第51話:鉱山に行ったら鉱夫たちがガリガリだったので、炊き出し(プロテイン)を行いました
「ひぃッ!?」
私の威圧を受けて、ロックウェル男爵がその場にへたり込んだ。
彼の背後にいた私兵たちも、動揺して槍を取り落としそうになっている。
周囲では、トムとセバスが配給を始めた特製シチューの匂いが漂い、お腹を空かせた鉱夫たちが不安そうに、しかし期待に満ちた目でこちらの様子を窺っていた。
「な、なんだ貴様らは……! ここは私の領地だぞ!」
男爵が震える声で叫ぶ。
往生際が悪い。
「不法侵入者め! 衛兵、やれ! その女を捕らえて、鉱山の底へ放り込め!」
「おおおッ!」
主人の命令を受け、20名ほどの私兵が覚悟を決めて突撃してくる。
彼らもまた、痩せていて装備もボロボロだ。
やる気があるというより、男爵への恐怖で無理やり動かされているように見える。
「……愚かな」
前に出たのは、ルイスだった。
彼は魔導書を片手に、面倒くさそうに指を弾いた。
「『氷結檻』」
パキパキパキッ!
一瞬にして、兵士たちの足元が凍りついた。
氷の蔦が足を絡め取り、地面に縫い付ける。
「うわぁっ! 動けねぇ!」
「足が! 冷たい!」
兵士たちが転倒し、武器を取り落とす。
誰一人傷つけることなく、無力化が完了した。
「ひぃッ!? ま、魔法使いか!?」
男爵が後ずさる。
「アレクサンドラに剣を向けるとは、いい度胸だ」
ルイスが冷ややかな瞳で男爵を見下ろす。
その背後には、氷の槍が無数に浮遊していた。
殺る気満々である。
「待ってください、ルイス様。ここで彼を凍らせてしまっては、話が進みませんわ」
私はルイスを制し、一歩前に出た。
そして、怯える男爵の目の前に立つ。
「ロックウェル男爵。貴方に提案があります」
「て、提案だと……?」
「ええ。この鉱山の経営権、私たちに譲っていただけませんか?」
「はぁ!? ふざけるな! ここは先祖代々の……」
「借金まみれの土地でしょう?」
セレスティアが横から割って入った。
彼女の手には、分厚い書類の束が握られている。
「調べさせてもらいましたわ。貴方、王都の闇金……いえ、高利貸しからも多額の借入がありますわね? 返済期限は先月。すでに利息だけで首が回らない状態のはずです」
「な、なぜそれを……」
「当家がその債権を買い取りましたの」
セレスティアは悪魔的な笑みを浮かべ、借用書をひらつかせた。
「つまり、貴方の今のオーナーは私(ジークフリート家)です。……今すぐ全額返済するか、それとも鉱山を明け渡してチャラにするか。どちらになさいます?」
「こ、鉱山はこの領地の生命線だ! それを明け渡すということはこの領地そのものを明け渡せと言っているのと同じ意味なのだぞ!」
「察しの悪い方ですね。ええ、ですから、そう言っているのですよ?」
究極の二択。
いや、実質一択だ。返せる金などないのだから。
「ぐぬぬ……ッ! 卑怯だぞ、ジークフリート!」
「ビジネスですわ」
セレスティアが冷たく言い放つ。
論理と財力での完全勝利だ。
だが、男爵はまだ諦めていなかった。
彼は懐から魔導具らしき水晶を取り出し、何かを叫ぼうとした。
自爆スイッチか、あるいは救援を呼ぶつもりか。
その手は、ジェラルドによって掴まれた。
「往生際が悪いですよ、男爵」
ジェラルドが悲しげな顔で首を振る。
彼は男爵の手首を優しく、しかし鋼鉄の万力のように握りしめた。
「ぐぎゃあああッ!」
男爵が悲鳴を上げ、水晶を取り落とす。
「暴力はいけません。話し合いましょう」
ジェラルドは爽やかに微笑んでいるが、その握力は男爵の骨をきしませている。
王太子の「王者の風格」と、カルスト領で培った「筋肉の圧力」のハイブリッド。
小悪党ごときが抗える相手ではない。
「わ、わかった! 降参だ! 領地でも何でも持っていけぇ!」
男爵が泣き崩れた。
あっけない幕切れだった。
◇
「皆さん! 聞きましたか!」
私は広場の台の上に立ち、鉱夫たちに向かって叫んだ。
「今日からこの鉱山は、カルスト・ジークフリート連合領の一部となります! 新しい領主は私、アレクサンドラです!」
シーン……。
鉱夫たちは呆然としている。
急激な展開についていけていないようだ。
「これより、労働環境の抜本的な改革を行います!」
私は拳を突き上げた。
「まず、奴隷契約の破棄! 全員、自由な労働者として再雇用します! 給料は完全歩合制、および基本給の保証付きです!」
ざわっ……。
鉱夫たちの目に、微かな光が戻る。
「次に、食事の改善! 一日三食、肉と野菜たっぷりのメニューを提供します! プロテイン飲み放題付きです!」
「おおお……!」
「そして、労働時間の短縮! 一日8時間労働、残業なし、週休二日制を導入します! 休みの日は筋トレをするもよし、家族と過ごすもよしです!」
ホワイト企業宣言。
この世界では異例中の異例だ。
「ほ、本当なのか……?」
「夢じゃないのか……?」
疑心暗鬼だった彼らの背中を、ジェラルドが押した。
「本当です。私が保証します。……さあ、まずは腹一杯食べて、弱った体を治しましょう。良い仕事は、良い筋肉から生まれるのですから」
ジェラルドが寸胴鍋の蓋を開けると、ふわりと湯気が立ち上った。
濃厚な肉の香り。
「あ、あぁ……肉だ……本物の肉ですじゃ……」
一人の老人が、震える手で器を受け取った。
一口すすると、その目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「うまい……。こんなにうまいものが、この世にあったなんて……」
その涙を見て、他の鉱夫たちも我慢の限界を超えたようだ。
彼らは鍋に殺到し、貪るように食べ始めた。
「ううっ……ありがとうございますぅぅぅ!」
「一生ついていきます、領主様ァァッ!」
広場に歓声と号泣が響き渡る。
こうして、ロックウェル鉱山は無血開城され、私たちの手に落ちた。
労働者たちの忠誠心も、胃袋を通じてガッチリ掴んだ。
「……さて」
私は一段落したところで、鉱山の入り口を見た。
坑道の奥は暗く、淀んだ空気が漂っている。
これまでの採掘は、手作業で表面を削るだけの非効率なものだったらしい。
「ここには、まだ眠っている資源があるはずですわ」
ルイスが土壌調査をした結果、もっと深い層にレアメタルやミスリルの反応があるらしい。
だが、岩盤が硬すぎて、既存の道具では掘り進められなかったのだとか。
「道具がないなら、どうするんですか?」
トムが不安そうに尋ねる。
「決まっていますわ」
私は袖をまくり上げ、ニヤリと笑った。
「私が『ドリル』になればいいのです」
鉄が欲しい。
ダンベルが欲しい。
そのためなら、岩盤の一つや二つ、素手で掘り抜いてみせる。
「さあ、宝探しの時間ですわよ!」




