嫌いの最上級は無関心
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「やー今日も可愛いねー。ヴィオラ」
「トリスタン様~。トリスタン様こそ素敵です。ここでは人目がありますから~、あちらに参りましょうよ~」
「いや~。ここからの眺めは、緑が多くていいじゃないか、ヴィオラの瞳の青色が、より際立って美しいよ、もう少しここで景色を一緒に眺めよう」
「……………………。」
「ねえ、メアリー。このつなぎの色は、赤の方が生えるかしらね」
「そうね。赤がいいと思うわ」
私は今、ガラス製のビーズで、アクセサリーを作ることに嵌っていてる。
今日も、友人のメアリーと、昼休みの中庭で作業に没頭していた。
「やー。ヴィオラお手製のランチボックスは、とても美味しかったよー。」
「まあ。嬉しいですわ、またお作りしますわね」
…………。
…………。
「はあ~。アイナ!それより、あの大根役者みたいな、婚約者のことは気にならないの?」
メアリーは、大きなため息をついた後、背後の婚約者とその連れをちらりと見てから、私の耳元で小さな声でつぶやいた。
「ん?気にならないけど」
「凄いわね、アイナ!何か突き抜けたのね…………。」
うんうんと。腕組みをしながら、メアリーが頷く。
ふーん。
それは、私だって長い間、悲しかったり、苦しかったりしましたよ~。
私と、大根役者のトリスタン様が婚約したのは、15歳の頃。
我がゼックス伯爵家は、古くから続く商家の家系で、ひいひいひいひいおじいちゃんくらいの時に、男爵位をたまわり、あれよあれよと言う間に、伯爵位に上り詰めた。
なんで新参者の伯爵令嬢が、由緒正しき侯爵家のご子息と、婚約できたかと言えば、やはりお金だろう。
年の離れた末娘の私を、こよなく愛するお父様は、娘の婚約と引き換えに、財政難だったマーカス侯爵家に多大な支援をしたはず。
トリスタン様は、ブロンドで癖のある髪を後ろに流し、綺麗な青い瞳で、美丈夫。
見たところは王子様みたいだ。
婚約当初、まだ幼かった私は、その容姿に一目で恋に落ちた。
トリスタン様の隣に立ち並ぶため、自分を磨き、内政からも助けられるように、アクセサリーや装飾品の製造販売事業も立ち上げて、まあお父様の助けも大いにあるけれど、かなり頑張って個人資産もたんまり手に入れた。
しかし、トリスタン様は、私が気に入らないようで…………。
婚約した時、トリスタン様は16歳の年齢だったが、私のふわふわした髪を、からかって引っ張る。
ダンゴムシが、いっぱい入った箱をプレゼントされる。
お茶会に、準備されたクッキーを、木片に変えるなどなど…………。
会うたびに、嫌われているのかと悲しくなったが、あの頃の悪戯なんて、まだかわいいものだった。
私が16歳になり、デビュタントして夜会に出る様になると、会場に向かう馬車こそ一緒に乗るが、ホールに入場すると、トリスタン様は直ぐに、色とりどりの令嬢達の間を渡り歩き、私はいつも………ぽつんと一人。
その頃の私は、トリスタン様に、自分を好きになってもらいたくて、むちゃくちゃ頑張っていたけど。
…………トリスタン様は、どんどん離れて行くばかり…………。
半年ほど前の夜会で、私は寂しい気持ちを抱えて、令嬢達に囲まれる、トリスタン様の笑顔を眺めていたら、お腹の底から湧き上がる怒りを抑えられなくなった。
私は、マグマのように湧き上がる怒りに任せて、トリスタン様の腕を掴み、令嬢達の輪から連れ出す。
トリスタン様をホールから続く、庭に連れ出して私は叫んだ。
「なぜトリスタン様は、私を見てくれないのです!」
こんなに頑張っている私をよそに、他の令嬢がいいなら婚約を破棄して欲しい。
私は、一人でも生きていける!
