第46話:裏山に『ダンジョン』が発生しましたが、食材の宝庫なので放置することにしました
ジェラルドが筋肉行政長官に就任してから、領地の運営は驚くほどスムーズになった。
「マスター・アレクサンドラ、今月の資材搬入スケジュールです。確認をお願いします」
執務室で、ジェラルドが完璧に整理された書類を差し出してくる。
彼の顔には爽やかな汗が光っている。早朝のトレーニングを終えてから、すぐに事務仕事に取り掛かったらしい。文武両道とは彼のためにある言葉だ。
「ありがとう、ジェラルド。完璧ね」
私は書類に目を通し、感心して頷いた。
「は……っ!」
ジェラルドが息を呑み、感動に打ち震えている。
目元が少し潤んでいるようだ。
「どうしましたの?」
「い、いえ……! ここのところ、貴女が、私の名前を間違えずに呼んでくれていることが嬉しくて……!」
「……ああ」
そういえば、以前は「ジェラピケ」とか呼んでいた気がする。
でも、今の彼は紛れもなく、私の右腕として欠かせない存在だ。
名前くらい、ちゃんと覚えるのが上司としての礼儀というものだろう。
「当然ですわ。あなたは私の自慢の部下ですもの」
「部下……! 最高の響きだ!」
ジェラルドは天を仰ぎ、ガッツポーズをした。
元王太子(今もです)が「部下」呼ばわりされて喜んでいる姿は、王国の貴族が見たら卒倒ものかもしれないが、ここではこれが日常だ。
その時だった。
ズズズズズ……。
不気味な地鳴りが響いた。
棚の書類が揺れ、ティーカップの中身が波打つ。
「地震か?」
ジェラルドが表情を引き締め、私を庇うように前に出る。
頼もしい。いい筋肉だ。
「いえ、揺れ方が違いますわ。これは……」
私は窓の外、裏山の方角を見た。
そこから、ドス黒いオーラのようなものが立ち上っているのが見える。
「行きましょう」
私たちは執務室を飛び出した。
◇
裏山の麓には、すでにルイス、ゼノン、ガンドルが集まっていた。
ポチやガイルたち親衛隊も警戒態勢を取っている。
「状況は?」
私が駆けつけると、ルイスが険しい顔で山肌を指差した。
「見てみろ。アレクサンドラ」
そこには、ぽっかりと開いた巨大な洞窟があった。
以前までは、ただの岩壁だった場所だ。
洞窟の奥からは、禍々しい紫色の瘴気が漏れ出している。
「……ダンジョンだ」
ルイスが断言した。
「魔神の欠片が地脈に干渉し、地下空間を異常進化させたらしい。魔素濃度が極めて高い。放置すれば、強力な魔物が次々と湧き出してくるぞ」
「ダンジョン……!」
ゼノンが剣の柄に手をかけた。
「厄介ですね。放っておけばスタンピードの再来になりかねません。今のうちに突入して、ダンジョンコアを破壊すべきでは?」
「うむ。余が先陣を切ろう!」
ガンドルが腕まくりをする。
みんな、やる気満々だ。
確かに、領地のすぐ裏に魔物の巣ができたとなれば、普通なら即刻埋め立てるべき案件だ。
だが。
フゴォォォ……。
洞窟の中から、鳴き声が聞こえた。
のっそりと現れたのは、巨大な牛のような魔物だ。
『ミノタウロス』。
筋肉質で、霜降りのように美しい筋肉がついている。
「……あら」
私は思わずゴクリと喉を鳴らした。
「美味しそう……」
私の呟きに、全員の視線が集まる。
「えっ? アレクサンドラ嬢?」
「だって見てください、あの大腿筋! 絶対にいい出汁が出ますわ!」
私は力説した。
「それに、あちらに見えるのはマンドラゴラ・モドキじゃありません? あれ、滋養強壮に効く高級食材ですわよ!」
洞窟の入り口付近に生えている奇妙な植物を指差す。
他にも、コカトリスの群れや、ロック・タートルの姿も見える。
ここはダンジョンではない。
天然の「食材倉庫」だ。
「……まさか」
ルイスが嫌な予感がしたのか、一歩後ずさった。
「アレクサンドラ。君は、このダンジョンをどうするつもりだ?」
「決まっていますわ」
私は満面の笑みで宣言した。
「放置します! ……いえ、『管理』しましょう!」
「管理?」
「ええ。潰してしまうのはもったいないですわ。だって、向こうから勝手に高級食材が湧いてくるんですもの。こんな素晴らしいシステム、利用しない手はありません!」
私は指を一本立てた。
「ダンジョンを『養殖場』として活用するのです。入り口に柵を作って、出てきた魔物を片っ端から『収穫』すれば、食料問題は永遠に解決ですわ!」
「……」
その場にいた全員が沈黙した。
常識的に考えれば、ダンジョンは人類の脅威だ。
だが、この筋肉帝国においては、脅威の定義が違うらしい。
「なるほど……!」
最初に反応したのは、ジェラルドだった。
彼は真剣な顔で手帳を取り出し、計算を始めた。
「ミノタウロス一頭で、約500キロの食肉が取れます。一日に10頭湧くとすれば、5トンの肉。これなら3万人の軍隊を養ってもお釣りが来ます!」
「さすがジェラルド! 話が早いわ!」
「さらに、魔石や皮などの素材を売却すれば、領地の財政も潤います。リスク管理さえ徹底すれば、これ以上の『資源』はありませんね」
ジェラルドの事務的な分析に、ゼノンも考え込んだ。
「確かに……。我々の戦力なら、ダンジョンの魔物が溢れ出す心配はないでしょう。ならば、利用するのも一つの手か」
「ガハハ! 面白い! 毎日新鮮な肉と戦えるわけだな!」
ガンドルも乗り気だ。
「はぁ……」
ルイスだけが、深くため息をついた。
「魔窟を牧場扱いか。……まあいい。どうせ君が言い出したら、止めても無駄だろう」
彼は諦めたように眼鏡を直した。
「分かった。入り口の封鎖と、魔物の出現管理システムは私が構築しよう。……全く、君の研究をしていると飽きないな」
「ありがとうございます、ルイス様! 大好きです!」
「ッ……!?」
私が無邪気に言うと、ルイスは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
チョロい。
「ジェラルド! 『カルスト・ダンジョン管理課』を新設してください! 貴方が課長です!」
「はいっ! 謹んで拝命いたします! マスター・アレクサンドラ!」
ジェラルドが敬礼する。
「ガイルたち親衛隊は、シフト制で『収穫作業』を担当! ポチは入り口の番犬をお願いね!」
「グルゥ!(はいご主人!)」
こうして、突如発生した災厄のダンジョンは、一瞬にして我が領地の「公共事業」へと変わった。
恐怖の迷宮? 死の罠?
いいえ。
ここは今日から、私たちの「冷蔵庫」です。
◇
数日後。
王都から送られてきた密偵は、信じられない報告を持ち帰ることになる。
『報告します。カルスト領にS級ダンジョンが発生しました』
『なに!? では、今頃あの地は壊滅か?』
『いえ……。ダンジョンの入り口に『精肉工場』が建設され、ベルトコンベア式に魔物が解体されています』
『……は?』
世界初の「管理型ダンジョン」。
その噂は瞬く間に広がり、やがて世界中の食通と冒険者を呼び寄せることになるのである。
でも今はまず、今日の夕飯のミノタウロス・ステーキを楽しみにしよう。




