第47話:ダンジョン攻略開始。トラップもモンスターも全て物理(筋肉)で解決します
王都、王城の執務室にて。
「ほほう! S級ダンジョンとな!」
報告を受けた国王陛下は、執務机(鉄製・特注品)をバンと叩いて立ち上がった。
あの日以来、すっかり筋肉質になった陛下は、今日も元気だ。
「これは国家の一大事ですぞ、陛下!」
脇に控える宰相が青ざめた顔で進言する。
「S級となれば、放置すれば国が滅びかねません。直ちに正規軍を派遣し、封鎖を……」
「いや、待て」
陛下は密偵からの報告書を読み上げ、ニカっと笑った。
「見ろ。『ダンジョンの入り口に精肉工場が建設され、ベルトコンベア式に魔物が解体されています』とあるぞ」
「……は?」
宰相が眼鏡をずり落とした。
意味が分からない。ダンジョンと精肉工場、もっとも縁遠い単語が並んでいる。
「ハハハ! さすがはアレクサンドラ嬢だ! 災い転じて肉となすとはな! これなら軍など不要、むしろ輸送隊を送って肉を買い付けるべきであろう!」
「し、しかし……常識的に考えてありえません! 内部の攻略はどうなっているのです!? ボスが溢れ出したら……」
「案ずるな。あそこには、我が息子ジェラルドや、最強の魔術師ルイスもおる。……何より、あの『拳聖』がおるのだぞ?」
陛下は窓の外、北の空を見つめ、力こぶを作った。
「きっと今頃、ダンジョンの方が怯えている頃だろうよ」
◇
その頃、カルスト領。
裏山に発生したダンジョンの内部。
ドゴォォォォォン!!
爆音が轟き、分厚い石壁が粉々に砕け散った。
「行き止まりでしたわ」
私は拳についた砂埃を払いながら言った。
「なので、道を作りました」
目の前には、壁をぶち抜いてできた新しい通路が広がっている。
迷路? 関係ない。
ゴールの方角さえ分かれば、そこまで直進すればいいだけの話だ。
「……さすがです。最短距離の概念が物理的すぎる」
後ろをついてくるジェラルドが、感心したように(あるいは呆れたように)手帳に記録をつけている。
彼は現在、ダンジョンのマッピングと資源調査を担当している。
今回の攻略メンバーは、私、ルイス、ゼノン、ガンドル、そしてジェラルドの5名。
いわゆる「いつものメンバー(最強)」だ。
ポチとガイルたちは入り口の「収穫作業」で忙しいので、最奥部のボス攻略は私たちが受け持つことになった。
「しかし、このダンジョンは構造がいやらしいな」
ゼノンが黒剣で蜘蛛の巣を払いながら言った。
「床には毒の沼、天井からは溶解液。おまけに幻惑の霧まで……。普通の冒険者なら一歩進むのも困難でしょう」
「そうですわね。足元がぬかるんでいて歩きにくいです」
私は足元の「毒の沼」を見下ろした。
紫色の不気味な液体がブクブクと泡立っている。触れれば骨まで溶ける猛毒らしい。
「橋がありませんわね。……ガンドル陛下、お願いします」
「うむ! 任せろ!」
ガンドルが、近くにあった手頃な岩(直径3メートル)を担ぎ上げた。
「ぬんッ!!」
ドッボォォォン!!
彼が岩を沼に投げ込むと、それが飛び石代わりの足場になった。
さらに次々と岩を投げ込み、あっという間に「岩の道」が完成する。
「素晴らしい! これなら靴も汚れませんわ!」
私たちは毒沼の上をピョンピョンと軽快に渡っていく。
毒? 触れなければ問題ない。つまり、毒は人にとって無害だ。
「……君たち、ダンジョンに対する敬意というものがないのか?」
ルイスが宙に浮きながら(浮遊魔法)、呆れたように呟く。
彼は先ほどから、一切地面に足をつけず、優雅に移動していた。
「まあ、効率的ではあるが。……ん? 前方、敵影あり」
ルイスが眼鏡を光らせた。
通路の奥から、半透明の影が無数に漂ってくる。
ゴーストだ。
物理攻撃が一切効かない、厄介な霊体モンスター。
「キキキキキ……」
ゴーストたちが不気味な笑い声を上げ、私たちを取り囲む。
冷気が漂い、肌が粟立つ。
「物理無効か。マスター・アレクサンドラやガンドル陛下には相性が悪い相手ですね」
ジェラルドが剣を構えるが、彼の剣にはまだ魔力付与がされていない。これでは切れない。
「任せておけ。私の愛の炎で焼き払って……」
ゼノンが前に出ようとするが、私はそれを手で制した。
「いいえ。食材を傷めるわけにはいきません」
「食材?」
「ええ。ゴーストの核は、最高級の冷却材になりますの。夏場の倉庫用にいくつか欲しいと思っていたんです」
私はルイスを振り返った。
「ルイス様、お願いします」
「……人使いが荒いな」
ルイスは文句を言いながらも、杖を一振りした。
「『凍結』」
パキパキパキッ!
