第62話:王城の罠が陰湿すぎますが、頼れる仲間たちが全部掃除してくれました
かつてはきらびやか王城の中も、今はドス黒い瘴気が淀み、カビ臭い空気が充満している。
「……趣味が悪いですわね」
私は鼻をつまんだ。
美しい装飾品は黒く変色し、壁には気味の悪い蔦が這っている。
生理的に受け付けない。私の神殿のような、清々しい汗と石鹸の香りとは正反対だ。
角を曲がったところで、武装した兵士たちが雪崩れ込んできた。
王城を守る近衛兵たちだ。
だが、彼らの様子がおかしい。
目は虚ろで、口からは涎を垂らし、体中の筋肉が削げ落ちてガリガリになっている。
「殺せ……殺せ……」
うわ言のように呟きながら、ふらふらと剣を振るってくる。
まるでゾンビ映画だ。
「マスター・アレクサンドラ、手を出さないでください!」
私が拳を握ろうとした瞬間、ジェラルドが前に飛び出した。
「彼らは操られているだけです。……私の、大切な臣下たちなのです!」
ジェラルドは剣を抜きもしない。
鞘に収めたまま、突っ込んでくる兵士の懐に潜り込む。
トンッ。
みぞおちに、軽く柄を当てる。
それだけで、兵士は糸が切れたように崩れ落ちた。
「ふんッ! はっ!」
ジェラルドは舞うように動き、次々と兵士たちを無力化していく。
速い。
以前の彼なら、悲鳴をあげて逃げていただろう。
でも今の彼は、傷つけることなく、けれど確実に相手の意識を断つ「手加減」ができるほどに強くなっている。
「眠っていてくれ。……すべてが終わったら、また一緒に鍛えよう」
倒れた兵士を優しく床に寝かせるジェラルド。
その背中が、以前より何倍も大きく見えた。
(育ってる育ってる)
私は少し感動した。
王太子としての誇りと、筋肉教団で培った優しさ。
彼はもう、誰かに守られるだけの存在じゃない。
「グルァッ(なんかいますご主人)!!」
突然、ポチが吠えた。
天井を見上げ、鋭い爪を一閃させる。
バヂヂヂッ!!
天井に張り付いていた「何か」が、ポチの爪に切り裂かれて落ちてきた。
巨大な影の蜘蛛だ。
透明化して待ち伏せしていたらしい。
「ありがとう、ポチ。気づかなかったわ」
「グルゥ(はいご主人!)」
ポチが得意げに鼻を鳴らす。
頼もしい番犬だ。
私たちはさらに奥へと進んだ。
目指すは最上階、玉座の間。
だが、廊下の空気が変わった。
ねっとりと肌にまとわりつくような、不快な魔力。
「……結界か」
ルイスが足を止めた。
廊下の先に、空間が歪んでいる場所がある。
「『感覚遮断』と『方向感覚喪失』の複合術式だ。踏み込めば、上下左右が分からなくなり、永遠にこの廊下を彷徨うことになる」
厄介な罠だ。
物理で壁を壊して進もうかと思ったが、ここは王城。下手に柱を折ると崩落するかもしれない。
「任せろ」
ルイスが私の前に立った。
彼は氷の杖を掲げ、複雑な魔法陣を空中に描く。
「術式の構造は単純だ。魔力の供給源を断ち、逆位相の波長をぶつければ……」
パリンッ。
ガラスが割れるような音がして、目の前の歪みが霧散した。
一瞬だ。
私にはサッパリ分からない高等技術を、彼は呼吸をするようにやってのける。
「すごいわ、ルイス様! やっぱり天才ですわね!」
「……ふん、これくらい当然だ」
ルイスは素っ気なく返すが、耳が少し赤い。
彼は杖を下ろし、私の方を向いた。
「アレクサンドラ。君はただ、前だけを見ていればいい」
彼の瞳は、冷たい氷の色をしているけれど、そこにある光は温かい。
「小賢しい罠や、魔法的な障害は、すべて私が排除する。君の拳は、砕くべき『敵』のためだけにとっておけ」
「ルイス様……」
胸が熱くなった。
彼はいつもそうだ。
「研究対象」だなんて言いながら、一番危険な時に、一番必要なサポートをしてくれる。
彼が背中を支えてくれているから、私は迷わず拳を振るえるのだ。
「ええ。頼りにしていますわ!」
私はニカっと笑った。
「さあ、行きましょう! 玉座の間はもうすぐです!」
ジェラルドが道を切り開き、ポチが死角を守り、ルイスが魔術を無効化する。
そして私が、真ん中を堂々と歩く。
完璧な布陣。
どんな魔王が待っていようと、負ける気がしない。
私たちは長い階段を駆け上がり、ついに巨大な扉の前にたどり着いた。
玉座の間。
この向こうに、全ての元凶がいる。
扉の隙間から、ドス黒い瘴気が漏れ出している。
中から感じる気配は、以前戦った魔神の欠片とは桁違いだ。
「……来ますか」
ジェラルドが剣を構え直す。
ルイスが魔力を練り上げる。
ポチが戦闘態勢をとる。
「ええ。終わらせましょう」
私は大きく息を吸い込み、丹田に力を込め、扉に手をかけた。
「お父様、国王陛下。今、助けに参りました!」
バーンッ!!
私は拳で最後の扉を吹き飛ばした。




