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ラスタバン王の給仕  作者: 平 啓
第四部
27/38

7.手紙

 あの出来事は『暁光の奇跡』と呼ばれ、エルシャロンの人々の語り草になっていた。イブライもジャッロも当地で何度か耳にしていたが、その中心人物が眼前の若者と知って目を見張る。一方白銀の竜騎士も、憧憬を込めてアシェルを見詰めていた。

「カラックが言うには、エルシャロンの王宮が、竜に埋め尽くされたそうだな」今も鮮やかに浮かぶ光の奔流。「私にはただ、壁を伝う竜の影しか見えなかったが……見たかったな、それを」

 そこで一旦閉じられた目が、やがて鋭い銀の光を放って開かれた。

「アシェル。エナムスに竜が来たということは、耳金のある無しが、それとは関係がないと言う事か?」

 若者は口を引き結び、しばらくその眼差しを受けていたが、ゆっくりと言葉を綴った。

「……関係がないわけではありません。でも、あることが竜の保証とはなりません」自分の耳元に手を当てる。「耳金は望みです……願いです。竜の守りを強く求める意思の現れです」

 二人のタニヤザールは、大きく息をついた。給仕長が小さく首を振って『給仕』に顔を向ける。

「ラウィーザ、この子が何を言ったか分かるか?」

 イブライは微かに頷いた。

「……イディン法が揺らぎます」

「そうだ」

 呟いてからタニヤザールは机の上で手を組み、再びアシェルに目を止めた。

「アムダルカ村のことを話さねばならない」

 猟師たちがゴンドバルの密偵だと判明してすぐ、ファステリアに要請し、探索隊が向けられた。結果、村から離れた洞窟に女子どもが餓死寸前でいるのが発見され、保護されたのだが――

「ただ、ほとんどの男達はゴンドバルによって殺されていた」

 カラックの喉奥で笛の様な息が漏れた。

「血痕がつかないよう……谷川の流れの中で、二十人以上が次々首筋を切られたそうだ」

 ジャッロが悲鳴を上げそうになって自分の口を塞ぐ。タニヤザールは各々にゆっくりと視線を渡しながら、言葉を続けた。

「たぶん、レスコーという行商人も殺されたのだろう。もちろん魂解きのために、一級の祈祷師達が急行した。こんな呪いが現れた日には、デドロンは死の谷になる。しかし……」

 シーリアの若者にたどり着いた銀の目が、その青い瞳を捉える。

「なぜか、一切の魂が浄化されていたそうだ。まるで、何事も無かったかのように」

 カラックも見習いを見つめ、彼の言葉を思い出していた。

――村は……レスコーは大丈夫です

「それともう一つ」机の上に置いてあった、先ほどの羊皮紙の手紙を掲げる。「トヴァリ族の長老が、まだ命名の祝福を受けていない曾孫のために、祈祷師の所へ行ったそうだ。するとその祈祷師が、赤ん坊を見るなり、この子はすでに強い祝福を受けており、これから十年はどんな厄災からも守られるだろうと言ったらしい」

