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嫌いの最上級は無関心

作者: とと
掲載日:2026/07/08

読んでいただきありがとうございます。

「やー今日も可愛いねー。ヴィオラ」


「トリスタン様~。トリスタン様こそ素敵です。ここでは人目がありますから~、あちらに参りましょうよ~」


「いや~。ここからの眺めは、緑が多くていいじゃないか、ヴィオラの瞳の青色が、より際立って美しいよ、もう少しここで景色を一緒に眺めよう」



「……………………。」


「ねえ、メアリー。このつなぎの色は、赤の方が生えるかしらね」


「そうね。赤がいいと思うわ」


私は今、ガラス製のビーズで、アクセサリーを作ることに嵌っていてる。


今日も、友人のメアリーと、昼休みの中庭で作業に没頭していた。


「やー。ヴィオラお手製のランチボックスは、とても美味しかったよー。」


「まあ。嬉しいですわ、またお作りしますわね」


…………。


…………。


「はあ~。アイナ!それより、あの大根役者みたいな、婚約者のことは気にならないの?」


メアリーは、大きなため息をついた後、背後の婚約者とその連れをちらりと見てから、私の耳元で小さな声でつぶやいた。


「ん?気にならないけど」


「凄いわね、アイナ!何か突き抜けたのね…………。」


うんうんと。腕組みをしながら、メアリーが頷く。


ふーん。


それは、私だって長い間、悲しかったり、苦しかったりしましたよ~。


私と、大根役者のトリスタン様が婚約したのは、15歳の頃。


我がゼックス伯爵家は、古くから続く商家の家系で、ひいひいひいひいおじいちゃんくらいの時に、男爵位をたまわり、あれよあれよと言う間に、伯爵位に上り詰めた。


なんで新参者の伯爵令嬢が、由緒正しき侯爵家のご子息と、婚約できたかと言えば、やはりお金だろう。


年の離れた末娘の私を、こよなく愛するお父様は、娘の婚約と引き換えに、財政難だったマーカス侯爵家に多大な支援をしたはず。


トリスタン様は、ブロンドで癖のある髪を後ろに流し、綺麗な青い瞳で、美丈夫。


見たところは王子様みたいだ。


婚約当初、まだ幼かった私は、その容姿に一目で恋に落ちた。


トリスタン様の隣に立ち並ぶため、自分を磨き、内政からも助けられるように、アクセサリーや装飾品の製造販売事業も立ち上げて、まあお父様の助けも大いにあるけれど、かなり頑張って個人資産もたんまり手に入れた。


しかし、トリスタン様は、私が気に入らないようで…………。


婚約した時、トリスタン様は16歳の年齢だったが、私のふわふわした髪を、からかって引っ張る。


ダンゴムシが、いっぱい入った箱をプレゼントされる。


お茶会に、準備されたクッキーを、木片に変えるなどなど…………。


会うたびに、嫌われているのかと悲しくなったが、あの頃の悪戯なんて、まだかわいいものだった。


私が16歳になり、デビュタントして夜会に出る様になると、会場に向かう馬車こそ一緒に乗るが、ホールに入場すると、トリスタン様は直ぐに、色とりどりの令嬢達の間を渡り歩き、私はいつも………ぽつんと一人。


その頃の私は、トリスタン様に、自分を好きになってもらいたくて、むちゃくちゃ頑張っていたけど。


…………トリスタン様は、どんどん離れて行くばかり…………。


半年ほど前の夜会で、私は寂しい気持ちを抱えて、令嬢達に囲まれる、トリスタン様の笑顔を眺めていたら、お腹の底から湧き上がる怒りを抑えられなくなった。


私は、マグマのように湧き上がる怒りに任せて、トリスタン様の腕を掴み、令嬢達の輪から連れ出す。


トリスタン様をホールから続く、庭に連れ出して私は叫んだ。


「なぜトリスタン様は、私を見てくれないのです!」


こんなに頑張っている私をよそに、他の令嬢がいいなら婚約を破棄して欲しい。


私は、一人でも生きていける!


