第42話:魔力を封じる手錠が壊れたので、神様相手に本気の『デコピン』を試したら星にしてしまいました
パキィッ……!
硬質な音が、謁見の間に響き渡った。
私の手首に嵌められていた、黒いオリハルコンの手錠。
最強の封印具と呼ばれたそれが、ガラス細工のようにひび割れていく。
「グルァァァァァァッ!!」
目の前では、ソフィを取り込んだ魔神が咆哮を上げている。
天井を突き破り、黒い瘴気を撒き散らす絶望の化身。
その巨大な腕が、私たちを押しつぶそうと振り下ろされた。
「アレクサンドラ! 逃げろ!」
ジェラ……が叫び、私を庇おうとする。
ルイスが障壁を展開しようと杖を掲げる。
でも、必要ない。
「……鬱陶しいですわね」
私は呟いた。
同時に、両腕に力を込める。
カッ!!
目映い黄金の閃光が弾けた。
パリーンッ!!
手錠が砕け散った。
封印されていた「何か」が、堰を切って溢れ出す。
ドクンッ!!
心臓が早鐘を打つ。
全身の血管を、熱いエネルギーが駆け巡る。
魔力? いいえ、これはもっと純粋な「生命力」の奔流だ。
私の体内で、魔力と筋肉が完全に融合したのを感じた。
「ふぅぅぅぅぅ……」
私は息を吐いた。
体が軽い。羽が生えたようだ。
視界がクリアになり、世界の動きが止まって見える。
迫りくる魔神の拳。
遅い。あくびが出るほど遅い。
私は一歩前に出た。
そして、振り下ろされた巨大な拳を、左手一本で受け止めた。
ズォンッ!!
衝撃波が周囲の窓ガラスを吹き飛ばす。
だが、私の足は1ミリも動いていない。
「ギ……?」
魔神の動きが止まる。
その赤い瞳が、困惑に見開かれている。
「神様だか何だか知りませんが」
私は魔神の拳を握りしめたまま、ニッコリと笑った。
「王都は今や、筋肉の聖地(支部)と呼んでも過言ではありませんわ。……人の領地で暴れるなら、相応の『使用料』を払っていただきますわよ?」
ミチチチチッ……!
私が指に力を込めると、魔神の腕が悲鳴を上げた。
魔力で構成された実体のないはずの肉体が、私の握力によって物理的に圧縮されていく。
「ギギギ……ッ! バカナ……! 人間ゴトキガ……!」
「人間ナメないでくださいまし。私たちは、毎日スクワット1万回しているんですのよ!」
私は魔神の腕を振り回した。
一本背負い。
ズドォォォォォン!!
巨体が床に叩きつけられ、王城が揺れる。
魔神がうめき声を上げて起き上がろうとするが、私は逃さない。
「これで、終わりです」
私は右手を構えた。
中指を親指に引っ掛け、力を溜める。
最強のデコピンの構え。
手錠が外れた今、リミッターはない。
全身のバネと、体内の全魔力を、指先の一点に収束させる。
黄金の光が、指先に集まる。
それはまるで、小さな太陽のようだ。
「星送り流・奥義……」
私は跳んだ。
魔神の額、その中心にあるコアめがけて。
「『超新星・デコピン』!!」
パチンッ。
指が弾かれた。
カッッッ!!!!
音が消えた。
視界が真っ白に染まる。
指先から放たれた衝撃波は、光の柱となって魔神を貫き、そのまま天へと突き抜けた。
雲が割れ、成層圏まで届く風穴が開く。
「オオオオオオオオオッ……!!」
魔神が断末魔を上げる。
その巨体が光の粒子となって崩壊し、空の彼方へと霧散していく。
後に残されたのは、気絶したソフィと、雲一つない青空だけだった。
◇
シーン……。
静寂が謁見の間を支配していた。
誰も言葉を発せない。
ルイスも、ガンドルも、ゼノンも、ジェラも、ポカンと口を開けて空を見上げている。
「……ふぅ。スッキリしましたわ」
私は着地し、ドレスの埃を払った。
久しぶりに全力を出した気がする。肩の凝りが取れたようだ。
「……あ、あ……」
沈黙を破ったのは、震える声だった。
ガルド騎士団長だ。
彼は涙を流しながら、膝をついて私を拝んでいた。
「拳一つで神を砕く……。これぞ武の極致! これぞ『拳聖』の御業なり!」
その言葉に、ガイルたち弟子や、バルガの兵士たちが一斉に唱和する。
「拳聖! 拳聖! 拳聖!」
地鳴りのような「拳聖コール」が王城を揺らす。
なんだか恥ずかしい二つ名が定着してしまったようだ。
その時だ。
バンッ!!