 草原の彼方に遠くなっていった、右手を高く掲げる見習いの立ち姿――

 竜騎士達の視線がアシェルに留まっているのに気付き、薬師と笛吹きも自然と顔を向ける。だがシーリアの若者の心は、ここには無く、瞳の青が遥かな旅の空を映していた。

 大地を覆う蒼穹の青。

「まったくもって不可解なことばかりだが……とにかく」タニヤザールの頬に笑みが上がる。「かつて無い強い祈りがあった事だけは確かだ……!」


 さて――と言って、銀の眼差しが書斎にいる面々を見渡した。

「今までの様々な出来事が明かされたわけだが、ここらで私の秘密を明かすのも悪くはない」

 給仕長の突然の言葉に、他の者は互いに顔を見合わせ、カラックが胡散臭そうに眉をしかめた。

「後ろ暗い所なんざ、数え切れないほどあるだろうに……どの辺を明かすってんだ?」

「おお、そうだ!」立ち上がり、書斎の奥へ行きかけたタニヤザールは、くるりと振り向いた。「ラウィーザ、ジャッロ君。紹介するのをすっかり忘れていた」

 長い腕を伸ばして、三人掛けの椅子にふんぞり返っているヴァルドを示す。

「私の息子の、カリオン・エニヴァル・タニヤザールだ。仲良くしてくれたまえ」

「おう、ヨロシク。いじめんなよ」

 息子はえらそうに手を振って挨拶した。『給仕』と笛吹きが目を丸くし、調達人見習いが俯いた頬をひくつかせる。その間にタニヤザールは書斎奥に備え付けてある戸棚から、片腕に抱えるほどの箱を出してきた。それを机の上に置き、少し考えてから一同を見回す。

「実は……これが当局に知られると、非常にまずい。君達の口の堅いのを信頼しているぞ」

「自分が当局本人じゃないか」カラックが鼻を鳴らす。「口上が長いぜ。早く開けろよ」

 ぞんざいに言い放ったものの、取り出された箱の中身を見るなり、たちまち驚きに息が止まった。カラックのみならず、他の三人も固唾を飲む。

 人の頭程の煌めく結晶――まぎれもない竜の心臓だ。

「……おい! ラスタバンじゃ個人所有は認められてないだろ?」

「だから、他に知られるとまずいと言っているではないか」息子の言葉にタニヤザールはもどかしそうに応えた。「八頭も倒してるんだ。一つぐらいほしいなっと思っていたのだ」

「ほしいなって……まったく! 子どもの玩具じゃあるまいし」そこでカラックが唸る。「いや、こいつにとっちゃ玩具だな。でも、どうやって手に入れた? 狩った竜の心臓は皆記録済みで、王宮の中だろう?」

「半年ほど前だったかな。安かったから買ってみた」タニヤザールはにっこり笑い、見習いの若者に目配せした。「ソリューレモの三角の印のある闇市で」

 あ!――と、ジャッロが大きな声を上げ、アシェルも激しく目を瞬かせる。

「あんたが、競り落としたのか……」

 カラックが息をついて呟いた。

「ラウィーザ、内緒だぞ」

 給仕長が口元に人差し指を立てたので、呆気にとられていた『給仕』は、はあと気の抜けた返事をした。

「私もベド・シェアンの空中船で、これの思いもよらない消息が知れて驚いた」タニヤザールは、巨大な結晶を撫でまわしながら満足そうに頷いた。「何より、十年前のものという所が運命的と思わないか?」

 銀の笑みが喉の奥で唸る息子に投げかけられ、次に目を見張ったままの若者に移った。

「アシェル、あの革袋を持ってきたか?」

「え……あ、はい」

 見習いが懐からそれを取り出すと、タニヤザールは更に指示した。

「中身を出して、こちらに持って来たまえ」

 アシェルは言われた通りに掌に輝く石を出し、それを持ったまま書斎机に向かった。

「竜石? エルシャロンの夢見のか?」前を通り過ぎる煌めきを目で追いながら、カラックがぼんやり呟いた。が、いきなり眉を寄せる。「……いや、あの大きさの竜の石が、こんなものであるはずが……」

 そこで言葉を呑み、弾かれるように立ち上がった。激しい驚愕を向けられて、アシェルが戸惑う。

「ど、どうしたんですか? 元締」

「タニヤザール!! こいつは!?」

 ヴァルドの叫びに白銀の竜騎士は、彼自身興奮に目を輝かせながら、ゆっくり頷いた。

「その竜石は……お前達がアムダルカ村の行商人の小屋で見つけた物だ」竜石が若者の手元で煌めいていることで、すでに驚いているジャッロとイブライに声をかける。「この竜の心臓と対の竜石がこれだ」

 『給仕』が眉を寄せた。

「……ということは、つまり……」

「つまり、彼が十年前、この竜を仕留めたということになる」竜騎士の眼差しが、赤毛の若者の青い双眸に宣言する。「八歳のシーリアのアシェルが、竜を倒した」


 アシェルは手元の竜石に目を落とし、次に執務机の竜の心臓を見やった。それからその向こうのタニヤザールを見ると、首を巡らせ横のヴァルドの視線を捉え、体をひねって、後ろの笛吹きと『給仕』を見回した。誰もが強い驚きと、それ以上の問いたげな表情を向けている。

