第3話 プレゼントしよう
第3話です。有砂の気持ちが…
翌朝。今日は土曜日で学校は休み。柔らかなカーテン越しの光を浴びながらのんびりと眠っていた私は、メールの着信音で目が覚めた。
「んんー…。誰―?」
メールは愛華からだった。
『おはよー 今日ヒマ?遊びにいこうよ(⋆・ω・⋆)=3』
私はすぐさまメールを返した。
『いーよ☆ どこ行く??』
『愛華お買いものしたい>U<』
了解、と返信してから、私はもぞもぞと布団から抜け出した。最近、買い物にも行ってなかったなぁと思い返す。私は洋服を借りに妹の部屋に入った。今、中学1年生の妹はバスケ部に所属していて、練習試合だとか何だとか言って早朝に家を出ている。
アーガイルのニットをパクりつつふと勉強机に目をやると、古い写真が飾ってあった。家族4人で沖縄へ旅行に行ったときのものだ。
あれはもう、8年くらい前のことかな。マリンブルーの海で泳いだり、さとうきび畑を散歩したり――
楽しかったな、あの頃は。
「あ、いけない、いけない。早く準備しなくちゃ」
ボケっとしていた私は、慌てて妹の部屋をでた。
待ち合わせ場所で合流した私と愛華は、西洋の街並みのような地下街をぶらぶらと歩いていた。
「あ!有砂、見て見て!!あそこ、こないだ入ったばっかのお店だよ!!」
「ホントだー。そういえば、TVでやってたよ!行ってみる?」
「うん!行く行くぅ~!!」
白を基調に、シンプルかつスタイリッシュな店内。右半分はナチュラルででも可愛いらしい女性用の服。左半分は爽やかでかっこいいメンズ。そして、「これいかがですかぁ~」としつこく言わない店員さん。こーゆー雰囲気のところ、好きだなぁ~…。
「わぁ…!このニットのワンピかわいい…!!」
薄いピンクの毛糸で編みこまれたワンピースを手に、半絶句する愛華。とっても似合いそう。フワフワと自分の世界に入っていく愛華をしり目に、私も自分用の服を拝見する。ボタンのところがリボンの形になっている白いカーディガン、裾にさりげなくレースが装飾されているチュニック。私は鏡の前で合わせてみる。なんだかパッとしない。服がパッとしないんじゃなくて、私の顔がパッとしないんだろう。小さく息を吐きながら、私はメンズの方を見てみた。
すると、すぐさま一つのマネキンが目に留まった。
柔らかそうなグレーの生地のブルゾンに、白く眩しいカッター。漆黒の細身のパンツ。一見地味だけど、大人びた感じでステキだ。私はそのマネキンに清也の姿を重ねた。絶対、似合う。清也はヒョロっと、いや、スラっと背が高いから、きっとこういった服を着ると、雑誌のモデルみたいに見えるだろう。うわー、着せてみたいなぁ……。
「ねぇ、有砂ってば!!!」
「はうっ!?あ、愛華ごめん」
「もぉー、全然愛華の声に反応してくれないんだから!しかも、なんでメンズ??」
私は、えへへ…と頭を掻きながら笑って誤魔化した。
「そろそろ違うお店に行こうよ!!」
「う、うん…」
愛華に強引に手を引かれ、私はしぶしぶ店を出た。チラと店内を振り返ると、そのマネキンは変わらずに佇んでいた。
あっちゃこっちゃと、色んな店をまわって愛華の両手は買い物袋でいっぱいに。私はと言うとスッカラカンで、買ったものは屋台のたこ焼きのみ。
「次はどこに行こうかなぁ♪」
スキップ気味の愛華の背中を、ホカホカのたこ焼きを頬張りながら眺める。
おぉっ、ここのたこ焼きは当たりだな!
