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第58話:領地が発展しすぎて『マンネリ』を感じたので、刺激を求めて『独立国家』を作ることにしました

 

 ドワーフとの技術提携、エルフとの同盟、そしてダンジョン運営。

 すべてが順調だった。順調すぎたと言ってもいい。


 私は屋敷のテラスから、眼下に広がる領地を眺めていた。

 どこまでも続く緑の農地。

 整備された石畳の街道。

 活気に満ちた商店街と、そこを行き交う笑顔の人々。


 かつて「死の土地」と呼ばれたカルスト領は、今や大陸でも有数の大都市へと成長していた。

 平和だ。平和すぎる。


「……マンネリ、ですわね」


 私がポツリと呟くと、後ろに控えていたトムが首を傾げた。


「お嬢様、マンネリとは……?」


「この状況ですわ」


 私は手すりにもたれかかり、遠くを見つめた。


「私はこれまで、我が道を突き進んで来ました。か弱い令嬢というブランド(設定)を捨て、育て上げた筋肉を解放させ、筋肉たちにその悦びを味わわせてきました」


 思い返せば、色々なことがあった。

 岩を砕き、魔獣を投げ飛ばし、勘違いした男たちを物理で説得してきた日々。

 それは毎日が刺激的で、筋肉痛が絶えない充実した日々だった。


「しかし、私は全てを手に入れてしまいました」


 私は領地を指差した。


「ご覧なさい、トム。荒地だったこの領地には、今や1万を越える領民たち。それも、エルフやドワーフ、老若男女、多種多様。豊かな緑と整った街並み、神殿(ジム)、豊かな農地。ここはすでに、理想郷(ユートピア)になりました」


 完璧だ。

 食料自給率は1000%を超え、治安は世界一良く、住民の平均筋肉量は騎士団長クラス。

 もはや、私が拳を振るわなくても、領地は勝手に回っていく。


「私が望んだ、全てがここにはあるのです。それが何を意味するか……そう。()()()()です」


「よ、よく意味が……」


 トムが困惑している。無理もない。

 平和で何が悪い、と思うだろう。

 だが、私の筋肉(ほんのう)が告げているのだ。

「刺激が足りない」と。

 成長とは、常に新しい負荷をかけ続けることでしか得られない。現状維持は退化と同じなのだ。


「このままでは、私の人生(物語)はマンネリ化するでしょう。予感ではありません。必然なのです」


 毎日同じルーティンワーク。

 予定調和のトラブル解決。

 そんな日々を過ごしていては、筋肉も心も錆びついてしまう。


「ならば、私は最後に一つだけ、私の望むものを手に入れ、満足しながら新たな不毛な大地を再び開拓する旅に出たいのです」


「領地の拡大ですか?」


「いいえ。また一から、私が領地を開拓して人々を集めるのです。あなたと二人でここをそうしたように」


「お嬢様……」


 トムの目頭が熱くなっている。

 彼にとっても、何もない荒野で二人きり(と一匹)で始めたあの頃は、苦しくも輝かしい思い出なのだろう。


「そのために。私にはやらねばならないことがあります」


 私はトムに向き直り、真剣な眼差しで告げた。


「そ、それは?」


「この領地を……()にするのです!」


「な、なんですと!?」


 トムが素っ頓狂な声を上げ、持っていたお盆を取り落としそうになった。

 ナイスセーブ。反射神経が鍛えられている。


「く、国!? 独立なさるおつもりですか!?」


「ええ。このカルスト領を、王国から切り離された一つの国家として成立させます」


「む、無茶です! ここはそもそも王国の土地で、バーデン公爵家が管理を任されているに過ぎません!」


 トムが慌てて説明を始めた。


「領地というのは、あくまで王家からの『拝領地』です。所有権は国にあります。勝手に独立を宣言すれば、それは即ち『反逆』! 王国全軍を敵に回すことになりますよ! 王太子であるジェラルド様やお父様(公爵)たちとも戦うことになるんですよ!?」


