第41話:元婚約者が「断罪」を始めましたが、味方が筋肉だらけで話が進みません
王城、謁見の間。
かつて私が婚約破棄を告げられた因縁の場所に、私は再び立っていた。
ただし、状況は前回とは全く違う。
私の後ろには、100名の筋肉親衛隊がズラリと整列し、その脇をルイス、ガンドル、ゼノンといった世界最強の面々が固めている。
さらに、観客席にいるはずの貴族や騎士たちまでもが、隠しきれない筋肉を服の下にたぎらせて、私に熱い視線を送っているのだ。
完全なホーム(敵地です)である。
「アレクサンドラ! よくものこのこと戻ってきたな!」
玉座の前で、ジェラ……王太子が叫んだ。
隣には、聖女のドレスを着たソフィが、勝ち誇った顔で立っている。
「貴様の悪行は全て露見している! 魔獣を操り、善良な民を洗脳し、国家転覆を企てた大罪人め! 今ここで裁きを受けよ!」
王太子が芝居がかった仕草で私を指差す。
懐かしい。この茶番劇、またやるのね。
「証人は揃っているぞ! まずはガルド騎士団長! 前へ!」
王太子の命令で、ガルドが一歩進み出た。
彼は私と目を合わせ、ニコリと微笑んだ後、王太子に向き直った。
「申し上げます、殿下。アレクサンドラ嬢は無実です」
「……は?」
王太子が目を丸くする。
「無実だと? 貴様、報告書にはっきりと書いてあったではないか! 『彼女を敵に回せば、王都は三日で陥落する』とな!」
王太子が懐から羊皮紙を叩きつける。
確かに、ガルドはそう書いた。だが、それは戦力分析としての「だから手出しするな」という警告だったはずだ。
「これは我らに対する明白な脅迫だろう! 武力を背景に国を乗っ取るという、宣戦布告に他ならない!」
「殿下、読み違えておられます」
ガルド様は静かに首を振った。
「それは物理的な侵略の意味ではありません。彼女の持つ圧倒的な『魅力』の前に、王都の民が恋に落ちるという意味です」
「……は?」
「彼女の筋肉美、そして慈悲深い指導力。それを目の当たりにすれば、老若男女問わず三日で彼女の虜になるでしょう。……現に、私もこの通り」
ガルドが大胸筋をピクつかせながら断言する。
王太子がポカンと口を開けている。会話が噛み合っていない。
「彼女は我々に、真の強さと健康を与えてくださいました。彼女こそ、この国の救世主です!」
「なっ……!?」
王太子が狼狽する。
すかさず、ソフィが叫んだ。
「だ、騙されてはダメですわ! 次はバーデン公爵! 実の父親なら、娘の狂気を知っているはずです!」
名指しされたお父様が進み出る。
彼は上着を脱ぎ捨て、見事なダブルバイセップスを決めた。
「我が娘は最高だァァァッ!!」
会場がどよめく。
「見よ、この肉体を! 長年の胃痛も消え、今や私は20代の頃より元気だ! これこそ娘の親孝行の証! アレクサンドラよ、パパは誇りに思うぞ!」
「お父様、TPOを考えてください」
私が小声で注意すると、父は「すまん、つい興奮して」と照れ笑いした。
「ば、バカな……! どいつもこいつも!」
王太子が後ずさる。
頭を抱え、苦しそうにうめき声を上げた。
「ぐっ……! なんだ、この頭痛は……! アレクサンドラ……君は、悪女のはずだ……。俺を、殺そうとしている……」
彼の様子がおかしい。
まるで、誰かに植え付けられた記憶と、目の前の現実が食い違って混乱しているようだ。
「……もう、茶番は終わりにしませんか?」
私は一歩前に出た。
手錠の鎖が、チャリと鳴る。
「私は国を奪うつもりなどありません。ただ、自分の領地で静かに暮らしたいだけなのです。それを邪魔するというのなら……」
私は拳を握った。
バチバチッ!
