表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/70

第65話:魔神を『ジムの正社員』に勧誘しました。福利厚生はバッチリです。お仕事はサンドバッグです


 天井の抜けた玉座の間。


 瓦礫の山に腰を下ろし、私は目の前の「黒いスライム」を見下ろしていた。


 かつて虚無の王と名乗り、世界を絶望に陥れようとした魔神の本体だ。


 私のデコピンで力の9割9分を失い、今は手のひらサイズの黒い塊になって震えている。


「ギギ……コロセ……。ニク……ニクイ……」


 魔神は弱々しく呪詛を吐いている。

 踏み潰せば終わる。

 だが、それはあまりにも勿体ない。


「ねえ、魔神さん」


 私はしゃがみ込み、目線を合わせた。


「貴方、私の拳を『スカす』ことができましたわよね? あれ、どういう原理なんですの?」


「……ハ? ソレハ……我ガ実体ヲ霧ニ変エ、物理干渉ヲ無効化スル……」


「つまり、どれだけ殴られても痛みはないし、傷もつかないわけですね?」


「然リ。我ハ虚無ナレバ、物理的苦痛ナド存在シナイ……」


「なるほど。それは素晴らしい才能ですわ!」


 私はニヤリと笑った。


「貴方、私のジムで働きませんか?」


「……ハ?」


 魔神の動きが止まった。

 後ろで見ていたジェラルドたちも、ポカンとしている。


「採用条件を言いますわ。貴方の仕事は、ジムの会員たちの『壁』になること」


 そう。

 彼の能力は、トレーニーにとって夢の装置になる。


「普段は実体化して、私たちのパンチやキックを受け止めてください。貴方は物理無効のスキルを持っているのですから、殴られても痛くも痒くもありませんわよね?」


「……ム、マア、衝撃ヲ流セバ痛くハナイガ……」


「ええ。つまり、貴方は傷つかず、私たちは全力で打ち込める。どれだけ殴っても壊れることのない『無限サンドバッグ』になれるのです!」


 最近、親衛隊のパワーが上がりすぎて、ミスリル製のサンドバッグですら一日でボコボコに凹んでしまうのが悩みだったのだ。


 彼なら、いくら凹んでも即座に再生するし、そもそもダメージが入らない。


 双方にとってストレスフリーな関係だ。


「さらに、貴方の『空間への圧力』を利用して、トレーニングルームの重力を倍増させていただきたいのです。負荷(ウェイト)は重ければ重いほどいいですからね」


「フ、フザケルナ! 我ハ魔神ゾ! 人間ノ遊ビ道具ナド……」


「もちろん、タダでとは言いません」


 私は窓の外、北の方角を指差した。


「報酬は、この世界の『最上級の魔力』です」


 ピクッ。

 魔神が反応した。


「ここからは少し遠いですが、私の領地には、S級ダンジョンから湧き出る高濃度の魔素が充満しています。貴方にとって、これ以上の回復スポットはないはずです」


 私が毎日魔力をあげるわけにはいかない。

 私はもうすぐ、筋肉帝国を旅立つのだから。

 けれど、私が作った「環境」そのものが、彼にとって最高の餌場になる。


「そこに身を置くだけで、貴方は枯渇した力を癒やし、満たすことができるはずです。どうです? ここで消滅するか、安住の地でぬくぬくと魔力を吸いながら、たまに『無痛のマッサージ』を受けるか」


