第53話:エルフの女王様から『お茶会』の招待状が届いたので、新作プロテインを持って遊びに行きました
ロックウェル鉱山を併合してから、一ヶ月が経過した。
カルスト領と鉱山を繋ぐ直通道路『マッスル・ハイウェイ』が開通し、物流は劇的に改善された。
鉱山から運ばれてくる鉄鉱石やオリハルコン原石は、ルイスの工場で加工され、最高品質のトレーニング器具や農具へと生まれ変わっている。
「マスター・アレクサンドラ、今月の収支報告です」
執務室で、ジェラルドが完璧な書類を提出してきた。
「鉱山事業の黒字化により、領の財政は過去最高益を記録しました。また、ダンジョンの入場料収入も安定しており、もはや王都からの支援金は不要なレベルです」
「素晴らしいわ、ジェラルド。あなたに任せておけば安心ね」
「恐縮です! すべてはマスターの威光のおかげです!」
ジェラルドが嬉しそうに敬礼する。
彼の事務能力と、セレスティアの経営手腕のおかげで、この領地は急速に「国家」としての体裁を整えつつあった。
食料、資源、資金。すべてが自給自足できている。
あとは、私が安心して筋トレに励むだけだ。
そんな平和な午後のことだった。
「お嬢様、お客様です」
トムが困惑した顔で入ってきた。
「お客様? また入会希望者ですか?」
「いえ、それが……エルフです」
「エルフ?」
私は首を傾げた。
エルフといえば、人里離れた森に住み、人間との交流を嫌う種族だ。
そんな彼らが、なぜこんな筋肉の聖地に?
応接室に向かうと、そこには緑色のローブを纏った、線の細いエルフの使者が座っていた。
彼は私を見るなり、侮蔑の眼差しを隠そうともせずに立ち上がった。
「貴公が、この野蛮な地を治めるアレクサンドラか」
「ええ、そうですわ。ようこそカルスト領へ」
私は笑顔で挨拶したが、使者は鼻で笑った。
「我が主、女王エルミナ様からの招待状だ。ありがたく受け取るがいい」
彼は封筒をテーブルに放り投げると、逃げるように去っていった。
なんと失礼な。
マナー講師のガルドに見つかったら、スクワット100万回の刑に処されるところだ。
「招待状……?」
私は封筒を開けた。
中には、美しい飾り文字でこう書かれていた。
『親愛なる(笑)アレクサンドラ嬢へ。
貴女の噂はかねがね聞いております。
なんでも、野蛮な筋肉を信仰する奇妙な集団の長だとか。
つきましては、我が聖地『世界樹の里』にてお茶会を催しますので、ぜひお越しください。
真の美しさと気品というものを、教えて差し上げますわ。
女王エルミナより』
「……なるほど」
私は手紙を読み終え、ポンと手を打った。
「お茶会のお誘いですわ!」
「……マスター・アレクサンドラ、それはどう見ても挑発状では?」
後ろから覗き込んでいたジェラルドが、眉をひそめる。
「『真の美しさを教える』というのは、『お前のみすぼらしい筋肉を見下してやる』という意味に読めますが」
「あら、考えすぎよジェラルド」
私はポジティブに解釈した。
「エルフの方々は、美意識が高いと聞きます。きっと、私の筋肉美に興味を持たれたのですわ。お茶会というのは名目で、実際は『美容と健康の意見交換会』に違いありません!」
「そ、そうですか……?」
「ええ! 手土産を持っていかなくては!」
私は立ち上がった。
エルフといえば、野菜中心の食生活で、タンパク質が不足しがちだと聞く。
そんな彼女たちに、最高のお土産を持っていけば、きっと喜ばれるはずだ。
「ルイス様! 新作の『あの粉』はできていますか?」
私は隣の研究室に飛び込んだ。
そこでは、ルイスが怪しげな実験器具に囲まれて作業をしていた。
「……騒がしいな。なんだ、『フルーツ味プロテイン』のことか?」
「それです!」
最近、私たちはプロテインの味の改良に取り組んでいた。
従来の「泥味」では、初心者(特に女性や子供)にはハードルが高い。
そこで、ダンジョンで採れるフルーツのエキスを配合し、飲みやすく改良した新作だ。
「試作品はできている。成分分析の結果、美容効果のあるコラーゲンとビタミンも強化しておいた」
「完璧ですわ! それを樽ごとください!」
これで手土産は決まった。