トリスタン様なんて、大嫌いだ!
ああ。そうだ嫌いなんだ、こんな意地悪色ボケ婚約者は嫌いだ。
私の初恋が、嫌いに変わった瞬間だ。
私の怒りを他所に、トリスタン様はキラキラの笑顔。
「ああ~、そうだろう。アイナは、僕を愛しているだろ~。もちろんアイナの気持ちは、わかっているよ」
トリスタン様が、私の髪をひと房手に取る。
私は、また髪を引っ張られるかと思って、身構えた。
「僕もちゃんと、アイナを見ているよ」
そう言いながら、トリスタン様は私の髪に、キスを落とす。
「ふぎゃ!」
あまりの衝撃に、潰れたような声が出た。
嫌いだと自覚した今、トリスタン様の行動は、不快でしかない。
恐怖におののいていると、取り巻き令嬢達と、トリスタン様の弟君、ダニエル様が現れた。
「兄上、ご令嬢方が、寂しがっていますよ」
「も~トリスタン様、私達を置いていくなんてひどい」
「あちらに美味しいケーキがありますのよ、一緒に食べましょう」
「それよりも、私と一曲踊ってくださいまし」
トリスタン様は、あっという間に令嬢達に取り囲まれて、連れ去られていく。
「やあみんな、寂しい思いをさせてごめんね」
「…………。」
はあ。助かった。
「アイナ嬢。今日のドレス、とても似合っていますね、その青は、もしかして僕の瞳の色ですか?」
「トリスタン様から送られたドレスです…………。」
んー。助かってなかった。
このダニエル様も厄介なのだ。
ダニエル様は昔から、兄上が虐めたお詫びだの、悲しませているお詫びだの…………何やかやと、私に贈り物をしてくる。
トリスタン様も、ドレスや装飾品、お菓子などなど、まめにプレゼントだけは、送ってくれるから、私の元には、手に余る贈り物が溢れている。
マーカス侯爵家は、お金に困っているくせに、金遣いが荒いのよ!
兄弟そろって嫌いだ!
絶対に、この婚約を破棄して見せるわ!
心の中でガッツポーズをしていたが、見事にダニエル様に、壁に追い詰められている私を、メアリーが助けに来てくれた。
「アイナ~。こんなところにいたの?ゼックスの叔父様が探してるわよ~」
メアリーが、私の手を取り歩き出す。
「ダニエル様、急いでおりますので失礼しますね」
引き留めようとする、ダニエル様をかわして、メアリーと2人で庭を出る。
「アイナ。大丈夫?」
「うん。ありがとメアリー。私ね、決めたの、トリスタン様との婚約を白紙にしていただける様に、お父様にお願いするわ」
✿ ✿ ✿
夜会から帰って直ぐに、お父様にトリスタン様との婚約の白紙を願い出たが、喧嘩でもしたのかと聞き流された。
婚約当初に、トリスタン様を婚約者にしてくれて、ありがとう♪と、私がお父様に抱き着いて喜んだ…………。娘の気持ちが、未だ続いていると勘違いしているんだ。
まあ。私も先ほど、嫌いを自覚したのだけれど…………。
「こうなれば、私が不貞の証拠をつかんで、婚約を破棄してやるわー」
私は拳を突き上げ誓う。
次の日から、調査員をお願いして不貞を調べるも、トリスタン様はなかなかしっぽを掴ませない。
それどころか最近は、ハーマー子爵令嬢のヴィオラ様を、優先して連れ歩くようになった。
ヴィオラ様は私と同じ年だが、大人びた感じの綺麗な人…………。
私とは対照的な、ヴィオラ様をこれ見よがしに連れて歩き、私に嫌がらせするくらいなら、さっさと婚約破棄しろ!
私のイライラは、限界だった。
そのイライラに上乗せする様に、ヴィオラ様は無い事ばかり、私の悪口を言い回り、私の怒りは日に日に大きくなる。
あの二人!どうしてくれよう!
