第61話:王城への道を阻む『四天王(アンチマッスル)』が現れましたが、筋肉への愛と気合で押し通りました
王都の大通りは、地獄のような様相を呈していた。
倒れ伏す人々。
彼らから立ち上る生命力を吸い上げ、空を覆う黒い霧。
そして、その霧から実体化した影の魔物たちが、残された生者を襲おうと徘徊している。
「キシャァァァッ!」
影の狼が、逃げ遅れた子供に飛びかかろうとした瞬間だ。
ドゴォォォォン!!
横合いから飛んできた丸太のような腕が、狼を真横から粉砕した。
「お嬢様の領民(予定)には、指一本触れさせませんよ!」
トムだ。
執事服の背中をビリビリに破き、盛り上がった僧帽筋を露わにした彼が、仁王立ちしている。
頼もしい。あんなに気弱だったトムが、今や素手で魔物をミンチにするバーサーカーだなんて。
「サササッ!」
その背後から、無数の影の触手が迫る。
だが、それらはトムに触れる前に、細切れになって霧散した。
「死角が甘いですな」
セバスは、銀のトレイを円盤のように構え、高速移動で戦場を駆け抜けている。
ただのトレイなのに、彼が振るうと名刀のような切れ味を発揮するのは何故なのかしら。執事スキルって奥が深いのね。
「総員、負傷者の保護を最優先! 魔物は執事隊と親衛隊に任せなさい!」
後方では、セレスティアがてきぱきと指示を出している。
彼女の周りには、簡易的な結界が張られ、そこが野戦病院となっていた。
ガイルたち親衛隊が、倒れている市民を米俵のように担いで運び込んでくる。
「飲みなさい! 生きるために!」
「うぐっ……ま、マズい……! けど力が……!」
プロテインによる蘇生措置も順調のようだ。
みんな、いい動きをしている。
これなら街の方は任せても大丈夫そうだわ。
「お姉様! ここは私たちで食い止めます! お姉様は王城へ!」
セレスティアが叫ぶ。
「ええ、任せたわよ!」
私は頷き、王城へと続く大理石の階段を駆け上がった。
同行するのは、ルイス、ジェラルド、ゼノン、ガンドル。そしてポチ。
選りすぐりの精鋭パーティーだ。
だが、そう簡単に本丸には行かせてくれないらしい。
王城の正門前広場。
そこに、二つの異様な影が待ち構えていた。
「ヒヒヒ……。ここから先は通さんぞ」
「筋肉などという下劣な肉塊、我らが浄化してくれよう」
現れたのは、黒いローブを纏った骸骨のような魔術師と、半透明の体を持つ幽霊のような騎士。
見るからに「物理が効かなそう」な相手だ。
「あれは……魔神の配下か」
ルイスが嫌そうに顔をしかめた。
「右の骸骨は恐らく『精神の腐敗者』。精神干渉魔法の使い手だ。左の幽霊は個体数が少ない希少種『虚無の騎士』。あらゆる物理攻撃をすり抜ける霊体だ」
なるほど。
つまり、殴っても手応えがないし、心を病ませてくる嫌な奴らってことね。
一番関わりたくないタイプだわ。
「物理無効か……。アレクサンドラ、君には相性が悪い」
ルイスが杖を構えようとする。
「いいえ、ここは私にお任せを!」
前に出たのは、ゼノンだった。
彼は愛剣『黒曜丸』を抜き放ち、虚無の騎士に対峙した。
「物理が効かない? それがどうしたと言うのです!」
「カカカッ! 愚かな人間め。貴様の剣など、我の体を素通りするだけ……」
虚無の騎士が嘲笑う。
確かに、霊体相手に物理攻撃は無意味だ。常識的に考えれば。
でも、この男に常識は通用しない。
「我が剣に宿るは、鋼の重さだけではない! アレクサンドラ嬢への、熱く、重く、そして永遠に変わらぬ『愛の重さ』だァァァッ!!」
ゼノンが吠えた。
すると、どういう理屈か、『黒曜丸』がピンク色の光を放ち始めた。
魔力ではない。
あれは……愛のオーラ? そんなのアリ?
「愛は次元を超える! 時空をも切り裂く! ならば、霊体ごとき斬れぬ道理なしッ!!」
ゼノンが踏み込み、一閃。
ズバァァァン!!
「ギャァァァァァッ!?」
虚無の騎士が悲鳴を上げた。
物理無効のはずの霊体が、袈裟懸けに切り裂かれている。
切り口から黒い霧が噴き出し、ピンク色の炎に焼かれていく。
「な、なぜだ!? 物理攻撃のはず……!」
「言ったはずだ。これは『愛』だと!」
ゼノンが決め顔で剣を振るう。
すごい。理屈が全く分からないけれど、とにかく愛の力ですべてを解決してしまった。
これには私も拍手するしかない。
「おのれ、ならば精神攻撃だ!」
骸骨の魔術師が、杖を掲げた。
「『絶望の波紋』! 己の無力さを嘆き、心の闇に溺れて死ぬがいい!」
ドス黒い波動が放たれる。
食らえば精神崩壊を起こす、凶悪な呪いだ。
これはまずい。私たちは筋肉は鍛えているけれど、メンタルケアは専門外だ。
「ガハハハハ! 痒いわッ!!」
ドォォォォン!!
その波動を、真正面から怒声で吹き飛ばした男がいた。
ガンドル陛下だ。
彼は仁王立ちになり、マントを脱ぎ捨てて自慢の大胸筋を晒した。
「な、何!? 呪いが……弾かれた!?」
「絶望だと? 笑わせるな!」
ガンドルがポージングを決める。
サイドチェスト!
「筋肉を見ろ! 昨日の自分より、今日の自分は確実に成長している! 成長があるところに、絶望など入り込む隙間はないのだ!」
精神論だ。
圧倒的な精神論が、魔法的な呪いを物理的に弾き返している。
ポジティブすぎる脳筋には、精神攻撃は無効ということか。
「貴様のような陰気な奴には、これが特効薬よ! 食らえ、『マッスル・ハグ』!!」
ガンドルが骸骨魔術師に飛びかかり、その細い体を鯖折りにした。
「ギ、ギギギ……! は、離せ! 熱い! 苦しい!」
「ガハハ! 心を開け! 筋肉と対話しろ!」
バキボキッ!
骸骨の骨が砕ける音がする。
精神攻撃使いが、物理的な圧力と暑苦しさで浄化されていく。
「……すごい」
ジェラルドが呆然と呟いた。
「物理無効も、精神攻撃も、彼らの『信念』の前では無力なんですね……」
「ええ。頼もしい仲間たちですわ」
私は誇らしくなった。
彼らはもう、ただの変人ではない。
立派な筋肉戦士だ。
彼らの筋肉はもはや、物理という枠を超越したのだ。
「先に行け、師匠!」
ガンドルが、骸骨をヘッドロックしたまま叫んだ。
「こやつらは我らが引き受ける! お主は元凶を叩け!」
「アレクサンドラ嬢、どうかご武運を! 後で必ず追いつきます!」
二人が道を切り開いてくれた。
王城の扉は、もう目の前だ。
「行きましょう、ルイス様、ジェラルド!」
「ああ。……全く、どいつもこいつも非常識な奴らだ」
ルイスが苦笑しながら続く。
ポチも「グルゥ(あいつらすげぇ)」と感心しながらついてくる。
私たちは王城へと駆け込んだ。
目指すは玉座の間。
そこに、すべての元凶がいるはずだ。
お父様。国王陛下。
待っていてください。
今、最高に暑苦しい救助隊が到着しますわよー!