トリスタン様なんて、大嫌いだ!


ああ。そうだ嫌いなんだ、こんな意地悪色ボケ婚約者は嫌いだ。


私の初恋が、嫌いに変わった瞬間だ。


私の怒りを他所に、トリスタン様はキラキラの笑顔。


「ああ~、そうだろう。アイナは、僕を愛しているだろ~。もちろんアイナの気持ちは、わかっているよ」


トリスタン様が、私の髪をひと房手に取る。


私は、また髪を引っ張られるかと思って、身構えた。


「僕もちゃんと、アイナを見ているよ」


そう言いながら、トリスタン様は私の髪に、キスを落とす。


「ふぎゃ!」


あまりの衝撃に、潰れたような声が出た。


嫌いだと自覚した今、トリスタン様の行動は、不快でしかない。


恐怖におののいていると、取り巻き令嬢達と、トリスタン様の弟君、ダニエル様が現れた。


「兄上、ご令嬢方が、寂しがっていますよ」


「も~トリスタン様、私達を置いていくなんてひどい」

「あちらに美味しいケーキがありますのよ、一緒に食べましょう」

「それよりも、私と一曲踊ってくださいまし」


トリスタン様は、あっという間に令嬢達に取り囲まれて、連れ去られていく。


「やあみんな、寂しい思いをさせてごめんね」


「…………。」

はあ。助かった。


「アイナ嬢。今日のドレス、とても似合っていますね、その青は、もしかして僕の瞳の色ですか?」


「トリスタン様から送られたドレスです…………。」


んー。助かってなかった。


このダニエル様も厄介なのだ。


ダニエル様は昔から、兄上が虐めたお詫びだの、悲しませているお詫びだの…………何やかやと、私に贈り物をしてくる。


トリスタン様も、ドレスや装飾品、お菓子などなど、まめにプレゼントだけは、送ってくれるから、私の元には、手に余る贈り物が溢れている。


マーカス侯爵家は、お金に困っているくせに、金遣いが荒いのよ!


兄弟そろって嫌いだ!


絶対に、この婚約を破棄して見せるわ!


心の中でガッツポーズをしていたが、見事にダニエル様に、壁に追い詰められている私を、メアリーが助けに来てくれた。


「アイナ~。こんなところにいたの?ゼックスの叔父様が探してるわよ~」


メアリーが、私の手を取り歩き出す。


「ダニエル様、急いでおりますので失礼しますね」


引き留めようとする、ダニエル様をかわして、メアリーと2人で庭を出る。


「アイナ。大丈夫?」


「うん。ありがとメアリー。私ね、決めたの、トリスタン様との婚約を白紙にしていただける様に、お父様にお願いするわ」



✿ ✿ ✿



夜会から帰って直ぐに、お父様にトリスタン様との婚約の白紙を願い出たが、喧嘩でもしたのかと聞き流された。


婚約当初に、トリスタン様を婚約者にしてくれて、ありがとう♪と、私がお父様に抱き着いて喜んだ…………。娘の気持ちが、未だ続いていると勘違いしているんだ。


まあ。私も先ほど、嫌いを自覚したのだけれど…………。


「こうなれば、私が不貞の証拠をつかんで、婚約を破棄してやるわー」


私は拳を突き上げ誓う。


次の日から、調査員をお願いして不貞を調べるも、トリスタン様はなかなかしっぽを掴ませない。


それどころか最近は、ハーマー子爵令嬢のヴィオラ様を、優先して連れ歩くようになった。


ヴィオラ様は私と同じ年だが、大人びた感じの綺麗な人…………。


私とは対照的な、ヴィオラ様をこれ見よがしに連れて歩き、私に嫌がらせするくらいなら、さっさと婚約破棄しろ!


私のイライラは、限界だった。


そのイライラに上乗せする様に、ヴィオラ様は無い事ばかり、私の悪口を言い回り、私の怒りは日に日に大きくなる。


あの二人!どうしてくれよう!