私は、周りの空気をビリビリさせながら、廊下の角を曲がる。
ガン!!
バラバラ パラパラ…………。
何か硬いものに、私のおでこは激突し、さらに小さな物が散らばる音。
あまりの痛みにおでこを摩り、閉じてしまった眼を開けると、床に散らばる、綺麗な青いビーズ。
「わー。綺麗」
思わず夢中で、ビーズを拾い集める。
手に取るとそのビーズは、ガラスでできていて、少しずつ青色の濃度も大きさも違う。
「ん~。この青、透明度が高くて素敵。髪飾りにするのによさそう」
「君はアクセサリーを作るのかい?」
低く、落ち着いた声に視線を上げると、マゼンダ色の瞳と眼があった。
私は、その瞳に吸い込まれるように立ち上がる。
「はあ~今度は綺麗なマゼンダ色」
ん?…………学院内にいる…………マゼンダ色の瞳!
「レ レナルト殿下!」
この国の殆どの国民は、青や緑の瞳が多く、マゼンダやダークパープルなど紫の瞳は、王族のみに受け継がれている色。
今学院に在籍しているのは、国王とは10歳以上も年の離れた、王弟殿下のみ。
私は驚いて一歩後ずさり、パキリとガラスのビーズを踏み潰した。
「す すみません、貴重な物でしょうか、どの様に弁償すれば!」
「はは。大丈夫だよ、高いものでもないし。それより君の額が、赤くなってしまったね」
殿下は、私の前髪をかき上げて、顔を覗き込む。
美しすぎる、殿下の顔が近い。
「おや、赤みが広がった」
私はあわてて顔を両手で覆う。
「あのあの、大丈夫です。今は痛くありませんので………それより綺麗なビーズですね、直ぐに拾いますので」
「ああ。ありがとう。君、名前は?」
「申し遅れました、私は、ゼックス伯爵家のアイナと申します」
私は急いで立ち上がり、カーテシーをする。
「ゼックス伯爵家の……。俺のことはレノでいいよ、君のことは、アイナと呼んでも?」
「もちろんです、私のことは、好きなようにお呼びください…………あの本当にレノ殿下とお呼びしても?」
「もちろんだ、ところでアイナは、アクセサリーが作れるの?」
「はい、二年ほど前に、父の助けを借りて、アクセサリーや小物などの製造から販売を行う、商いを始めまして、手前自ら恐縮ですが、アクセサリーのデザインと製作には自信があります」
「いいね!俺は今、このガラスビーズ作りにはまっていてね。自分だと、どうしても青い色しか、作れないんだけど」
「私、ガラス工房も持っているんです、もともとガラス細工が好きで、職人のみんなに色の出し方なら教えてもらえると思います。でもレノ殿下の作ったこのビーズ達もいい色ですね♪それにそれにこのビーズを見てたら、新しいアクセサリーをおもいついたんですが、このビーズ。少し譲っていただくことはできますか?」
「もちろんだ、いくらでも使ってくれ、もしアイナの時間が大丈夫なら、このあとそのアクセサリーの構想や、ガラス工房のことなど教えてくれないだろうか?」
「いいんですか~。こちらこそよろしくおねがいします」
レノ殿下は、鉱物の研究をする中で、ガラス作りに興味を持ち、自分用の小さな炉まで持っていた。
ガラス玉やビーズをたくさん作り、この産物を何かに加工できないか考えていた所で、私とぶつかった様だ。
私が、レノ殿下のビーズを見て思いついたアクセサリーは二つ。
女性用は、グローブの上につける、フォアアームを広く覆い、その先をリングにして指にかけるアクセサリー。