 トムの言うことは正論だ。

 封建社会において、領土の独立など許されるはずがない。

 もしやれば、世界を敵に回すことになる。


「ええ。ですので、なんとかして独立国として認めてもらわねばなりません。戦争になれば負ける気は全くしませんが、暴力は野蛮で嫌いですので」


 私は静かに言った。

 力ずくで奪うのではない。

 誰もが納得する形で、あるいは誰も文句が言えない形で、正々堂々と国を作るのだ。

 それが、この地を去る私の、最後の仕事(置き土産)だ。


「お姉様。そのお考え、さすがですわ」


 その話を、後ろで書類仕事をしながら聞いていたセレスティアが声をかけた。


 彼女は羽ペンを置き、眼鏡(伊達)をキラリと光らせた。

 その顔には、驚きではなく、待っていたと言わんばかりの恍惚とした笑みが浮かんでいる。


「やはり私はお姉様にこの身を捧げて正解でした。現状維持に満足せず、さらなる高み(国家樹立)を目指すその姿勢……痺れます!」


「セレス。なにかいい案でも?」


「ええ。独立国として認められるための(パターン)を、これからいくつか解説いたしましょう」


 セレスティアは立ち上がり、壁に掛かった巨大な黒板の前に立った。

 チョークを手に取り、カツカツと文字を書き始める。


「まず、大前提として『独立』とは、他国(主に宗主国である王国)に主権を認めさせる行為です。方法は大きく分けて4つあります」


 彼女は黒板に4つの項目を書き出した。


 1.武力による独立(戦争)

 2.金銭による買収

 3.外交特権の利用(婚姻)

 4.救国の功績による褒賞


「1の『戦争』は、お姉様の美学に反しますわね。勝つのは我々の戦力ならば容易ですが、大切な農地が荒れますし、何よりジェラルド様たちと殺し合うのは本意ではないでしょう」


「ええ、そうですわね。後味が悪いですもの。暴力反対」


「2の『買収』ですが、これも現実的ではありません。王家にとって領土は威信そのもの。いくらお金を積んでも、土地を売ることはあっても『主権』までは売りませんわ」


 なるほど。

 土地の権利者にはなれても、王様にはなれないということか。


「3の『外交』。これはガンドル陛下との婚姻を指します。バルガ国の王妃になれば、実質的にこの地はバルガ領となり、王国の支配を離れますが……」


「それはお断りしましたわ」


「ええ。お姉様は『誰かの妻』ではなく『一国の主』になりたいのですものね。となると……」


 セレスティアは、4番目の項目に丸をつけた。


「残るは4。『救国の功績による褒賞』です」


「あの、セレスティア様」


 そこでトムが手を挙げた。


「はい、トムくんどうぞ」


「王国は救いましたよね? 王都での騒動の時、お嬢様が魔神をぶっ飛ばして、国王陛下の病気まで治したじゃないですか。あれ以上の功績があるんですか?」


「いい質問ね、トム」


 セレスティアはニヤリと笑った。


「確かに、あれは偉業でした。ですが、その対価として私たちはすでに『ジークフリート領との合併』と『高度な自治権』を勝ち取っています。つまり、あの時の功績に対する報酬は、それで『精算済み』であり、対価としても『妥当』なのです」