私は、周りの空気をビリビリさせながら、廊下の角を曲がる。


ガン!!

バラバラ パラパラ…………。


何か硬いものに、私のおでこは激突し、さらに小さな物が散らばる音。


あまりの痛みにおでこを摩り、閉じてしまった眼を開けると、床に散らばる、綺麗な青いビーズ。


「わー。綺麗」


思わず夢中で、ビーズを拾い集める。


手に取るとそのビーズは、ガラスでできていて、少しずつ青色の濃度も大きさも違う。


「ん~。この青、透明度が高くて素敵。髪飾りにするのによさそう」


「君はアクセサリーを作るのかい?」


低く、落ち着いた声に視線を上げると、マゼンダ色の瞳と眼があった。


私は、その瞳に吸い込まれるように立ち上がる。


「はあ~今度は綺麗なマゼンダ色」


ん?…………学院内にいる…………マゼンダ色の瞳!


「レ レナルト殿下!」


この国の殆どの国民は、青や緑の瞳が多く、マゼンダやダークパープルなど紫の瞳は、王族のみに受け継がれている色。


今学院に在籍しているのは、国王とは10歳以上も年の離れた、王弟殿下のみ。


私は驚いて一歩後ずさり、パキリとガラスのビーズを踏み潰した。


「す すみません、貴重な物でしょうか、どの様に弁償すれば!」


「はは。大丈夫だよ、高いものでもないし。それより君の額が、赤くなってしまったね」


殿下は、私の前髪をかき上げて、顔を覗き込む。


美しすぎる、殿下の顔が近い。


「おや、赤みが広がった」


私はあわてて顔を両手で覆う。


「あのあの、大丈夫です。今は痛くありませんので………それより綺麗なビーズですね、直ぐに拾いますので」


「ああ。ありがとう。君、名前は?」


「申し遅れました、私は、ゼックス伯爵家のアイナと申します」


私は急いで立ち上がり、カーテシーをする。


「ゼックス伯爵家の……。俺のことはレノでいいよ、君のことは、アイナと呼んでも?」


「もちろんです、私のことは、好きなようにお呼びください…………あの本当にレノ殿下とお呼びしても?」


「もちろんだ、ところでアイナは、アクセサリーが作れるの?」


「はい、二年ほど前に、父の助けを借りて、アクセサリーや小物などの製造から販売を行う、商いを始めまして、手前自ら恐縮ですが、アクセサリーのデザインと製作には自信があります」


「いいね!俺は今、このガラスビーズ作りにはまっていてね。自分だと、どうしても青い色しか、作れないんだけど」


「私、ガラス工房も持っているんです、もともとガラス細工が好きで、職人のみんなに色の出し方なら教えてもらえると思います。でもレノ殿下の作ったこのビーズ達もいい色ですね♪それにそれにこのビーズを見てたら、新しいアクセサリーをおもいついたんですが、このビーズ。少し譲っていただくことはできますか?」