「君がエルシャロンで、竜殺しは初めてではないと言ったのを私は聞いている。その最初がこれだったのか?」再び手元に目を落としたシーリアの若者に、タニヤザールは言葉をかけた。「十年前、何が起こったか話してくれないだろうか?」

 アシェルは首を振った。

「言えないか?」

 竜騎士が問うと、若者は顔を上げた。

「いえ……どう言っていいか」浅い息をしながら、尚も困惑げに首を振る。「親方がクルトの事を思い出したように、俺も忘れていたことをいろいろ思い出しました。たとえば……八歳の時にマニーとイディンを旅した事なんかを……」

 記憶が戻ったとはいえ、やはりそこは子どもの目線で見た世界で、ひどく断片的だと若者は言った。

「確かに行ったと思うのは、パシャンと……赤岩原野とデドロンと、竜使いの村です」

 その行程が今回の旅路と重なっていることに、カラックは更に驚いた。――これは偶然なのか。

「……赤岩原野では、何かがあったと……いえ、竜に遭いました」

 手元の竜石を見詰めながら、アシェルは深く息をつき、とつとつと言葉をついだ。

「あの時、暑くて……マニーが死にそうになって、悲しくて……誰かに助けを求めて泣いていたら……そう、竜が現れたんです」

 他の者達は息を潜めて、若者の口元を見詰めている。

「いつの間にか目の前に……突然いました。俺は、あんまり驚いたんで、怖さも忘れた……太陽の光とは違う光が……竜から出ていて」掌に輝く竜石を、もう片方の手の指先でそっと触れる。「……それが、まっすぐ入ってきて…薄い白刃の様なものが心に入ってきて……何かを言った」

 そこでしばらく声が途絶えた。タニヤザールが片眉を僅かに上げて、先を促す。

「……竜は何を?」

 アシェルは目を竜石から上げ、焦点の合わない視線を竜の心臓に向けながら茫洋と呟いた。

「マニーを救うために……言われたようにするようにと………」

――すべき事は、竜が教えてくれる……

 死の霧の中の言葉をカラックは思い出した。おそらく八歳の少年も、その通りにしたのだろう。

――あれを……子どもにやらせたか……?

 自分の悲鳴とともに、竜の額に深々と刺し通された剣は脳裏に焼き付いている。

――あの重荷を、意味も分からない子どもに負わせたのか?

「……気が付いたら目の前には、竜の心臓と竜石があって……ぼんやりそれを見ていたら、ロバを連れた人が、岩陰から出てきました」

 そこまで言うと、アシェルは両目と口を共に固く閉ざした。

 最初の竜殺しが、この時行われたことには違いない。だが、それがどのようなものであったかは、続けて語られる事はなかった。彼自身思い出せずにいるのか、話すべきでないと思ったかは分からない。


 長い沈黙の末、若者からの言葉はもう無いだろうと、タニヤザールが口を開く。

「アシェル。イクスミラレスの皇太后の手紙を読み、私は君がこの竜石の持ち主だと確信した。そこで……」タニヤザールは、言いながら机の引き出しを開けた。「断りも無く悪いとは思ったが、マニーに幾つかの質問を送った」

 シーリアの若者が驚いて、たちまち顔を険しくした。

「マニーに、旅のことを知らせたんですか!?」珍しく怒りの瞳を向け、激しい口調で責める。「心臓が弱っているのに! こんなことを知ったら、マニーは!」

「マニーからの返事だ」肩をすくめながら、タニヤザールは白い封書を取り出した。「君も知っておいた方がいいと思う」

「あの……」背後からジャッロがおずおずと声をかける。「あっしがいてはまずいのでしたら、席をはずしますが?」

 アシェルは笛吹きと『給仕』を振り返り、激した言葉を恥じるように戸惑った笑みを浮かべた。

「いいよ、一緒に聞いていても。今更隠すような、そんな大した秘密はない……たぶん……」

 また、たぶんか――カラックは口の中で呟いた。

 タニヤザールは、紙片を取り出した。




尊敬いたします竜騎士にして給仕長タニヤザール閣下へ


 先日は突然のお手紙を頂き、大変驚いている次第です。けれど私の愛するアシェルを、ここまでお気にかけてくださり、感謝の念が絶えません。いきなりイディンの大地へ放り出してしまったあの子の事を思うと、心配と後悔の念が襲う毎日でしたが、たくさんの方々に囲まれ愛されていることを知って、今は安らかな気持ちの中にいます。

