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第9話:強制労働させていた冒険者たちが、なぜか「姉御!一生ついていきます!」と崇拝してきはじめました


 冒険者パーティー『黒鉄の牙』の4人を拾って(捕獲して)から、一週間が経過した。


 カルスト領の開拓は、飛躍的に進んでいた。


「はい、ワンツー! 腰を入れて!」


「「「「うおおおおおおッ!!」」」」


 灼熱の太陽の下、男たちの野太い声が響く。


 彼らは上半身裸になり、玉のような汗を流しながら、ツルハシを振るっていた。

 その体つきは、一週間前とは見違えるようだ。

 無駄な贅肉が落ち、筋肉の繊維が鋼のように浮き上がっている。


「いいペースですわ! その調子なら、今日中に西の区画まで更地にできますわね!」


 私が岩の上から声をかけると、リーダーの剣士が爽やかな(しかし目は死んでいる)笑顔で答えた。


「へいッ! 任せてくだせえ、コーチ!」


 彼らは完全に馴染んでいた。

 最初は「逃げたい」「殺される」と泣き言を漏らしていたが、ポチによる24時間監視体制と、逃亡者は星送り(デコピン)の刑という鉄の掟により、覚悟を決めたらしい。


 何より、食事が美味いのが効いているようだ。

 ルイスから支給される高級肉をふんだんに使った特製シチューは、彼らの胃袋を完全に掴んでいた。


(やっぱり、労働環境の改善は重要だわ。そういうとこは日本と変わんないな〜)


 私は満足げに頷いた。

 彼らはもう立派な開拓民だ。冒険者稼業なんて不安定な仕事より、こちらの方が性に合っているのではないだろうか。


 その時だった。


 ブォォォォォォ……。


 森の奥から、不気味な重低音が響いてきた。

 作業の手が止まる。


「な、なんだ?」


 盗賊の男が耳をそばだてる。


 ガサガサッ!!


 茂みをかき分けて現れたのは、巨大な猪だった。

 体長3メートルはあるだろうか。全身が岩のようにゴツゴツとした皮膚で覆われている。

 『ロック・ボア』。

 その突進は城壁をも砕くと言われる、Cランク上位の魔獣だ。


「ヒッ……! ロック・ボアだ!」


「逃げろ! あんなの勝てるわけねえ!」


 冒険者たちがパニックになる。

 彼らは武器を取り上げられているわけではないが(ツルハシを持っている)、恐怖心が先に立っているようだ。


 私は岩から腰を浮かせた。

 またデコピンで処理してもいいが、それでは彼らの成長にならない。


「皆さん、落ち着きなさい」


 私は凛とした声を響かせた。


「逃げる必要はありません。今のあなた方なら、あんな豚ごとき、敵ではありませんわ」


「えっ……?」


 剣士が私を振り返る。


「無理ですよ! 俺たち、あいつには前にも遭遇して、命からがら逃げたんですよ!?」


「それは一週間前の話でしょう?」


 私は彼らを指差した。


「毎日、朝から晩まで岩を運び、ポチと追いかけっこ(逃走訓練)をし、栄養満点の肉を食べたのです。自分の筋肉を信じなさい」


「き、筋肉を信じる……?」


「グルァァァッ!!」


 迷っている暇はなかった。

 ロック・ボアが地面を蹴り、猛烈なスピードで突進してきたのだ。

 狙いは、一番手前にいた剣士。


「くそっ、やるしかねえ!」


 剣士は覚悟を決め、持っていたツルハシを構えた。

 恐怖で足がすくむかと思われた。

 だが。


(……あれ?)


 剣士の目に、ボアの動きが妙にゆっくりと映っていた。

 いや、ボアが遅いのではない。

 彼の動体視力が、極限のストレス環境下で研ぎ澄まされていたのだ。


 ドスドスドスッ!