「もちろんだ、いくらでも使ってくれ、もしアイナの時間が大丈夫なら、このあとそのアクセサリーの構想や、ガラス工房のことなど教えてくれないだろうか?」


「いいんですか~。こちらこそよろしくおねがいします」


レノ殿下は、鉱物の研究をする中で、ガラス作りに興味を持ち、自分用の小さな炉まで持っていた。


ガラス玉やビーズをたくさん作り、この産物を何かに加工できないか考えていた所で、私とぶつかった様だ。


私が、レノ殿下のビーズを見て思いついたアクセサリーは二つ。


女性用は、グローブの上につける、フォアアームを広く覆い、その先をリングにして指にかけるアクセサリー。


男性用は、チェーン付きのブローチ!チェーンの部分は、今まで金属でしか作られていないから、ビーズで少し色味を入れたら素敵、金属と合わせてみるのもいい。


レノ殿下もアクセサリーのアイデアを出してくれて、話していてとても楽しい。


その日は、時間を忘れて語り合った。



✿ ✿ ✿



レノ殿下と出会い、ビーズのアクセサリー作りに没頭すると、トリスタン様のことは、すっかり忘れて過ごす時間が多くなり、見かけても気にならない。


なぜだか、ヴィオラ様の嫌がらせも格段に減り、私の悪い噂も聞かなくなった。


そして今日は、レノ殿下と待ち合わせて、我が伯爵家のガラス工房に行く予定。


ガラス工房は王都のはずれにあり、馬車で30分ほど、私は殿下をお迎えするため、先に工房に出向き、掃除と殿下に見せたいガラス細工の準備。


「みんなー。もう少しで、レノ殿下がお見えになるわよ~。準備はいい?」


「やー今日は、やけに張り切ってるなお嬢」


「なんだい、その殿下はいい男なのかい?」


職人のみんなが、私をからかう。


「もう。みんなー。冗談ばかり言わないで!」


「まあまあ、怒るなよ嬢ちゃん、みんな嬢ちゃんのことは、自分の娘だと思ってるんだ、いい男かどうか、ちゃんと俺達が見極めてやるからな」


みんなが大きな声で笑う。


「それでは、お父様方、お手柔らかにお願いします」


わいわいと私達が騒いでいると、門の方からレノ殿下がやってきて、声を掛けられる。


もう!恥ずかしところ見られた~。


さっきまで、わいわいしてたのに、気がつけば職人たちは、綺麗に一列に並び帽子を脱いで殿下に礼を取る。


「レナルト殿下、ようこそアイナ工房へ」


「やあ、ここはアイナの名前が付けられているんだね」


「はい。私のアクセサリー作りは、殆どの工程をこの工房で行っているんです」


マルクが一歩前に出る。


「レナルト殿下、私が工房長のマルクです。本日はよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく。私の方がいろいろ教えてもらうのだ、畏まらないでくれると嬉しい」


「ありがたきお言葉、感謝申し上げます…………これでいいのかい嬢ちゃん」


最後の方は小声で、私を見つめながらマルクが答える。


「ふふふ。私と接する時と同じでいいみたいよ、マルク工房長」


「本当かい?お嬢は家族みたいなもんだから、殿下も家族でいいのかい?」


「ああ。家族でお願いするよ」


「おい!マルク工房長!調子に乗りすぎだろ~」


職人たちの、冷やかしと笑い声が響く。


それからレノ殿下に工房のいろいろなものを紹介した。


中でもレノ殿下が興味を示したのは、やはりガラス工房の炉。


「なるほど、赤い色を出すのには、金が必要なんだね」


「そうなんです、金屑でいいとはいえ、赤色のガラスはどうしても高価になります」


「なるほど、色は混ぜることはできるのかな?」


「まあできなくもないが、どうしても濁った色になるな~、こんな感じだ」


マルク工房長が、暗紫色のガラスの固まりを、レノ殿下に渡す。


「ねえ、マルク。直接混ぜるのではなくて……例えば、青いガラスと赤いガラスを貼り付けたら、紫色になったりしない?」


「ああ、そうだな、そっちの方が、透き通った色に出来るかもしれないな。ただ、アクセサリーなんかにするには、細かな細工が必要になるから、貼り付けたものを使うのは難しいかもな、ステンドグラスみたいに、大きなものならきっと綺麗にできるぞ」