美容にうるさいエルフの女王様も、これを飲めばイチコロだろう。
ついでに、うちの巨大野菜も持っていこう。
「よし、出発の準備をしましょう!」
私はジェラルドとルイスに声をかけた。
「今回は遠出になりますから、留守番はセレスティアたちにお願いしましょう」
ガンドルとゼノンは、最近またバルガ国の方で「筋肉外交(他国の王をジムに勧誘する活動)」が忙しいらしいし、セレスティアは領地の運営で手一杯だ。
「私は構わんぞ。エルフの里にある『世界樹』には興味があった」
ルイスが白衣を翻す。
彼もまた、研究者としての血が騒いでいるようだ。
世界樹といえば、世界最古の魔力源。
魔神の欠片についても、何か手がかりが得られるかもしれない。
「私も同行します。マスターの護衛は、私の至上の喜びですから」
ジェラルドが剣を帯びる。
「では、行きましょう! ポチ、出番よ!」
「グルァッ!(はいご主人!)」
庭でくつろいでいたポチが、翼を大きく広げる。
背中には特製の鞍が取り付けられている。
空の旅だ。
私たちはポチの背中に乗り込み、エルフの森へ向かって飛び立った。
見送りに来てくれたセレスティアが、地上で手を振っている。
「行ってらっしゃいませ、お姉様! お土産は『独占貿易契約書』でお願いしますわー!」
しっかりしている妹だ。
彼女の期待に応えるためにも、女王様とは仲良くなってこなければ。
◇◆◇
空の旅は快適だった。
ポチの飛行速度はドラゴン並みだ。もしかしたらポチは最終的にドラゴンになるのかもしれない。
眼下には、緑豊かな森が広がっている。
「……魔素が濃いな」
ルイスが眼鏡を光らせた。
森の奥へ進むにつれ、空気が変わっていくのが分かる。
清浄だが、どこか排他的な気配。
「結界が張られていますね。部外者を拒む強力なやつです」
ジェラルドが警戒する。
「大丈夫ですわ。招待状がありますもの」
私が封筒をかざすと、空中の見えない壁が波打ち、通り道が開いた。
さすがは女王の招待状だ。
結界を抜けると、そこには幻想的な光景が広がっていた。
巨木が立ち並ぶ森の中心に、天を突くような一本の大樹がそびえ立っている。
世界樹だ。
その根元には、水晶のように輝く湖があり、美しい宮殿が建っていた。
「綺麗……!」
私は感嘆した。
空気も美味しい。これならトレーニングも捗りそうだ。
ポチが宮殿の前の広場に着地すると、武装したエルフの兵士たちが一斉に取り囲んできた。
「何者だ! ……ヒッ、魔獣!?」
「いや、背中に人が……!」
彼らは弓を構えているが、その手は震えている。
そして何より、彼らの体つきが気になった。
(……細い)
兵士だというのに、腕は枝のように細く、顔色も青白い。
鎧がブカブカだ。
これでは、ポチのお手一発で折れてしまいそうだ。
「なんてこと……。ちゃんと食べているのかしら」
私は悲しくなった。
美意識が高いのは結構だが、健康を害しては元も子もない。
やはり、私が来たのは正解だった。
彼らには「栄養」と「筋肉」が必要だ。
「待っていたぞ、偽りの聖女よ」
宮殿のバルコニーから、凛とした声が響いた。
見上げると、そこには豪華なドレスを纏った絶世の美女が立っていた。
長い金髪、翡翠のような瞳。
間違いない。彼女がエルフの女王、エルミナだ。
彼女は私を見下ろし、冷酷な笑みを浮かべた。
「よくものこのこと来たものだ。野蛮な筋肉女め」
「はじめまして、エルミナ様! アレクサンドラと申します!」
私は彼女の敵意を華麗にスルーして、元気よく手を振った。
「お招きいただき光栄ですわ! 今日は素敵なお土産を持ってきましたの!」
私はポチの背中から、巨大な樽(新作プロテイン入り)を担いで飛び降りた。
ズシンッ!
着地の衝撃で広場の石畳が割れる。
「……ッ!?」
エルミナの頬が引きつった。
「さあ、お茶会を始めましょう! まずは乾杯からですわ!」
こうして、エルフの聖地での「異文化交流会」が幕を開けた。
女王様の顔色が真っ青なのが少し気になったが、きっとプロテインを飲んで少しのトレーニングをすれば、たちまち元気になるだろう。筋肉は全てを救うのだから。




