運命の日
黒たちがシオンの元を訪れた同日――緑はこの国の西にあるこの国で二番目に発展している都市の最も高いホテルの展望ラウンジで優雅にティータイムを楽しんでいた。
「それでは予定通りに。はい、後の事は私にお任せを…………」
紅茶を飲みながら、とある相手と最後の確認の電話をする緑。
「やっほー、緑」
「やあ、黄」
緑の電話が終わると同時に、一緒に来ていた黄が緑に話しかけた。
「それ、例の」
「ああ」
黄が指を指したのは今しがた通話を切った緑のスマホ。
「黄には感謝しないといけないね。君のおかげで彼の国と円滑に交渉を進めることできたよ。ありがとう」
そう言いながら、緑はそそくさと手に持ったスマホを懐にしまった。
「いや、それはいいんだけどさ」
黄は緑に頼まれ、鷹峰財閥のコネをフルに使い、彼の国――某国Xの要人とコンタクトを取り、緑と(某国Xの)要人の間を取り持った。
その過程で黄は緑が秘密裏に進めている計画を知った。
「シオンのこと、本当に裏切ってよかったの」
黄の問いに緑はニコッと笑って答えた。
「裏切ってないよ。シオンの計画には無理があった。だから僕がより現実的なプランに修正しただけさ」
(シオンに内緒でね)
緑は最初からシオンの計画を利用する気だった。
「樹海と違って人間の社会は広大で複雑だ。彼じゃ、この国のトップになることはできてもその先、国の舵取りをするのは無理だよ。すぐに転覆して、僕たち含めてみんな共倒れさ。僕みたいにうまく立ち回れる者じゃないとね」
仮にシオンの国会議事堂襲撃が上手くいったとしても、その先がないと最初に聞かされた時点で緑はすでに見抜いていた。ゆえに利用することにした。
自分がこの国の頂に立つために。
緑はこの国の支配者に相応しいのはシオンでもこの国の人々でもなく自分であると考えていた。
「それはわかるんだけどさ。人間って僕らに比べて、めっっっちゃ弱っちいじゃん。あんなに弱っちい奴らがいくら集まったって、僕らの脅威にはならないんじゃない」
黄の意見は半分正しい。
確かに人類がいくら束になったところで黄たちの足元にも及ばない。
「確かに人間相手なら、いくら寄り集まったところで、僕たちの敵じゃないですよ。相手が人間という一生物だけなら、ね」
「どういう意味」
だが、黄もシオンも理解していない。
人類を相手にするということは単純に人間という種族のみを相手にするというわけではない。人類が今まで積み上げてきた歴史、その集大成を相手にするということであることを。
「もうすぐわかりますよ…………あと一分ですね」
一分後、東にあるこの国で一番発展した都市を某国Xが爆撃したというニュースがこの国だけでなく世界中に駆け巡った。
★★★
「が、はっ」
子供たちのいる孤児院に急いで向かっている途中、赤は吐血した。
(な、なにがどうなってんだ)
突然閃光に包まれたと思った直後、全身をすさまじしい衝撃に襲われた。
痛みを感じる暇もなく、気づけば赤は全身ボロボロ。
すさまじい痛みを感じながらも、赤はボロボロの体を引きずり、子供たちのいる孤児院へ一直線に向かった。
「…………」
辿り着いた先、何度も見た、今では赤の日常風景と化していた孤児院は見る影もなくなり、周囲の建物同様に瓦礫の山へと一変していた。
「っ――」
赤はボロボロの体に鞭打って孤児院だった――建物の残骸の中に足を踏み入れた。
「お、お前らっ」
周囲の変わり果てた光景には一切構わず、地下シェルターの入り口がある場所へ真っすぐに向かった赤は、地下シェルターの入り口である鋼鉄の扉を思いのままに叩いた。
ガンガンガンガン
加減をしているわけではないが、今の消耗しきった赤の力では、鋼鉄の扉を壊すことも凹ませることもできず、ただ、赤の激しいノック音だけが響き渡った。
「……………………あ、赤さん」
やがて、扉の奥から聞きなれた、女の柔和で優しい声が聞こえた。
「っ」
ひどく怯えたシスターの声の後、すぐさま――
「赤兄ちゃんっ」
「赤兄ちゃんだ」
