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第54話:エルフの女王様はイケメンに弱いようですが、私の筋肉は「ただの肉塊」だとダメ出しされました


 世界樹の麓にある宮殿の庭園。

 そこには、透き通るような白いテーブルと椅子が用意されていた。


「どうぞ、お座りなさい」


 エルフの女王エルミナが、扇子で席を示した。

 彼女の所作は優雅そのものだが、その瞳には私に対する敵意が隠しきれていない。


「ありがとうございます、エルミナ様」


 私はカーテシーをして席に着こうとした。


「マスター・アレクサンドラ、椅子を」


 サッ。


 ジェラルドが素早く私の後ろに回り込み、椅子を引いてくれた。


 完璧なエスコートだ。


 彼のシャツ越しに見える上腕二頭筋が、しなやかに収縮している。


「あら、ありがとうジェラルド」


「いえ、当然の務めです」


 ジェラルドが爽やかに微笑むと、向かいに座っていたエルミナの動きがピクリと止まった。


(……な、なんなのこの美青年は!?)


 エルミナの心の声が聞こえてきそうなほど、彼女は目を見開いていた。


 彼女の視線は、ジェラルドの端正な顔立ちと、そこから首筋にかけて伸びる健康的な筋肉のラインに釘付けになっている。


 さらに。


「茶葉の香りが弱いな。……私が淹れ直そう」


 私の隣に立ったルイスが、エルフのメイドが淹れた紅茶を見て眉をひそめた。


 彼は氷の杖を軽く振り、冷気でカップの温度を調整する。


 銀髪が風になびき、眼鏡の奥の氷のような瞳が白銀の長い睫毛と共に涼やかに輝く。


「ひっ……(冷たくて素敵……!)」


 エルミナの頬が、ポッと朱に染まった。

 彼女は扇子で口元を隠しながら、チラチラと二人を見ている。


(信じられない……。野蛮な筋肉女の護衛だと思っていたけれど、こんな極上の美男子を二人も連れているなんて……!)


 エルミナの内心は穏やかではなかった。


 ジェラルド。

 少年のごとき無邪気さと可愛らしさを残しながらも、その肉体は研ぎ澄まされた鋼のよう。

 まさに「動」の美しさ。


 ルイス。

 触れれば凍りつきそうな冷たい視線と、白銀の長い睫毛が落とす影。

 まさに「静」の美しさ。


 対照的な二人のイケメンが、あろうことか目の前の「筋肉女」に付き従っている。


(羨まし……いいえ、許せないわ! こんな高貴な殿方たちが、あのような汚らわしい女に毒されているなんて!)


