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Short story 5  作者: 怜悧
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6

拓斗との関係は、Evenでありたいと思っている。

一方的に依存するだけではなくて、支えあうような。

だから同じ立場で彼とディスカッションができることが楽しかったし、ほかの日本人の女の子と違って学問的なことを対等に話合えるのは自分だけだという優越感は少なからずあったと思う。

対等でいたいから、食事の支払いもちゃんと半分に割るようにしてきた。

会計は必ず彼にまとめてしてもらうけれど。

でも、はたして、本当の意味でわたしと拓斗は対等なんだろうか。

徐々に徐々に、わたしは精神的に拓斗に依存するようになったんじゃないだろうか。



あるとき、わたしはチューター(先生)との相性が悪く、中間評価で「このままではパスはあげられない」と言われた。

その後もチューターとはことごとく意見が食い違うし、何が自分の問題点なのかさっぱりわからず、だんだん精神的に落ち込んでいった。

そして最終評価が迫ったある日、一本の電話がかかってきた。


拓斗からだった。

『あんまり調子よくなさそうだけど、大丈夫?』


その言葉に、ふっと気持ちが緩んだ。

彼は別のチューターについているので、わたしの状況を直接知っているわけではなかった。

他のクラスメイトからわたしの状況を聞いて、心配して電話をくれたようだった。


『明日授業終わったら昼メシ一緒に食おう。』

電話を切ったあと、その優しさに一人声をあげて泣いた。


翌日、約束した通りに一緒にお昼ご飯を食べに行き、そこで彼はわたしの話を聞いてくれた。

今どういう状態で、どうすればいいかわからなくなっているということ。

どうすればチューターが納得する答えを出せるのか、どういう切り口でいけばいいのか、一緒に考えてくれて、アドバイスをくれた。

彼自身も大変なのにわざわざ時間を割いてくれて、おまけにお昼は拓斗がおごってくれて、


『じゃあ、無事にパスしたら沙夜がおごって。』

と、笑って言ったのだ。


その後、彼のアドバイスもあってなんとかチューターからパスをもらうことができた。

きっとあのとき彼の助けがなかったら、パスできなかっただろう。

そしてその時には、いっそう彼のことが好きになっていた。



「あのときは、ほんとありがとね。」

まっすぐ彼の顔を見て言うのが恥ずかしくて、手元のビールグラスに視線を落としながら言った。

「ん?」

「ほら、わたしが単位落としそうだったとき。」

「あー、沙夜が半端なくグロッキーだったときね。」

顔を上げると、ちょうど拓斗がビールグラスを机に置いてこちらに視線を向けた。

その視線がまるで、たいしたことないよ、と言っているように優しくて、さりげなく視線をそらしてしまった。

「あのとき助けてもらわなかったら、きっと無事に終わることなんてできなかったと思うから。」

「いや、ほんと俺たいしたことしてないよ。それにさ、その借りなら十分すぎるほど返してもらってると思うし。ほら、あのあと俺がくたばりそうになったじゃん?」

そう言った拓斗は目を細めて笑った。

その言葉に思い当たることがあり、自然と拓斗を見つめる。

「1カ月前くらいの?」


「そ。あん時はさー、ほんとやばかった。こっちこそ助かったよ。まじで潰れかけてたから。」

思い出したのか、ふふっと拓斗が笑う。


拓斗がいう「あの時」とは、コースが終わる約1か月前で、課題の提出期限が一番重なっている忙しい時期だった。

加えて拓斗がその時についていたチューターは、拓斗のことを気にいっていて、それがゆえか彼にはかなり容赦なかった。

数個のうちのひとつの課題を提出し終えた金曜日、彼の顔色は見るからに悪く、クラスメイトのだれもが彼の調子の悪さに気づいき、心配した。

その時すでに彼への思いを自覚していたわたしは、思い切った行動にでる。


『拓斗、ほら、帰るよ。』

あとから考えてもずいぶんと思いきった行動だったと思う。

半ばぐったりな拓斗を彼の家に連れて帰り、体温計で熱を計ると38度を指していた。

薬を飲ませて寝せ、それから食材を買いに行って食事を作り、彼が起きるまでそばで勉強していた。

寝ている拓斗の顔を見るのも、こんなに近くで拓斗の顔を見るのも初めてだった。

