第48話:『筋肉ダンジョン』がグランドオープンしました。世界中の冒険者が挑みに来ましたが、受付でプロテインを配ったら困惑されました
ソフィを管理システムとして組み込んでから一週間。
カルスト領の裏山には、巨大なゲートが建設されていた。
石造りのアーチには、こう刻まれている。
『カルスト・リゾート・ダンジョン 〜狩りと筋肉のテーマパーク〜』
「……素晴らしい出来栄えですわ」
私は完成したゲートを見上げ、満足げに頷いた。
今日は記念すべきグランドオープンの日だ。
噂を聞きつけた冒険者たちが、朝から長蛇の列を作っている。
彼らの目当ては、Sランクダンジョンから産出されるレア素材と、高経験値の魔物たちだ。
「おい、聞いたか? ここのダンジョンは入場料を払えば狩り放題らしいぜ」
「腕が鳴るぜ。稼ぎまくるぞ!」
冒険者たちがザワザワしている。
ふふふ、驚くのはまだ早い。
「マスター・アレクサンドラ、受付の準備が整いました」
声をかけてきたのは、ジェラルドだ。
彼はパリッとした制服(筋肉を強調するタイトなシャツ)を着こなし、クリップボードを手にしている。
『ダンジョン管理課長』としての初仕事だ。
「ありがとう、ジェラルド。システムの方はいかが?」
「はい。ルイス殿の調整により、コアとのリンクは安定しています。現在の魔物湧きレートは120%。ミノタウロスの脂の乗りも最高です」
「ソフィの様子は?」
「地下の制御室で文句を言いながらも稼働しています。『ふかふかベッドとお風呂のためよ!』と叫びながら、必死に聖女の祈りを捧げていました」
ジェラルドが苦笑する。
どうやら、アメとムチのバランスはうまくいっているようだ。
彼女の欲望が魔力となって魔物を呼び寄せ、私たちがそれを狩る。
完璧なリサイクル・システムだ。
「では、開門しましょう!」
私の号令とともに、ゲートが開かれた。
「いらっしゃいませー!!」
「ウェルカム・トゥ・マッスル!!」
受付スタッフたちが、元気な声で冒険者たちを出迎える。
「な、なんだコリャ!?」
先頭にいたベテラン冒険者パーティーが目を剥いた。
無理もない。
受付の横には、なぜか巨大なサーバーが置かれ、緑色の液体が並々と注がれているのだから。
「入場の前に、まずはこちらをどうぞ! 当ダンジョン特製の『気付け薬』です!」
ガイルが満面の笑みでコップを差し出す。
「え、これ飲むの? ドブ色だけど……」
「栄養満点ですよ! これを飲めば、ダンジョン探索の生存率が30%上がります!」
半信半疑で口にした冒険者が、次の瞬間、カッと目を見開いた。
「ぐっ……! ま、マズイ!! ……でも、力が湧いてくる!?」
「うおおお! 剣が軽く感じるぞ!」
掴みはオッケーだ。
彼らは狐につままれたような顔で、しかし足取り軽くダンジョンへと吸い込まれていく。
◇
ダンジョン内部。第一層。
そこは、私が知る薄暗い洞窟ではなかった。
「……明るい」
壁には発光する苔(ルイスが品種改良した)が植えられ、通路は綺麗に整地されている。
さらに、曲がり角ごとに案内看板が立っていた。
『← 初級コース(ゴブリン・ウルフ)』
『→ 上級コース(ミノタウロス・キメラ)』
『↓ 死ぬコース(ドラゴン・アレクサンドラ)』
「なんだこの親切設計は……」
冒険者たちが困惑しながら進むと、広間にたどり着いた。
そこには、鎖に繋がれたミノタウロスがいた。
「ブモォォォ……」
ミノタウロスは凶暴そうに鼻息を荒くしているが、その首輪には鎖がついており、壁に固定されている。
つまり、逃げられない。
「『サンドバッグ・ミノタウロス』です! 思う存分殴ってください!」