玉座の後ろにある扉が、勢いよく開かれた。
「何事だぁぁぁッ!!」
現れたのは、一人の老人……いや、老戦士だった。
頭には王冠を載せているが、その体は筋骨隆々。
病床に伏せっていたはずの、国王陛下である。
「ち、父上!?」
ジェラが目を剥く。
「病気は!? もう長くないと医者に言われていたはずでは……!」
「うむ! さっきまで死にかけておったが、なんか、さっき凄い『光』を浴びたら治ったわ!」
国王陛下がガハハと笑い、力こぶを作った。
「力がみなぎる! 細胞が若返ったようだ! 今の余なら、ドラゴンでも素手で倒せる気がするぞ!」
どうやら、私の放ったデコピンの余波(超高濃度の生命エネルギー)が、城中に降り注ぎ、王様の病気まで治してしまったらしい。
副作用で筋肉が増強されているようだが、まあ健康になったのなら良しとしよう。やはり筋肉は全てを解決する。
「おお……! 奇跡だ!」
それを見ていた貴族や民衆たちが、一斉に平伏した。
「魔神を祓い、王の病をも癒やした! これぞ真の聖女様の力だ!」
「我らに健康をもたらす、筋肉の聖女様万歳!」
こうして、私には二つの称号が与えられた。
敵を粉砕する武の象徴としての『拳聖』。
そして、人々を癒やし導く慈愛の象徴としての『筋肉の聖女』。
……どちらも語呂が強すぎる気がするが、皆が喜んでいるならまあいいか。
「アレクサンドラ嬢」
国王陛下が、私の手を取り、真剣な目で見つめた。
「礼を言わせてくれ。そなたは国を救い、余の命まで救ってくれた。……この恩、どう返せばよいか」
「どうだ? ジェラルドとの婚約を戻し、次期王妃として……」
「お断りします」
私は即答した。
「私はカルスト領の生活が気に入っているのです。あそこには、私の大切な仲間と、育てた野菜と、筋肉がありますから」
「……そうか」
国王陛下は残念そうに、しかし理解したように頷いた。
「国王陛下。一つ、承認していただきたい事が」
ルイスが軽く一礼をする。だが、跪きはしなかった。
「我がジークフリート領と、アレクサンドラ嬢のカルスト領の合併をお許しいただきたい」
「ふむ。そんなものでよいのか。せめてもの詫びだ。カルスト領とジークフリート領の合併、そしてそなたへの『自治権』を認めよう」
「本当ですか!?」
「うむ。王都からの干渉は一切させん。好きにするがよい」
やった!
これで晴れて、文句なしの「公認」だ。
セレスティアの計画通り、二つの領地を合わせた一大経済圏を作ることができる。
「ありがとうございます、陛下!」
「うむ。……その代わりと言ってはなんだが」
国王陛下がモジモジしながら言った。
「余も、その『筋肉教団』とやらに入会させてもらえんか? この溢れる力をどうにかしたいのだ」
「もちろんですわ! 大歓迎です!」
こうして。
魔神討伐と、王都への筋肉布教は完了した。
ジェラは「一から鍛え直す」と言って、ガルド団長の元で修行を始めた。
ソフィは修道院へ……行くかと思いきや、ルイスが「魔神の憑依データを取りたい」と言って引き取った(ある意味、一番の地獄かもしれない)。
すべては筋肉によって丸く収まった。
◇
数週間後。カルスト領。
私たちは日常に戻っていた。
以前と違うのは、領地が飛躍的に発展していることだ。
『聖女』の噂を聞きつけた人々が、王都や近隣諸国から続々と移住してきている。
荒野だった場所には、整然とした石造りの街並みが広がり、巨大野菜の畑が地平線まで続いている。
ジム(神殿)は増築され、今では数千人が同時にトレーニングできる規模になった。
「ふふっ、壮観ですわね」
私は屋敷のテラスから、活気あふれる領地を見下ろした。
人々が笑い、汗を流し、美味しいご飯を食べている。
これこそ、私が求めていた景色だ。
「お嬢様、そろそろ午後の視察の時間ですよ」
トムがスケジュール帳を持ってやってきた。
彼は最近、執事長の貫禄が出てきた。筋肉の厚みも増している。
「ありがとう、トム。……あら?」
ふと、空を見上げた。
雲一つない青空。
その彼方に、キラリと光るものが見えた気がした。
「どうかされましたか?」
ルイスが近づいてくる。
彼は手元の魔導書を閉じ、空を見上げた。
「……魔神の欠片か」
「欠片?」
「ああ。君が粉砕した魔神のエネルギー体は、消滅したわけではない。世界中に散らばり、長い時間をかけて大地に還るだろう」
ルイスは眼鏡を直した。
「あるいは、強い魔力溜まりに引かれて、ダンジョンの核になったり、新たな魔獣変異を引き起こすかもしれん」
「えっ……それって、大変なのでは?」
「まあ、今すぐどうこうという話ではない。数年、あるいは数十年先の話だ。魔神の生命力が、化け物並みでなければ、な」
彼は私を見て、ニヤリと笑った。
「それに、何か起きても問題ないだろう? ここには君がいる。そして、私たちがいる」
「……ええ、そうですわね!」
私は力強く頷いた。
何が来ても怖くない。
私には、この最強の肉体と、最高の仲間たちがいるのだから。
「さあ、行きましょう! 今日は新しい農地候補の視察ですわよ!」
「「「「イエス、マスター!!」」」」
私の号令に、領地中から野太い返事が返ってくる。
ここは、筋肉帝国。
常識も、運命も、すべてを物理で切り拓く、最強の楽園。
領地開拓は終わった。
ここからは、私の本当のスローライフが始まる。
(第一部・領地開拓編 完)
いつもお読みいただきありがとうございます!
第一部はこれにて完結です!
明日からは第二部(最終章)、領地経営編が始まります!
では、明日も、第43話:魔神を倒してから二ヶ月。領地は発展し、ペットの犬(熊)には天使の羽が生えました
でお会いいたしましょう!