 迫り来る岩の塊。

 剣士は無意識にステップを踏んだ。

 ポチに追いかけ回された時と同じ、回避行動だ。


 ヒュンッ。


 ボアの牙が、鼻先数センチを通過する。

 紙一重での回避。

 以前の彼なら、間違いなく串刺しになっていたタイミングだ。


「よ、避けれた……!?」


 剣士自身が一番驚いていた。

 だが、体は思考より早く動く。

 毎日の岩砕きで培われた背筋が唸りを上げ、腕の筋肉が収縮する。


「うおらぁぁぁッ!!」


 彼は渾身の力で、ツルハシをボアの脳天に振り下ろした。


 ガゴォォォン!!


 鈍い音が響いた。

 鋼鉄よりも硬いと言われるロック・ボアの頭蓋骨に、ツルハシが深々とめり込む。


「ブギィィッ!?」


 ボアが悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。

 痙攣し、やがて動かなくなる。

 即死だった。


「……は?」


 その場にいた全員が固まった。

 剣士は自分の手と、倒れたボアを交互に見つめている。


「俺が……倒した? Cランク魔獣を、一撃で?」


 ツルハシ一本で。

 しかも、剣を使っていた頃よりも遥かに軽い手応えで。


「すげえ……! リーダー、すげえよ!」


「なんだよ今の動き! 達人みたいだったぞ!」


 仲間たちが駆け寄ってくる。

 剣士は震える手を握りしめ、そしてゆっくりと私の方を向いた。

 その目には、涙が浮かんでいた。


「……コーチ」


 彼は膝をつき、地面に頭を擦り付けた。


「俺たちは、何も分かっていませんでした……! あんな過酷な労働も、ポチとの鬼ごっこも、すべては俺たちを強くするための修行だったんですね!」


「へ?」


「ありがとうございます! 俺、こんな力が自分に眠っていたなんて……!」


「あ、姉御オォォッ!!」


 他の3人も感極まって土下座した。


「俺たち、心を入れ替えました! 金なんてどうでもいい! 本当の強さがここにある!」


「一生ついていきます! どうか、もっと俺たちを鍛えてください!」


 熱い視線が私に集中する。

 なんだか宗教じみた雰囲気になってきた。


(……まあ、やる気があるならいいか)


 私は彼らの誤解(?)を訂正せず、優雅に微笑んで頷いた。


「よく気付きましたね。そうです、すべてはあなた方のためを思ってのことでしたのよ」


「「「「姉御ーーッ!!」」」」


 男たちの号泣が荒野に響き渡った。

 こうして、彼らは「やらされる労働」から「自ら望む修行」へと意識改革(洗脳)を完了した。

 作業効率が三倍になったのは言うまでもない。


 ◇


 その日の夕方。

 ルイスが食料の差し入れを持ってやってきた。


 彼は目を疑った。


 そこには、以前よりも遥かに整地された土地が広がっていた。

 そして、その中心で奇妙な光景が繰り広げられていた。


「スクワット100回、残り10回ッ!」


「「「「イエス、マスター!!」」」」


 岩を背負った男たちが、恍惚とした表情でスクワットをしている。

 その中心には、腕組みをして頷くアレクサンドラ。


 まるでカルト教団の修行風景だ。


「……おい、アレクサンドラ」


 ルイスはこめかみを押さえながら声をかけた。


「これは何の儀式だ? 彼らは冒険者だろう? なぜ信者のような目をしている」


「あら、ルイス様」


 彼女は悪びれもせずに言った。


「彼ら、開拓の楽しさに目覚めたようですの。ほら、見てください。あんなに楽しそうに」


「どこがだ。死相が出ているぞ」


 ルイスは呆れ果てた。

 だが、彼の手帳には新たな項目が追加された。


 『観測対象A:独自のカリスマ性(物理的洗脳)により、短期間で私兵団を組織する能力あり』


「……このまま放置しておくと、国一つ作りかねんな」


 ルイスの懸念は、あながち間違いではなかった。

 この「筋肉道場」の噂はやがて風に乗って広がり、さらなる「迷える子羊(命知らず)」たちを呼び寄せることになるのだから。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

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