5
拓斗に惹かれ始めたのはいったいいつからだっただろう。
拓斗の周りには人が集まる。
彼の友達づくりのうまさは天才的だと思う。
彼の知り合いは年齢や性別、国籍を超えてほんとに多くて、初めて会った人とでもすぐに意気投合して仲良くなってしまう。
自然に相手との共通点を見つけて話を盛り上げ、いつのまにか心をつかむ。それは、いつも見ていてとても眩しくて、羨ましい気持ちになる。
彼にはイギリス在住の日本人の友達も多く、何度か紹介してもらったりパーティーに一緒に誘ってもらったりしたこともあった。
男の子の友達も女の子の友達も多くて、それが彼の人間としての魅力を表しているような気がした。
ただ、当初は拓斗に恋をするとは思ってもみなかった。
相手のいる人に恋をするなんて不毛だと思っていたから、彼女がいる人はたいてい最初から恋愛の対象からははずしてしまう癖があった。
それは、ある意味自分に自信がないことの表れだったのかもしれない。
拓斗には将来が半ば決まりそうな相手がいるのを初めから知っていたから、なおさら好きになるはずなんてないと思っていた。
それなのに。
いつの間にか、落ちてしまったのだ。
時計を見ると、ちょうど待ち合わせの時間になった。
顔を上げると東の通りから彼が歩いてくるのが見えた。
普段のようにTシャツにジーパン。
だけど今日はその上に一枚ジャケットを羽織っている。
それだけでちょっと雰囲気が違うことに鼓動が反応して、ほんと、どれだけ彼のことが好きなんだろう、と自分に苦笑した。
歩いていた彼は途中でわたしに気づいたらしく、走ってきてくれた。
「ごめん、待たせたよね。」
ほんの少し、彼の息が上がっている。
「ううん、遅れてないよ。時間ぴったり。」
そういうと拓斗はちらりと自分の腕時計を確認して、ほっとした顔をした。
「じゃあ、行こうか。どっか行きたいとこある?」
「特にないよ。」
「じゃ、最後まで変わり映えしないけど、いつものコースで行く?」
「うん、異議なし。」
そうして二人で肩を並べて歩き出した。
こうして二人で並んで歩く時間が幸せで、ひとり幸せをかみしめた。
いつものコースというのは、夕飯を軽く食べてからパブでだらだら飲む、ただそれだけだ。
行く店は毎回変わるけれど、このコースは外れない。
今日も夕飯を食べた後にパブに向かっていた。
中に入ると人は意外とまばらで、ソファー席が空いていた。
基本的にはカウンターでもどこでも構わない二人だけど、せっかく空いてるならとそちらに座ることにした。
「沙夜は何飲む?」
「わたしはハイネケンかな。」
「・・・最後までオランダビールかい。」
「いいじゃん、好きなんだから。」
「いや、いいけどね。」
バッグから財布を出して立とうとすると、拓斗がそれを制した。
「いいよ、座ってて。俺が買ってくる。」
言うと、わたしの返事を聞く前にバーカウンターに歩いて行く。
こういう自然な気遣いができるのが彼なんだよなあ、と思う。
それはわたしが相手じゃなくてもそうなんだろうけど、こういうちょっとした優しさに気持ちが揺れる。
すぐにビールグラスを両手に持った拓斗が戻ってきて、向かいのソファーに座る。
「はい、これ。」
ことん、と前にグラスが置かれる。
「ありがと。」
置かれたグラスを手に取り、さりげなく彼が持っていた位置に手を触れる。
そんなことをしても彼の手のぬくもりなんて残っていないことはわかっているけれど。
「じゃ、コース終了ってことで、乾杯。」
「Cheers!」
ちょっとグラスを上げて、かちん、とグラスを合わせて口に運んだ。
向いの彼はくっとグラスを傾けて喉に流しいれ、幸せそうにグラスを置いた。
「ほんっと、おいしそうにビール飲むよね。」
言うと、拓斗が笑う。
「だって、おいしいから。それにさ、2年間すごい苦労してきてなんとかやり遂げたんだから、テンションあがんないほうがおかしくない?」
「まあね、それはわかる。」
「な?」
こんな、屈託のない笑顔も好きだなあと思う。
一緒に注文しておいたのかチップスが運ばれてきて、まだ熱そうなそれを嬉しそうにほおばりだした。見ているこっちも、なんだか幸せになる。
「で、結局拓斗は何のビールを頼んだの?」
「俺?」
「うん。」
「・・・名前忘れた。」
「どこの?」
「ベルギー。」
「・・・拓斗だって最後までベルギービールじゃん。」
「いいじゃん、好きなんだから。」
さっきのわたしと同じ台詞を言った拓斗に、ふたりして笑う。
「ところでさ、拓斗はどこに旅行に行くの?」
「ヨーロッパ。2週間くらいかけて回ろうと思って。」
「いいなー。超うらやましー。」
「いいだろー。」
拓斗はチップスに甘辛いチリソースとサワークリームをたっぷりつけて口に運んだ。
「このチップスの味も、日本に帰ったら恋しくなるんだろうね。」
言って、自分も同じように口に運ぶ。
「あー、絶対恋しくなるな。あと、このビールも。」
「ビールはベルギーじゃん。」
「ま、いいんだよ。わざわざイギリスで飲むっていうのがいいんだから。」
「んー・・・まあそういうことにしておいてもいいけど。あ、もうグラス空じゃん。次いったら?」
気がつくと拓斗のグラスは空になっている。
対してわたしのグラスにはまだ半分ほどビールが残っている。
いつも拓斗は最初はペースが速く、だんだん遅くなる。
反対にわたしは一定のペースで飲み続けるほうだ。
「じゃあ次いくわ。沙夜はどうする?」
一瞬考えて、財布からお金を出した。
「一緒にお願いしてもいい?」
「了解。」
わたしの手からするりと抜ける紙幣。
拓斗はお金を受け取って、わたしの分も注文しに行ってくれた。
推敲してたら遅くなりました。。。