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第4話:魔境の屋敷がボロボロだったので、とりあえず拳でリフォーム(破壊)することにしました


 夕日に染まる荒野のただ中で、私は銀髪の美青年と対峙していた。


 流れるような銀髪に、知的な銀縁眼鏡。

 そして何より、周囲の空気を凍らせるような、冷ややかな魔力の気配。


(知らないイケメン……本編にはいなかったような。……モブキャラ? にしてはイケメンすぎる気がする)


 私は記憶の引き出しをひっくり返した。

 乙女ゲーム『聖女と剣のラプソディ』に、こんなキャラは登場しなかったはずだ。

 いや、待てよ。

 ゲーム本編には出てこないが、設定資料集に名前だけ載っていた人物がいたような……。


 北の辺境を治める、若き天才魔術師。

 確か名前は、ルイス・ヴァン・ジークフリート。


(特徴は一致してる。まさか、本人?)


 眼鏡の奥の瞳は涼やかで、肌は陶器のように白い。

 ただ立っているだけで絵になる男だ。

 しかし、その瞳には一切の感情が浮かんでいない。私を人間として見ているというより、道端の奇妙な石ころを観察しているような目だ。


「新しい家、か」


 ルイス(仮)は私の言葉を反芻し、フッと冷ややかに鼻を鳴らした。


「正気とは思えないな。ここはバーデン家が捨てた土地だ。貴族の令嬢がお遊びで来るところではない」


「お遊びではありませんわ」


 私は胸を張って言い返した。


「私はここで生きていくと決めたのです。岩を耕し、魔獣を手懐け、豊かな領地にするつもりですの」


「……ふん」


 彼は興味なさげに視線を逸らした。

 どうやら、世間知らずの令嬢の妄言だと思われたらしい。


「勝手にしろ。ただし、死にたくなければ夜は外に出るな。それから、私の領地には迷惑をかけないことだ」


 それだけ言い捨てると、彼は翻したローブの裾をなびかせ、風のように去っていった。

 取り付く島もないとはこのことだ。


(ま、いっか。隣人とは仲良くしたいけど、焦ることない)


 それにしても、ゲーム知識にないキャラと遭遇するとは。

 やはり、私が「追放ルート」を選んだ時点で、この世界はゲームのシナリオから外れてしまったようだ。

 ここから先は、攻略サイトも役に立たない未知の領域。

 望むところだ。私の人生は私が決める。


 私は気を取り直し、馬車に戻った。


「さ、トム。屋敷へ向かいましょう」


「は、はい……。でもお嬢様、本当によろしいのですか……?」


 トムはまだ青い顔をしているが、私は力強く頷いた。


 ◇


 石碑のあった場所から馬車でさらに少し進んだ先に、その「屋敷」はあった。


 いや、正確には「屋敷だったもの」と言うべきか。


「……ひどいですね」


 トムが絶句している。

 私も思わず「うわぁ」と声が出そうになった。


 かつては立派な石造りの館だったのだろう。

 だが今は、屋根の半分が崩落し、壁には巨大な蔦が絡まりつき、窓ガラスは一枚も残っていない。

 入り口の扉は朽ち果てて蝶番から外れ、風が吹くたびにギイギイと不気味な音を立てている。


 幽霊屋敷というより、もはやただの廃墟だ。

 これなら野宿の方がマシかもしれない。


「お嬢様、これじゃあ住めませんよ! 屋根も壁も穴だらけです!」


 トムが頭を抱えて叫んだ。


「今夜は馬車の中で寝ましょう。明日の朝一番で王都へ引き返すのです。公爵様に泣いて謝れば、きっと……」


「いいえ、トム」


 私はスカートの裾をまくり上げ、腰に手を当てた。


「引き返す道はありません。ここが私の城ですもの」


「で、ですが! これじゃあ雨風もしのげません!」


「そうね。だから――」


 私は廃墟を見上げ、ニヤリと笑った。


「リフォームしましょう」


「リフォーム……? 大工もいないのにですか?」


「必要ありませんわ。私がやります」


 私はスタスタと屋敷に近づいた。

 まずは入り口だ。

 腐りかけた巨大な樫の木の柱が、入り口を塞ぐように倒れ込んでいる。直径1メートルはある大木だ。


「よいしょっと」


 私は柱の下に手を差し込み、ひょいと持ち上げた。


「へ?」


 トムの目が点になる。


 ズズズズズ……。


 重さ数トンはあるはずの柱が、私の手によって軽々と宙に浮く。

 バランスボールを持つような感覚だ。


「これ、邪魔ですわね。薪にしましょうか」


 私は柱を小脇に抱えたまま、邪魔な瓦礫の山を蹴散らして中へ入った。


 中はもっと酷かった。

 崩れた天井の石材が床を埋め尽くし、カビと埃の匂いが充満している。

 壁の一部は今にも崩れそうで、危険極まりない状態だ。


(うーん、これは掃除のしがいがあるな)