 あの子からの最初の手紙を読んだ時、驚きと共に、調達人として旅に出ていると書かれた文面が、なかなか理解できませんでした。王宮務めのはずが何故辺境への旅路にあるのか、聞きたくても船はティムリアから遥か離れた港にありました。次に、イクスミラレスで買ったと送られてきたカメオには、本当に息が止まりそうになりした。思いよりも早く覚悟していた時が来たことに、イディンの大きな意志を感じないではいられません。


 そろそろ閣下の御質問に、お答えしようと思います。

 十八年前、あの子が入った籠が、リカオニア湾に浮かんでいました。ベゼク川の河口付近でしたので、川から流れて来たものと思われます。当時私は幼い子を失くしたばかりでしたので、これはイディンからの憐れみと思い、この子を自分の子として育てることにしました。夫も承知しましたが、耳飾りを作る時は、やはり海ではなく大地の者として記すよう諭されました。あの子が入っていた籠には、イディンのとある土地の名が記された紙片が入っていたからです。アシェルと名付けた子は私達になつき、とても幸せな日々でしたが、三年後に夫が亡くなりました。

 あの子の不思議に気付いたのは、いつ頃だったでしょうか。普通の男の子として元気に育っていましたが、荒くれ共の息子達の間にあっても、ほとんど喧嘩をしませんでした。いえ、どんな乱暴者が絡んできても、どういう訳か相手が引いてしまうのです。また受けた意地悪も、じきに相手から謝って来ました。私はあの子の周りに、見えない守りを見ました。

 ある時上陸した街のお祭りで、はぐれてしまった事があります。懸命に探した所、見世物小屋の片隅の、地竜の囲い檻にいるあの子を見つけました。最初は恐怖で悲鳴が上がりそうになりましたが、よく見ると地竜達と地べたを転がって、楽しそうに遊んでいるではありませんか。幸い誰にも見つからない内に、外へ引き出しましたが、私はこの子の守りがどこからのものか確信しました。

 こんなにはっきりと示された竜の守りが、どこにあるでしょう。

 次第にこの子のいる場所は海ではなく、イディンの大地ではないかと思うようになりました。愛おしさに何度も打ち消しましたが、この子の生まれを思い、また竜の守りがより露わにされるのは、大地の上でしかないとの内なる声が徐々に強まり、私はこの子と別れる決心をいたしました。

 そしてアシェルが八歳になった時、彼をイディンに返す旅に出たのです。目的地は籠の紙片に書かれた土地でしたが、場所が良く分らなかったので、とりあえず竜使いの村に向かうことにしました。竜を使う彼らなら、何か知っていると思ったからです。


 けれどその旅は、今思えば無謀なものと言わざるを得ません。私はイディンを知らなさ過ぎました。

 南街道の港から陸に上がり、ソリューレモを通り過ぎたまでは順調な旅でした。しかし内陸に入り、パシャンという街に入った時、人々の異様な視線に晒されました。話には聞いていましたが、意味無く注がれる敵意に戸惑っていると、ここから本街道に出るより、赤岩原野を通った方が近いと言う案内人が近づいてきました。優しげな語りかけに誘われてしまった私は、結局赤岩原野に取り残されることになったのです。その際、持ち物の全てを奪われ、その中には亡くなった夫の形見のカメオがありました。

 お察しの通り、アシェルがイクスミラレスから送ってきたものです。

 灼熱の赤岩原野を、アシェルの手を引いて歩きましたが、いくらも行かない内に動けなくなりました。私に縋って泣く子が不憫でなりませんでした。守りきれない不甲斐なさを思い、ただ竜の守りを強く願いながら気を失ってしまいました。