男性用は、チェーン付きのブローチ!チェーンの部分は、今まで金属でしか作られていないから、ビーズで少し色味を入れたら素敵、金属と合わせてみるのもいい。
レノ殿下もアクセサリーのアイデアを出してくれて、話していてとても楽しい。
その日は、時間を忘れて語り合った。
✿ ✿ ✿
レノ殿下と出会い、ビーズのアクセサリー作りに没頭すると、トリスタン様のことは、すっかり忘れて過ごす時間が多くなり、見かけても気にならない。
なぜだか、ヴィオラ様の嫌がらせも格段に減り、私の悪い噂も聞かなくなった。
そして今日は、レノ殿下と待ち合わせて、我が伯爵家のガラス工房に行く予定。
ガラス工房は王都のはずれにあり、馬車で30分ほど、私は殿下をお迎えするため、先に工房に出向き、掃除と殿下に見せたいガラス細工の準備。
「みんなー。もう少しで、レノ殿下がお見えになるわよ~。準備はいい?」
「やー今日は、やけに張り切ってるなお嬢」
「なんだい、その殿下はいい男なのかい?」
職人のみんなが、私をからかう。
「もう。みんなー。冗談ばかり言わないで!」
「まあまあ、怒るなよ嬢ちゃん、みんな嬢ちゃんのことは、自分の娘だと思ってるんだ、いい男かどうか、ちゃんと俺達が見極めてやるからな」
みんなが大きな声で笑う。
「それでは、お父様方、お手柔らかにお願いします」
わいわいと私達が騒いでいると、門の方からレノ殿下がやってきて、声を掛けられる。
もう!恥ずかしところ見られた~。
さっきまで、わいわいしてたのに、気がつけば職人たちは、綺麗に一列に並び帽子を脱いで殿下に礼を取る。
「レナルト殿下、ようこそアイナ工房へ」
「やあ、ここはアイナの名前が付けられているんだね」
「はい。私のアクセサリー作りは、殆どの工程をこの工房で行っているんです」
マルクが一歩前に出る。
「レナルト殿下、私が工房長のマルクです。本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく。私の方がいろいろ教えてもらうのだ、畏まらないでくれると嬉しい」
「ありがたきお言葉、感謝申し上げます…………これでいいのかい嬢ちゃん」
最後の方は小声で、私を見つめながらマルクが答える。
「ふふふ。私と接する時と同じでいいみたいよ、マルク工房長」
「本当かい?お嬢は家族みたいなもんだから、殿下も家族でいいのかい?」
「ああ。家族でお願いするよ」
「おい!マルク工房長!調子に乗りすぎだろ~」
職人たちの、冷やかしと笑い声が響く。
それからレノ殿下に工房のいろいろなものを紹介した。
中でもレノ殿下が興味を示したのは、やはりガラス工房の炉。
「なるほど、赤い色を出すのには、金が必要なんだね」
「そうなんです、金屑でいいとはいえ、赤色のガラスはどうしても高価になります」
「なるほど、色は混ぜることはできるのかな?」
「まあできなくもないが、どうしても濁った色になるな~、こんな感じだ」
マルク工房長が、暗紫色のガラスの固まりを、レノ殿下に渡す。
「ねえ、マルク。直接混ぜるのではなくて……例えば、青いガラスと赤いガラスを貼り付けたら、紫色になったりしない?」
「ああ、そうだな、そっちの方が、透き通った色に出来るかもしれないな。ただ、アクセサリーなんかにするには、細かな細工が必要になるから、貼り付けたものを使うのは難しいかもな、ステンドグラスみたいに、大きなものならきっと綺麗にできるぞ」
「そうか、いいアイデアだと思ったのに」
「まあ、珪砂を多くしてみたりするのも、手かもしれねーがな」
