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Short story 5  作者: 怜悧
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8

もう一度彼を見たときには、もう涙は止まっているようだった。

そのまま二人とも静かにグラスを重ね、長い時間をバーで過ごした。

わたしは電車の時間があるので、最終電車に間に合うように余裕をもって店を出ることにした。

「ここでいいよ。今日はだいぶ飲んだから酔ってるでしょ。」

「いいや、駅まで送って行くよ。」

「だって、家と反対方向になるでしょ。すぐそこだし、大丈夫だよ。」

「すぐそこでもちゃんと駅までくらい送るよ。沙夜は女の子なんだから。」

「・・・ありがとう。」

いつもどんなときでも、拓斗はちゃんと駅まで送ってくれる。

毎回毎回、その優しい言葉に胸がきゅうっとなる。

その優しさもこれが最後になると思うと、すごく切ない。

でも、少しでも彼といられる時間が延びたことは、素直に嬉しい。

もうすぐ別れの時がくるから。



だいぶ飲んだはずだけど、拓斗の足取りはまだしっかりしていた。

いつもよりはゆっくりだけど、確実に駅へは近づいていく。

拓斗も少しは、わたしとの別れを寂しいと思ってくれているんだろうか。

思わず、足を止めたくなる衝動に駆られて、やめる。

ほんのちょっと足を止めたところで、何も変わりはしない。

今ここで想いを告げても、彼の傷ついた心には届きはしない。

それなら最後まで涙を見せないで、せめて笑顔で別れよう。



歴史のある駅舎が見え、改札の前で立ち止まる。

深呼吸をして心を決め、向かい合うようにして拓斗の前に立った。


「じゃあ、気をつけてね。」

「沙夜も、気をつけて。」


ここでかっこいい女性なら、彼に笑顔を向けて颯爽と改札をくぐっていくのだろう。

でも、これが最後。

そう思うと、すぐ拓斗に背をむけて歩き出すのはすごくためらわれた。

彼の表情に少しでも、名残惜しいという想いが現れていないか探してみたけれど、拓斗の表情はいつも通りの笑顔で、また明日学校で会う、まるでそんな感じに見えた。

そんなもんだよね、と内心苦笑した。

そんなに期待してたわけじゃないけど、予想通りだとやっぱり悲しい。

でもそれが彼の中での自分の位置。

留学先で出会った人のひとり。それだけ。



きっと日本に帰ればまた新しい友達がたくさんできて、それこそ今のわたしのように専門分野について話ができる女の子の友達なんてすぐにできて、わたしという存在は彼の中から自然に消えていく。

わかってる。

けれど、わたしにとっての拓斗はもっともっと大きな存在で、そんなに簡単に忘れられないと思う。

だからこそ、彼にも少しでも長く自分のことを覚えていてほしい、そう思ってしまう。


こんなのは自分のエゴだからかっこわるいのかもしれないけど、

少しでも憶えていてもらうために、

わたしがいつかちゃんと、彼を忘れられるように。



――最後に、勇気が欲しい。



腕を左右に開き、拓斗に向かって歩く。

一瞬、驚いた顔が見える。

そのまま、開いた腕を前にのばして、

拓斗の背中に回した。



別れの、ハグ。

だから、きつく抱きしめたりは、しない。



背中を軽く、たたく。

「2年間、拓斗と一緒でよかった。ありがとう。」



言って、するりと手を離し、拓斗から離れる。

「じゃあね!」

後ろ歩きをしながら笑顔で手を振って、改札を抜けた。



拓斗がどんな顔をしてるなんて見る余裕は残ってなかった。

拓斗の姿が見えなくなったところで耐えきれず、涙がこぼれた。

電車の中ではなんとか涙をぬぐったけれど、家に帰り着いた途端、涙がとまらず声をあげて泣いた。

これがわたしの精一杯だった。


次から拓斗編を少しだけ挟みます。

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