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第66話:建国したら人口が8万人に増えていたので、妹分に国を押し付けて旅に出ることにしました


 王都での決戦から、2ヶ月が経過した。


 私が治めるカルスト・ジークフリート連合領は、今や大陸でも有数の巨大都市へと変貌を遂げていた。


「……増えましたわね」


 私は、新しく建設された『中央庁舎(元屋敷)』のバルコニーから、眼下に広がる街並みを見下ろした。


 かつては岩だらけの荒野だった場所に、白い石造りの家々が整然と立ち並んでいる。


 大通りはきれいに舗装され、街路樹が植えられ、その間を無数の人々が行き交っている。


 どこを見ても、筋肉、筋肉、筋肉。


 荷物を運ぶ商人、パトロールする衛兵、遊んでいる子供たちに至るまで、全員が良い体つきをしている。


「現在の人口は8万4300人ですわ、お姉様」


 隣に立つセレスティアが、分厚いファイルをめくりながら報告してくれる。


「王都からの移住者に加え、『拳聖』と『筋肉の聖女』の噂を聞きつけた巡礼者たちが、世界中から押し寄せています。宿屋は半年先まで満室、不動産価格は王都の一等地並みに高騰しております」


「8万人……。当初の1000倍近いですわね」


 私は苦笑した。


 最初は私とトムとポチだけのキャンプ生活だったのに、いつの間にか中規模国家レベルの人口を抱えてしまった。


「経済面も絶好調です」


 セレスティアは眼鏡(伊達)をクイッと上げた。


「まず、エルフの森との交易ルート。『美容と健康』をテーマにしたプロテインや化粧品(魔獣エキス入り)の輸出が爆発的にヒットしています。あちらからは高品質な薬草や果物が届き、食料自給率の向上に貢献しています」


 エルミナ女王は、今や私の熱心なファン(信者)だ。

 定期的に「腹筋が割れました!」という自撮り(魔法映像)が送られてくるのが少し困るけれど。


「次に、ドワーフ王国との鍛冶事業。元ロックウェル鉱山から産出されるオリハルコンや鉄鉱石を加工し、最高級の武器やトレーニング器具を世界中に輸出しています。『聖マッスル印』のダンベルは、冒険者の必需品になりつつありますわ」


 バルク王も元気そうで何よりだ。

 先日、「像を作ったぞ!」と純金製の私のマッチョバージョンが送られてきた時は、即座に溶かして金塊にしたけれど。


「そして何より、バルガ王国との同盟です」


 セレスティアは窓の外、演習場の方角を指差した。

 そこでは、バルガ国軍3万名が、今日も元気にスクワットをしている。


「彼ら駐留軍が労働力と消費者の両面で経済を回しています。さらに、彼らの存在そのものが強力な抑止力となり、周辺諸国も手出しができません。国防費ゼロで最強の軍隊を維持しているようなものですわ」


