なぎさはいきなり私に抱きついてきた。
「おねぇ、ごめんね」
「え、な、何???」
私がキョドっていると、なぎさはとんでもなく早口で言った。
「なぎさがこの間、変なこと言ったから怒ってるんでしょ?なぎさ、おねぇがその話題を避けてるって分かってたのに、どうしてだか言っちゃったの!ごめんね、おねぇ!でもなぎさのこと嫌いにならないで!お願い!!なぎさ、おねぇに嫌われちゃったら、もうどうしたらいいかわかんなくなっちゃうよ!!!」
「え、えぇ?!」
半分くらいしか聞き取れなかったけど、なぎさは誤解しているみたいだ。
言うだけ言ったなぎさは、うえぇーんと泣きだした。こういう場面を見ると、なぎさと愛華はどことなく似ている気がする。
「なぎさ!違う、違うよ!!わっ、ちょ鼻水出てるから!拭いて拭いて!!!」
鼻をかんで落ち着いたなぎさに、私は話した。
「おねぇはちゃんとそのこと考えて、解決したの。なぎさともちゃんと話そうと思ってた」
「おねぇ…」
私は改めてなぎさと向かい合った。
「なぎさも気づいてたと思うけど、おねぇはずっとあの日のこと…家族が交通事故にあった日のことに罪悪感を抱いてたの」
「…うん」
でも霧島くんが私に気づかせてくれた。ちゃんと自分と向き合うことができたおかげで、あの日のことも自分なりにけりをつけられた。成長することができたんだ。
「だからある意味、なぎさがあのことをおねぇに思い出させてくれたおかげで、解決できたんだよ」
「…本当に?」
「うん。ありがとう、なぎさ」
私が優しく微笑みかけるとなぎさは、はぁーっと大きく息を吐いた。そして笑顔満天になって、安心したような表情を見せた。
「なら良かった」
ようやく立ち上がったなぎさは、良かった、良かったと何度も言いながらドアに向かって歩き出した。
「じゃあおねぇはきっと、恋にでも悩んでるんだね」
「ぬぅあぅっ!!??」
スキップして部屋から出て行ったなぎさの最後の一言は鋭かった。
だいぶ期間があいてしまいましたー(^^;;
ご拝読ありがとうございました!
まだ続きます。多分。