第40話:王都の貴族たちが『筋肉教団』に入信していたので、パレードが『筋肉フェスティバル』に進化しました
王都のメインストリートは、光に包まれていた。
私が腕を振るたびに、体から溢れ出る黄金色の粒子が、花吹雪のように舞い散る。
それは単なる演出ではないらしい。
光を浴びた人々が、次々と奇跡を目の当たりにしていた。
「お、おい! 腰痛が治ったぞ!」
「五十肩で上がらなかった腕が、グルグル回る!」
「なんだか無性に……スクワットがしたくなってきたあああ!」
民衆が歓喜の声を上げる。
どうやら私の「謎オーラ」には、広範囲の回復効果と、筋肉活性化のバフが含まれているようだ。
歩くだけで国民を健康にするなんて、我ながら聖女を超えているかもしれない。
(これも筋肉のおかげか〜)
私は馬車の上でポージングを決めた。
サイドチェスト。
バシィッ!
空気が弾け、衝撃波が紙吹雪をさらに高く舞い上げる。
「「「「キレてるぅぅぅぅッ!!」」」」
沿道の熱狂は最高潮だ。
もはや「魔女討伐」の空気など微塵もない。
あるのは、筋肉への純粋な信仰と興奮だけだ。
パレードが貴族街に差し掛かった時だった。
「待っていたぞ! 我が娘よ!」
野太い声とともに、沿道の一等地に陣取っていた集団が立ち上がった。
先頭にいるのは、私の父、エイドリアン公爵だ。
公爵家の正装であるマントを羽織ってはいるが、その下は上半身裸。
オイルでテカテカに光る大胸筋が、太陽を反射して輝いている。
「お父様!?」
私が驚いていると、父の後ろに控えていた男たちも一斉に上着を脱ぎ捨てた。
「我ら、『バーデン筋肉教団・王都支部』! 教祖様の凱旋をお待ちしておりました!」
現れたのは、見覚えのある顔ぶれだった。
財務大臣、騎士団長ガルド、大手商会の会頭、さらには王立学園の学長まで。
この国の政治と経済を牛耳る重鎮たちが、全員マッチョになって整列しているのだ。
(……えぇ?)
さすがの私も引いた。
お父様の手紙には書いてあったけれど、まさかここまで浸透しているとは。
王都の上層部、ほぼ壊滅しているじゃないか。
「アレクサンドラ! 見よ、この仕上がりを!」
父が得意げにダブルバイセップスを決める。
「お前がくれた緑の粉と、ガルド殿の指導のおかげだ! 今や王都の地下社交界は、舞踏会よりもボディビル大会の方が盛り上がっているのだぞ!」
「そ、そうですか。それは重畳ですわ」
私は引きつった笑顔で答えた。
どうやら、私の知らない間に、王都は内側から侵略されていたらしい。
物理によって。
「さあ、合流しよう! 王城まで、共に筋肉を誇示しながら進もうではないか!」
「「「「うおおおおッ!!」」」」
父の号令で、マッチョ貴族団がパレードに加わった。
私の親衛隊100名。
バルガ国の武王と騎士団長。
そして、王国の重鎮たち。
このメンバーが揃って練り歩く様は、もはや「百鬼夜行」ならぬ「百筋夜行」だ。
王都の警備兵たちは、あまりの迫力に槍を取り落とし、道を開けることしかできなかった。
◇
同時刻。王城のバルコニーにて。
ジェラルド王太子は、眼下に広がる光景を呆然と見下ろしていた。
メインストリートを埋め尽くす、黄金の光と筋肉の奔流。
民衆の歓声は、地鳴りのように城壁を揺らしている。
「な、なんなのだ……あれは……」
ジェラルドの手が震える。
魔女討伐令を出したはずだ。
民衆は恐怖し、アレクサンドラに石を投げるはずだった。
それなのに、なぜ全員が笑顔で「ナイスバルク!」と叫んでいるんだ。
「ありえませんわ……」
隣に立つソフィも、顔面蒼白だった。
彼女は必死に手をかざし、民衆に向けて「魅了」の魔法を放っていた。
(おかしい……! 私の魅了が効かない!?)
ソフィの能力は、ゲームの補正を受けた強力な精神干渉だ。
通常なら、視界に入れただけで相手を虜にできる。
だが、今の民衆には全く通用していなかった。
理由は単純だ。
アレクサンドラから放たれる「金色の光」が、あまりにも強すぎるのだ。
圧倒的な「陽」のエネルギーが、ソフィの陰湿な精神干渉を物理的に弾き飛ばし、浄化している。
「あの方の光……あれは聖女の輝きそのものですわ!」
「いや、あれは筋肉の輝きだ!」
民衆の声が聞こえる。
ソフィは唇を噛み締めた。
自分の役目も、武器も、すべてあの筋肉女に上書きされている。
「殿下! 軍を出してください! あれを城に入れてはなりません!」
ソフィが金切り声を上げる。
「む、無理だ……」
ジェラルドは力なく首を振った。
「見ろ。先頭を歩いているのは、バーデン公爵だぞ? その後ろには財務大臣も、将軍もいる。……彼らを攻撃しろと言うのか?」
王国の要人が人間の盾(しかも自分からノリノリで)になっている以上、軍隊を動かすことはできない。
完全に詰んでいる。
「くそっ……! どうなっているんだ、この国は!」
ジェラルドは手すりを殴りつけた。
だが、悲しいかな、手すりはアレクサンドラの時のように粉砕されることはなく、彼の手が痛むだけだった。
◇
パレードは、ついに王城の正門前に到着した。
巨大な跳ね橋が下ろされ、私たちは堂々と城内へと足を踏み入れる。
出迎えの兵士たちは、敬礼をして迎えてくれた。
彼らもまた、ガルド団長の影響で「隠れ教徒」になっていたのだ。
「到着しましたわね」
私は馬車を降り、城を見上げた。
懐かしい場所だ。
かつてはここに来るたびに、胃を痛めながら猫をかぶっていた。
ドレスの裾を踏まないように、ヒールで転ばないように、細心の注意を払って。
でも、今は違う。
私は手錠をつけたまま、大地を踏みしめて立っている。
背中には頼もしい仲間たちがいる。
「……行きましょうか」
私は歩き出した。
謁見の間へ。
そこで待つ元婚約者と、自称聖女に、最後通告を突きつけるために。
「アレクサンドラ」
後ろから、ルイスが声をかけてきた。
彼は珍しく、少し楽しそうな顔をしていた。
「手錠の調子はどうだ?」
「ええ、最高ですわ」
私は手首を回した。
重さはもう感じない。
それどころか、手錠と皮膚の接触面から、熱い力が流れ込んでくるのを感じる。
筋肉と魔力が完全に同期し、臨界点に達しようとしている。
「いつでも外せそうです」
「そうか。……なら、派手にやれ」
ルイスは私の背中をトンと押した。
「私が許可する。この王城を、君の実験場にして構わない」
「ふふっ。ありがとうございます」
最高のゴーサインだ。
さあ! 魅せに行こう! ジェ…………。に! この筋肉の素晴らしさを説くのだ!




