第8話:噂を聞きつけた冒険者がやってきたので、入会費(物理)を徴収しました
ルイスが作ってくれた(というか、私がマグマを噴出させた結果できた)温泉のおかげで、ここでの生活は驚くほど快適になった。
朝起きてポチとラジオ体操(という名の巨木運び)をし、汗をかいたら温泉に入る。
最高のスローライフだ。
ただ、一つだけ問題があるとすれば、人手不足である。
「ポチ。そっちの岩もお願いしますわ」
「グルゥ!(はいご主人!)」
屋敷の前の荒れ地で、私はポチに指示を出していた。
畑を作るための開墾作業だ。
ポチは巨大な爪を鍬のように使い、固い地面を掘り返していく。
「お嬢様、休憩にしませんか? 冷たいお水を持ってきましたよ」
トムが桶を持って走ってくる。
彼もすっかり逞しくなった。以前はひょろひょろだった腕に、うっすらと筋肉の筋が見える。
私のスパルタ教育の賜物だ。やはり筋肉は正義。力こそパワーなのだ。
「ありがとう、トム。……それにしても、広いわね」
私は水を飲み干し、広大な荒野を見渡した。
カルスト領は広い。広すぎる。
私とトムと一匹の熊だけで開拓するには、100年あっても足りないだろう。
「もっとこう、活きのいい若者が来てくれないかしら」
「無理ですよお嬢様。ここは魔境です。好き好んで来る物好きなんて……」
トムが言いかけた時だった。
ザッ、ザッ、ザッ。
領地の入り口の方角から、複数の足音が聞こえてきた。
ポチが作業を止め、鼻をクンクンと動かす。
「おや?」
私は目を凝らした。
こちらに向かってくるのは、武装した4人組の男たちだ。
革鎧を着た剣士、ローブを纏った魔術師、軽装の盗賊風の男、そして神官服の男。
典型的な冒険者パーティーだ。
(噂をすればなんとやら、ね)
私は手についた土を払い、笑顔で彼らを出迎えることにした。
◇
「おい、ここか? 噂の場所ってのは」
先頭を歩く剣士風の男が、周囲をキョロキョロと見回しながら言った。
「ああ、間違いないぜ。バーデン家の令嬢が、魔獣を手懐けて隠れ住んでるって話だ」
盗賊風の男がニヤニヤと笑う。
「へっ、貴族のお嬢様なんてチョロいもんだ。魔獣だってどうせ、小型の使い魔程度だろうよ」
「お宝、たんまり持ってるといいな」
どうやら、あまり友好的な訪問者ではないようだ。
彼らの会話は風に乗って丸聞こえである。
私の聴力は、サバンナで狩りをする野生動物並みに鋭敏なのだ。
(なるほど。強盗ごっこをしに来たわけね。アホくさ)
私はため息をつきそうになったが、すぐに思い直した。
待てよ?
彼らは「冒険者」だ。
つまり、肉体を酷使することに慣れていて、金のためなら危険な仕事も請け負うプロフェッショナルである。
これこそ、私が求めていた「人材」ではないか。
「そこの方々!」
私は笑顔で手を振りながら、彼らに近づいていった。
「ようこそ、カルスト領へ!」
男たちが足を止める。
私を見て、一瞬呆気にとられたような顔をした後、すぐに下卑た笑みを浮かべた。
「おっ、出たな。お前が噂の令嬢か?」
「ええ、アレクサンドラと申します。お待ちしておりましたわ」
「へえ、話が早くて助かるぜ。俺たちは『黒鉄の牙』。泣く子も黙るCランクパーティーだ」
剣士の男が剣の柄に手をかけ、威圧するように一歩前に出た。
「単刀直入に言うぜ。命が惜しかったら、持ってる金目の物を全部出しな。あと、魔導具とか隠してねえだろうな?」
うんうん、元気があってよろしい。
Cランクといえば、一般人からすれば超人レベルだ。基礎体力は十分だろう。
「分かりましたわ。……つまり、こういうことですね?」
私はニッコリと微笑んだ。
「あなた方は、己の肉体一つで富と名声を得ようとする、野心あふれる若者たち。そして今は、手っ取り早く稼げる場所を探している」
「あ? まあ、そうとも言えるが……」
「素晴らしい! 合格です!」
私はパンと手を叩いた。
「当領地は、まさにあなた方のような人材を求めておりましたの! 衣食住完備、完全歩合制、さらに私の特別指導付きです!」
「は? 何言ってんだこいつ」
男たちが顔を見合わせている。
理解が追いついていないようだ。説明不足だったかもしれない。
「要するに、『入会希望』ということでよろしいですよね?」
「入会? ふざけんじゃねえ!」
魔術師の男が杖を構えた。
「俺たちは盗みに来たんだよ! さっさと金を出せ! 痛い目にあいたくなければな!」
ああ、なるほど。
まずは実力を見せろということか。
確かに、指導者が弱くては誰もついてこない。
彼らは荒っぽいやり方で、私の「インストラクターとしての資質」を試そうとしているのだ。
感心、感心。
最近の若者は向上心があっていい。
「いいでしょう。では、入会テストを行います」
私は近くにあった邪魔な岩(漬物石くらいのサイズ)を拾い上げ、遥か彼方へ放り投げた。
「さ、かかってらっしゃい。私に一撃でも入れられたら、金貨でも何でも差し上げますわ」
「ナメやがって! 囲め!」
剣士の号令で、4人が散開した。
なかなかの連携だ。
盗賊が背後に回り込み、短剣を突き出す。
同時に魔術師が火の玉を放ち、剣士が正面から切りかかってくる。
普通なら絶体絶命の包囲網。
だが、私にはスローモーションに見える。
(まずは後ろ!)