空間ごとお茶を凍らせるような繊細な冷気が、ゴーストたちを包み込んだ。
霊体である彼らが、カチンコチンに凍りつき、氷像となって地面に落ちる。
「ナイスです! ジェラルド、回収を!」
「はいっ! 傷つけないようにパッキングします!」
ジェラルドが手際よく氷漬けのゴーストを袋に詰めていく。
恐ろしいアンデッドの群れが、一瞬で「保冷剤の山」に変わった。
「……哀れな」
ガンドルが同情の涙を流している。筋肉に溺れすぎて情緒までおかしくなっている様子だ。
私たちはさらに奥へと進んだ。
トラップ部屋があれば壁ごと粉砕し、迷路があれば天井をぶち抜いてショートカットし、魔物が現れれば食材として回収する。
もはや冒険ではない。
ただの「仕入れ」だ。
そして、ついに最深部に到達した。
巨大な扉の前。
そこから漏れ出る魔力は、これまでの道中とは桁違いだった。
「ボスの部屋ですね」
ジェラルドが緊張した面持ちで言う。
「魔力反応、測定不能。おそらく、ドラゴンクラス……いや、それ以上の何かがいます」
「楽しみですわね」
私は扉に手をかけた。
重厚な鉄の扉が、私の指先一つで紙のようにめくれ上がる。
ギギギギギ……ドォン!
扉を開け放つと、そこには広大なドーム状の空間が広がっていた。
そして、その中心に鎮座していたのは。
「グルルルルゥ……」
全身が黒い水晶で覆われた、巨大な竜だった。
『クリスタル・ドラゴン』。
魔法を反射し、物理攻撃を弾く、生ける要塞。
「ほう、硬そうだな」
ガンドルが嬉しそうに拳を鳴らす。
「魔法反射か。私への当てつけのような敵だな」
ルイスが不敵に笑う。
「アレクサンドラ嬢、私が囮になります!」
ゼノンが前に出る。
だが、私は彼らを制して、一歩前に進み出た。
「待ってください。……あの子、何か様子が変ですわ」
私はドラゴンの目を見た。
凶暴な殺意の中に、どこか苦しげな色が混じっている。
そして、その胸元に、不自然に埋め込まれた「黒い塊」が見えた。
「あれは……魔神の欠片?」
「なるほど。欠片を核にして受肉したわけではなく、元々いたドラゴンに欠片が寄生して暴走させているのか」
ルイスが分析する。
「なら、話は早いですわ」
私は袖をまくり上げた。
「悪い病巣を取り除いてあげればいいのですわね」
「……手術をする気か? その拳で?」
「ええ。摘出手術です」
私は構えた。
相手はSランクのドラゴン。しかも暴走状態。
普通なら会話など成立しない殺戮マシーンだ。
だが、今の私には分かる。
筋肉と魔力が完全に融合したこの体なら、ドラゴンの鱗を傷つけずに、内部の異物だけを衝撃波で弾き出すことができると。
「少々痛いですけれど、我慢してくださいね」
私は地面を蹴った。
金色の光を纏い、一直線にドラゴンの懐へ飛び込む。
「グオオオオッ!!」
ドラゴンがブレスを吐こうと口を開ける。
遅い。
私は懐に潜り込み、その胸元、黒い欠片が埋まっている一点に、指を突き立てた。
「星送り流『穿孔・デコピン』!!」
ズドンッ!!