 ガンドルとゼノンも、まだ帰っていない。

 むしろ「ここが余の第二の故郷だ!」と言って、住民票を移しそうな勢いだ。


「加えて、ダンジョン観光事業。入場料収入だけで国家予算が組めるレベルです。ソフィの管理システムも安定稼働しており、魔物の供給は途切れません」


「完璧ですわね、セレス」


 私は感心してため息をついた。

 彼女の手腕は恐ろしいほどだ。


 ただの筋肉バカの集まりを、ここまで洗練された経済大国に仕上げるとは。


「ええ。これだけの条件が揃えば、もはや躊躇う理由はありません」


 セレスティアはファイルを閉じ、真剣な眼差しで私を見た。


「独立宣言の準備は整いました。国名は、お姉様のご希望通り『聖筋肉(セント・マッスル)独立国』で申請済みです」


「……その名前、本当に通ったの?」


「ええ。ジェラルド様が徹夜で各国の承認印を集めてきてくれましたから」


 ジェラルドも有能すぎる。

 王太子のコネと脚力(物理)をフル活用したらしい。


「さて、お姉様。最後の仕上げですわ」


 セレスティアは、恭しく一つの箱を差し出した。

 中に入っていたのは、オリハルコンと魔石で作られた、絢爛豪華な王冠だった。


「これを被り、建国宣言をなさってください。初代女王、アレクサンドラ1世として」


 彼女の目は期待に輝いている。

 自分が作り上げた最強の国の頂点に、最愛の姉(崇拝対象)が座る。

 彼女にとっては、それが最高のハッピーエンドなのだろう。


 だが。


「……セレス。話があるの」


 私は王冠を受け取らず、静かに言った。


「私、旅に出ます」


「……はい?」


 セレスティアの動きが止まった。


「旅、ですか? 視察か何かで? でしたら私も同行を……」


「いいえ。片道切符の旅よ。……この国を出て、世界を見て回りたいの」


 私はバルコニーの手すり(オリハルコン製)に手を置いた。


「ここは素晴らしい場所になりました。私の理想郷です。でも、完成してしまった」


 マンネリだ。

 毎日が平和で、豊かで、満たされている。

 それは幸せなことだけれど、私の筋肉(ほんのう)が求めているのは、もっとヒリヒリするような刺激なのだ。

 未知の強敵、見たことのない食材、そして新しい開拓地。


「だから、王様にはなれません。私は一箇所に留まれる性分ではないの」


「そ、そんな……!」


 セレスティアが青ざめる。


「お姉様がいなくては、この国は成り立ちません! 貴女は象徴であり、最強の抑止力なのです! 貴女がいなくなったら、誰がこの筋肉だらけの国をまとめるのですか!」


「あなたよ、セレス」


 私は彼女の肩に手を置いた。


「えっ?」


「あなたが女王になりなさい。実務を取り仕切り、外交を行い、この国を繁栄させてきたのは、紛れもなくあなたです」


「む、無理です! 私はただの補佐役で……! それに、私はお姉様と一緒にいたくて……!」


 セレスティアが涙目で首を振る。

 彼女もまた、私と一緒に旅立つことを夢見てたのかもしれない。

 可愛い妹分だ。連れて行ってあげたい気持ちはある。


 でも、彼女の才能(経営手腕)を、私の放浪に付き合わせて浪費させるわけにはいかない。

 彼女には、この8万人の民を導く責任と能力があるのだから。


「セレス。これは『命令』ではありません。私からの『お願い』です」


 私は彼女の目を見つめた。


「この国を、私の帰る場所(ホーム)にしておいてくれませんか? 私が世界中を旅して、疲れた時に戻ってこられる場所。……それを守れるのは、あなたしかいないの」


「お姉様……」


「それに、あなたが女王になれば、私の旅の資金も、物資も、国家予算でサポートし放題でしょう?」


 私はニヤリと笑った。


「……っ! そ、それは確かに……」


 セレスティアの表情が揺らいだ。

 合理的な彼女の脳内で、計算が始まったようだ。


 お姉様と一緒に野宿をして苦労する未来 vs 女王として権力を握り、お姉様を全面的にバックアップする未来。


 どちらが私の役に立つか。

 答えは明白だ。


「……でも、やっぱり嫌です! 寂しいですわ!」


 セレスティアが駄々をこねる。

 言葉でダメなら、これしかない。


「セレス。……『筋肉説得』です」


「えっ?」


 私は彼女を優しく、しかし強引に抱きしめた(ハグした)。

 手加減はしているが、今の私のハグは、オリハルコンの拘束具並みに解けない。


 ムギュゥゥゥ……。


「わ、わかった! 分かりましたわ! やります! やらせていただきます!」


 セレスティアがタップした。

 物理的な圧力と、暑苦しい愛に屈したのだ。


「約束ですよ、お姉様! 必ず、定期的に帰ってきてくださいね! あと、旅先での出費の領収書は全部送ってください!」


「ええ、約束します」


 私は彼女を解放した。

 セレスティアは肩で息をしながら、乱れた髪を直す。

 その瞳には、もう迷いはなかった。

 一国の主となる、覚悟の光が宿っている。


「では、戴冠式の準備を変更します。……『初代女王セレスティア1世』の誕生と、『名誉永久顧問アレクサンドラ』の就任パレードに!」


 彼女はすぐに執事のセバスを呼び、指示を飛ばし始めた。

 切り替えの早さはさすがだ。


 ◇


 数時間後。

 中央広場には、8万人の領民が集まっていた。


 壇上には、王冠を戴いたセレスティア。

 その隣には、私。


「民よ! 聞くがいい!」


 セレスティアの声が響き渡る。


「本日をもって、我々は『聖筋肉(セント・マッスル)独立国』として独立する! 初代女王は私、セレスティア・ヴァン・ジークフリートである!」


 わぁぁぁっと歓声が上がる。

 彼女の人気も、領民の間では絶大だ。


「そして! 我らが導き手、拳聖アレクサンドラ様は、さらなる強さを求めて世界巡礼の旅に出られる! 皆のもの、盛大に送り出そうではないか!」


「「「「イエス、マスター!!」」」」


 地鳴りのような声援。

 泣いている者もいる。

 ガイルたち親衛隊は、涙を流しながらサイドチェストを決めている。


「ありがとう、みんな!」


 私は手を振った。

 目の前に広がる光景。

 笑顔、歓声、そして筋肉。


 ここが、私の作った国。

 何もない荒野から始まり、多くの仲間と出会い、作り上げた理想郷。


(……私にしちゃ、上出来じゃん?)


 私は胸がいっぱいになった。

 乙女ゲームのシナリオに怯えていた頃には想像もできなかった、最高のエンディングだ。


 でも。

 これで終わりじゃない。


「ふふっ」


 私は小さく笑った。

 国はできた。基盤は整った。

 マンネリを打破する準備は万端だ。


 さて、次はどこへ行こうか。

 まだ見ぬ強敵、未知の食材、そして新しい筋肉を求めて。


 私は広場の熱狂に包まれながら、空を見上げた。

 抜けるような青空の向こうに、新しい冒険の予感が輝いている気がした。


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