 魔神はプルプルと震え、私の指す北の方角から微かに漂う濃厚な魔力の気配と、自分の惨めな姿を見比べた。

 そして。


「……悪クナイ」


 折れた。

 プライドよりも生存本能と待遇の良さが勝ったようだ。


「採用です! 今日から貴方の名前は『クロ』よ。よろしくね!」


 私は魔神改めクロを掴み上げ、その辺に落ちていた空の瓶に入れた。


 これで、神殿(ジム)に新たな設備「無痛・無限耐久サンドバッグ」が加わったわけだ。


 ◇


「……はぁ」


 一部始終を見ていたルイスが、深いため息をついた。


「魔神まで手懐けるとはな。君の『たらし』スキルは、種族の垣根すら超えるのか」


「人聞きが悪いですわ。これは適材適所というものです」


 私は立ち上がり、仲間たちの方を振り返った。

 皆、ボロボロになりながらも、晴れやかな顔をしている。


「ポチ! よく頑張ったわね!」


 私は真っ先にポチに駆け寄った。

 背中の白い翼が神々しく輝いている。


「グルァッ!(魅せプのタイミングうかがってました!)」


 ポチが得意げに胸を張る。


 彼が覚醒して道を開いてくれなければ、私は今頃、あそこの2つの干ししいたけ(父と王)のように干からびていたかもしれない。


 私はポチの剛毛に顔を埋め、思い切りモフモフした。


「ありがとう。最高の相棒(ペット)よ」


 次に、ジェラルドが剣を収めて近づいてきた。

 彼の鎧も砕け、体中から血が滲んでいるが、その瞳は澄み切っている。


「さすが、マスター・アレクサンドラ。見事でした」


 彼は清々しい笑顔で言った。


「魔神をも恐れぬその拳、そして慈悲の心。……もはや、この地上に貴女に勝てる人間は存在しないでしょう」


「貴方もよ、ジェラルド。あの結界を斬り裂いた一撃、痺れましたわ」


「! ……光栄です」


 ジェラルドが頬を赤らめる。

 その隣では、ゼノンが腕を組んで私を見ていた。


「ふっ。私の愛の力も、少しは役に立ったようですね。アレクサンドラ嬢、この傷の手当ては、貴女の膝枕で……」


「後でトムに頼んでおきますね」


「つれない! だがそこがいい!」


 ゼノンは相変わらずだ。

 いつの間にか駆けつけてきていたガンドルも「ガハハ! いい運動になったわ!」と笑っている。


 そして。


 少し離れた場所で、壁にもたれかかってこちらを見ている男がいた。


 ルイスだ。


 彼は消耗が激しいのか、顔色が悪い。


 それでも、口元にはいつもの皮肉めいた笑みを浮かべている。


 私は彼の方へ歩み寄った。


「ルイス様」


 私が呼びかけると、彼はふいと視線を逸らそうとした。

 素直じゃない。


「……なんだ。礼ならいらんぞ」


「いいえ。言わせてください」


 私は彼に手を差し伸べた。


「おかげで魔神を倒せました。貴方が物理法則を書き換えてくれなければ、私のデコピン(星送り)は届きませんでした」


 私の手錠が外れたのも、覚醒したのも、元を正せば彼がずっと私の体を分析し、見守っていてくれたからだ。


 彼がいなければ、私はただの「力の制御ができない暴走列車」で終わっていただろう。


「……全く」


 ルイスは私の手を見つめ、やれやれと首を振った。

 そして、私の手を強く握り返して立ち上がった。


「君は、どれだけ見ていても飽きない(ひと)だ」


 その声は、いつになく優しかった。

 研究者としての興味だけではない、温かい体温が伝わってくる。


「突っ走るのは得意ですの」


 私がニカっと笑うと、ルイスもつられて微笑んだ。


「そうだな。……君の行く道なら、地獄の底だろうとついて行ってやるさ。データの収集が必要だからな」


 頬を赤く染めて、照れ隠しの言い訳が可愛い。

 最高のパートナーだ。


 ◇


「あ、あのぅ……」


 感動的な空気に浸っていると、壁際から弱々しい声が聞こえた。


 忘れていた。


 壁に張り付けられたままの、お父様と国王陛下(干ししいたけ)だ。


「き、筋肉を……返して……」


 そうだった。

 これはまずい。急いで補給しなければ。


「ポチ! 出番よ! もう一回、あのキラキラした粉を出して!」


「グルゥ……(もう出ません。さっきので全振りしました)」


「えっ? 出ないの?」


 ポチが首を振る。


 どうやら、あの覚醒は一時的なものだったらしい。

 となれば、物理的に注入するしかない。


「トム! トムはいるかしら!?」


私が手をパンパンと叩くと、轟音とともに壁を突き破ってトムが目の前に現れる。


「ここにっ!」



 トムがプロテインを二人の口に流し込む。

 さらに私が、両手で二人の背中をさすり、微量の魔力(オーラ)を送り込む。


「戻れッ! 筋肉よッ!」


 ボウッ!


 私の気合に呼応して、二人の体が発光した。

 萎びた皮膚が張りを取り戻し、骨と皮だけだった体に、みるみるうちに肉がついていく。


 バキバキバキッ!


 服が裂ける音。


 数秒後。


 そこには、以前よりもさらに一回り大きくなった、超・筋肉質の父と国王が立っていた。


 一度枯渇したことで、体が「もっと栄養を溜め込まねば」と反応し、超回復を起こしたのだ。


「……ふんぬッ!!」


 国王陛下がポージングを決める。

 王冠が弾け飛びそうだ。


「おおお! 蘇った! いや、進化したぞ! 三角筋のキレが段違いだ!」


 お父様も自分の腕を見て感涙している。

 よかった。無事に復活したようだ。


 副作用でマッチョ化が進んでしまったが、本人たちが喜んでいるなら問題ないだろう。


「アレクサンドラ……!」


 お父様が私を抱きしめた(骨が折れそうな勢いで)。


「よくやった! お前はバーデン家の誇りだ! まさか魔神を倒すとはな!」


「陛下! ご無事ですか!」


 ジェラルドも駆け寄り、親子で抱き合っている。

 暑苦しいが、感動的な光景だ。


「うむ。……アレクサンドラ嬢よ」


 国王陛下が私に向き直った。

 その威厳ある(マッチョな)顔に、深い感謝の色が浮かんでいる。


「礼を言わせてくれ。そなたは我が国を二度も救った。一度目は我が命を。そして今回は、国そのものと、我らの誇りである『筋肉』を救ってくれた」


 陛下は王笏おうしゃくをダンベルのように持ち上げ、宣言した。


「この功績、言葉では言い尽くせぬ。……褒美を取らす。何でも言うがよい。金か? 地位か? それとも、やはりジェラルドとの……」


「いいえ」


 私は首を振った。

 欲しいものは、もう決まっている。

 このために、ここまで来たのだから。


 私は一歩前に出た。


 背後には、ルイス、ジェラルド、ゼノン、ガンドル、セレスティア、トム、セバス、ガイルたち、そしてポチ。


 大切な仲間たちが、私を見守っている。


 私は大きく息を吸い込み、満面の笑みで告げた。


「お願いがございますの!」


 私の言葉が、王城に響き渡った。


 それは、この国の歴史を変える、とんでもないおねだりだった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!


いよいよ、明日1/17(あと5話)で完結となります!


終始ふざけた話でしたが、あともう少し、アレクサンドラの物語にお付き合いいただければと思います。


明日の更新に関しましては、朝頃1話投稿。


お昼頃に最終話までの残り4話をまとめて投稿いたします。

ブクマしてくださっている方は、少し通知がうるさくなると思いますがアレクサンドラが暴れまわっていると思ってお許しください。


では、

第66話:建国したら人口が8万人に増えていたので、妹分に国を押し付けて旅に出ることにしました

でお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