第56話:オリハルコンが硬すぎて加工できないので、伝説の鍛冶師を訪ねて『ドワーフの国』へ行くことにしました
エルフの森との同盟締結から数日後。
カルスト領の工房エリアでは、カンカンと金属を叩く音が響いていた。
「……ダメですわね」
私は金床(ミスリル製)の上に置いた、虹色の鉱石を見つめてため息をついた。
先日、ロックウェル鉱山の最深部で掘り当てた伝説の金属、オリハルコンだ。
これを加工して、最強のトレーニング器具を作ろうとしているのだが、うまくいかない。
「硬すぎますわ。私の握力で無理やり変形させることはできても、繊細なグリップの溝や、重量バランスの調整ができません」
粘土のように捏ねることはできる。
だが、道具として美しく仕上げるには、熱処理と鍛造の技術が必要だ。
しかし、通常の溶鉱炉の熱では、オリハルコンは赤くすらならない。
「お手上げだな」
隣で見ていたルイスも、煤けた顔でゴーグルを外した。
彼の爆炎魔法で炙ってみたが、効果は薄かった。
「オリハルコンの加工には、『神の火』と呼ばれる特殊な炉と、それを扱える超一流の鍛冶師が必要だ。……私の専門外だな」
「困りましたわね。せっかくの素材が宝の持ち腐れです」
私が腕組みをして悩んでいると、
「ガハハ! ならば余に任せろ!」
豪快な笑い声とともに、ガンドルが現れた。
今日も今日とて上半身裸にマントというワイルドな出で立ちだ。
その隣には、静かに佇むゼノンの姿もある。
「ガンドル陛下? 何かアテがあるのですか?」
「うむ! 鍛冶といえば『ドワーフ』であろう!」
ガンドル陛下は北の方角を指差した。
「我がバルガ国のさらに北、地下大空洞に『ドワーフ王国』がある。あそこのドワーフ王とは、昔からの飲み友達でな!」
「飲み友達……ですか」
「おうよ! 腕相撲で勝負し、酒樽を空け合った仲だ! あいつらなら、オリハルコンの一つや二つ、チョチョイのチョイで加工してくれるわ!」
なるほど。
脳筋国家バルガの王と、頑固一徹なドワーフ王。
気が合いそうだ。
「それに、アレクサンドラ嬢」
ゼノン様が一歩前に出た。
彼は腰に差した愛剣『黒曜丸』を撫でた。
「私の剣も、僅かですが刃こぼれが生じています。魔神の欠片を斬るには、通常のメンテナンスでは追いつきません」
彼の表情は真剣そのものだ。
「ドワーフの国には、魔剣を打つ秘伝の技術があると聞きます。貴女の護衛として万全を期すためにも、私も同行させていただけませんか?」
「ゼノン様……」
二人の熱意が伝わってくる。
最近、ジェラルドやルイスばかりに頼っていたが、彼らもまた、頼れる仲間なのだ。
特に「力」と「技」に関しては、彼らの右に出る者はいない。
「分かりましたわ。では、ドワーフの国へ向かいましょう!」
私は即決した。
オリハルコンのダンベルのためなら、地の底までも行く覚悟だ。
「留守の間、領地の守りはどうする? 魔神の欠片を吸収した魔獣やらがいつ襲ってくるかも分からんぞ」
ルイスが懸念を示す。
「俺が残るか? 転移魔法陣の設置もまだ途中だし……」
「いいえ、ルイス様も来てください」
私は首を振った。
「ドワーフの技術……『魔導鍛冶』でしたっけ? あれを解析をするには、貴方の知識が必要です。それに、あの装甲馬車のメンテナンスも必要でしょう?」
「……む。確かに、ドワーフの技術体系には興味があるが」
「留守なら大丈夫ですわ。私たちには、最強のセコムたちがいますもの」
私は背後を振り返った。
そこには、執事服の袖をはち切れんばかりに膨らませたトムと、老眼鏡を光らせるセバスが控えていた。
さらに、その横にはセレスティアと、親衛隊長のガイル。
「お嬢様、ご安心ください」
トムが力こぶを作った。
「お嬢様が留守の間、このカルスト領地に指一本触れさせません。害虫が出たら、私が筋肉で排除します」
「このセバスもおります。……有事の際はご安心くださいませ」