そっと彼の額に手を当てると、ずいぶんと高い熱が伝わってくる。

そのまま頬にも手を滑らせ、触れる。苦しそうな顔に、胸が切なくなった。

そしていつの間にか、頬に涙の跡があるのに気付いた。

どんなに辛い夢を見たのだろうか。


ちょうど拓斗が家をシェアをしていた相手が不在だったこともあってそのまま拓斗の家に泊まることにした。

もちろん普段なら付き合ってない男性と一緒に夜を過ごすことなんてしない。

けれどその時の拓斗は本当につらそうで一人にしておくのが心配だから、そんな風に自分の中で理由をつけて拓斗のそばにいることにした。

ただ、そばにいたかった。

そのための正当な理由がほしかった。


次の日の土曜日はまだぼんやりしていたが食事はきちんと食べることができ、日曜の朝にはおだやかな顔で眠っていた。

それで、日曜の朝、拓斗がまだ眠っているうちに自分の家に帰ることにした。

作ったご飯の残りを冷蔵庫に入れてあるので温めて食べられること、それから早くよくなるといいね、ということ。

それだけ書いてテーブルの上に置き、荷物を持って外に出て鍵を閉め、小さく開けた格子窓の隙間から鍵を落として窓を閉じた、その時。


中からどたどたどた、と足音がしてドアが急にバタン、と開いた。


「沙夜っ!!」


その剣幕に一番驚いたのはわたしだった。

寝起きの彼はいろんな方向に髪が飛び跳ねてて、寝巻代わりのTシャツとジャージで、裸足のままドアを開けてものすごくあわてた顔をしていた。

「どうしたの?」

問うと、「えっっと、あの、」と、急に拓斗の勢いがなくなる。

「外寒いんだからそんな恰好で出てきたらまたぶり返すよ。ほら、なか入ろ。」

言って彼を中に押し戻し、わたしも一旦部屋の中へと戻る。

「朝ごはん食べる?それとももう少し寝る?」

荷物を部屋に置き、彼に聞く。

「・・・ご飯食べて寝る。」

その答えに吹き出した。

「了解。じゃあちゃんと上着着てからそこに座ってね。」

吹き出したわたしに、拓斗はちょっとふてくされていた。


しっかり朝ごはんを食べた拓斗にふたたびベッドに入るように促すと、素直にベッドに横になった。

見上げる拓斗の顔が、なんだか幼い子供のように見えた。

「だいぶよくなったみたいだし、わたしは家に戻るね。」

「ほんと、いろいろありがとう。」

なんとなく、ちょっと寂しそうな顔に後ろ髪がひかれる。

「じゃあ沙夜お母さんは自分の仕事に戻るわ。」

おどけて言って、彼の額に手を当てる。熱はほとんど下がっているようだ。

彼の額に当てていた手を離すと、拓斗がその手をつかんでベッドから起き上がった。

なぜそうしたのかはわからない。

けれどわたしはその時、拓斗を軽く抱きしめた。

まるで、母親が子供を落ち着かせるみたいに。

とんとん、と、その背を叩く。

「大丈夫。もう少し休めばまた元気になるから。みんな待ってるよ。」

「・・・ありがと。」

そう言って、背中にまわされた手がきゅっとしめられる。

高い体温に包まれながら、ゆっくり背をさすっていた。


きっとあのとき恥ずかしくなかったのは、完全に母親に徹していたからじゃないだろうか。

小さな子供を守る母親。

でなければ、抱きしめて、抱きしめられて平気なままではいられない。




「でもさ、コースが始まった頃は2年後の今なんて全く想像できなかったけど、来年の今頃はどうしてるんだろうね。」

よくよく思い出すと恥ずかしくなってきて、話題を別のところにふる。

「そうだなー。仕事、してるんだろうなあ。」

「また就活しなきゃだね。」

「あー、面倒だなー。」


二人とも大学卒業後しばらく社会人として過ごし、それから大学院に入った。

できれば大学院での勉強が生かせる仕事に就きたいけれど、今のご時世仕事自体がみつかるかどうかが問題だ。

「帰ってきたら九州で仕事探すんでしょ。」

拓斗の彼女は九州にいる。

だから帰国したら彼女と一緒に住めるように九州で仕事を探すって言っていた。

「あー、それはまだ白紙かなー。」

「えっ、どうして?彼女待ってるんでしょ?」

言うと拓斗はうつむいて、くいっとビールを煽った。

「次、持ってくる。」

空になったグラスを置いて席を立った拓斗を見て、なんだかあまりよくない予感がした。


ちょっと今回は長くなりましたが、きりがよいところまで。

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