すると、遅れてくる私に愛華が
「ちょっと、有砂!!食べてばっかでいないで、早く!!!」
「ん、んん!!」
最後の一個を無理やり口に放り込んで、私は愛華のもとへ急いだ。
「有砂は、食べること以外にももっと興味持たなきゃだよ!!」
うっ、それは難しいかも。
「よし、じゃあ愛華が有砂に似合う服をチョイスしてあげる!!」
「えっ!?」
「じゃあ、あのお店にいこ~!!!!」
「あわっ、待って愛華!!!」
拳を突き上げ、店に向かって走ってゆく愛華。私はヘトヘトになりながらも、必死になって追いかけた。まったく、一度思いついたらノン・ストップガールなんだから…。
愛華が入っていったのは、洋服と雑貨の小洒落れた店。私が店に着いた時には、愛華は既に二、三着の服を手に掛けていた。
「ちょ、愛華…」
「はい、有砂!コレとコレ、試着してみて!!」
「え、えぇ~…」
服と共に試着室に押し込まれた。かなり強引だけど、こんな風に私を思ってくれる心は、愛華にしかないものかもしれない。手渡された服を見て、私はクスッと笑った。
愛華のファッションセンスはなかなかのもので、試着を終えて鏡を見てみると驚き。丸い襟にフリルが可愛い白のインナーに、オレンジの小花が散る上着。プリーツのスカートは少し短いけど、いやらしい感じはしない。さっきの白い店で自分が選んだのだとパッとしなかったけど、愛華の選んでくれた服はどれも自分に合っているような気がした。
「どう?」
「…いいね。私こーゆーの、好き」
はにかんで答えると、愛華はとっても嬉しそうに二コリと笑った。
「良かった!」
私が試着した服を脱いで出てくると、愛華がスッと私の手から服を取った。
「ちょっと待ってて!買ってくるから」
「え、いいよ!自分で買うし…」
「有砂」
スッと私の手を握る、愛華の小さな指。上目がちに私を見つめる眼。
「ちょっと早いけど、誕生日おめでとう」
「あっ」
そういえば今月の末、つまり大晦日は私の誕生日だった。自分でもすっかり忘れていた。
「いつも、愛華と一緒にいてくれてありがとう。愛華は有砂のことが大好きだよ!」
「愛華……」
「これ、誕生日プレゼントね」
愛華は服を持って、レジ待ちの列に並んでいった。私は、嬉しさに胸がいっぱいになった。プレゼントっていいなぁ。プレゼントって、どうしてこんなにも人を幸せな気持ちにしてくれるんだろう。そうすると、私も誰かのためにプレゼントを買いたくなった。でもどうしよう。愛華の誕生日プレゼントは半年前にあげちゃったし、家族になにかあげるのは……。とりあえず、雑貨の方を見ているとキレイな雪の結晶の模様が入った、ペアのクリスタルネックレスを見つけた。私は思った。
あ、清也だ。
清也にこれをプレゼントしたい。清也にあげたい。
私はすぐさまそれを手に取って、レジに並んだ。
「はい、有砂!」
可愛くリボンで包まれた袋を、愛華から受け取った。
「ありがとう。すごく嬉しい!!」
うふふ、と笑った愛華は私が手にしている小包を見つけて言った。
「あれぇ、有砂も何か買ったの?」
「うん。ちょっとね」
地下街から地上に出ると、陽はもう西に傾き空は夕闇に染まりつつあった。
***
今朝は寒い。ここ数日間は春のような陽気だったものだから、今朝は余計に寒く感じる。学校へ行く準備を終え、通学バッグを肩に掛けてから、私は机の上に置いていた小包をそっと取った。この間、愛華と一緒に買い物に行ったときに買った、清也へのプレゼント。誕生日だとか、何だとか、特別な意味はないんだけど、あげたくなったから買った。えもいわれぬ気持ちになりながら、私はそれをバッグに入れ、家を出た。
ひゅうっと冷たい風が過ぎてゆく。白い息が出る。私は北風から顔を背けるよう、かぼちゃ色のマフラーに首をうずめた。学校に着いたころには、手はすっかり赤くなって、かじかんでいた。
「おはよー、有砂」
「おはよ。寒いねぇ」
何人かと挨拶を交わして教室へ向かう。どうしてだか、少し緊張する。息が苦しくなったような気がして、マフラーを外した。ゴクリと味のないつばを飲み込んで、私は教室のドアを引いた。
「れ?」
意表を突かれ、私はすっとんきょうな声を洩らした。なんだ、清也まだ来てないじゃん。
「はぁーっ!今の私のドキドキ感をかえしてよ…」
ひきつった笑顔を浮かべながら、私はどさっと荷物をイスに下ろした。
「あ、有砂っ!おはようっ!!!」
「ん?あぁ、愛華。おはー」
ちょっと脱力している私を見て、愛華は首を傾げた。
「どうしたの、有砂?」
「あー…いや、何でもないよ」
「…そう」
まごまごしい私の返答に、愛華の「そう」の語尾にはクエスチョンマークがくっ付いていた。しかし、そんなことは気が気じゃない私はいつ清也が来るのかと、時計と教室の入り口を交互に眺めていた。
気がつけばもう8時30分。一日の始まりのチャイムと共に教室のドアはぴしゃりと閉められた。
結局その日は清也は学校には姿を現さなかった。
私は、ピッチャーがゆる~く投げてきた球をバントの構えで返そうとしたのに空振りしたくらい、かなり面食らった。
何でこんな日に限って学校を休んじゃうんだろう。ある意味グッドタイミングである。
