第50話:人口が増えすぎて筋トレ器具(鉄)が足りないので、お隣の鉱山領を『友好的に』併合することにしました
ダンジョンのグランドオープンから数週間。
カルスト領は、かつてない活況を呈していた。
領民の数はついに5000人を突破。
王都や近隣諸国から、「強くなりたい者」「美味しい肉を食べたい者」「新しい商売を始めたい者」がひっきりなしに押し寄せている。
驚異的な移住率である。
街は拡張され、市場は賑わい、子供たちと筋肉の笑い声が響く。
まさに理想郷だ。
だが、急速な発展には副作用がつきものだ。
「……足りませんわ」
私は神殿のベンチプレス台の前で、深刻な顔で呟いた。
順番待ちの列ができている。
50キロのダンベルを使うために、屈強な冒険者たちが30分も並んでいるのだ。
待ち時間にスクワットをすることを推奨し、無駄の削減を測ってはいるが、付け焼き刃感は否めない。
「お嬢様、深刻ですね」
トムが眉を寄せる。
「人口の増加に、インフラ整備が追いついていません。特に鉄不足は致命的です。武器や防具はもちろん、建築資材、農具、そして何より……」
「トレーニング器具が足りない!」
私は拳を握りしめた。
岩や丸太で代用しているが、やはり限界がある。
高重量を扱う上級者には、密度の高い鉄塊が必要なのだ。
このままでは、領民たちの筋肥大が停滞してしまう。それは領主として最大の失策だ。
「困りましたわね……。どこかから鉄を仕入れられないかしら」
私が悩んでいると、執務室のドアが開いた。
「それなら、良い解決策がありますわよ」
入ってきたのは、セレスティアだ。
彼女はいつものように大量の書類を抱え、不敵な笑みを浮かべている。
その後ろには、行政長官のジェラルドも控えていた。
「マスター・アレクサンドラ、おはようございます」
ジェラルドが爽やかに挨拶し、地図をテーブルに広げた。
「セレスティア殿から提案がありました。当領地の西に隣接する『ロックウェル男爵領』をご存知ですか?」
「ロックウェル……? ああ、あの岩山ばかりのところ?」
「ええ。ですが、あそこはただの岩山ではありません。良質な鉄鉱石が採れる鉱山地帯なのです」
セレスティアが地図上の西側を指差す。
「鉄鉱石……!」
私の目が輝いた。
それはつまり、ダンベルの原料が山ほどあるということだ。
「ですが、問題があります。現在の領主、ロックウェル男爵は……一言で言えば『無能な守銭奴』です」
セレスティアの声が冷ややかになる。
「彼は鉱脈の採掘権を独占し、不当な高値で鉄を売りさばいています。さらに、鉱夫たちを奴隷のような環境で酷使し、利益を私腹のみに肥やしているとの噂が絶えません」
「なんと……」
私は眉をひそめた。
労働者を大切にしない経営者は三流だ。
筋肉は、適切な休息と栄養があってこそ育つのに。
「さらに悪いことに、彼の杜撰な経営のせいで、鉱山の生産量は年々低下しています。このままでは、貴重な資源が枯渇しかねません」
セレスティアは眼鏡(伊達)をクイッと上げた。
「そこで、提案です。お姉様」
「なあに?」
「ロックウェル領を、私たちが『救済』してあげましょう」
「救済?」
「ええ。経営難に喘ぐお隣さんを助けるのは、貴族としての慈悲ですわ。……具体的には、当領地に『吸収合併』してさしあげるのです」
彼女の笑顔が黒い。
要するに、乗っ取るということだ。
「で、でも、そんな勝手なことをしていいの? 向こうにも領主としてのプライドがあるでしょうし……」
「あら、ご安心を。すでに根回しは済んでいます」
セレスティアは書類の束から一枚の紙を取り出した。
それは、借用書だった。
「ロックウェル男爵は、放蕩三昧で多額の借金を抱えています。債権者の大半は、我がジークフリート家と繋がりのある商会です」
「……いつの間に」
「この借用書を盾に交渉すれば、彼は首を縦に振らざるを得ません。これはビジネスですわ。この合併は、我が領地経営にとって、相当な強みになります」
