第2話 清也と空
第2話です
翌日。
私はいつものごとく、一人で学校へ登校した。教室に入るといつものごとく、清也が机の木目をながめてじっと息をしていた。まだ時間は早く、教室には清也しかいなかった。私は自分の机に荷物を置いて、彼に話しかけた。
「おはよっ、清也!」
すると清也は、ぼうっと顔を上げて、少し眠たそうな目(髪に隠れているけど)をこっちに向けた。
「…おはようございます」
何を考えていたのだろうか。昨日の帰りの時よりも、ぽや~っとしているように見える。
「清也、いっつも朝早いね!」
コクリと頷く清也。子どもみたいで、どことなく幼い気がする。
「有砂も…早いです」
小さな声で呟く清也。くぅ~…嬉しいなぁ…。名前で呼んでくれたぁ…。
うふふ、とちょっと余韻にひたっていた私は、清也にまた話しかけた。
「清也」
「……」
名前を呼ぶと、反応するようにちゃんとこっちを向いて、話を聞いてくれる。嬉しい。
「清也、何時に起きるの?」
「…5時」
早っ!?無駄に早い!?でも、そこにはツッコまず。質問を続ける。
「何色が好き?」
「…空」
ポツンと言って、空に目を向ける清也。
「…空?空って…水色?」
私が言うと、清也は首を横に振った。空を眺めたまま、また呟く。
「空は…いつも、違う色です」
清也の水晶のような透明な瞳に、ガラス越しの空が映る。わかるよ、清也。空って綺麗だよね。
自然と頬が緩んでいく。ひと時の幸せを、私は今、感じているんだ。
少しずつ教室にも人が溢れてきた。いつの間にか、清也もいつものように机の木目を眺めている。チャイムが鳴り、現実の世界の時間が進み始めた。
お昼。午前のかなりハードな授業に疲れた私は、息抜きにと愛華を誘って屋上に上がった。
今日は久しぶりに天気が良くて、暖かい。私たちはひなたに並んで座り、お弁当を広げた。
「今日は、春みたいに暖かいね!」
嬉しそうに愛華が言う。私はプチトマトを口に入れながらうなずく。ぷちっと果肉がはじけて、甘酸っぱい味が口に広がる。
「あ~…。空がキレイだよ…」
愛華は売店で購入したツナマヨのサンドイッチを、はむっとほおばった。私はまた黙ってうなずいた。
それから私と愛華は今日の授業のことや、朝TVで見たことの話なんかをしながら、お弁当を食べ進めて行った。
食べ終わってから少し時間があったので、愛華はトイレに行くと言って校内への階段を下りて行った。誰もいない屋上でホヤンとしながら、私は寝そべった。窓ガラスにも遮られていない、生の空が見える。パステルな空色と白い雲が、風もないのにゆったりと流れて行く。
「あっ…」
空色をバックに真っ白い紙ヒコーキが二、三個、ゆるゆると円を描きながら飛んでいる。誰が飛ばしたんだろう。それから、視界の端からたくさんの赤い風船が、空を隠すように舞い上がる。これは…もう、夢?色彩の綺麗な世界を掴んでみたくて、手を伸ばした。だけど、全部私の手からすり抜けて行くように段々、段々遠くなる。
…あれ、なんだろう。温かい涙が頬を伝う。行かないで。行かないで。待って。待って。
――1人にしないで……
やっぱり、寝ていたみたい。私は、自分の頬に低い体温を感じて意識を取り戻した。頭の下に柔らかいものがある。
「…ごめーん…、愛華…寝ちゃってたみたいだよ…」
まぶたを上げると、私の瞳にこっちを覗きこんでいる清也の顔が映った。
「……のぁっ!?せ、せ、せーや!!!」
「……」
私は急いで起き上った。毎度の無表情で、正座をしたままこっちを見る清也。
「な、何でここに???」
跳ね上がる心臓を、制服の上から押さえつけつつ、ゴシゴシと涙を袖で拭き取る。清也が触れていた部分がひんやりする。
「用事があって来て…。いきなり有砂がしがみついてきました」
「……」
うーん、全く覚えが無い。けど、私の寝ぞうの悪さなら…無きにしもあらず。。。
「ごめん…って、今何時!?」
腕時計を見た清也は、2時48分と言った。もう授業始まってんじゃん!!