「留守中の経営は私に任せて!」
セレスティアが計算機を片手にウィンクする。
「お姉様たちがいない間に、さらに利益率を上げておきますわ。ドワーフとの交易ルート、ぜひ確保してきてくださいね!」
「姉御! 俺たちも毎日スクワット1万回して待ってます!」
ガイルたち親衛隊も気合十分だ。
なんて頼もしい留守番部隊だろう。
彼らがいれば、たとえ魔王軍が攻めてきても撃退してくれそうだ。
「ありがとう、みんな。お土産は『ドワーフの蒸留酒』と『ミスリルの食器』でいいかしら?」
「最高です!」
こうして、遠征メンバーが決まった。
私、ルイス、ガンドル、ゼノンの4名。
ジェラルドは「私はここに残り、行政官としてセレスティア殿を補佐します」と涙ながらに見送ってくれた。彼もまた、自分の役割に誇りを持っているのだ。
◇
数日後。
私たちはバルガ国を通過し、北の山岳地帯にあるドワーフ王国の入り口に到着した。
巨大な洞窟の入り口には、髭を蓄えた小柄な衛兵たちが立っている。
「止まれ! ここから先はドワーフの聖域! 人間風情が何用だ!」
排他的だ。
だが、ガンドル陛下が馬車から降りて、豪快に笑いかけた。
「ガハハ! 堅いことを言うな! 余だ、ガンドルだ! 王に伝えてくれ、『飲み比べの借りを返しに来た』とな!」
「なっ……武王ガンドル!?」
衛兵たちがどよめく。
さすがは顔パスだ。
私たちは難なく関所を通過し、地下へと続くトロッコに乗り込んだ。
ガタンゴトンと揺られること数十分。
視界が開けた先にあったのは、地底とは思えないほど巨大な工業都市だった。
マグマの明かりで照らされた街並み。
カンカンと絶え間なく響く鍛冶の音。
そして、蒸気機関のようなパイプが張り巡らされた重厚な景観。
「おお……! 男のロマンですわ!」
私は目を輝かせた。
ここはまさに、職人と筋肉の国だ。
だが。
街の空気が、どこかおかしい。
「……活気がないな」
ゼノンが呟いた。
道ゆくドワーフたちの顔が暗い。
彼らの目は虚ろで、手には武器を持っているが、それを手入れする様子もない。
まるで、何かに怯えているような、あるいは取り憑かれているような。
「魔素がおかしい」
ルイスが小声で告げる。
「街全体が、微弱な『呪い』の波動に覆われている。……アレクサンドラ、君が以前感じた『アレ』と同じ気配だ」
「アレ……?」
「魔神の欠片だ」
私はハッとした。
そういえば、魔神の欠片は世界中に散らばったと言っていた。
まさか、この地下王国にも?
その時。
街の中央にある王宮(巨大な溶鉱炉)から、怒号が響いた。
「違う! そんなものは『剣』ではない! ただの鉄屑だ!」
「王よ、お気を確かに!」
ガンドル陛下が顔色を変えた。
「今の声は、ドワーフ王……! 急ぐぞ!」
私たちは王宮へと走った。
そこで待っていたのは、かつての陽気な酒飲み友達ではなく、狂気に目を光らせたドワーフ王の姿だった。
彼の手には、禍々しい紫色の光を放つ一本の剣が握られていた。
魔神の欠片を埋め込まれた、呪いの魔剣。
「来たか、ガンドル……。見ろ、これが至高の芸術だ……!」
王はうつろな目で笑った。
「この剣こそが神! この剣に血を吸わせれば、さらなる切れ味が……ヒヒッ!」
「……やれやれ」
私は拳を鳴らした。
どうやら今回の相手は、魔獣ではなく「道具(と、それに操られた人々)」らしい。
道具が使い手に牙を剥くなんて、あってはならないことだ。
特に、筋トレ器具を愛する私としては、道具の使い方が間違っているのは見過ごせない。
「ガンドル陛下、ゼノン様。出番ですわよ」
「うむ! 友の目を覚まさせるのは、友の拳のみ!」
「呪われた剣など、私の愛の剣技で断ち切ってみせましょう!」
男たちが構える。
ドワーフ編、開幕(次話で終わります)。
まずはあの生意気な魔剣を、物理で「教育」して差し上げましょうか。