「そうか、いいアイデアだと思ったのに」


「まあ、珪砂を多くしてみたりするのも、手かもしれねーがな」


レノ殿下は、暗紫色のガラスの固まりを、食い入るように見つめている。


「マルク工房長、この塊をいただいてもいいですか?」


「そんなものでいいなら、いくらでも持ってきな」


「ありがとうございます」


その後も私達は、マルク工房長に、グラスの作り方や、大きな模様を入れる、ガラス玉の作り方なんかを教わって、楽しく過ごした。


気がつけばもう太陽が沈みかけている。


「やあ。今日は楽しかった、みんなありがとう」


「やー。殿下ならいつでもきていいぞ」


「ほんといい男だよ、お嬢を任せられる」


「もー。みんなは、そう言って直ぐ茶化す」


職人たちに散々からかわれたが、レノ殿下が楽しそうだったからよかった。


帰りは、殿下が馬車で送ってくれると言うので、王宮の立派な馬車に乗せてもらう。


「わあ。シートがふかふかですね」


「そうかい?それより、進行方向に背中を向けると、馬車酔いをしてしまうから、俺もそちらに座ってもいいかな」


「すみません、気が効かなくて、私がそちらに移りますね」


私が立ち上がり、移動しようとすると馬車がガタンと揺れる。


「危ないからアイナはそのまま座ってて、無駄に広い馬車だから、二人でも十分座れるからね」


そう言いながら、レノ殿下は私の隣に腰を下ろす。


「今日は楽しかったね」


「楽しんでいただけたなら、よかったです。もう、職人たちの遠慮がなくてすみませんでした」


「いいんだよ、俺も気兼ねなく、いろいろなことを聞くことが出来たし、ちょっと作ってみたいものがあるんだけど、本当に工房にお邪魔してもいいだろうか?」


「もちろんです、みんな喜ぶと思います。特に工房長のマルクはレノ殿下が来てくれると聞いて、すごく喜んでたんですよ~。少しがさつですけど、職人のみんなは、心根の優しい人たちですし、職人としての技術は申し分ないです。そしてこだわりもしっかり持っているんです。私は、小さな頃からあの工房に、お父様について出入りしているので…………ん?」


私が夢中で話していると、何やら左の肩に、暖かな重みを感じた。


視線を向けると、レノ殿下が、私の肩ですやすやと寝ている!


むーーーー。


心臓がバクバクする!


そう言えば、馬車とはいえ二人きり…………。


胸は熱を帯びているのに、私の体は緊張で氷のように固まった。


はぁ…………起こしたら悪いし…………。


「殿下。少し道が悪くなりますので、気を付けてください」


御者の声が、馬車の外から聞こえる。


んーーーーー。無理よ、道が悪いなんて。


直ぐに馬車は、ガタガタと揺れ始め、レノ殿下の体が前のめりになる。


慌てて殿下の体を支えると、殿下の頭はストンと私の膝の上に落ちて来た。


!!!


やややややや!


心臓が口から飛び出るかと思った。


…………まだ寝てる。


「そうとう疲れていらっしゃるのね…………。」


思わず殿下の髪に触れる。


「柔らかい…………それにいい匂い」


短く整えられたプラチナブロンドの髪は、柔らかくてサラサラしている。


そして、シトラスミントの香り。


殿下の気持ちよさそうな顔を見ていたら、なんだか私も眠たくなって、コクリコクリと舟をこぐ。



…………。


コンコン!


「殿下、ゼックス伯爵家に到着しました」


ん?


伯爵家に着いたの?


ぼんやりとした視界の先に、レノ殿下の顎が見える…………。


ん?誰か頭を撫でてくれてる…………気持ちいい。


…………ん?


だんだんはっきりする視界に周囲を見回すと、いつの間にか、私がレノ殿下のお膝に頭を乗せて寝ている!


私は慌てて飛び起きた。


「すすすすみません、殿下のお膝に!」


顔が火箸って熱い。


「いや、先に寝てしまったのは、俺だ…………。」


殿下の頬もほんのりピンク色。


ゴンゴン!ひときわ大きなドアを叩く音が響く。


「殿下、ドアをお開けしてもよろしいでしょうかあ?」


「ああ。待たせてすまない」


殿下の返事と共にドアが開くと、お母様が満面の笑みで待っていた。


「まあまあレナルト殿下。お久しぶりでございます。本日は我が伯爵家の工房を視察していただき、さらにアイナを送っていただいて、ありがとうございます」


お母様が、綺麗なカーテシーを決める。


「伯爵家の粗末な邸ではありますが、よろしければ、本日のお礼も兼ねまして夕食を一緒にいかがですか?」


「ゼックス伯爵夫人、ご令嬢をこんな時間まで、連れまわしてしまって申しわかない。お言葉に甘えて、夕食を共にさせていただこう」


「アイナも仕事のこととなると、時間を忘れてしまいますので、こちらこそ殿下にご迷惑をお掛けしたのでわ? まあまあ。アイナどうしたのそんなに赤くなって♪」


むー。お母様まで!


