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第37話:王都へ向かう馬車の中。トムが「これは侵略行為では?」と騒ぎだしましたが、無事論破されました

 

 ゴゴゴゴゴゴ……。


 重低音が大地を震わせる。

 ルイスが開発した特別仕様の大型装甲馬車『氷結号(仮)』は、王都へ続く街道を爆走していた。


 車輪の代わりに装備された無限軌道キャタピラが地面を食み、魔導サスペンションがあらゆる衝撃を無効化する。

 内装は最高級のビロード張り。空調完備。冷蔵庫付き。

 まさに動く要塞にして、走るスイートルームだ。


 私はふかふかのソファに深々と身を沈め、窓の外を流れる荒野の景色を眺めていた。


「快適ですわねえ。これなら王都までノンストップでもいけそうですわ」


 私がのんきに呟くと、向かいの席から重いため息が聞こえた。


「……お嬢様。本当に、これでいいんですか?」


 トムだ。

 執事服の袖を筋肉でパツパツにさせた巨漢が、顔面を蒼白にして震えている。

 手にはティーポットを持っているが、震えすぎて中身がチャプチャプと波打っている。


「どうしました、トム。乗り物酔いです?」


「違います! 政治的リスクの話です!」


 トムは立ち上がり(天井に頭をぶつけそうになりながら)、窓の外を指差した。


「見てください、あの隊列を!」


 馬車の後方に続くのは、整然と行軍する100名の男たち。

 全員が筋骨隆々で、お揃いの黒いタンクトップを着ている。

 胸には『MUSCLE ELITE(筋肉親衛隊)』の金文字。


「ガイルたちでしょう? 頼もしいじゃない」


「問題は中身です! あの中には、元冒険者だけじゃなく、バルガ国軍3万人の中から選抜された『精鋭中の精鋭』が混じっているんですよ!?」


 トムの指摘通り、今回の親衛隊100名は、ただの筋肉好きではない。

 バルガ国軍で将軍クラスの実力を持っていた猛者たちが、「師匠(私)の護衛ができるなら」と志願し、過酷な選抜試験(岩山登頂レース)を勝ち抜いて加わっているのだ。


「つまり、実質的には『敵国の特殊部隊』を引き連れて王都に入ることになるんです! これ、どう言い訳しても『侵略行為』ですよね!?」


 トムが叫ぶ。

 なるほど、確かに。

 客観的に見れば、隣国の精鋭部隊が首都に進軍している図だ。宣戦布告と受け取られても文句は言えない。


「それに!」


 トムはさらに、私の隣に座る二人を指差した。


「ここに、バルガ国王ガンドル陛下と、騎士団長ゼノン様がいらっしゃる時点でアウトです! 要人中の要人じゃないですか! パスポートもなしに他国の首都に入るなんて、国際法違反もいいところですよ!」