 エルミナはギリリと歯噛みした。

 彼女は基本的に面食いらしい。


「……コホン」


 エルミナは咳払いをして、気を取り直した。


「アレクサンドラと言ったわね。単刀直入に言いましょう。貴女の領地で行われている『筋肉教』とやらの布教を、即刻やめていただきたいの」


「あら、なぜですの? 健康にいいですわよ?」


「健康? ふん、笑わせないで」


 彼女は冷ややかに言った。


「誤解しないでちょうだい。私は、筋肉そのものを憎んでいるわけではないわ」


 彼女はチラリとジェラルドの方を見た。


「美しさを語る上で、適度な筋肉は必要よ。男性の引き締まった肉体や、しなやかな肢体は、芸術的な価値があるわ(じゅるり)」


「でしたら……」


「でもね!」


 彼女はドンとテーブルを叩いた。


「貴女たちが推奨しているのは『過度な筋肉』よ! 丸太のような腕! 岩のような太腿! 血管が浮き出た首筋! あんなもの、美しくないわ! ただの肉塊よ!」


「なんと……」


 私はショックを受けた。

 バルク(筋量)こそが正義だと思っていたのに、彼女にとっては「肉塊」扱いらしい。変わった趣向の持ち主というか、見る目がないというか。


「エルフとは、儚く、清らかであるべきなの。風にそよぐ柳のように、霞を食べて生きるような透明感こそが至高。汗臭い努力など、不要なのです!」


 エルミナが高らかに自身の美学を語る。

 周囲のガリガリなエルフ兵士たちも、「そうだそうだ」と力なく頷いている。


「だから、私の可愛い国民たちを返してちょうだい。彼らは騙されているだけよ」


「……騙してなどいませんわ」


 私は反論した。


「彼らは自らの意志で筋肉を求め、私の元へ来たのです。それに、エルミナ様」


 私は彼女の顔をじっと見た。


「貴女、顔色が優れませんわよ? 目の下にクマがありますし、肌もカサついています」


「なっ……! 失礼な!」


「栄養が足りていないのです。美しさを保つには、タンパク質とビタミン、そして適度な運動が不可欠ですわ」


 私は足元に置いていた樽を持ち上げた。

 お土産の新作プロテインだ。


「これを飲んでください。私の領地特製、『フルーツ味プロテイン(コラーゲン入り)』です」


「ぷ、ぷろていん……?」


 エルミナが嫌そうな顔をする。

 樽の中には、ドロリとしたピンク色の液体が入っている。

 見た目は怪しいが、味は保証付きだ(当領地比)。


「お断りよ! そんな怪しい飲み物……」


「一口でいいのです。騙されたと思って」


 私はコップに注ぎ、彼女の前に差し出した。


「これを飲めば、貴女の言う『適度な筋肉』とやらも、より美しく輝きますわよ」


「……っ」


 美しく輝く、という言葉に彼女の心が揺れた。

 それに、ジェラルドとルイスが見ている手前、無下に断るのもモテないと思ったのだろう。


「……一口だけよ」


 エルミナは震える手でコップを手に取り、恐る恐る口に運んだ。


 ゴクリ。


 その瞬間。


 カッ!!


 エルミナの瞳孔が開いた。

 全身に電流が走るような衝撃。

 枯渇していた細胞の一つ一つに、濃厚な栄養素が染み渡っていく感覚。


「あ、あぁ……っ!」


 彼女の頬に、みるみるうちに赤みが差していく。

 貧血気味だった視界がクリアになり、指先に力がみなぎる。


「な、なんなのこれは……! 体が……熱い……!」


「効いている証拠ですわ!」


 私はニッコリと笑った。


「さあ、もう一杯! 今ならスクワット100回も余裕ですわよ!」


「くっ……! バカにしないで!」


 エルミナはコップを置いた。

 認めたくない。

 この泥のような飲み物が、霞よりも美味しく、体に活力を与えてくれるなんて。


「こんなもので……私が屈するとでも思って!?」


 彼女は立ち上がろうとしたが、急に立ち上がったせいで立ちくらみを起こした。


「あっ……」


 フラリと体が傾く。


「危ない!」


 ガシッ。


 倒れそうになった彼女を支えたのは、ジェラルドのたくましい腕だった。


「大丈夫ですか、女王陛下」


 至近距離で見つめるジェラルドの瞳。

 彼から漂う、男らしい汗と日向の香り。


「は、ひゃい……」


 エルミナは顔を真っ赤にして、ジェラルドの腕の中で固まった。


 硬い。


 これが、筋肉……?


(……悪くない、かも)


 彼女の美学に、小さなヒビが入った音がした。


 だが、事態はそう簡単に収束しなかった。


 ズズズズズ……。


 突然、地面が揺れ始めたのだ。


 地震?


 いいえ、震源地は目の前。


 宮殿の背後にそびえ立つ、巨大な『世界樹』が、低く唸りを上げながら震えている。


「な、何事じゃ!?」


 エルミナが叫ぶ。

 世界樹の枝が、メリメリと音を立てて変形していく。

 その形は、まるで……力こぶを作る『腕』のように見えた。


「まさか……世界樹も、プロテインの匂いに反応したとでも言うのか?」


 ルイスが驚愕の声を上げる。

 私の持ってきたプロテインの芳醇な香りが、数千年の時を生きる大樹の眠れる野生を呼び覚ましてしまったらしい。


 美の聖地で、世界樹と筋肉の神話が始まろうとしていた。


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