それから殿下と、我が家のシェフが、腕によりをかけた夕食を一緒に食べて、本当はもう少し…………レノ殿下と、お話ししたかったのに。レノ殿下は、お父様に男同士の話があると連れて行かれてしまった。




✿ ✿ ✿




殿下からいただいた、青いガラスのビーズで、アクセサリーの試作品を早く作る。


その頃私は、学院での開いている時間はすべて、アクセサリー作りに費やしていた。


「アイナ。それにしても凄い集中力ね、よくこんなガヤガヤした昼休みの中庭で、細かな作業ができるわね~。今日も大根役者がうろうろしてるし」


メアリーが私の作業を見つめながらつぶやく。


「うーん。この試作品が完成したら、メアリーにあげるね。是非つけて欲しいの」


「えー。くれるの?いいの?嬉しい」


「そんなに?ガラス玉よ」


「もちろん!アイナが、一生懸命作っているのを見ているし、嬉しいに決まってる。それに、アイナのアクセサリー作りのセンスは天下一品だもの、期待してるわ」


そうか…………。私が作ったものでも、喜んでくれるかな。


いつものお礼なら、お渡ししても変じゃないよね。


相変わらず、トリスタン様は、ヴィオラ様を連れて、私の周りをうろうろしているけど…………あまりに楽しい日々が続いていて、すっかりトリスタン様へのイライラなんて、忘れてしまっていた。



✿ ✿ ✿



学院も長期休暇に入り、私はマルク工房長の厳しい指導を受け、ガラス作りをしていた。


ガラス作りもなかなかに技術が必要で、このところ毎日工房に通っている。


「お嬢、てきぱきやらねえと、綺麗な緑が出ないぞ!」


「はい。師匠」


「そうそう、そこは丁寧に」


私は、緑色のガラスビーズを作っている。


「んー。色が濃くなっちゃった…………。」


もう一度!


…………もう一度!


………………………………。


「わー。マルクこれどう?合格?」


私は、綺麗な緑色に輝くビーズを、マルク工房長に差し出す。


工房長は、ビーズを光にかざす。


「おーいいな、透明度も高い」


「やったー。これで材料がそろったわ」


「おーお嬢。何を作るんだい?」


「ないしょー!」


私は急いで伯爵家に戻り、自室で作業を進める。



レノ殿下に、ブローチを送りたいのだ。


ブローチの中心は、ちょっと奮発して、大ぶりのグリーンサファイアを準備した。


ホワイトゴールドの台座に、サファイアを置いて、小さなゴールドのピンバッチとチェーンでつなぐ、さっき作ったライトグリーンのビーズを、ブローチを繋ぐチェーンに巻き付ける様に散りばめる。


「やったー。完成」


わあ。ビーズの緑、本当に上手にできた。


コンコン!


ドアがノックされ、侍女の声がドア越しに聞こえる。


「お嬢様、調査員からの報告書が届きました」


ん?調査員?


!! あー忘れてた!トリスタン様の!