「起こしたらいけないと思いました」
どうやら、清也の後に愛華もトイレから戻ってきたらしいけど、私が正座している清也の膝で寝ているのを見て、(あのこもド天然だから)起こしちゃいけないと思ったらしい。うなずいて校舎の中へ戻って行ったそうな。
「あちゃー…。5時間目はさぼるかな。清也は?まだ間に合うよ??」
私が体操ずわりをすると、清也も隣に同じように長い脚を折って体操ずわりをした。私は微笑んだ。
「そういえば、用事って何?」
「遅いから呼びに…」
「あ…。そーゆー用事ね」
でも嬉しい。清也が私のこと気にかけてくれたと思うと。せっかくだし、もっと清也と話をしようかな。
「ねぇ、清也」
今朝と同じように髪で隠れた目をこっちに向ける清也。
「何で話す時、敬語なの?」
「…最初に有砂が敬語で話したから」
「ん?そうだったっけ???」
あぁー…。確か『友達になってください』って言ったかな。
「えへへ…そっか」
「……」
「清也、何人家族?」
「…3人です」
「ってことは…一人っ子?」
清也は小さく頷いた。
「一人っ子かぁ!!憧れるなぁ…。私は、妹が一人いるんだ」
「……」
「年は3歳離れてるんだけど、今でも喧嘩ばっかりしちゃって…。食べたいものとか、欲しいものとか、見たいTVとか、絶対に取り合いになっちゃうんだ。で、最後は必ず私が譲ってやらなきゃいけないんだよね~…」
「……」
ずっと黙ってるけど、聞いてない訳じゃなさそう。ちゃんと目をこっちに向けて、文節ごとにまばたきをしている。でも、清也も黙って聞いてるだけじゃつまらなそうなので、また質問をしてみた。
「血液型は何型?」
「AB型です」
やっぱり。うーん、血液型は性格をよく表していますね。私の調査によると、今まで観察してきた「変な人」たちは約80%がAB型だ。血液型って、面白い。さらに、この制服の着方を見るとよくわかる。AB型は普通というより、独特ってかんじ。清也はシャツの第一ボタンまでキチッと閉めていて、こりゃ目立つ。
「シャツのボタン開けないの?苦しくない?」
「……」
あごを引いて、自分のシャツのボタンを見ようとする清也。見えないだろ(笑)私は清也の襟元に手を伸ばして、ボタンを一つ、開けてあげた。
「…よし、どう?」
鏡で見せると、清也は「寒いです」と呟いた。
私は腹をかかえて笑った。清也には、本当に笑わせられる。
寒い、と言った割には、清也はボタンを閉めようとはしなかった。どうやら、気にいってくれたみたい。
猫背ぎみのまま、ぼうっと空を眺める清也。清也は今、何を思っているのだろう。
その横顔を見つめながら、私は不思議な感覚になった。
――何だろう?どこか、懐かしいような温かさがある。清也は……
「有砂」
「ぬぅあっ!!な、な、何??」
不意に清也が私の方を見た。
「…そろそろ」
左手首につけた腕時計を私のほうに見せながら、時間です、と清也は呟いた。
「え、あぁ、うん。教室に戻ろうか」
私たちは、校舎内へ続く階段をゆっくり下りていった。
家に帰った私は、ひとけのない室内にむかって、ただいま、と呟いた。冷たい床をスクールソックスのまま、リビングへ向かう。カーテンは開いているが、冬の夕暮れは薄暗い。パチンと乾いた機械音がして、蛍光灯が光を放った。表情の硬い家具たちが単調な光を浴びてあらわになる。その様子から、数時間の間この家に誰もいなかったことが分かる。
「ふぅ…。お腹すいた」
食卓の上に置いてあったカラカラの食パンをトースターにかけてから、私は2階の自分の部屋に行った。窓際の小さなベットにバムッと倒れこむと、むかいにある本棚の中の一つに目が留まった。
『まいにち』
それは、埃をかぶっていて角がボロボロな厚い絵本。私はその絵本に手をのばした。
「わぁ…懐かしいな……」
手に取ると、ずっしり重みを感じた。カサついた指先でページをめくると、ぷんっと古い紙の香りが鼻をつく。見開き1ページいっぱいいっぱいに、黄色い菜の花が咲き続く丘が描かれている。さわやかな春風に揺れる若葉。
古い思い出が蘇える。小さい頃、よくこの絵本を広げていろんな想像を巡らせたものだ。私にしか創造できない、私だけの世界。その世界の中に、自分を存在させてみたりもした。私はさらに、ページをめくる。次の見開きには、雨にしっとりと濡れたパステル調のあじさいが咲いていた。この絵本には文字が一つもない。だからこそ、小さかった私はこの本にひかれて毎日のように見ていたのだ。
またページをめくろうとした時、チンッというトースターの音がした。私は絵本を閉じて表紙の埃を手ではらい、元の位置に戻してから部屋をあとにした。
読んでくださって、ありがとうございました!
まだまだ続きます