ヒドインになる予定でしたが、五歳児の勢いで全部をなぎ倒します!
初投稿です
母が死んだ。
平民だった母は病弱で、私が物心つく頃にはもう長くないと言われていた。私の五歳の誕生日に倒れそのまま天に召されてしまった。そして葬儀が終わったその日に、一人の男が迎えに来た。
「……久しいな」
黒髪に深い藍色の瞳。整った顔立ちだが、どこか居心地悪そうに立つ男は、私の父親だった。
母から話だけは聞いていた。貴族で、侯爵家へ婿入りした騎士。そして母との間に私をもうけた人。
「教会で魔法適性が確認された。このまま侯爵家へ引き取る」
感情の読めない声だった。
……ああ、なるほど。魔法使いになれるから迎えに来たのか。別に愛情で迎えに来たわけじゃない。それでも生きていく術を持たない私は行くしかない。
私は父に連れられ、侯爵家へ向かった。
◇◇◇
「二人ともこの子が私の娘だ」
豪奢な応接室。玉座ではないが、それに匹敵する椅子へ腰掛ける美しい女性。この領地を治める女侯爵。そして隣には、銀髪碧眼の少女。私より二つほど年上だろうか。
まるでお姫様みたいに可愛い。
……いや。
待て。
銀髪?
女侯爵?
婿入りした父?
魔法?
聖女候補?
……え。
え、え、え?
頭の奥で何かが弾けた。
(あ。)
思い出した。
前世。日本という国で暮らしていた記憶。そしてこの世界は、生前ハマっていた乙女ゲーム。その中でもネットで炎上するほど嫌われた"ヒドイン"の人生そのものだった。
平民出身。実は貴族の隠し子。聖女候補。攻略対象全員を色仕掛けで奪い、婚約破棄を連発。最後は国外追放。
ゲーム内でも掲示板でもボロクソに叩かれていた最低最悪のヒドイン。
(私だぁぁぁぁぁぁっ!?)
終わった。
人生終わった。
待って待って待って!
でも今は……!
(五歳だ!!)
五歳!
まだやり直せる!
五歳児なら多少変でも許される!
ならば未来を変える唯一の方法は──!私は父を完全に無視した。
そして女侯爵へ一直線に駆け寄る。
「お姫様が二人もいる!」
部屋が静まり返る。
「すっごい綺麗なお姫様と!」
女侯爵を見つめる。
「すっごい可愛いお姫様!」
令嬢を見つめる。
「ここってお城なの!?」
父が固まった。
執事が吹き出しそうになっている。
女侯爵は目を丸くした。
令嬢はきょとんとしている。
よし。
まだいける。
押し切れ!
「……ふふ」
最初に笑ったのは女侯爵だった。
「お姫様、ですって」
「お母様、お姫様って?」
「可愛い子だけが使える魔法の言葉よ」
令嬢が嬉しそうに笑う。
勝った!
攻略対象変更!
攻略するのは男じゃない!
この家の権力者だ!!
父?
知らん。
この人、侯爵家では婿でしかない。
つまり一番偉いのはこの二人だ。
媚びるならここ!
全力で!
私はさらに畳みかける。
「はっ!」
大げさに口を押さえる。
「そういえば神父さまが、私は魔法使いになれるって言ってた!」
みんなが私を見る。
「おじさん!」
父を見る。
「お姫様たちを守らせるために私をここへ連れてきたんだね!」
父が固まる。
「そうなの?」
「…………」
父は答えられない。その沈黙を私は肯定と受け取ったフリをした。全力で乗っからせてもらおう。
「私!」
拳を握る。
「魔法騎士になる!」
胸を張る。
「頑張る!」
そして満面の笑みで宣言した。
「お姫様たちを守るんだーーー!!!」
部屋は静まり返り――
女侯爵が声を上げて笑った。
「あははははっ!」
貴族らしからぬ大笑いだった。
「あなた、本当に面白い子ね」
令嬢も嬉しそうに笑う。
「じゃあ私の騎士様になってくれるの?」
「うん!」
「約束?」
「約束!」
小さな指切りが交わされる。
その日。
私の運命は、ゲームとは違う方向へ動き始めた。
◇◇◇
十年後。
侯爵家の訓練場。黒い鎧に身を包んだ私は、魔法剣を納める。
「流石ね」
義母は満足そうに頷く。
「もう王国でも有数の若手魔法騎士じゃない」
「ありがとうございます。ですが私などまだまだです」
その隣では義姉が楽しそうに笑っていた。
「謙遜も様になってるわね、でもねぇ」
嫌な予感がする。
「十年前は可愛かったわよね」
「……え?」
義母が口元を隠して笑う。
「『お姫様が二人もいる!』だったかしら?」
「『魔法騎士になって守るんだ!』って」
二人そろって私を見る。
「「可愛かったわねぇ」」
「~~~~っ!!」
顔が一瞬で真っ赤になった。
「お、お忘れください……!」
「どうして?」
「可愛かったもの」
「五歳の頃の私は未熟そのものでした!」
「今も十分可愛いわよ?」
「お義母様まで!?」
二人は楽しそうに笑う。
私は兜で顔を隠したくなる衝動に耐えながら、悶える。
「どうか……どうかお許しください……」
「あら」
女侯爵は優しく微笑んだ。
「謝ることなんて一つもないわ」
義姉も昔と変わらない笑顔で言う。
「だって、あなたは約束を守ってくれたもの」
魔法騎士になって。
ずっと家族(入婿の父親という空気は除く)を守ってくれている。
あの日の五歳児の宣言は、冗談では終わらなかった。
ゲームのヒドインになるはずだった少女は。
誰よりも大切な家族を守る、一人の騎士になっていた。
――これは、破滅フラグを五歳児の勢いでへし折った、一人の少女の物語である。