「入っていいわよ」


「失礼します。ご依頼の報告書が、まとまったそうです。こちらに置きますね、お嬢様、紅茶を入れ替えましょうか?」


「ありがとう。お願いするわ」


侍女はサイドテーブルに書類の束を置き、紅茶をいれてくれる。


私は、分厚い報告書をめくる。


そこには、トリスタン様とヴィオラ様+αの不貞の証拠…………。


少し前なら、感情が動いたかもしれないけど…………なんとも思わないものね。


私は、侍女が入れてくれた紅茶を飲みながら、完成したばかりのブローチを手に取る。


そこには、レノ殿下の髪色と私の瞳の色…………。


私、すっかりレノ殿下に、心を奪われてるのね。


レノ殿下の隣に、新興伯爵令嬢の私は、似合わないけれど、きっと仕事のパートナーくらいにはなれる。


例えお嫁に行けなくなっても、あんなトリスタン様と暮らすよりましだわ。


私は決意を固め、お父様の執務室を訪ねた。


報告書を見せて、婚約破棄の意思を伝えると、お父様はあっさり私の気持ちを受け入れた。


そしてデスクの上に、私の調査報告書より厚みのある書類の束を取り出す。


「いや、こんな婚約を結んで悪かったな、少し前から私も調査はしていて、お前の決断を待っていた、婚約破棄の手続きは早急に進めよう」



むむ。お父様!わかっていたなら、もっと早く話を進めてくれても良かったわ…………少しもやもやするけれど、さっさと決着をつけてもらおう。


それよりレノ殿下には、どうやってブローチを渡そう。


休み明けまで待てないし、次の夜会でお会いすることはできるかしら。



✿ ✿ ✿



1週間後、お父様からトリスタン様との婚約が、彼の有責で破棄されたと知らされた。


そしてマーカス侯爵から、ダニエル様との婚姻の打診を受けたが、きっぱりお断りした。


あの兄弟とは、もう関りたくない。


そして3日後、私は清々しい気持ちで夜会に参加する。


もうトリスタン様に合わせた、青いドレスを着なくてもいいし、会場で置き去りにされることもない。


私が侍女と、夜会に着ていくドレスを相談しているところに、どや顔のお母様がやってきた。


「アイナ~。今日のドレスは、もうお母様が決めてあるのよ、こっちに来て」


あ母様に連れられ、ドレスルームに入ると、そこには目に鮮やかなマゼンダ色のドレス。


「わあ。お母様、素敵なドレスをありがとう、こんな鮮やかな色のドレスを着るの初めてだわ」


「綺麗な色でしょ♪さあさあみんな、アイナの支度をよろしくね」


それから私は、いつもより念入りにマッサージを受けて、綺麗に整えられた。


「お母様、ドレスもメイクも完璧だけど、髪はシンプル過ぎない?」


私の髪は、ハーフアップにされたままで、なんの髪飾りもついていない。


「いいのよ!そのままで、私達は夜会に少し遅れて行くから、アイナは一人で先にいっててね」


「一人は…………べつに良いけど。なんだか今日のお母様は変ね…………。」


ほどなくして玄関に、夜会に向かう馬車が到着する。


あれ?なんだか一人で乗るには大きな馬車ね、こんなに大きな馬車、家に会ったかしら?