恐ろしい子。
外堀が完全に埋められている。
「それに、貴女がおっしゃっていたではありませんか。『困っている人がいたら、物理で助けるのが流儀だ』と」
ジェラルドが真剣な顔で補足する。
「現地の鉱夫たちは、過酷な労働で痩せ細り、希望を失っていると聞きます。彼らを救い出し、正しい筋肉の道を教えてあげることこそ、今の我々にできる最大の支援ではないでしょうか」
「……っ!」
ジェラルドの言葉が胸に刺さった。
そうだ。
鉄が欲しいという欲だけではない。
そこで苦しんでいる筋肉予備軍たちがいるなら、見過ごすわけにはいかない。
「分かりましたわ」
私は立ち上がった。
「行きましょう、ロックウェル領へ! お隣さんを救うための、友好的な『視察』ですわ!」
「「「「イエス、マスター!!」」」」
◇
数時間後。
私たちは装甲馬車『氷結号』に乗り込み、西の街道を爆走していた。
メンバーは私、ジェラルド、ルイス、セレスティア、セバス、そしてトム。
ガンドルとゼノンは「留守番は任せろ! 今日は脚の日だからな!」と神殿に残った。ゼノンは最後まで迷っていたが。
「見えてきました、お嬢様」
トムが窓の外を指差す。
前方に見えるのは、切り立った崖と、その中腹にへばりつくように建てられた粗末な小屋の群れ。
そして、黒い煙を吐き出す製鉄所の煙突。
空気が澱んでいる。
カルスト領の爽やかな空気とは対照的な、重苦しい雰囲気だ。
「……ひどいな」
ジェラルドが顔をしかめた。
望遠鏡で覗くと、痩せこけた男たちが、監視役の鞭に打たれながら重いトロッコを押している姿が見えた。
彼らの目は死んでいる。筋肉も削げ落ち、骨と皮だけのようだ。適度な休息と、まともな食事も与えられていないのだろう。
「許せませんわ」
私は拳を握りしめた。
労働は神聖なものだ。
それを、こんな風に尊厳を踏みにじるなんて。
「突入しますわよ、トム!」
「了解です! 正面突破!」
トムが手綱を振るう。
装甲馬車が唸りを上げ、鉱山の入り口にある関所を――。
バキバキバキッ!!
問答無用で粉砕して突っ込んだ。
「て、敵襲ーーッ!?」
「なんだこの鉄の塊は!?」
見張り兵たちがパニックになって逃げ惑う。
馬車は広場の真ん中で急停止した。
プシューッ……。
蒸気を吹き出しながら扉が開く。
「ごきげんよう、皆様!」
私は馬車から降り立ち、呆気にとられる鉱夫たちと兵士たちに向かって、満面の笑みで手を振った。
「お隣のカルスト領から、愛と筋肉をお届けに参りました! まずは炊き出しの時間ですわよ!」
私の背後から、セバスとジェラルドが巨大な寸胴鍋を運び出す。
中身は、栄養満点の特製シチューだ。
肉の香りが広場に充満する。
「に、肉だ……!」
「いい匂いだ……」
鉱夫たちがふらふらと集まってくる。
彼らの瞳に、生気が戻り始めていた。
「貴様ら、何者だッ!!」
そこへ、怒号が飛んできた。
奥の館から、派手な服を着た小太りの男が出てきた。
ロックウェル男爵だ。
彼は私兵を引き連れ、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。
「人の領地で勝手な真似をするな! 不法侵入で捕らえてやる!」
「あら、ご挨拶ですわね」
私は鍋のおたまを持ったまま、男爵に向き直った。
「捕らえる? 誰をです?」
一歩踏み出す。
ドォン。
地面が揺れた。
私の体から溢れ出る黄金のオーラが、物理的なプレッシャーとなって男爵を押し潰す。
「ひぃッ!?」
男爵が腰を抜かした。
さあ、交渉の時間だ。
この領地も、人も、そして鉄も。
全て、正しく管理できる私たちが引き受けましょう。
「セレス、契約書を」
「はい、お姉様」
セレスティアが邪悪な笑みで書類を取り出す。
鉱山領併合計画。
それは、圧倒的な「暴力」と「財力」による、慈悲深い救済劇(領地経営の糧)の始まりだった。