 ですからタニヤザール閣下。申し訳ないことですが、閣下の一番お知りになりたい時の記憶が、私にはございません。

 気がついた時には、水音のする暗がりをロバに乗せられ進んでいました。アシェルが口元に持ってきてくれた水の冷たさが、今でも忘れられません。けれど、暗がりから陽の下に出た時、この子に起こった変化に声を失いました。栗色の髪と茶の瞳が、赤毛と青い目に変わっていたのです。何があったのか何度問い詰めても、アシェルは答えませんでした。悲しそうな顔で首を振るばかりです。

 私たちをロバに乗せて助けてくれたのは、アムダルカの行商人です。不器用ながらもまめまめしく世話をしてくれるので、私がお礼に出すものが何もないと言うと、もう子どもから受け取ったとのことでした。しかし、何を受け取ったのかと訊いても、ニヤニヤと笑うばかりで教えてくれません。ただ十分すぎる報酬だからと私達を本街道まで送り、旅に必要な少しばかりの物も持たせてくれました。別れ際、彼がシーリア出身だと聞いて、ほっとしたことを覚えています。

 本街道から竜使いの村へ向かいました。


 ここでの出来事を、お話して良いのか分かりません。

 アシェルをイディンに送った今でも、この時のことを思うと、私の身は怒りに震えます。アシェルがここにだけは行くことのないようにと、心から祈る程です。

 また、閣下のお知りになりたいこととは関係が無いように思われますので、ここで触れることは避けたいと思います。

 ただ私はこの時、イディンの大地の人々に失望しました。彼らがアシェルを傷つけ、恐怖を与えたことを赦すまいと、二度とこの子を大地戻すまいと決心したのです。船に戻った私は、海竜の巫女としてのセレニエルの力をアシェルに使い、イディンの旅と竜に関する記憶を封印しました。この旅のすべては、この子にとって苦痛以外の何物でもなかったからです。そして耳飾りの銘も、私達のいる船にしました。


 けれどこの数年、成長したアシェルの髪が暁の色に近づき、その瞳が蒼天を映すようになってから、私の心はまた揺れ出しました。アシェルは私の宝です。愛してやみません。それでも、愚かな母親にはなりたくはありませんでした。

 人が、その使命の元に歩むのは義務です。

 私の愛する子が、イディンに使命を負っていることは明らかです。

 負っているものが何かは分かりませんが、いつかは行かなくてはならないでしょう。

 そこでこの春を機に大地へと送り出しましたが、記憶は封印したままにしました。もし必要なら、大地がそれを解くだろうと思ったからです。

 そしてイクスミラレスから送られたカメオこそ、まさしく封印の解かれた証しでした。

 思えば全ての始まりは、王宮の給仕のはずが調達人として旅に出たことであり、イディンがいかに、この子を欲していたかの証しでもありました。


 タニヤザール閣下。

 閣下のお心遣いに感謝いたします。国同士の間に起こる事は、この貧しい身には考えも及びませんが、その中には厳しい様々な事情もあるのでしょう。我が子と親しかった親方様の死も、深く伺えば身も震えるようなことがあったのではないでしょうか。

 けれど閣下がこの小心な母親の想いを汲んでくださり、平和の内にいるあの子を伝えてくださったことは、この上ない安心を私に与えてくださいました。

 もはやこの手から飛び立ったアシェルに私ができる事は、その身の安全と心の平安を祈ることだけです。

 イディンを歩む限り避けられない苦しみや悲しみの中にあっても、竜の守りを強く望み、強く願う者となりますように。

 どうぞ、竜騎士でいらっしゃる閣下から、絶える事のない励ましをあの子にお与えください。


 それではここで筆を置きます。拙い文を何とぞお許しください。


 一切の祝福が――荒れる海も凪ぐ海も、あらゆる海と空をゆく竜の守りが、あなたとあなたの愛する方々と共にありますように。


 マニーこと

 マハ・ナイル・メリディオネ・セレニエル


 六の月スタンの日


ネヴィド・アシュタル・タニヤザール侯爵閣下へ




第四部 了




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