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第二話 御伽噺とバラの園

高級住宅街を抜け、車が停車すると見慣れた白い屋敷が窓から見えた。

私のマンションの部屋も一人暮らしには十分余るほどだけど、この屋敷はその3倍はある。

この大きな屋敷に、わたしたちのボス、キングは住んでいる。

キングは名前も年齢も経歴もなにもかもが謎。

わかっていることといえば男性ということと愛人が何人もいることくらい。

結婚はしていない。

キングと会うのは、記憶が正しければ1年ぶりくらいだ。

Sランクの任務と、最初に行われる入隊テスト以外キングと会う機会はまずない。

見ているだけで威圧感のある大きな鉄の門と、久しぶりに会う緊張感で少しドキドキしながら門の横についている指紋認証コードに指を触れた。

「確認がとれました。声帯認証を行います。ご自分のコード番号をお願いします。」

機械の無機質な声が流れる。

「コード番号0073です。」

「指紋と声帯が一致しました。ルーク01さま。どうぞお入りください。」

鉄の門が開くと、目の前には、一面バラの通り道が広がった。

赤、白、黄。様々な色のバラが咲き誇っているこの道は、御伽噺の素晴らしい世界へと誘ってくれるような錯覚さえおこさせる。

キングの屋敷で私の一番のお気に入りの場所だ。

バラの香りをいっぱいに吸い込みながら進んでいくと、目の前に見覚えのある黒いスーツに身を包んだ男性が、真紅に染まったバラの花束を抱えて待っていた。

花束までバラなんて。この人はどれだけバラが好きなのだろう。

「お久しぶりです。キング。」

「久しぶり舞花。」

男はやさしく微笑んだ。

「名前で呼ぶのは掟に反しますよ。」

「僕が破る分には問題ないさ。決めた本人だからね。」

「またそんなこと言って……。」

「それにここには僕たち2人しかいないもの。」

キングの指が私の頬に触れる。

「また一段と美しくなったね舞花。君には本当にバラがよく似合う。」

「ありがとうございます。でもキング、キスはしないわ。」

近づいてきた唇をさりげなくよけてバラの花束を受け取る。

真紅のバラは情熱的に私を見つめている。

「ははは。相変わらず釣れないな。僕はそこまでブサイクではないと自分では思っているんだけどね。」

「あなたはハンサムよ。愛人の数がそれを物語っているじゃない。」

お世辞ではなかった。

いろんな男を見てきたけれどキングはその中でもトップクラスにハンサムだ。

少し日に焼けた肌と短髪の流れるような黒い髪。大きな茶色の目。高い鼻にうすい唇。

ダンディーで大人の香りを漂わせる雰囲気。

微笑んだ顔はどこか魅惑的であり、魔術的でもある。

まるで、この花束の真紅のバラのような男だ。

触れたら傷つくと知っているのに、触れずにはいられない美しさ。

そういうものを彼は生まれながらにしてもっているのだろう。

「愛人が多いからハンサムという考えはおかしいよ。」

そう言って小さく笑い私の手に口付けをする。

「舞花が僕に体を許してくれるなら全員と手を切ってもいいのだけどね。」

「まったく……そのセリフ何人の女性に言っているのかしら。あぁ、ウィンクしても無駄だからやめて。私、上司とは寝ないって何度も言っているでしょ。」

「ガードが固いんだから。」

「あなたが軽すぎるのよ。」

「確かにそれは言えてるかもしれないな。」

くすくすと笑うキングの笑顔はどこか子供のようだけど、確かに大人の魅力がある。

本当に謎な人だ。

「さて、そろそろお屋敷にご案内しましょうかお姫様。」

言葉と同時に左手が差し出される。

「お手をどうぞ。」

その手に下心を感じさせるものはまったく感じなかったので素直に手を重ねる。

「どうもありがとう。」

朝の光の中、バラの園の中でエスコートされるのは中々気分が良かった。

輝く光を受けて、一層ハンサムに見えるキングは本当に王子様みたいで、私は束の間本当に御伽噺のお姫さまになったような気分だった。

 屋敷の中は相変わらずキラキラしていた。

ゴージャスなシャンデリアに手すりが金でできた大きな大理石の階段。

もちろん壁、床も全て大理石だ。

キングの屋敷は一階がすべてパーティールームになっていて、庭に出ればプールもあるし、テニスコートもミニゴルフ場もある。

ホテルのロビーの一角のような談話スペースに導かれ、そこのソファにすとんと収まると、キングの手が離れる。それが合図のようにメイドがポットとティーカップ、茶菓子の3点セットをもってきてくれた。

見るからに高級そうなクッキーだと紅茶をつぎながら私は思う。

「舞花。悪いのだけど今日の顔合わせの相手を迎えに行かなければならなくてね。水着もランチも用意してあるから少しプールにでも入っていてくれないかい?」

口元まで運んでいたティーカップを危うく取り落としそうになった。

「あなたが迎えに行くの!? 」

「そうだよ。まったく困った坊やでね。僕の友達が説得しているのだけどどうもうまくいかないようなんだ。」

そういってため息をつくキングは、実際どこかおもしろそうな顔をしている。

なぜこの時期にテニスウェアではなくて水着なのかを突っ込む気にもなれず、私はただ呆然としていた。

「水着は更衣室にあるからね。それとランチはお腹がすいたらメイドに言ってくれ。すぐに出てくるから。」

舞花の水着姿を見るためになるべく早く帰ってくるからね。

キングの唇が私のおでこに軽く触れるが早いか、彼は足早に2階にある仕事部屋へと向かっていった。

驚きすぎて言葉もでない。

キング本人が直接迎えに行くなんて聞いたことがない。

ポーンのくせに一体何者なのだ。

 とりあえず、気を落ち着かせるために先ほどついだ紅茶を一口飲む。

暖かい上品な紅茶の味は、やはりバラだった。




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