エピローグ・新しい竜の歌
「おお、久しぶりだな」昼食にテラスに出るなり、ラスタバン王が声をかけた。「もう、全て済んだのか?」
「はい。その節は、いろいろとお心遣いをありがとうございました」給仕長タニヤザールは細い体を折り、頭を軽く下げた。「今日よりまた、お傍でお仕えさせて頂きます」
「こちらこそ願ったりだ。お前がいないと、あちこち不便でしようがない」給仕の引く椅子に腰掛け、昼食の献立に目を通した王が満足そうに頷く。「よしよし、山ウズラがあるな」
そこでテラスのガラス戸前に並ぶ給仕たちを振り返る。
「あの、異国の給仕頭は戻らないのか?」
「この度、竜法院にて学問を究めたいと、この御役目を辞する事になりました」
「ほう、竜法院で……」
驚く王に給仕長はにこやかに頷き、食前酒をグラスに注ぐ給仕を示した。
「彼が新しい給仕頭です」
丁寧に頭を下げる金髪の青年に、うんと王は頷き、注がれたグラスに手を伸ばした。
眼前に広がるティムリアの海は、すっかり夏の色だ。濃い青と向かい合う空の間に、白い雲が湧き上がっている。眼下の中庭のチェアリは涼しげな緑に茂り、葉の間にもうすぐ熟する実が揺れていた。
ラスタバン王はそれを見て、ファステリアから帰ってから香るように美しくなった上の姫を思う。その心の殆どが、かの王子で占められていることが、嬉しくもあり寂しくもあった。
緑を揺らした海からの風が、笛の音を乗せてくる。
あれは? ――と給仕長に訊くと、最近広まりだした新しい竜の歌を、誰かが吹いているのでしょうと返ってきた。
オードブルが運ばれ、前に置かれる。魚肉と野菜のゼリー寄せ。
王はナイフとフォークを取り、ふと顔を上げた。
「給仕と言えば、随分前に人員を増やすと言う話だったが、その後どうなった?」
これを聞いたタニヤザールは、恐縮して頭を下げた。
「申し訳ありません……手違いが生じまして、未だ何の手配も済んでおりません」そこで微笑む。「けれど、代わりに良い調達人が入りました。本日の山ウズラは、その者が調達して参ったものです」
顔を上げ、視線を渡した遥かな蒼天に、竜の銀が煌めいた。
「充分、ご満足いただけると存じます」
* * *
魂よ、聞け。
今、イディンが応える。
竜がお前のもとにやってくる。
光よりの竜。
その栄光はお前のもの。
その誉れもお前のもの。
竜が知っている。
この地に満ちているものは何か。
それはイディンと同じもの。
もはや流離う者はいない。
すべてが帰るその先を
竜が知っている。
魂よ、望み願え。
望み願え、魂よ。
竜の守りを――
(新しい竜の歌)
ラスタバン王の給仕(完)
長いお話をここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
お気に入りを入れてくださった方、評価をしてくださった方、ありがとうございます。
実は、これほど長いにもかかわらず、描き切れなかったエピソードを綴ったお話「竜石に一日」がこの後あります。カラックの身の上と、人々のその後のある一日。興味のある方はまたお付き合いくださると嬉しいです。
また、番外編として「ベーカリーとらや」というラブロマンス(?)がありましてムーンライトのほうに上げてあります。1万8千字と短めですので、おひまがありましたら覗いてみてください。
ながなが、本当にありがとうございました。