執事が馬車のドアを開けると、大きな手が私に差し出された。


「…………レノ殿下」


「やあアイナ、今日は俺のパートナーになってくれるかな?」


「はい。喜んで」


私はレノ殿下の手を取って馬車に乗り込む。


馬車が走り出すと直ぐに、殿下は小さな包みを取り出した。


包みを解くと、繊細なガラス細工の髪飾り。


「俺が作ったんだ…………。」


「綺麗なマゼンダ色、この色を出すのは、難しかったんじゃないですか?」


「ああ。何度もマルク師匠に怒られたよ、でも。どうしても、この色をアイナに送りたくて」


顔を上げると、髪飾りと同じ色の瞳が揺れている。


「あの!私も、レノ殿下にプレゼントがあります」


私は、ポーチからブローチを取り出した。


「私もこの色を、レノ殿下に送りたくて…………このガラスビーズ、私が作りました」


私がブローチを差し出すと、真剣なレノ殿下の表情がほころんだ。


「アイナ!」


私はスッポリと殿下の腕に包まれる。


「婚約破棄したばかりの君に、伝えていいものか迷ったが、もう気持ちをとどめられない…………。」


殿下の腕が緩むと、近距離に綺麗なマゼンダ色の瞳。


「俺と結婚してください。アイナとずっと一緒に居たいんだ」


喜びに、私の顔もほころぶ。


「私も、レノ様とずっと一緒にいたいです」


レノ様は、そっと私の髪にプレゼントの髪飾りをつける。


私も、レノ様の胸元にブローチを付けた。


夜会の会場に着くと、既に沢山の人が思い思いに過ごしている。


「アイナ、一曲踊らないか?」


「はい」


私達は、ダンスの輪に加わる。


「アイナー」


突然大きな声で私の名前が叫ばれ、人々をかき分けて、トリスタン様が現れた。


突進してくるトリスタン様から、守る様にレノ様が一歩前に出る。


「アイナ、どうしてなんだ、僕はこんなに君を愛しているのに、婚約破棄なんて言わないでくれ」


「トリスタン様、あなたの有責で、婚約は既に破棄されました。婚約中、あなたが私以外の令嬢を連れ歩いていたことは、皆さん見て知っています」


ホールに居る、多くの令嬢が、大きく肯いた。


「僕は、アイナに気に入られたくて、いろいろ努力したじゃないか」


ん?努力?


「私は、嫌がらせと不貞しか、トリスタン様にされた覚えしかありません」


「嫌がらせ?僕は女性のことがよくわからなくて、ダニエルに相談して…………アイナの気を引きたくてしたことだ!」


トリスタン様がじりじりと近づいて来る。


「間違っていたなら謝る。もう一度僕と婚約して欲しい、そうでないと、父上に隣国の豪商のおばさんの所に売り飛ばされる」


なんだろこの人、話が通じない。


「嫌がらせも許せませんが、不貞をはたらいたことは事実です、人を裏切るような人と共に、人生を歩むつもりはありません」


「嫌だ嫌だ!僕はアイナと一緒に居る」


こ 怖い。


思わず、レノ様のジャケットを握ると、グイっと腰を引き寄せられた。


騒ぎを聞きつけた、マーカス侯爵が慌てて駆けてくる。


「ゼックス伯爵令嬢、愚息が本当に申し訳ない、直ぐに引き取りますからね」


マーカス侯爵は、トリスタン様を騎士に羽交い絞めにさせ、たちまちホールから姿を消した。



「まあ。マーカス侯爵も、ご子息の教育が出来ていませんでしたのね」

「マーカス侯爵は、ダニエル様が後を継ぐのかしら…………でも、お先ほどの話でわねぇ」


物見をしていた人々も、口々に好きなことを居ながら夜会へと戻って行く。


ドキドキする胸を押さえ、レノ様を見上げると、暖かな手が頬に置かれる。


「頑張ったね」


ほっと息を吐くと、私達の周りには、お父様とお母様、国王陛下と王妃様、それに大上王ご夫妻。


みんなニコニコしている。


「やあ。ハプニングが起きたが、求婚はうまくいったみたいだね」


「はい。兄上」


「それにしても、独占欲丸出しのドレスだな」


大上王様がにやりと笑う。


「父上!」


レノ様の頬が染まる。


「まあまあ。とにかく、うまくいって良かったわ、さあ二人とも踊ってらっしゃい」


王妃様に促され、赤い顔の私達は、今度こそダンスをするために、ダンスホールへと足を踏み出した。



~  終わり  ~





トリスタン様は、結局隣国に売りに出されました。

ダニエル様は兄の婚約者に一目ぼれして、自分の婚約者にしようと画策していました。

((^_^;

誤字脱字など、いつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ダニエル君が画策したのか。 兄はおバカだったし多分女の子に囲まれる愉悦もあったんだろうけど、騙されすぎよね。 あと、個人的に好きな所は、同じ師匠に師事して姉弟子・兄弟子関係になってる所が可愛い二人だ…
侯爵自身は常識人でも息子がバカと横恋慕じゃあなぁ。
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