レノ殿下は、暗紫色のガラスの固まりを、食い入るように見つめている。
「マルク工房長、この塊をいただいてもいいですか?」
「そんなものでいいなら、いくらでも持ってきな」
「ありがとうございます」
その後も私達は、マルク工房長に、グラスの作り方や、大きな模様を入れる、ガラス玉の作り方なんかを教わって、楽しく過ごした。
気がつけばもう太陽が沈みかけている。
「やあ。今日は楽しかった、みんなありがとう」
「やー。殿下ならいつでもきていいぞ」
「ほんといい男だよ、お嬢を任せられる」
「もー。みんなは、そう言って直ぐ茶化す」
職人たちに散々からかわれたが、レノ殿下が楽しそうだったからよかった。
帰りは、殿下が馬車で送ってくれると言うので、王宮の立派な馬車に乗せてもらう。
「わあ。シートがふかふかですね」
「そうかい?それより、進行方向に背中を向けると、馬車酔いをしてしまうから、俺もそちらに座ってもいいかな」
「すみません、気が効かなくて、私がそちらに移りますね」
私が立ち上がり、移動しようとすると馬車がガタンと揺れる。
「危ないからアイナはそのまま座ってて、無駄に広い馬車だから、二人でも十分座れるからね」
そう言いながら、レノ殿下は私の隣に腰を下ろす。
「今日は楽しかったね」
「楽しんでいただけたなら、よかったです。もう、職人たちの遠慮がなくてすみませんでした」
「いいんだよ、俺も気兼ねなく、いろいろなことを聞くことが出来たし、ちょっと作ってみたいものがあるんだけど、本当に工房にお邪魔してもいいだろうか?」
「もちろんです、みんな喜ぶと思います。特に工房長のマルクはレノ殿下が来てくれると聞いて、すごく喜んでたんですよ~。少しがさつですけど、職人のみんなは、心根の優しい人たちですし、職人としての技術は申し分ないです。そしてこだわりもしっかり持っているんです。私は、小さな頃からあの工房に、お父様について出入りしているので…………ん?」
私が夢中で話していると、何やら左の肩に、暖かな重みを感じた。
視線を向けると、レノ殿下が、私の肩ですやすやと寝ている!
むーーーー。
心臓がバクバクする!
そう言えば、馬車とはいえ二人きり…………。
胸は熱を帯びているのに、私の体は緊張で氷のように固まった。
はぁ…………起こしたら悪いし…………。
「殿下。少し道が悪くなりますので、気を付けてください」
御者の声が、馬車の外から聞こえる。
んーーーーー。無理よ、道が悪いなんて。
直ぐに馬車は、ガタガタと揺れ始め、レノ殿下の体が前のめりになる。
慌てて殿下の体を支えると、殿下の頭はストンと私の膝の上に落ちて来た。
!!!
やややややや!
心臓が口から飛び出るかと思った。
…………まだ寝てる。
「そうとう疲れていらっしゃるのね…………。」
思わず殿下の髪に触れる。
「柔らかい…………それにいい匂い」
短く整えられたプラチナブロンドの髪は、柔らかくてサラサラしている。
そして、シトラスミントの香り。
殿下の気持ちよさそうな顔を見ていたら、なんだか私も眠たくなって、コクリコクリと舟をこぐ。
…………。
コンコン!
「殿下、ゼックス伯爵家に到着しました」
ん?
伯爵家に着いたの?
ぼんやりとした視界の先に、レノ殿下の顎が見える…………。
ん?誰か頭を撫でてくれてる…………気持ちいい。
…………ん?
だんだんはっきりする視界に周囲を見回すと、いつの間にか、私がレノ殿下のお膝に頭を乗せて寝ている!
