第49話:ダンジョンの最下層に行ったらドラゴンが暇そうだったので、筋トレ器具を差し入れしてあげました
ダンジョンの最下層から響いた咆哮。
それは、助けを求める悲鳴のようにも聞こえた。
「急ぎましょう!」
私はドレスの裾をまくり上げ、石造りの階段を駆け下りた。
後ろにはジェラルド、ルイス、ゼノン、ガンドルの最強カルテットが続く。
彼らがいれば、どんな魔物が出ようと遅れはとらない。
最下層の扉を蹴破る。
ドォン!!
広大なドーム状の空間。
そこで繰り広げられていたのは、怪獣大戦争だった。
「グルルァッ!!」
先ほど私が「手術」をして正気に戻したクリスタル・ドラゴンが、傷だらけになりながら戦っていた。
相手は、漆黒の鱗を持つ別のドラゴンだ。
体格はクリスタル・ドラゴンより一回り大きい。全身から不吉な黒い瘴気を撒き散らしている。
「ブラック・ドラゴンか……!」
ルイスが叫ぶ。
「魔神の欠片が新たな核となり、強力な個体を生み出したようだな。縄張りを奪おうとしているのか」
ブラック・ドラゴンが鋭い爪を振り下ろす。
クリスタル・ドラゴンは水晶の体で受け止めるが、ピキピキと亀裂が入っていく。
防戦一方だ。魔神の欠片を抜かれたばかりで、本調子ではないのだろう。
「いけませんわ! 私のペットをいじめるなんて!」
私は激怒した。
せっかく手に入れた冷房器具が壊されてしまう。
「援護しますわよ!」
「承知した、マスター・アレクサンドラ!」
ジェラルドが剣を抜く。
ゼノンとガンドル陛下も左右に散開する。
「『絶対零度』!」
開幕一番、ルイスの氷魔法がブラック・ドラゴンの足を縫い止めた。
動きが鈍る。
「今だ! やれ!」
「「「うおおおおッ!!」」」
ガンドルが右足を、ゼノンが左足を、ジェラルドが尻尾を攻撃する。
三方向からの同時攻撃に、ブラック・ドラゴンが体勢を崩す。
ガラ空きになった胴体。
そこへ、私が正面から飛び込んだ。
「失礼しますッ!!」
ドッゴォォォォォン!!
私の右拳が、ブラック・ドラゴンの腹部に深々と突き刺さった。
衝撃波が背中側へ突き抜ける。
「ギ、ギャオ……ッ!?」
ブラック・ドラゴンは白目を剥き、そのままスローモーションのように後ろへ倒れた。
ズシーン……。
地響きと共に沈黙する巨体。
ワンパンである。
「……ふぅ。手応えがありましたわね」
私は拳を振った。
ブラック・ドラゴンは消滅せず、肉体として残っている。
「これは……最高級の黒竜肉ですね」
ジェラルドがすぐに検分を始める。
「鱗は防具に、牙は剣に、肉はステーキに。捨てるところがありません」
「大漁ですわね!」
私たちはハイタッチをした。
一方、助けられたクリスタル・ドラゴンは、おずおずと私に近づいてきた。
「キュゥ……(すんません……)」
水晶の瞳が潤んでいる。
可愛い。
私は背伸びをして、冷たい鼻先を撫でてあげた。
「いい子ね。怖かったでしょう?」
「キュゥ……(貴女ほどでは無いです)」
ドラゴンは甘えるように頭を擦り付けてくるが、ふと、自分のひび割れた体を見て悲しげに鳴いた。
どうやら、自分の弱さを嘆いているらしい。
さっきのブラック・ドラゴンに圧倒されたのが悔しいのだろう。
「……強くなりたいの?」
私が尋ねると、ドラゴンは泣きそうな顔をしながらコクリと頷いた。
「そう……。なら、ちょうどいいわ」
私はポンと手を打った。
「ここを、『VIP専用ジム』に改装しましょう」
「「は?」」
男性陣が声を揃える。
「見てください、この広さ。この環境。トレーニングには最適ですわ」
私はドームを見渡した。
天井が高く、空気もひんやりしていて運動しやすい。
「この子には、ここの主になってもらいます。冒険者がここまで辿り着いたら、スパーリングの相手をしてもらうのです」
「……なるほど」
ルイスが顎に手を当てた。
「魔物は戦うことで強くなる。冒険者を相手に経験を積ませれば、このドラゴンはさらに進化するだろう。同時に、冒険者にとっても最高の試練になる」
「そういうことですわ! さらに……」
私はアイテムボックス(ルイス特製)から、巨大な鉄塊を取り出した。
先日のパレードで使った、特大バーベルだ。
「これを使いなさい」
私はドラゴンの前にバーベルを置いた。
ドラゴンは不思議そうに首を傾げたが、私の真似をして前足で持ち上げてみる。
グググッ……。
重い。
だが、ドラゴンの筋肉(魔力筋)が隆起し、持ち上がった。
「そう! いいフォームよ! 上腕三頭筋に効かせて!」
「キュッ! キュウゥッ!(キテます、ご主人!)」
ドラゴンが嬉しそうにバーベルを上げ下げし始めた。
飲み込みが早い。才能がある。
「決まりですね」
私は満足げに頷いた。
「今日からここは、『マッスル・ダンジョン最深部・地獄のトレーニングルーム』です。クリア条件は、このドラゴンとのベンチプレス対決に勝つこと!」
「……もう、どこから突っ込めばいいのか分からない」
ゼノンが遠い目をしているが、ジェラルドはすでに手帳にメモを取っていた。
「了解しました、マスター。入り口に『筋肉自慢求む』の看板を立てておきます。あと、プロテインサーバーも設置しましょう」
仕事が早い。
こうして、カルスト領のダンジョンは、世界でも類を見ない進化を遂げた。
一層、二層で鍛え上げられた冒険者が、最下層で待ち受ける「筋トレ中のドラゴン」と筋肉対決をする。
勝てばレア素材と、「免許皆伝」の称号が与えられる。
この噂は、風に乗って大陸中に広まった。
『カルスト領に行けば、強くなれるらしい』
『あそこのダンジョンは、冒険者の楽園だ』
『領主のアレクサンドラ様は、筋肉の女神だ』
数週間後。
カルスト領の入り口には、長蛇の列ができていた。
「入会希望です!」
「俺も鍛えてくれ!」
「噂のプロテインを飲みに来ました!」
国境を越え、海を越え。
世界中の「強さを求める者たち」が、この地に集結し始めていた。
領民は3000人を超え、宿屋は満室、武器屋は在庫切れ、酒場はプロテインで乾杯する男たちで溢れかえっている。
空前の好景気だ。
私は執務室の窓から、その活気ある光景を見下ろしていた。
「……ふふっ。計画通りですわね」
隣には、山積みの書類を片付けるジェラルドと、新しい魔導具の開発に余念がないルイスがいる。
庭ではガンドルとゼノンが、新入りの冒険者たちをしごいている。
完璧だ。
私の求めていた「平穏で、健康的で、筋肉質なスローライフ」が、ここにある。
だが。
光が強ければ、影もまた濃くなるもの。
私の知らないところで、世界は大きく動き出そうとしていた。
カルスト領の異様な発展を、快く思わない者たちがいる。
そして、散らばった魔神の欠片が、新たな悪意と結びつこうとしていることを、私たちはまだ知らなかった。
とりあえず、今は目の前のステーキ(黒竜肉)を食べるとしよう。
筋肉は、裏切らないのだから。