「物理に強いクリスタル・ドラゴンを……めちゃくちゃだ」
衝撃がドラゴンの体内を駆け巡る。
次の瞬間、背中から「スポーン!」という音と共に、黒い欠片が弾き出された。
「ギャウンッ!?」
ドラゴンが目を白黒させて倒れ込む。
欠片を失ったことで、凶暴なオーラが霧散していく。
「手術成功ですわ」
私は弾き出された欠片を空中でキャッチし、握りつぶして浄化した。
ドラゴンは目を回しているが、命に別状はないようだ。
「……また手懐けるつもりか?」
ルイスが呆れたように近づいてくる。
「ええ。この子、水晶でできているでしょう? 夏場の冷房代わりにちょうどいいと思いまして」
「……君の家のペット事情はどうなっているんだ」
こうして、私たちはダンジョンのボスを無力化し、新たなペットとして迎え入れた。
だが、問題はここからだった。
「……さて。ボスは無力化しましたが、このままではまた瘴気が溜まって新しいボスが生まれてしまいますわね。そうなるとせっかく落ち着かせたこのダンジョンもすぐに無秩序に戻りますわ」
私が腕組みをして言うと、ルイスが眼鏡を光らせた。
「ああ。このダンジョンを『資源』として安定稼働させるには、溢れ出る魔力を制御し、魔物の出現をコントロールする『管理システム』が必要だ」
「管理システム? そんな便利なもの、ありますの?」
「機械ではない。……『人材』だ」
ルイスは懐から、一つの水晶を取り出した。
それは、遠隔転移のマジックアイテムだ。
彼が魔力を込めると、空間が歪み、私たちの目の前に一人の少女がドサリと落ちてきた。
手足を魔法の縄で拘束された、ピンク髪の少女。
「きゃっ!? な、なによいきなり!」
ソフィだ。
王城での騒動の後、ルイスが「研究材料にする」と言って引き取り、研究所(という名の牢屋)に閉じ込めていた元凶の聖女である。
「ソフィ……」
ジェラルドが複雑そうな顔をする。
「ここ……どこ? うわ、魔物の臭いがする!」
ソフィは周囲を見回し、巨大なドラゴン(気絶中)と私たちを見て悲鳴を上げた。
「ひぃっ! ア、アレクサンドラ!? ジェラルド……様も! 私をどうする気!?」
「騒ぐな」
ルイスが冷ややかに言った。
「君には新しい仕事を用意した。このダンジョンの『管理人』だ」
「はぁ? 管理人?」
「そうだ。君の持つ『聖女の魔力(魔物を引き寄せる体質)』は、ダンジョンの核として利用するには最適だ」
ルイスは淡々と説明を始めた。
「君がここで祈りを捧げて瘴気の制御を続ければ、ボスのリスポーンを阻止しつつ魔物を効率よく呼び寄せることができる。いわば、天然の『集客装置』になってもらうわけだ」
「い、意味が分からないわよ! なんで私がそんなこと! 私は王都に帰るのよ!」
ソフィが暴れるが、魔法の縄は解けない。
「お断りするなら、王都に突き出しますけれど? 国家反逆罪で即刻処刑台行きですわよ?」
私が口を挟むと、ソフィはピタリと動きを止めた。
「うっ……」
「でも、ここで働けば、衣食住は保証します。美味しいお肉も食べ放題。それに……」
私はニッコリと笑った。
「貴女が魔物を呼び寄せてくれるおかげで、領民たちは飢えずに済みます。それは立派な『人助け』。聖女としての贖罪になると思いませんか?」
「しょ、贖罪……」
ソフィの心が揺れている。
死ぬか、働くか。
究極の二択だが、答えは決まっている。
「……わ、分かったわよ! やればいいんでしょ!」
ソフィはヤケクソ気味に叫んだ。
「その代わり、待遇はちゃんとしなさいよね! お風呂は毎日入るし、ベッドはふかふかじゃないと嫌だから!」
「ええ、善処しますわ(岩風呂とわらベッドでよければ)」
こうして、私たちは新たなペットと、再利用可能な元聖女を手に入れ、地上へと帰還した。
殺すよりも、生かしてこき使う。
それが、筋肉帝国流の慈悲であり、最大のリサイクルだ。
地上に戻ると、早速ガイルたちによる「ダンジョン入り口の建設」が始まっていた。
ソフィはルイスによって「管理室」となる個室に連行され、ぶつくさ言いながらもマニュアルを読まされている。
「悪くない結末ですね」
ジェラルドが、少し安心したように微笑んだ。
「彼女も、ここで汗を流して働けば、いつか更生するかもしれません」
「そうですわね。筋肉は裏切りませんから」
ダンジョン攻略、完了である。
これで私たちの領地は、無限の食料庫を手に入れた。