手錠の隙間から、金色の火花が散る。
「全力で排除させていただきます」
私の背後で、100名の親衛隊と、ルイスたちが一斉に殺気を放った。
王城が揺れるほどのプレッシャー。
王太子が腰を抜かしてへたり込む。
「ひぃっ……! く、来るな! 化け物め!」
「……使えない男」
その時。
冷ややかな声が響いた。
ソフィだ。
彼女は怯える王太子を見下し、蔑んだ目で吐き捨てた。
「せっかくお膳立てしてあげたのに。これだからモブは役に立たないのよ」
「ソ、ソフィ……?」
「もういいわ。こうなったら、力ずくで書き換えてやる!」
ソフィが両手を掲げた。
彼女の体から、ドス黒いオーラが噴き出す。
「『女神の嘆き』!! 私を愛しなさい! 私のために戦いなさい!!」
空間が歪む。
それは、乙女ゲームのヒロインだけに許された、シナリオ強制力。
理屈を超えて、対象の精神を支配する絶対命令だ。
黒い波動が、謁見の間全体を飲み込む。
「う、うわぁぁぁ……」
「ソフィ様……美しい……」
精神耐性の低い文官や、鍛えていない兵士たちが、虚ろな目になって膝をつく。
まずい。このままでは、会場中が洗脳されてしまう。
だが。
「……ん? 何だ今の」
ガイルが首を傾げた。
私の後ろにいる親衛隊100名は、誰一人として表情を変えていない。
ガルドやお父様も、ケロッとしている。
「な、なんで!? なんで効かないのよ!?」
ソフィが絶叫する。
「ふん。精神干渉か」
ルイスが冷ややかに言った。
「無駄だ。彼らの脳内は、すでに『筋肉』という強力な概念で満たされている。貴様のような小娘の安っぽい洗脳が入り込む隙間など、1ミクロンもない」
「なっ……!?」
筋肉は、精神攻撃すら無効化するのだ。
ルイスのトンデモ理論だが、結果がそれを証明していた。
「くそっ……! くそくそくそォッ!!」
ソフィが髪を振り乱して叫ぶ。
その顔は、もはやヒロインの面影もない、醜い嫉妬と狂気に歪んでいた。
「なんでよ! 私が主役なのに! なんであんたなんかが! ただの悪役令嬢のくせにいいいいッ!!」
彼女の絶叫とともに、黒いオーラが暴走した。
床が割れ、天井が崩れる。
ソフィの影から、巨大な「何か」が這い出してくる。
漆黒の身体。
ねじれた角。
この世の全ての絶望を凝縮したような、禍々しい存在。
「ギギギ……。我ガ依代ヲ、傷ツケル者ハ、誰ダ……」
魔神がソフィを飲み込み、巨大化していく。
王城の天井を突き破り、空へと伸びる巨体。
その衝撃波が、近くにいた王太子を吹き飛ばした。
「ぐあぁッ!!」
王太子が壁に叩きつけられる。
その拍子に、彼の首にかかっていたネックレス――ソフィから贈られた「愛の証」が砕け散った。
パリンッ。
その瞬間、王太子の瞳から、濁った色が消えた。
「……ッ!? あ、アレクサンドラ……!?」
彼は私を見た。
その目には、以前のような蔑みも、作られた恐怖もない。
あるのは、純粋な焦りと、私を案じる色。
「逃げろ……! アレクサンドラ! あいつは……ソフィは危険だ!」
王太子が叫んだ。
彼は血を吐きながら、必死に手を伸ばしてきた。
「俺は……何をしていたんだ……? 君を……愛していたはずなのに……!」
「ジェラ……ふふ様?」
名前が出てこない。とりあえず誤魔化せたっぽい。
それより私は驚いた。
今の言葉、演技には見えない。
そういえば、婚約破棄される前、彼はいつも優しく微笑んでくれていた。気がする。
私がお弁当(筋肉育成用メニュー)を作っていくと、「君が作ってくれたなら何でも嬉しいよ」と食べてくれていた、あの日々。があった気がする。
(まさか、ずっと操られてた?)
だとしたら、彼は被害者だ。
ソフィという悪意に踊らされ、大切なものを奪われた、可哀想な人。
――許せない。
私の胸の奥で、静かな、しかし強烈な怒りの炎が燃え上がった。
ジェラ……。人の心を弄んで。なにより、私の平穏を奪ったこの女には正義の鉄槌を下さねば。
「……なるほど」
私は見上げた。
天を衝く巨大な魔神。
その中心で、ソフィが狂ったように笑っている。
「つまり、あれを殴り飛ばせば、全部解決ってことですね?」
「……アレクサンドラ」
ルイスが私を見た。
止めるつもりはないようだ。
むしろ、期待している。
「やってみろ。今の君なら、届くはずだ」
「ええ。なんだか、私の筋肉たちが喜んでいますわ」
私は大理石の床を踏みしめた。床全体には大きく亀裂が入る。
手錠が、熱い。
私の体の中にある「力」が、限界を超えて溢れ出そうとしている。
もう、手加減はいらない。
猫をかぶる必要もない。
私は、私らしく。
全力で、筋肉を解き放つ。
パキィッ……。
私の手首から、硬質な音が響いた。
黒いオリハルコンの手錠に、亀裂が入る。
さあ、フィナーレの時間ですわ。




