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Short story 5  作者: 怜悧
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4

いったん解散することになり、次に行きたい人は行き、帰りたい人は帰ってよいことになった。

拓斗はしっかりクラスメイトに肩を組まれているので、きっと次に行くだろう。


「サヤは次、どうするの?」

マリアが尋ねる。


「わたしはここで帰るね。これから荷物整理とかしなきゃいけないから。」

「了解、じゃ、帰国する前にはもう一回会おうね!」

「うん、じゃあまたね。」

そうしてマリアとしっかりハグして、次へ向かうクラスメイトと反対方向に歩き出した。


「沙夜。」

後ろから呼ぶ声に足を止める。

振り返る前から誰に呼ばれたかはわかる。

この声を聞き間違えることは、絶対に、ない。

振り返ると予想した通り拓斗が走ってきてわたしの前で足を止めた。


「沙夜、帰国するまでに時間ある?」

「うん、あるけど。」

「じゃあ、帰る前に飲みにいかない?」


喜びで気持がふわりと浮きあがる。

誘われるとは思っていなくて驚いたけど、返事を返すのに要した時間はほんの一瞬だった。


「うん、いいよ。」

「いつなら空いてる?」

「んーっとね・・・帰国する2日前ならゆっくり時間あるけど、どう?」

「俺は平気。時間は?」

「じゃあ18時ごろでどう?学校待ち合わせで。」

「Ok,じゃあそのときに、また。」

「またね。」


ふたたびきびすを返してクラスメイトのほうへ走って戻って行く拓斗の背中を見ながら、もうすぐ別れの時間が来ることはわかっていても、もう一度会えるということに心が浮き立ち始めた自分がいた。




2年間も留学生活を送っていると、意外に私物は増えている。

来るときはスーツケース1つで来たはずなのに、今ではそれをはるかに上回る量となっていた。捨てたり要らないものを人に譲ったりしてなるべく最低限のものだけ持ち帰るようにしたが、それでも荷物は段ボール3箱分にもなった。業者に家までとりに来てもらって日本へ送る手配をして一息ついた後、家族や友達にあげるためのおみやげを探しに買い物に出ることにした。

おみやげは食べ物がいいかな、それとも何かアクセサリーがいいかな、と考えながらのんびり歩いていたところで、ふとある店のショーウィンドウに目がとまった。

薄いピンクのティアードワンピース。

5段のフレアがついていて、裾のほうに下がるにしたがって桜色のグラデーションがだんだん濃くなっていく。

かわいいなあ、とワンピースの前で足を止めてショーウィンドウを見つめた。

留学中は正直言ってお金がないので、あまりいい服を着ていないし新しい服もほとんど買わなかった。

だけど、おしゃれしたくなかったわけじゃなかった。

ピンクという色も日本にいたら気恥ずかしくてまず買わない色。

だけど最後だし、留学の思い出に思い切って買ってもいいんじゃないだろうか。


相手はふだんのわたしのゆるーい服装だって、課題提出前のグロッキーな様子だって、あまつさえすっぴんだって知っている。

だからどんなに綺麗に着飾っても意味がないのかもしれないけど。


女の子は、好きな人の前では少しでも綺麗でいたいのだ。

最後に記憶した自分の姿がいつまでも綺麗なままであってほしい。


よし、と気合を入れてお店に入り、店員さんに声をかける。

「すみません、外に飾ってあるワンピース、あれ試着したいんですけどいいですか?」

ひとこと断りを入れてから試着室でワンピースを着て、鏡を見てみる。

――うん、悪くない。

肩幅もOkだし、長さもちょうど膝丈。ピンクでも少し落ち着いた桜色のせいか思ったより派手ではないし、シルエットもいい。

すると店員さんがミュールを持ってきてくれて、履いて全身を映してみるように勧めてくれた。

5cmくらいの高さがあるヒールの、大人っぽいゴールドのミュール。

この組み合わせがほんとにぴったりで、おまけに履いた時のふくらはぎのかたちがとっても綺麗に見える。

値段を見るとやはりそれなりの値段がするけれど、思い切ってミュールも一緒に買うことにした。


そうして自分で自分に魔法をかけて。

最後にちゃんと気持ちを伝えて、この恋を終わりにしよう。


そんな決意のもと、手に入れたワンピースとミュールを手に家へ戻った。



そして、帰国2日前。

約束の日。


いつもより早くから出掛ける準備を始め、丁寧に化粧をして、髪をいじる。

ワンピースにあうように何度か変えてみて、ハーフアップに落ち着いた。

支度が出来上がったところで時計を見ると、まだ待ち合わせには時間がある。

けれどなんだかそわそわして家でじっと待っていることもできず、家を出て待ち合わせ場所の大学へ行くことにした。

家から大学までは電車で20分。

2年間毎日見てきた景色だけど、もうすぐ見なくなると思うと少し感慨深い。

拓斗の家はわたしとは真反対。

わたしの家は大学から見て西側にあるけれど、彼の家は東側にある。

彼の家のほうが大学には近く、彼はいつも大学に自転車で通学していた。

大学が待ち合わせ場所になるのは、大学の近くに一番お店が集まっているからだ。

お互いの家の周りには外食するような店がない。


大学の前に着くと、拓斗の姿はまだなかった。

待ち合わせの時間まで、あと15分。

待つ間、ぼんやりとこの2年を振り返ってみることにした。


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