私は振り返りざまに、盗賊の短剣を指で摘んだ。
「え?」
盗賊が固まる。
私はそのまま短剣ごと彼を持ち上げ、飛んできたファイアボールに向かって放り投げた。
「うわぁぁぁッ!?」
ドォォォン!!
盗賊と火の玉が空中で衝突し、小爆発が起きる。一石二鳥だ。
「なっ……!?」
剣士が驚愕しながらも、私の首筋に剣を振り下ろす。
遅い。
剣の軌道に沿って体を沈め、ガラ空きになった彼の腹部に、掌底を優しく添える。
「腹筋に力が、入っていませんわよ」
ドンッ。
軽く押したつもりだったが、剣士は「ごふっ」と空気を吐き出し、10メートルほど後ろへ吹き飛んで気絶した。
「ヒィッ!?」
残った神官が腰を抜かす。
私は彼に歩み寄り、優しく手を差し伸べた。
「まだやりますか? それとも、入会しますか?」
「にゅ、入会しますぅぅぅ!!」
神官が土下座した。
それを見て、吹き飛ばされた3人もヨロヨロと起き上がり、全員揃ってその場に正座した。
「よろしい。素直なのは美徳ですわ」
私は満足げに頷いた。
「では、第一回トレーニングを始めます。……ポチ、お客様よ」
「グルゥゥゥゥ……」
私の合図で、屋敷の裏からポチがのっそりと現れた。
血塗られたように赤い爪と、凶悪な牙を見せつけながら。
「ヒィィィィッ!! ブ、ブラッディ・グリズリー!?」
「なんでこんなところに!?」
冒険者たちが悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、ポチが瞬時に回り込み、退路を断つ。
ポチの「お座り」の命令により、彼らは再び地面に縫い付けられた。
「ご紹介しますわ。特別コーチのポチです。彼がサボらないように監視してくれますから、安心して作業に没頭してくださいね」
私はニッコリと笑い、冒険者たちにスコップとツルハシを配った。
「まずは基礎体力の向上から。あそこの岩山を更地にするまで、休憩はありませんわよ」
「そ、そんな……」
「助けてくれぇぇぇ!」
彼らの悲痛な叫び声が、青空に吸い込まれていく。
こうして、カルスト領に待望の「労働力」が加わった。
彼らが立派な筋肉(と開拓精神)を身につけるまで、私が責任を持って指導してあげよう。
◇
数時間後。
様子を見に来たルイスは、信じられない光景を目撃することになる。
「……なんだ、あれは」
そこには、巨大な熊に睨まれながら、必死の形相で岩を運び、畑を耕す冒険者たちの姿があった。
全員、涙目になりながらも、その動きには無駄がない。極限状態の集中力が、彼らの潜在能力を引き出しているようだ。
そして、その中心で「ワンツー! ワンツー! もっと腰を入れて!」と檄を飛ばすアレクサンドラの姿。
「……奴隷労働、いや、ブートキャンプか?」
ルイスは頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。
「彼女に関わると、常識が音を立てて崩れていくな」
そう呟きながらも、彼の手帳には新たな観察記録が書き込まれていく。
『観測対象A:人心掌握術(物理)も習得済みの可能性あり』
カルスト領の人口が、4人増えた瞬間だった。