「あ……」


「王家としても、あれ以上(独立権)を与えるのはバランスが悪い。自治権を認めただけでも、特例中の特例なのですから」


 なるほど、世知辛い。

 ポイントカードのポイントは、もう使い切ってしまったということか。


「つまり、独立という『特大の報酬』を引き出すには、前回の魔神騒動を上回る、国家存亡の危機を救う必要があります」


「前回以上、ですか……」


 私は腕組みをした。

 魔神以上の危機なんて、そうそう転がっているものではない。

 隕石でも降ってくれば別だが。


「ですが、お姉様。私は確信しておりますの」


 セレスティアは眼鏡を光らせ、黒板に不穏な図を描き始めた。

 王国の地図。その中心にある王都が、黒く塗りつぶされている。


「お姉様が『マンネリ』を感じた。それは即ち、物語(世界)が次のステージを用意している予兆です」


「どういうこと?」


「魔神の欠片は、まだ世界中に残っています。そして、王都にはまだ『火種』が燻っているはずです」


 彼女は声を潜めた。


「例えば……前回の騒動で失脚したと思われている勢力が、魔神の力を利用して逆襲を企てているとしたら?」


「アンチマッスル勢力……ですの?」


「ええ。筋肉教の広まりを快く思わない者たち。彼らがもし、禁断の力に手を染め、王都を内部から掌握してしまったら?」


 セレスティアの仮説は、恐ろしいものだった。


 エイドリアンお父様が支部長を務める筋肉教団・王都支部。

 そこには国王陛下をはじめ、多くの貴族が入信している。

 だが、もし彼らが一斉に無力化され、人質に取られたとしたら?


「何かしらの予期せぬ力、勢力により王都が制圧され、王国が滅亡の危機に瀕した時……。それを救えるのは誰でしょう?」


「……私しかいませんわね」


 私は拳を握った。


「その時こそ、チャンスです」


 セレスティアがバンと黒板を叩いた。


「壊滅状態の王国を救い、新たな秩序をもたらす。その対価として、『独立』を認めさせる。いいえ、むしろ向こうから『どうか国として独立し、我々を守ってください』と懇願されるような状況を作るのです!」


「なるほど……!」


 私は膝を打った。

 さすがはセレスティア。私の求めていた答えだ。


 力ずくで奪うのではなく、助けて感謝されながら独立する。

 これなら誰も文句は言わないし、私も気持ちよく旅立てる。


「では、私たちはその『時』に備えて、さらに力を蓄えておけばいいのですね?」


「はい。そして、その時はそう遠くない未来に訪れるでしょう。根拠はありません。ただ、そうなるだろうと確信があるのです。なぜだかは分かりませんが、そうなるのです」


 セレスティアが予言めいた言葉を口にした、その直後だった。


 バタンッ!!


 執務室の扉が勢いよく開かれた。

 飛び込んできたのは、元暗殺部隊の隊長だ。

 普段は冷静な彼が、顔色を変えて息を切らせている。


「あ、姉御! 緊急事態です!」


「どうしました? また野菜泥棒ですか?」


「違います! 王都からです! 王都から、緊急の魔法通信が!」


 隊長は震える声で告げた。


「王都支部が……壊滅しました」


「……え?」


「エイドリアン閣下からの通信が途絶える直前のメッセージです。『筋肉が……枯れる……。謎の黒い霧が……王都を……』」


 室内の空気が凍りついた。

 セレスティアの推測が、最悪の形で現実となったのだ。


 筋肉が、枯れる?

 お父様の、あの鋼鉄の大胸筋が?

 国王陛下の、岩のような上腕二頭筋が?


「……許せません」


 私は立ち上がった。

 体中の血液が沸騰する音が聞こえる。

 マンネリ? 退屈?

 そんなものは吹き飛んだ。


 私の大切な「筋肉仲間」たちを傷つけ、努力の結晶を奪うなんて。


「トム! 皆をすぐに集めるのです!」


 私は叫んだ。


「はっ! ただちに!」


 ご都合主義? メタい? うるさい! そんなものは関係ない! 全ては筋肉がしたこと! そう……筋肉が全てを引き寄せるのだ! これが因果律ならぬ……筋肉律。


 これが、最後の戦い。

 そして、私の「建国」への第一歩。

 筋肉の神よ、見ているがいい。

 私が、この手で「理想郷(ユートピア)」を完成させてみせる。


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