私は慌てて飛び起きた。
「すすすすみません、殿下のお膝に!」
顔が火箸って熱い。
「いや、先に寝てしまったのは、俺だ…………。」
殿下の頬もほんのりピンク色。
ゴンゴン!ひときわ大きなドアを叩く音が響く。
「殿下、ドアをお開けしてもよろしいでしょうかあ?」
「ああ。待たせてすまない」
殿下の返事と共にドアが開くと、お母様が満面の笑みで待っていた。
「まあまあレナルト殿下。お久しぶりでございます。本日は我が伯爵家の工房を視察していただき、さらにアイナを送っていただいて、ありがとうございます」
お母様が、綺麗なカーテシーを決める。
「伯爵家の粗末な邸ではありますが、よろしければ、本日のお礼も兼ねまして夕食を一緒にいかがですか?」
「ゼックス伯爵夫人、ご令嬢をこんな時間まで、連れまわしてしまって申しわかない。お言葉に甘えて、夕食を共にさせていただこう」
「アイナも仕事のこととなると、時間を忘れてしまいますので、こちらこそ殿下にご迷惑をお掛けしたのでわ? まあまあ。アイナどうしたのそんなに赤くなって♪」
むー。お母様まで!
それから殿下と、我が家のシェフが、腕によりをかけた夕食を一緒に食べて、本当はもう少し…………レノ殿下と、お話ししたかったのに。レノ殿下は、お父様に男同士の話があると連れて行かれてしまった。
✿ ✿ ✿
殿下からいただいた、青いガラスのビーズで、アクセサリーの試作品を早く作る。
その頃私は、学院での開いている時間はすべて、アクセサリー作りに費やしていた。
「アイナ。それにしても凄い集中力ね、よくこんなガヤガヤした昼休みの中庭で、細かな作業ができるわね~。今日も大根役者がうろうろしてるし」
メアリーが私の作業を見つめながらつぶやく。
「うーん。この試作品が完成したら、メアリーにあげるね。是非つけて欲しいの」
「えー。くれるの?いいの?嬉しい」
「そんなに?ガラス玉よ」
「もちろん!アイナが、一生懸命作っているのを見ているし、嬉しいに決まってる。それに、アイナのアクセサリー作りのセンスは天下一品だもの、期待してるわ」
そうか…………。私が作ったものでも、喜んでくれるかな。
いつものお礼なら、お渡ししても変じゃないよね。
相変わらず、トリスタン様は、ヴィオラ様を連れて、私の周りをうろうろしているけど…………あまりに楽しい日々が続いていて、すっかりトリスタン様へのイライラなんて、忘れてしまっていた。
✿ ✿ ✿
学院も長期休暇に入り、私はマルク工房長の厳しい指導を受け、ガラス作りをしていた。
ガラス作りもなかなかに技術が必要で、このところ毎日工房に通っている。
「お嬢、てきぱきやらねえと、綺麗な緑が出ないぞ!」
「はい。師匠」
「そうそう、そこは丁寧に」
私は、緑色のガラスビーズを作っている。
「んー。色が濃くなっちゃった…………。」
もう一度!
…………もう一度!
………………………………。
「わー。マルクこれどう?合格?」
私は、綺麗な緑色に輝くビーズを、マルク工房長に差し出す。
工房長は、ビーズを光にかざす。
「おーいいな、透明度も高い」
「やったー。これで材料がそろったわ」
「おーお嬢。何を作るんだい?」
「ないしょー!」
私は急いで伯爵家に戻り、自室で作業を進める。
レノ殿下に、ブローチを送りたいのだ。
ブローチの中心は、ちょっと奮発して、大ぶりのグリーンサファイアを準備した。
ホワイトゴールドの台座に、サファイアを置いて、小さなゴールドのピンバッチとチェーンでつなぐ、さっき作ったライトグリーンのビーズを、ブローチを繋ぐチェーンに巻き付ける様に散りばめる。
「やったー。完成」
わあ。ビーズの緑、本当に上手にできた。
コンコン!
ドアがノックされ、侍女の声がドア越しに聞こえる。
「お嬢様、調査員からの報告書が届きました」
ん?調査員?
!! あー忘れてた!トリスタン様の!