監視役の親衛隊員が説明する。
「え、いいの? 一方的に?」
「はい! ストレス発散にどうぞ! 倒したらお肉はお持ち帰り自由です!」
「ヒャッハー! 最高だぜぇ!」
冒険者たちが剣や魔法を叩き込む。
ミノタウロスは哀れにもタコ殴りにされ、美味しいお肉へと変わった。
これは狩りではない。
収穫体験だ。
「マスター・アレクサンドラ、第一層の稼働率は良好です」
ジェラルドが横で報告してくる。
「冒険者たちの満足度も高いようです。『こんなに楽して稼げるダンジョンは初めてだ』と」
「それは良かったですわ。でも、ヌルすぎませんこと?」
私は少し不満だった。
こんな接待プレイで、彼らの筋肉が育つとは思えない。
「ご安心ください。第二層からは『アトラクション』を用意してあります」
ジェラルドがニヤリと笑った。
その笑顔は、かつての爽やかな王子様のものではなく、完全にこちらの世界の住人のそれだった。
◇
第二層。
そこは地獄だった。
「な、なんだこの床はぁぁぁ!?」
冒険者たちが悲鳴を上げている。
通路の床が、ベルトコンベアのように逆走しているのだ。
しかも、全力ダッシュしないと後ろの落とし穴に落ちるスピードで。
「強制ランニングマシンです!」
天井からは巨大な鉄球が振り子のように迫ってくる。
「避けろ! 当たったら死ぬぞ!」
「重力が……体が重い!?」
さらに、ルイスの重力魔法が付与されたエリアでは、自分の体重が3倍になる。
その状態で魔物と戦わなければならない。
「ひぃぃぃ! 聞いてないぞこんなの!」
「帰りたい! ママァァァ!」
楽園だと思って浮かれていた冒険者たちが、次々と脱落していく。
だが、中には目の色を変える者たちもいた。
「……面白い」
一人の大柄な戦士が、重力エリアで剣を構えた。
「この負荷……通常の修行では得られないものだ。ここを突破すれば、俺はもっと強くなれる!」
「その通りです!」
私は影から飛び出し、彼に拍手を送った。
「良いマインドですわ! 貴方には特別に、プロテイン(濃縮版)をプレゼントします!」
「あ、あなたは……拳聖アレクサンドラ様!?」
戦士が感激して震える。
「ありがとうございます! 一気飲みします!」
彼が激マズドリンクを飲み干すと、全身から湯気が噴き出し、筋肉が膨張した。
覚醒だ。
「うおおおおッ!! 力が……力が溢れてくるッ!!」
彼は雄叫びを上げ、3倍重力をものともせずにミノタウロスをなぎ倒した。
「マスター・アレクサンドラ。リピーター確定ですね」
ジェラルドが満足げにチェックを入れる。
こうして、カルスト領のダンジョンは、「楽して稼げる」という甘い餌で冒険者を釣り、「極限の負荷」でふるいにかける、恐るべき養成機関として機能し始めた。
生き残った者は、例外なく筋肉教の信者となり、カルスト領の戦力として数えられることになる。
脱落した者も、安全装置(転移魔法)で入り口に戻されるだけなので、死人は出ない。
完璧なシステムだ。
「さて、次は最下層の視察に行きましょうか」
私はジェラルドを促した。
最下層には、私のペットとなったクリスタル・ドラゴンがいる。
あの子も、いい加減退屈している頃だろう。
その時、タイミングよくダンジョンの最下層から、ドラゴンの悲鳴にも似た咆哮が響いてきた。
それは、私のペットの声ではない。
もっと異質な、聞いたこともない鳴き声だ。
「……行きますよ、ジェラルド!」
「はい、マスター・アレクサンドラ!」
私たちは駆け出した。
平和なダンジョン運営に、また新たな波乱の予感が混じっていた。