とぼとぼと一人帰り道を歩いていた私は、自分の心中が不思議な感覚になっていることに気がついた。何だか今日は、一日中浮足立っている。何だか今日は、落ち着かない。それは、今日は清也がいなかったからだということなのは分かっている。だけど、それだけではない。それだけではないことは分かっているんだけれども、その先がイマイチつかめない。一体私はどうしちゃったのだろうか。ほんの3日会っていないだけなのに、その期間が凄く長く感じる。清也がいない一日の、一分、一秒はとても長い。どうして。
相変わらず冷たい北風は、淋しがり屋の私にも容赦なく吹きつけ、今日という日をより一層ひんやりとつまらないものにした。
***
翌朝も私は、昨日とまったく同じ時間に起きて、同じように準備をした。そして、例のごとく机の上の小包を手に取る。今日も清也が来てなかったらどうしよう。別にどうもしないけど、やっぱり淋しいな。
つまらないことを考えながら、学校に辿り着いた。何か来てないような気がする。朝早い校舎内には人の気配はなく、静寂につつまれていた。まあいい。焦ることはない。今日がダメなら明日、明日がダメならあさってがある。清也だってそう何日も休んだりはしないだろう。
ドアを引いて教室の中へ一歩踏み入った時、私の身体は硬直した。
「っ……っ、…っっっ!!!」
教室の中には、いつものように机の木目をぼうっと眺めて静かに息をしている清也がいた。まさかの、まさか。今日は逆の意味で面食らった。優しく微笑んだピッチャーは、ゆる~く投げるような素振りをみせながら、ドストレートのデットボールをこの身に叩きこんできた。
私は光の速さで教室の外へ転がりでた。幸いにもぼうっとしていた清也は、まだ私の存在には気が付いていないようだった。心拍数が上昇する。バックンバックン鳴っている。さぁ、どうしたことか。いや、普通に渡せばいいんだけど、なぜかそれができない。困ったものだ。目を白黒させながら、激しく呼吸を繰り返していると、
「あーりさっ、おはよっ!」と、元気よく愛華が朝の挨拶をしてきた。
これは助かった。愛華と一緒に何気なく教室に入って行けばOKだろう。(何が)
「お、おはよっ!!!」
よく分からないけど声がうわずった。
「あはっ、どうしたの有砂?最近ヘンだよねー」
「そ、そ、そうかな?あはは」
何気なーく、自然体を装いつつ教室の中に歩みを進めて行く。私はいつもの私。おかしくない、おかしくないよ?
「有砂、何か動きがおかしいよー!!ロボットみたい!!!」
「あ、あはは、まじで?そんなつもりはないんだけd…」
チラッと清也の様子を確認すると、偶然なことにバッチリ目が合った。
カチ―――ン
また身体が硬直した。清也は平然としたようすですぐに視線を机におとした。そんな私の行動を伺っていた愛華は、今度こそ明らかにおかしい私に、不安の色を示し始めた。
「有砂、本当にどうかしたの?どっか悪いところでもあるの?」
「う、ううん。だ、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ!だってこの頃すっごくヘンなんだもん!!きっと自分では気づかない病気か何かにかかっちゃったんだよぉ!どーしよー!!!とりあえず、保健の先生に…」
あらまぁ。ノンストップ・ガールがいよいよ止まらなくなりそうだ。こういう時はあの手を使うしかない。
「いや…、前に何かの本で読んだことあるんだけど、こういう病気の時って何もせずにいつもどおりの生活をしたほうがいいとか…」
「え!そうなの!?」
これは真っ赤な嘘。ってかまず、病気じゃねーよ。こんな嘘でも純粋(悪く言うとアホ)な愛華はとりあえず信じてくれるのだ。なんと便利なことでしょう。もの分かりがよろしいのです、彼女は(笑)
「そ、そっか…?じゃあ、愛華も普通に接したほうがいいのかな…??」
「そうみたい」
なあんだ、と愛華は心からホッとした様子。ふうっと短く息を吐くと、こう言った。
「なんかね。有砂をみてると、いっつも一人で悩みとか抱え込んで、一人で解決しようとしてる気がするの。だから愛華、有砂のことすっごく心配だし、有砂の役に立てるような子になりたい」
ギュッと拳を強く握る愛華。その言葉には一つの嘘偽りもなかった。それは、彼女の真撃な目が語っていた。
「ねえ、有砂。もう一人で無理しないで。約束、ね?」
そう言った愛華は、焼く前のパン生地のような白くて小さな小指を私の前に立ててみせる。私も黙って小指を出した。
そして、いつものようにあの歌を口ずさんだ。
「ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼん のーます ゆびきった」
私は清也の方を見なかった。だけど、なんとなく視線を感じた。
想定外の愛華のからみに、私はプレゼントを渡すタイミングを完全に見失ってしまった。違う。タイミングはいくらでもあった。なぜだか、渡す勇気が出なかったのだ。どうしようかな。いつ渡そうかな。迷っているうちに、時間は刻一刻と過ぎ去っていく。
3日間会っていなかったのにも関わらず、清也の方はそのことなんかまったく気にしていない様子。ちょっと冷たくない?清也の方から話しかけてくれたっていいのに。私はこの3日間、凄く淋しかったのに。少しくらい私の気持ちも分かってよ。私は、私は…
ん?何だろう。私は、何だろう。あれ…。この気持ちって何?自分自身の気持ちを、私も分かってない?