「入っていいわよ」
「失礼します。ご依頼の報告書が、まとまったそうです。こちらに置きますね、お嬢様、紅茶を入れ替えましょうか?」
「ありがとう。お願いするわ」
侍女はサイドテーブルに書類の束を置き、紅茶をいれてくれる。
私は、分厚い報告書をめくる。
そこには、トリスタン様とヴィオラ様+αの不貞の証拠…………。
少し前なら、感情が動いたかもしれないけど…………なんとも思わないものね。
私は、侍女が入れてくれた紅茶を飲みながら、完成したばかりのブローチを手に取る。
そこには、レノ殿下の髪色と私の瞳の色…………。
私、すっかりレノ殿下に、心を奪われてるのね。
レノ殿下の隣に、新興伯爵令嬢の私は、似合わないけれど、きっと仕事のパートナーくらいにはなれる。
例えお嫁に行けなくなっても、あんなトリスタン様と暮らすよりましだわ。
私は決意を固め、お父様の執務室を訪ねた。
報告書を見せて、婚約破棄の意思を伝えると、お父様はあっさり私の気持ちを受け入れた。
そしてデスクの上に、私の調査報告書より厚みのある書類の束を取り出す。
「いや、こんな婚約を結んで悪かったな、少し前から私も調査はしていて、お前の決断を待っていた、婚約破棄の手続きは早急に進めよう」
むむ。お父様!わかっていたなら、もっと早く話を進めてくれても良かったわ…………少しもやもやするけれど、さっさと決着をつけてもらおう。
それよりレノ殿下には、どうやってブローチを渡そう。
休み明けまで待てないし、次の夜会でお会いすることはできるかしら。
✿ ✿ ✿
1週間後、お父様からトリスタン様との婚約が、彼の有責で破棄されたと知らされた。
そしてマーカス侯爵から、ダニエル様との婚姻の打診を受けたが、きっぱりお断りした。
あの兄弟とは、もう関りたくない。
そして3日後、私は清々しい気持ちで夜会に参加する。
もうトリスタン様に合わせた、青いドレスを着なくてもいいし、会場で置き去りにされることもない。
私が侍女と、夜会に着ていくドレスを相談しているところに、どや顔のお母様がやってきた。
「アイナ~。今日のドレスは、もうお母様が決めてあるのよ、こっちに来て」
あ母様に連れられ、ドレスルームに入ると、そこには目に鮮やかなマゼンダ色のドレス。
「わあ。お母様、素敵なドレスをありがとう、こんな鮮やかな色のドレスを着るの初めてだわ」
「綺麗な色でしょ♪さあさあみんな、アイナの支度をよろしくね」
それから私は、いつもより念入りにマッサージを受けて、綺麗に整えられた。
「お母様、ドレスもメイクも完璧だけど、髪はシンプル過ぎない?」
私の髪は、ハーフアップにされたままで、なんの髪飾りもついていない。
「いいのよ!そのままで、私達は夜会に少し遅れて行くから、アイナは一人で先にいっててね」
「一人は…………べつに良いけど。なんだか今日のお母様は変ね…………。」
ほどなくして玄関に、夜会に向かう馬車が到着する。
あれ?なんだか一人で乗るには大きな馬車ね、こんなに大きな馬車、家に会ったかしら?
