第52話:ツルハシなんていりません。素手で掘ったら、伝説の鉱脈を掘り当てました
ロックウェル鉱山の奥深く。
淀んだ空気と、カビ臭い坑道。
私は最深部の岩盤の前に立っていた。
「ここですわね」
ルイスの魔力探知によれば、この分厚い岩盤の向こうに、未知の鉱脈反応があるらしい。
だが、岩は黒く光っており、見るからに硬そうだ。
「お嬢様、ツルハシをお持ちしました! 鋼鉄製の特注品です!」
トムが息を切らせて駆け寄ってくる。彼の手には、新品のツルハシが握られていた。
「ありがとう、トム。でも……」
私はツルハシを一瞥し、首を横に振った。
「必要ありませんわ」
「えっ? でも、素手では怪我を……」
「トム。私の拳は、そこらの鋼鉄よりも硬いのですよ?」
私はニッコリと笑い、袖をまくり上げた。
道具に頼るなど、筋肉への冒涜だ。
私の体には、魔力と融合した最強の筋肉と、鋼鉄の拳があるのだから。
「見ていなさい」
私は岩盤の前に立ち、腰を落とした。
正拳突きの構え。
深く息を吸い込む。丹田に力を込め、全身のエネルギーを右拳に集中させる。
「マスター・アレクサンドラ、解析完了しました」
後ろで魔導書を開いていたジェラルドが声を上げた。
「その岩盤は『黒曜岩』の変異種です。物理耐性が極めて高く、魔法も拡散してしまう性質があります。通常なら、ダイヤモンドのドリルで数ヶ月かけて掘削するレベルかと」
「数ヶ月? そんなに待てませんわ」
鉄アレイが欲しいのだ。今すぐに。
「風穴を開けてやりますわ!」
「はっ!!」
ドゴォォォン!!
拳がめり込んだ。
岩盤に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、衝撃波が坑道を揺らす。
「硬い……ですわね」
私は拳をさすった。
痛くはないが、手応えが重い。
まるで、巨大な鉄の塊を殴っているようだ。
並の人間なら、手首が粉砕骨折しているだろう。
「ですが、壊れないものではありません」
私はニヤリと笑った。
一撃で砕けないなら、砕けるまで殴ればいい。
単純明快なロジックだ。
「連打でいきます」
ドッドッドッドッドッ……!!
私の拳が残像になった。
秒間100発の高速ラッシュ。
一撃一撃が岩盤を削り、衝撃波が内部を破壊していく。
オラオラオラオラオラァッ!!
ガガガガガッ!!
岩盤が悲鳴を上げる。黒曜岩の強固な結合が、物理的な暴力の前になす術なく崩壊していく。
「仕上げですわ! 粉砕ッ!!」
ズドォォォォォォォォン!!!!!