「うむ。細かいことは気にするな、執事殿」


 ガンドルが、プロテインバーを齧りながら豪快に笑った。


「余は今、ただの『筋肉留学生』だ。王冠もマントも置いてきた。誰が王だと気づく?」


「その溢れ出る覇気と筋肉で一発でバレますよ! 隠しきれてません!」


「私もだ」


 ゼノンが、愛剣の手入れをしながら涼しい顔で言う。


「私は今、ただの一人の『恋する男』だ。アレクサンドラ嬢を守るためなら、騎士団長の地位など投げ捨てても構わん」


「貴方が捨てても、向こうはそう見ません! 『黒曜の騎士』といえば、王国の兵士なら誰もが恐れる破壊の象徴ですよ!?」


 トムが頭を抱えて座り込んだ。

 彼の胃袋からは、キリキリという悲鳴が聞こえてきそうだ。お父様と同じ症状である。


「お嬢様……俺たちは、王都に着いた瞬間に包囲されて、全員処刑されるんじゃ……。いや、その前に国境警備隊と全面戦争に……」


 トムのネガティブな想像が止まらない。

 まあ、常識的に考えれば彼の言う通りだ。

 私たちは今、火薬庫に火のついたマッチを投げ込みに行くようなものだ。


「あらあら。トム、相変わらず心配性ね」


 そこで、優雅な声が割って入った。

 書類の山に埋もれていた、セレスティアだ。

 彼女は羽ペンを走らせながら、眼鏡(伊達)をクイッと押し上げた。


「その程度の懸念、私が想定していないとでも思ってるの?」


「セレスティア様……?」


「いい、トム。政治というのは『建前』と『書類』で回るものよ」


 セレスティアは一枚の羊皮紙をトムに突きつけた。

 そこには、王家の紋章が入った公文書のような書式で、何やら難しげな文章が羅列されている。


「これは……?」


「『広域経済交流および文化振興に関する特例申請書』よ。すでに王都の商業ギルドと、外務大臣宛に提出済みだわ」


「は、はい?」


「今回の遠征名目は、あくまで『カルスト・ジークフリート連合領の特産品PRキャラバン』。私たちは商人であり、文化使節団なのです」


 セレスティアは不敵に笑った。


「そして、後ろの筋肉親衛隊100名は、当キャラバンの『荷運び人(ポーター)』および『ボディビル・ショーのパフォーマー』として登録してあります」


「パフォーマー!?」


「彼らは兵士ではない。筋肉という芸術を表現するアーティストです。武器は持たせていませんわ(素手で十分強いし)。これなら、軍隊の侵入には当たりません」


「い、いや、無理があるでしょう! あんな殺気だったアーティストがいますか!」


「書類上は完璧よ。文句があるなら、彼らの筋肉が『芸術』ではないと証明してみせろと言うわ」


 強引だ。

 だが、役人というのは書類に弱い。書類さえ整っていれば、目の前の現実(狂戦士集団)から目を逸らす生き物だ。


「じゃあ、ガンドル陛下とゼノン様は!?」


「お二人には、『特別親善大使』兼『ボディビル部門・名誉審査員』という肩書きをご用意しました」


「……は?」


「外交特権の拡大解釈よ。親善大使に対する拘束や尋問は、国際条約で禁じられているの。もし王都の衛兵が彼らに指一本でも触れれば……」


 セレスティアの目が、スッと細められた。


「それは『文化交流に対する野蛮な弾圧』であり、『友好国バルガに対する宣戦布告』とみなします。……そう、国際社会にアピールする準備は万端よ」


「うわぁ……」


 トムが引いている。

 つまり、「手を出したら戦争にするぞ」と逆に脅しをかけているわけだ。


「さらに念には念を入れて、バルガ本国に残っている3万の軍勢(筋肉教団・バルガ支部)を、国境付近で『大規模ピクニック』させています」


「ピクニック!?」


「ええ。あくまで演習ではなく、レクリエーションで。ですが、王都側から見れば『王の身に何かあれば即座に雪崩れ込むぞ』という強烈なプレッシャーになるでしょうね」


 セレスティアはふふんと鼻を鳴らした。


「論理、法律、そして軍事力。全ての面で外堀は埋めました。ジェラルド王子ごとき羽虫がどれだけ喚こうと、今の私たちを止める正当な理由はどこにもないのよ」


 完璧だ。

 この子、将来は大国の宰相になれるんじゃないだろうか。


「……恐ろしい人だ」


 トムが震え声で呟いた。


「敵に回さなくてよかった……。俺、一生この人の下僕でいいや」


「ふん。くだらん策を弄さずとも、邪魔な羽虫は私が凍らせれば済む話だがな」


 窓際で、今まで黙っていたルイスが口を開いた。

 彼は分厚い魔導書を閉じ、気だるげに言った。


「政治だの法律だの、小賢しい。力が全てだろう」


「兄様。なんだか思考が随分と『脳筋』になってきていませんか?」


「……む」


 ルイスが私をチラリと見た。

 私はニコリと笑って見せた。


「暴力はいけませんわ、ルイス様。私たちはあくまで『平和的な』パレードをしに行くのですから」


「……分かっている。君がそう言うなら、私の魔法は防御(結界)と整地(物理障壁の破壊)だけに使おう」


 ルイスは素直じゃない。

 でも、彼がついてきてくれていることは、何よりの安心材料だ。

 彼の「絶対零度」があれば、どんな軍隊も足止めできる。

 いざとなれば、彼が時間を稼いでいる間に逃げればいいのだ。


「ありがとうございます、皆様」


 私は改めて、この頼もしい仲間たちを見渡した。


 どんな無茶振りにも耐える強靭な肉体と精神を持つ執事、トム。

 国家レベルの策謀を平然とやってのける軍師、セレスティア。

 世界最強の武力を持ちながら、私の弟子であることを誇るガンドルとゼノン。

 そして、私の力を誰よりも理解し、支えてくれるルイス。


 このメンバーなら、何が起きても大丈夫だ。

 たとえ王都が火の海になろうとも(私たちが原因で)、私たちは無傷で帰れるだろう。


 ドォォォォォン!!


 突然、前方の道で爆発音がした。

 馬車が急ブレーキをかけ、キャタピラが地面を削る音が響く。


「な、なんだ!?」


 トムが窓に張り付く。


「お嬢様! 街道にバリケードです! 王国の兵士たちが道を塞いでいます! ……旗印は、第三騎士団!」


 第三騎士団。

 王都防衛の要であり、ガルド団長の近衛騎士団とは仲が悪いことで有名な部隊だ。

 彼らはまだ、筋肉の教えに染まっていない「旧人類」らしい。


「止まれぇぇぇ!! ここから先は通さんぞ! 逆賊アレクサンドラとその一味め!」


 拡声器を使った隊長の怒鳴り声が聞こえてくる。

 街道を完全に封鎖するように、丸太と土嚢で築かれた壁。

 その向こうには、数百の弓兵と魔導師が構えている。


「あちゃー。セレスティア様の書類攻撃も、現場の脳筋たちには通じなかったみたいですね」


 トムが頭を抱える。


「……愚かね」


 セレスティアが冷ややかに眼鏡を光らせた。


「通行許可証は見せましたわ。それでも通さないというなら、これは『不当な通行妨害』です。実力行使による排除が認められます」


「認められるんですか!?」


「私の法律ではそうです」


 セレスティア理論、最強である。


「あらあら、歓迎されているようですわね」


 私は立ち上がった。

 手錠の鎖をチャリと鳴らす。

 長旅で固まっていた体が、ボキボキと音を立ててほぐれる。


「ルイス様。出番ですわよ」


「……やれやれ。私の貴重な魔力を、土木工事に使わせるとはな」


 ルイスが杖を手に取った。

 その顔には、隠しきれない好戦的な笑みが浮かんでいる。


「いいえ、魔法は『観客席(バリア)』をお願いします。あの程度の壁、壊すのは私たちには造作もないことですわ」


 私は扉を開け、外の風を胸いっぱいに吸い込んだ。


「さあ、障害物競走(アスレチック)の時間ですわよ! 邪魔する壁は、すべて粉砕して進みます!」


「「「「イエス、マスター!!」」」」


 外で待機していた親衛隊100名の雄叫びが轟く。

 彼らの筋肉が、一斉にパンプアップし、タンクトップが破れる音がした。


 筋肉帝国のパレードは、誰にも止められない。

 さあ、王都の皆様。

 本当の「(物理・筋肉)」というものを、教えて差し上げましょう。


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