執事が馬車のドアを開けると、大きな手が私に差し出された。
「…………レノ殿下」
「やあアイナ、今日は俺のパートナーになってくれるかな?」
「はい。喜んで」
私はレノ殿下の手を取って馬車に乗り込む。
馬車が走り出すと直ぐに、殿下は小さな包みを取り出した。
包みを解くと、繊細なガラス細工の髪飾り。
「俺が作ったんだ…………。」
「綺麗なマゼンダ色、この色を出すのは、難しかったんじゃないですか?」
「ああ。何度もマルク師匠に怒られたよ、でも。どうしても、この色をアイナに送りたくて」
顔を上げると、髪飾りと同じ色の瞳が揺れている。
「あの!私も、レノ殿下にプレゼントがあります」
私は、ポーチからブローチを取り出した。
「私もこの色を、レノ殿下に送りたくて…………このガラスビーズ、私が作りました」
私がブローチを差し出すと、真剣なレノ殿下の表情がほころんだ。
「アイナ!」
私はスッポリと殿下の腕に包まれる。
「婚約破棄したばかりの君に、伝えていいものか迷ったが、もう気持ちをとどめられない…………。」
殿下の腕が緩むと、近距離に綺麗なマゼンダ色の瞳。
「俺と結婚してください。アイナとずっと一緒に居たいんだ」
喜びに、私の顔もほころぶ。
「私も、レノ様とずっと一緒にいたいです」
レノ様は、そっと私の髪にプレゼントの髪飾りをつける。
私も、レノ様の胸元にブローチを付けた。
夜会の会場に着くと、既に沢山の人が思い思いに過ごしている。
「アイナ、一曲踊らないか?」
「はい」
私達は、ダンスの輪に加わる。
「アイナー」
突然大きな声で私の名前が叫ばれ、人々をかき分けて、トリスタン様が現れた。
突進してくるトリスタン様から、守る様にレノ様が一歩前に出る。
「アイナ、どうしてなんだ、僕はこんなに君を愛しているのに、婚約破棄なんて言わないでくれ」
「トリスタン様、あなたの有責で、婚約は既に破棄されました。婚約中、あなたが私以外の令嬢を連れ歩いていたことは、皆さん見て知っています」
ホールに居る、多くの令嬢が、大きく肯いた。
「僕は、アイナに気に入られたくて、いろいろ努力したじゃないか」
ん?努力?
「私は、嫌がらせと不貞しか、トリスタン様にされた覚えしかありません」
「嫌がらせ?僕は女性のことがよくわからなくて、ダニエルに相談して…………アイナの気を引きたくてしたことだ!」
トリスタン様がじりじりと近づいて来る。
「間違っていたなら謝る。もう一度僕と婚約して欲しい、そうでないと、父上に隣国の豪商のおばさんの所に売り飛ばされる」
なんだろこの人、話が通じない。
「嫌がらせも許せませんが、不貞をはたらいたことは事実です、人を裏切るような人と共に、人生を歩むつもりはありません」
「嫌だ嫌だ!僕はアイナと一緒に居る」
こ 怖い。
思わず、レノ様のジャケットを握ると、グイっと腰を引き寄せられた。
騒ぎを聞きつけた、マーカス侯爵が慌てて駆けてくる。
「ゼックス伯爵令嬢、愚息が本当に申し訳ない、直ぐに引き取りますからね」
マーカス侯爵は、トリスタン様を騎士に羽交い絞めにさせ、たちまちホールから姿を消した。
「まあ。マーカス侯爵も、ご子息の教育が出来ていませんでしたのね」
「マーカス侯爵は、ダニエル様が後を継ぐのかしら…………でも、お先ほどの話でわねぇ」
物見をしていた人々も、口々に好きなことを居ながら夜会へと戻って行く。
ドキドキする胸を押さえ、レノ様を見上げると、暖かな手が頬に置かれる。
「頑張ったね」
ほっと息を吐くと、私達の周りには、お父様とお母様、国王陛下と王妃様、それに大上王ご夫妻。
みんなニコニコしている。
「やあ。ハプニングが起きたが、求婚はうまくいったみたいだね」
「はい。兄上」
「それにしても、独占欲丸出しのドレスだな」
大上王様がにやりと笑う。
「父上!」
レノ様の頬が染まる。
「まあまあ。とにかく、うまくいって良かったわ、さあ二人とも踊ってらっしゃい」
王妃様に促され、赤い顔の私達は、今度こそダンスをするために、ダンスホールへと足を踏み出した。
~ 終わり ~
トリスタン様は、結局隣国に売りに出されました。
ダニエル様は兄の婚約者に一目ぼれして、自分の婚約者にしようと画策していました。
((^_^;
誤字脱字など、いつもありがとうございます。