赤の声を聞いて安心した子供たちの元気な声が扉の奥から聞こえた。
シスターと子供たちの声を聞き、安堵したのも束の間――
グラッ――
ガァ――
赤の背後から怪物モドキたちの苦しそうな唸り声が聞こえた。
「…………」
シオンの命令で赤を戦線から離脱させるため孤児院に向かわせた怪物モドキたちも先ほどの衝撃を受け、全身ボロボロに。ほとんどはそのまま絶命して倒れていたが、何体かはかろうじて生き残り、ボロボロでもなお、シオンの命令を遂行しようとしていた。
グラァ…………
(あいつらも俺と同じでほとんど満身創痍だな)
赤はシェルターの入り口に背を向け、一歩踏み出した。
「俺がいいって言うまでこの扉を開けるなよ。分かったな」
「は、はい。赤さんは――」
シスターの言葉を最後まで聞くことなく、赤は怪物モドキたちに対峙した。
「来いよ。ここら先は一匹も通さねえ。死んでもなっ――」
グラッ――
怪物モドキたちと激突する直前、赤の鼻から血が止めどなく垂れ始めた…………
★★★
(一体何が起こったんだ…………)
突如視界を白一色に塗りつぶされる直前、不穏な気配を感じ、頭上を見上げた黒は自分たち目掛けて投下されるなぞの物体を目撃した。
危険を察した黒はすぐさまシオンに殴り掛かるのを止め、背後の銘を守るため、銘に覆いかぶさった。
「ゲホッゲホッ」
「っ、大丈夫ですか、銘さんっ」
「い、息が」
黒が自身の体を盾にしたことでかろうじて一命をとりとめた銘だが、灼熱の熱波で肺を焼かれてしまい、すでにまともに息ができる状態ではなかった。
黒も謎の閃光の直後、全身をすさまじい衝撃に襲われ、全身ズタボロに。
あれだけ周囲にいっぱいあった建物もすべて謎の衝撃に吹き飛ばされ瓦礫の山と化した。
「な、なんなんだこれは…………聞いてないぞ」
それはシオンも同じで黒同様に全身ズタボロ。シオンの背後にいた怪物モドキたちは謎の閃光をまともに食らい、一匹残らず全滅した。
もう計画どころの状況ではなくなった。
あからさまに動揺しているシオンの顔を見て、黒もそれがわかった。
(シオンの計画ではない。ということは)
「っ――」
二人は同時に、裏で糸を引いていた真の黒幕の正体にたどり着いた。
「ゲホ、ゲホ、ヒュー」
(まずい、このままじゃ銘さんがまともに呼吸できずに酸欠で息絶える)
慌てて、銘を生かすため病院に連れて行こうとする黒。だが――
「くそぉおおおおおおおおおおおおお、みどりぃいいいいいいいいいいいいいいいい」
自身が緑にいいように利用されていたことを知り、シオンは発狂した。
同時に全身を怪物の姿に変化させた。
「…………」
自身の計画を台無しにされただけでなく、自身の計画を緑の計画の都合のいい踏み台にされ、怪物たちの中でも特に自尊心の高いシオンのプライドはズタズタにされた。
「あの野郎っ、ぜってぇ許さねえ…………」
「シオン」
「っ――」
黒に名前を呼ばれ、見上げたシオンの瞳は明らかに我を失っていた。
(完全に自暴自棄になっている)
銘を早く病院に連れて行きたい黒だが、自棄になっているシオンが大人しく黒たちをこの場から逃がすとは思えない。むしろ――
「…………」
無言で黒の方へ近づくシオン。
(やはり)
シオンは今、計画を台無しにされた挙句、信じていた右腕(相棒)――自分よりほんの少し下に見下していた緑にいいように利用され、途方もない怒りと得も言われぬ鬱屈とした感情で精神が破壊される寸前である。
シオンは今すぐにでもそのすべての負の感情を発散したいと思っている。そうしなければ、シオンの精神が持たず、自分が自分でいられなくなると危機感を覚えている。いわゆる、八つ当たりである。
(簡単に逃がしてはくれなさそうだな)
計画が頓挫した以上、もう二人に戦う理由はない。だが、シオンは必ず自身のやり場のない感情を黒にぶつける。この場で、渦巻く感情を思う存分ぶつけられる相手が黒しかいないからだ。
だが黒に、シオンの相手をしている時間は少しもない。