最後の一撃。
岩盤が爆散した。
土煙が晴れると、そこには人が通れるほどの大穴が開いていた。
「……開きましたわ」
私が穴の向こうを覗き込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。
七色に輝く洞窟。
壁一面に、虹色の結晶がびっしりと張り付いている。
ランタンの明かりを受けて、万華鏡のように煌めいている。
「こ、これは……!!」
ルイスが駆け寄り、眼鏡をずり落とした。
「『虹色金』の原石……!? しかも、これほどの純度と規模……。世界中の埋蔵量を合わせても、ここの十分の一にも満たないぞ!」
「オリハルコン?」
「伝説の金属だ! 魔法の伝導率が最高で、強度はダイヤモンド以上! これがあれば、どんな魔導具も武器も作り放題だ!」
ルイスが興奮して早口になっている。
ジェラルドも手帳を震わせていた。
「し、資産価値……国家予算100年分……いや、計算不能です!」
「あら、すごいですわね」
私は壁から拳大の原石をポロリと引き剥がし、掌に乗せた。
ずっしりと重い。
そして、美しい。
「これなら、100キロのダンベルを作っても、体積が小さくて済みそうですわね。持ちやすそうです」
「……君は、この世紀の発見をダンベルにする気か?」
ルイスが呆れたように言ったが、私は本気だ。
これだけの資源があれば、神殿の器具をすべて最高級品にリニューアルできる。
「よし! 私が物理で破壊しまくりますわ! 鉱夫の皆さんにも手伝ってもらって、じゃんじゃん運び出してくださいまし!」
「「「「イエス、マスター!!」」」」
こうして、私たちは鉄鉱石どころか、世界を揺るがす伝説の鉱脈を手に入れた。
ロックウェル男爵が長年探しても見つけられなかった宝の山。
それは、私の「筋肉への執念」と「素手の暴力」によって、物理的にこじ開けられたのだった。
その後、鉱山とカルスト領を繋ぐ『マッスル・ハイウェイ』が整備され、物資の輸送が始まった。
痩せこけていた鉱夫たちも、プロテインと規則正しい生活ですっかりマッチョになり、今では元気にツルハシを振るっている。
ちなみに、オリハルコンを加工できる職人がいなかったので、私が素手で加工(粘土細工のように捏ねる)しているのは内緒だ。
このオリハルコンにより、領地の経済的発展は、爆発的に進み、セレスティアも笑いながら(ホクホクすぎて笑いが止まらない)領地経営を進めている。
全ては順調だった。
――そう、私たちは思っていた。
遠く離れた「森の奥」で、新たな火種が燃え上がっているとも知らずに。
◇
世界の北東。
人間が立ち入ることのできない、深き森の中。
エルフの聖地『世界樹の里』にある宮殿にて。
「……報告は真か?」
玉座に座る絶世の美女が、不快そうに顔を歪めた。
長い耳、透き通るような肌、そして細くしなやかな肢体。
エルフ族の女王、エルミナである。
彼女の周りには、美しい花々が咲き乱れ、清浄な空気が満ちている。
だが、その瞳には冷たい怒りの炎が宿っていた。
「はっ。間違いございません」
跪くエルフの斥候が報告する。
「最近、里の若者たちが次々と姿を消している件ですが……彼らは皆、人間の領地『カルスト領』に向かっております」
「なぜだ? 人間などという下等な種族の元へ、誇り高きエルフが何用だというのじゃ」
「そ、それが……」
斥候は言いにくそうに口ごもった。
「彼らは……『肉が食いたい』『ガリガリは嫌だ』『俺もマッチョになりたい』と言い残し……筋肉教総本山へ……」
バキッ。
女王が持っていた美しい扇がへし折れた。
「……筋肉教、だと?」
彼女は吐き捨てるように言った。
その言葉には、生理的な嫌悪感が込められていた。
エルフとは、美と精神性を重んじる種族だ。
肉体労働を忌避し、魔法と芸術を愛し、霞を食べて生きるような高潔さこそが至高とされる。
汗臭い筋肉など、野蛮人の象徴でしかない。
我らが信奉する『清浄なる美』の教えに反する冒涜だ。
「嘆かわしい……。我が同胞たちが、そのような汚らわしい宗教に毒されるとは」
女王は立ち上がった。
「使いを出せ! その『偽りの聖女』とやらを、この聖地へ招くのだ!」
「はっ! 部隊を編成しますか?」
「いや、違う。……『お茶会』の招待状を送れ」
女王は冷酷な笑みを浮かべた。
「野蛮な筋肉女を、我々の圧倒的な『美』と『魔法』の力で屈服させ、わからせてやるのだ。本物の聖女とは何なのかを」
彼女のプライドは高かった。
暴力で訴えるのは美しくない。
あくまで優雅に、格の違いを見せつけて、精神的に叩き潰す。
「この……筋肉教が!! 私の可愛い信者たちを返してもらうぞ!」
女王の執念が、遠く離れたカルスト領へと向けられた。
わからせられるのは……果たしてどちらだ……。