「じゃ、ホームルーム終わるぞー」
『さよーならー』
「はっ!?」
帰りの挨拶に驚き、時計を見上げるともう4時30分をまわっていた。もうこんな時間!清也はどこ?あれ、もう教室にいない!?やばぁっし!!!
「有砂―、一緒帰ろぉ!」
呑気な言葉のテンポで愛華が話しかけてくる。
「ごめんね、ちょっと急ぎの用があるの!ほんとごめんっ!!明日ね!!!」
引き出しの中の荷物をバッグに放り込み、私は猪のように清也を追った。
「………ありさ」
「はっ……はっ…」
なんて足が速いやつなんだ!マラソン大会に出たら一位とれるんじゃないのか??
それでも私は諦めずに走り続けた。そして、学校から三つ目の角を左に曲がった時、
ドンッ 「うぎゃっ!?」
今回も、清也は自動販売機で飲み物を買おうとしていた。
「せ、清也!!!」
「……」
眼と眼がぶつかり合う。今日も清也の瞳は透明で、吸い込まれそうだ。あ、えと、何か言わなきゃ。
「久しぶりだね!」
「……」
コクンと一回うなずく。この感覚も、久しぶりのような気がする。
「今日は寒いね!」
「……」
またうなずく。
「歩くの早いね!」
また同じ動作をする清也。ダメだ、まじで本題に入らないと。でも、やはり私を邪魔する何かが、心の奥でうごめいてる。いやだって叫んでる。板挟みにされた私の心は、行き場を失った雲。漂い続ける。
すると、清也が白い手をそっと私に差し出してきた。
「…有砂」
私はまた身体が硬直した。けどそれは嫌な硬直ではなく、嬉しい硬直だった。優しさに溢れている清也の大きな手のひらに、私は自然と自分の手を重ねた。
少しも力まずに私を引き起こす清也。彼は優しい無表情で次の私の言葉を静かに待っていた。清也の声が、行動が、優しさが、私の心を解きほぐしてゆく。私はためらいもなく、バッグから小包を取りだした。
「これね、この間地下街の雑貨屋さんで買ったの。……凄く清也にあげたかったから」
私が言い終わると、清也は小包を両手で丁寧に受け取った。それから、黙ってラッピングを解き始める。私は自分のつま先を見つめながら、時を待った。
全部解き終わると、清也は数秒間それを眺めていた。
「…どう?」
私が尋ねると、清也は対になっていたクリスタルネックレスの片方のチェーンを外し、私の首に掛けた。
「せ、清也…?」
「…誕生日おめでとうございます」
私はしばらく息が出来なかった。それくらい、嬉しかった。
ちゃんとした呼吸ができるようになってから、私は口を開いた。
「私の誕生日、覚えててくれたの?」
清也はまたまたコクリと一回うなずいた。
「…ありがとう」
細めた目のふちに、しょっぱいしずくが溜まっていく。大急ぎでそれらをひっこめながら、私は清也に尋ねた。
「清也の誕生日はいつ?その時は、もっと良いもの用意するから…」
清也は、ばつの悪そうな顔をしたあとに、少し間を置いて「12月31日」と呟いた。
「あらま」
「……」
しばらく見つめ合ったあと、私が「おめでとう」と言って笑うと、ちょっと照れたように、けど無表情で頭を掻いた。そして、もう一つのネックレスを自分に掛けて、「ありがとう」と言ってほんのわずかに口元を緩めた。
私がプレゼントをあげたのに、それ以上のものを清也から貰ってしまった。
それはこの世の何よりも純粋で美しい、
「恋心」だった。
まだまだ続く!