直撃は避けたが、爆撃の余波だけで銘はすでに瀕死の重体。さらに左右両方の鼻から血が垂れ続け、止まる気配がない。肌もポロポロと剥がれ落ちていっている。
(どうやら先ほどの閃光――なにかしら特殊な爆弾だったようですね。たった一発で、その場の生物を全滅させるほどの)
黒たちは知らないが、緑の計略により某国Xが投下したのは人類が長い歴史の果てに生み出した災厄の兵器。人類史の闇の象徴とされ、存在自体が禁忌、公の場で口にすることも憚られる、生物を死滅させることだけに重点を置いた人類史上最悪の兵器――――――――――――――――――●爆弾。
「「…………」」
人間より遥かに強靭な肉体を持つ黒とシオンの鼻からも血が流れ始めた。
(最短最速で決着をつけるしかない)
動いたのは、同時だった。
「っ――」
先手必勝を狙って、シオンに向け殴り掛かった黒だが、それよりも早くシオンの拳が黒の顔面を捉えた。
「ぐはっ」
バコッ、バコッ、バコンッ
立て続けに黒を殴り続けるシオン。
顔、顔、腹
黒はただシオンに殴られ続けた。
バコッ、バコッ、バコッ、バコッ…………
「もう満足だろシオン」
「なめてるのか、てめぇ」
ほぼ無抵抗で殴られ続ける黒の姿に、シオンの苛立ちはさらに高まった。
「っ」
シオンは不意に黒の背後へ視線を動かした。
「っ――」
視線の先――瀕死で倒れる銘を見て黒はシオンの意図を察した。
シオンは後頭部から生える触手を銘に向かって勢いよく突き出した。
シオンは相手に自身の触手の先端を突き刺すことで触手の先から自分の体内で生成した特殊な毒を流し込むことができる。
触手は猛烈な勢いで銘に向かって伸びていき、そして――
「ぐっ」
銘を守るため、立ちはだかった黒の体を貫いた。
「かつての同族より、その人間の子供の方が大事なのか」
「…………」
「すっかり人間社会に毒されちまったみたいだな、黒」
黒の体内にシオンの体内で生成された毒が流し込まれる。
「ぐっ――」
「狩りをしなくてもエサにありつける怠惰な毎日、殺される心配をしなくていい平穏な日常、それらを提供してくれる社会からはじかれないよう社会秩序に従属する奴隷のような日々…………お前の心はすでに人間社会という毒に完全に汚染されちまっている」
「…………かもな」
毒を注入され続ける黒だが、黒が危惧していたような黒たち怪物を即死させるような対怪物特効の毒をシオンは生成していなかった。
「お前の毒は俺には効かないようだな」
シオンが黒に流し込んだのは樹海にいた頃、よくイノシシやシカを狩るために使用していた麻痺毒。人間には強烈過ぎるが、黒たちにとっては問題ない代物だった。
黒はシオンの二本の触手を力尽くで引き抜いた。
「「…………」」
互いに満身創痍。意思を通すためには、かつての仲間を打ち倒さなければならない。
黒もまた怪物の姿に変化した。
「「っ――」」
二人は再び、ありったけの力で地を蹴った。
互いの拳が交差し、お互いの顔面を的確に捉える――
「「……………………」」
樹海にいた頃、怪物たちは人間の皮を被り、人間社会で生きることを選んだ。
潤沢な食い物に惹かれ、見たこともない人工物に心躍らせ、人間という生き物の生態に興味をそそられ、それぞれ理由は違ったが人間の社会に皆、目を輝かせて薄暗い樹海を出ていった。
ただ、一体を除いて。
どさっ
しばらくして、シオンはすべての生命力(力)を使い果たし、その場に倒れた。
「俺は、あの樹海も、悪くなかった、けどな」
シオンが樹海を出た理由――自分が反対すると他のみんなも樹海に残ると思ったから。
みんなの夢や好奇心を邪魔したくはなかった。なんだかんだみんな、優しい奴らだから。
(本当にお前は俺たちの事が大好きだったんだな…………)
普通に考えれば、身体能力で少しだが他の怪物に劣る、かつ、爆撃と毒をもろに受け体力をかなり消耗している黒が倒れているはずなのだが、実際は違った。
(シオン…………)
「……………………」
亡骸になった同族をその場に残し、黒は銘の元へ歩いていった。