 普通の人なら、片付けるだけで数ヶ月はかかるだろう。

 重機が必要なレベルだ。


 だが、私にはこの筋肉がある。

 私自身が重機だ。


「とりあえず、風通しを良くしましょうか」


 私は抱えていた柱を一度床に置き、今にも崩れそうな内壁の前に立った。

 腐食が進んでいて、手で押すとグラグラと揺れる。

 こんな壁、残しておいても危ないだけだ。


「トム、少し離れていてね。埃が舞うから」


「お、お嬢様? 何を……」


 私は右腕を大きく回し、肩甲骨の可動域を確認した。

 よし、絶好調だ。


「ふんッ!!」


 気合一閃。

 私は壁に向かって、正拳突きを放った。


 ドゴォォォォォォォン!!


 爆音が轟いた。

 屋敷全体が地震のように激しく揺れる。


 私の拳が直撃した壁は、まるで爆破されたかのように粉々に砕け散り、対面の外壁まで突き抜けて吹き飛んだ。


 パラパラと瓦礫が落ちる音が止むと、そこには素晴らしい開放感が広がっていた。

 壁がなくなり、綺麗な夕日が差し込んでいる。


「うん、スッキリしましたわ!」


 私は満足げに頷いた。

 振り返ると、トムが白目を剥いて泡を吹いていた。気絶している。

 あらあら、男の子なのに情けない。


 そこからは、私の独壇場だった。


 邪魔な瓦礫は、まとめて掴んで窓(というか壁の穴)から外へ放り投げる。

 腐った床板は、足踏み(衝撃波)で一気に剥がして撤去する。

 傾いていた石柱は、下からタックルして垂直に戻し、念のため地面にめり込ませて固定する。


 ドカン! バキィ! ズドーン!


 静かな荒野に、破壊音がリズミカルに響き渡る。

 ストレス発散には最高だ。

 王都での窮屈な生活で溜まった鬱憤を、すべて物理エネルギーに変えて叩きつける。


「あーっはっはっは! 楽しい! 最高ですわ!」


 気づけば、私は笑っていた。

 汗を流して体を動かすのが、こんなに気持ちいいなんて。


 一時間後。


 そこには、見違えるほど「サッパリした」屋敷があった。

 

 崩れかけの壁や天井はすべて撤去され、残ったのは頑丈な骨組みと外壁だけ。

 もはや屋敷というより、パルテノン神殿のような遺跡に近い見た目になったが、倒壊の危険はなくなった。

 風通しは抜群だ。星空もよく見えるだろう。


「ふぅ、いい運動になりました」


 私は額の汗を拭い、満足感に浸った。

 庭には、私が放り投げた瓦礫や木材が山のように積み上がり、即席の城壁のようになっている。あれは後で建材に使おう。


 気絶していたトムも、ようやく目を覚ましたようだ。

 生まれ変わった(物理的に削ぎ落とされた)屋敷を見て、彼は夢遊病者のように呟いた。


「……俺、まだ夢を見てるのかな。お嬢様がゴリラに見える……」


「何か言いまして? トム」


「い、いえ! 素晴らしいリフォーム技術ですね! 感動しました!」


 トムは涙目で拍手をしてくれた。

 いい部下を持ったものだ。


 こうして、私たちは無事に(?)拠点を確保した。

 屋根がないので今夜は星空の下で眠ることになるが、それもまた乙なものだ。


 ◇


「……ありえない」


 ルイス・ヴァン・ジークフリートは、望遠鏡を持つ手を震わせていた。


 彼が見ていたのは、先程の令嬢が、廃屋を素手で解体している光景だった。

 数トンの柱を片手で投げ、壁を一撃で粉砕し、笑いながら瓦礫の山を築いていく。


 先程の令嬢の馬車にはバーデン家の紋章があった。

 王都からの情報によれば、バーデン家の令嬢アレクサンドラが勘当同然でこちらへ向かっているという話だったが……。


「なんだ、あれは」


 ルイスは「魔力視」の瞳を凝らした。

 魔法を使っていれば、必ず特有の(オーラ)が見えるはずだ。


 だが、彼女からは何も見えない。

 強化魔法の術式も、魔道具の反応も、一切ない。


「魔法を使っていない、だと……? まさか、純粋な筋力のみであの出力を出しているというのか?」


 ルイスの瞳に、困惑と、それ以上の熱い光が宿った。

 生物学的にありえない。

 ドラゴンの上位種ですら、ここまでのパワーを出すには魔力強化が必要だ。


「面白い……。実に興味深い素材が転がり込んできたな」


 ルイスは口元を歪め、不敵に笑った。


「アレクサンドラ・フォン・バーデン。君のそのデタラメな強さ、じっくりと解明させてもらおうか」


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